#10
壁にかけてあった無線機が、二つの電波を受信した。
「…………H………7……こち……H-7……負……し……を……!」
「……F……20! 援護! ……やく……何を……ッ!」
アリスはチューニングダイヤルを僅かにいじり、まず前者を聞き取れるように合わせていく。H-7。負傷者多数。至急救援を求む。ノイズまじりの、落ち着いた口調。
次にもう一つの電波に波長を合わせる。F-20。戦力の援護を求む。こちらはややクリアだが、語気が荒い。なんでもいいから早く来てくれ、という感じだ。
お互い、数回同じ文言を繰り返した後、送信は途切れた。
「結局、他ん所でも送信施設を取り返したってことだな」
隣にいたスカーが苦々しい顔で言った。
「受信機を確保したことだけでも、充分な成果かと」
「わかってるよ。わかっちゃいるが……な」
―――
11:30。
スカーとアリス、レイチェル、ロジーナの四人は、一階にあった部屋に集合していた。
「んで、どっちへ行く」
スカーがタバコに火をつけ、床に敷いた地図を指差す。
「近いのはF-20ッス。ここには前戦争で使われたトンネルと、送信施設付の防衛設備があるようで」
ロジーナが応える。
「そこを奪った隊からのメッセージってところだな。もう一つのH-7は」
「地図を読む限り、何かあるようには見えません。なぜそこから通信できたのでしょう」
「小型の送信機を使ったんだろう。出力が弱いからあまり使われないはずなんだが、F-20でうまく中継できたんだろうな」
アリスの問いに応え、スカーは腕を組んで唸る。
「普通に考えりゃここで隊を分けるなんてのは愚策だ。俺は作戦の足がかりになるF-20に総員で行く案を推す。せっかく合流してるんだから一緒に行ったほうがいい」
「あたしは、分けたほうがいいと思う」
壁にもたれかかっていたレイチェルが異論をあげた。
「その意図は」
「今日の降下が始まってから何時間か経ってる。それでも応援を求めてるってんだからどっちもヤバい状況なのには変わりないし、これ以上残存戦力が減るのも良くない。あたし達がF-20に行って凌いでる間に、H-7にロジーナ達が行く。ロジーナ達が救援を終えたら、こっちに合流する。ってので、どう?」
「どっちも状況が読めないから、何とも言えねえ。ロジーナ、お前の意見は」
ロジーナは押し黙り、少し考えてから応えた。
「別れましょう、ッス」
「……一応、意見を聞こう、ロジーナ」
「ボク達の隊は、今のところ戦力が足りない。アメリアも……サーニャも、戦いに慣れるのに時間がかかりそうですし」
「よくわかってんじゃん」
「レイチェル!」
憮然と言葉を吐くレイチェルに、スカーが叫ぶ。
「……や、否定はしないッスよ。F-20は要所ッスから、間違いなく戦闘になるはずで。H-7はまだ戦いが行われてるかどうかわからないですし……少なくともマゴットがいれば負傷者の治療はできるかと」
「ヤバい賭けだと思うんだが」
スカーが苦慮する。
「スカー。気持ちはありがたいッス。でも、ボク達の分隊がマトモになるのには、ちょっと時間がかかりそうなんで」
「そうは言うがな……」
「何事も、作戦通りにゃ運ばないんスよ。……ボク達、兵士じゃないんスから」
ロジーナは目線を落として呟く。
―――
10分ほどのミーティングの末、結局、分隊を分けて行動する案に決まった。施設での数少ない収穫である無線受信機は、一つずつ、それぞれの隊が持っていくことにした。
ミーティングの解散後、アリスは思考を巡らせていた。口には出さなかったが、やはり戦力の分散が良い方向に傾くとは思えない。スカーの命に逆らうつもりもないが。
「レイチェルさん。どうして戦力分散の提言を?」
スカー分隊の部屋へ戻る途中、横にいたレイチェルにアリスは訊ねる。
「言った通りだっつの」
「その意図は」
アリスがじっと見据える。レイチェルは鬱陶しそうに手を振った。
「あんた、本当にムカつく」
「すみません」
「ロジーナも自分で言ってたけど、あの分隊でマトモに戦えるのはロジーナくらい。あいつのレーダーだってうまく働くとは思えない。それに」
「それに?」
「アメリアがいきなり突っ込んでいったとこ、アリスも見たでしょ。仲間だなんだって言ってヘマをやらかすようなのは、戦力にもならない。スカーまで感化されかけた。むしろマイナスにもなる。嫌なの、あたし。あんな奴らは」
「そうでしょうか」
「そーゆーもんなのよ。……だからって、あんたみたいなのも、あたしは気持ち悪いけどね」
一方、ミーティングを終えたスカーの元に、おずおずとミントがやって来た。
「すまん。俺達はまた別の戦場に行くことになった。迷惑かけるな」
「いいんです。隊長が決めたことなら」
「また、見たくねえものを見ることになるかもしれないぞ」
「それでも、隊長と一緒なら、私、どこにでも行きます」
スカーのそばへ、ミントがゆっくりとすり寄る。
「……今日、隊長と離れて、私、不安だったんです。他の人よりも、私、隊長が無事なのが何よりで。だから、次からは絶対離れないで下さいね」
「ああ……わかった」
ミントに寄りかかられながら、スカーはあの双子のことを思った。
戦場での死なんて珍しくもない。あれより酷い死はこれまで沢山見てきた。感情に左右され過ぎただろうか。だが、助けなければいけないと思った。助けなければ、自分が自分でなくなってしまうような気がした。何が正解なのか。合理的な答えこそが正なのだろうか。
―――
「……サーニャ」
「はい?」
「身体、大丈夫?」
別の部屋では、アメリアがサーニャの髪を結っていた。
左か右のどちらにしようかと訊ねると、両方で、と彼女は応えた。
「大丈夫ですよ。私、戦えます」
サーニャの両腰にはPDWが二丁。何から何まで“一つ”の身体。
「サーニャ」
「はい」
「あんたのこと、アタシがちゃんと守るし」
「私もです。アメリアさん」
アメリアはサーニャの髪を両方に結わえ、それから黙って抱きしめる。
抱かれるまま、サーニャの視線はどこか虚ろげだった。
「別れるんだ」
「はい。ボク達四人はH-7目指して行動します」
「四人と言ったほうがいいのか、五人と言ったほうがいいのか、わかんないわね」
血で汚れたベッドのシーツを丸めながら、マゴットはため息をついた。
「あたし、軍医じゃないわよ」
「わかってますって」
「それよりさ、ロジーナ。あんた、変なタイプの獣人と会ったんだって?」
「え? まあ、会ったッスけど」
突然話題を振られ、ロジーナは目を丸くする。
「どうなってんのかしらね、アイツらの身体」
「またそんなことを……」
「あら、ただの興味じゃないわ。あたしの衝動はまさにそこにあるのよ。アイツらの身体を解明すれば、役に立つこともあるかもしれない。ね、ロジーナ、今度会ったら、生かして連れてきてよ」
マゴットの目は真剣だ。ロジーナが肩をすくめて応える。
「……次があったら、ッスけどね」
「あ、そうだ、ロジーナ。サーニャ……にしたんだっけ。あの子、絶対に裏手には連れてかないようにね」
外に出ようとするロジーナに、マゴットは振り向かないまま声をかける。
「どうしてッスか」
マゴットがタバコに火をつけ、天井に煙を吐いた。
「“使えなかったところ”、よ。……見せられると思う?」
「……」
―――
何かを信じなければ、何かを割り切らなければ、何かに頼らなければ、何かに突き動かされなければ、この戦場で彼女達は前を向けない。例え合理的でなくとも、他人に理解を得られなくても、彼女達にとってはそれこそが全てだ。
天使は、兵士ではない。




