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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 2 _ ステーション・ブラボー・トゥエルブ
15/91

#9

 9:00。

 フォーリン・エンジェル作戦、二日目の降下が始まったらしい。

 作戦を終えた天使連隊は施設の一階を整理し、即席のキャンプとして利用していた。

 時折、島中にサイレンが響き渡る。スカーは耳障りなその音に眉をひそめ、吸っていたタバコを落として踏み消す。足元には、既に数本の吸い殻が落ちている。


「終わったわよ」


 疲労の著しい顔で、マゴットが部屋から出てきた。血まみれの白衣のポケットからタバコを取り出し、ライターがないことに気付く。術中に使ったまま、部屋に置き忘れたらしい。スカーは無言でライターを投げてよこす。

「どうなった」

「“出来た”わ」

「……出来た、だと?」

「だから“出来た”のよ。それ以外、言うことは何もないわ」

 深く煙を吐き、表情の無い顔で呟くマゴットと対照的に、スカーは険しい顔で言う。

「マゴット。念のため聞いておくがな。助かったのは“どっち”だ?」

 マゴットは一瞬動きを止め、そして答えた。


「――さあね。どっちでしょうね。“アレ”は」


―――


 遡ること数時間前。5:35。

 通信施設三階で轟いた無数の爆音に駆け付けたのはスカーだった。

「一日に二度も同じこと繰り返すとはな」

 一階に響いた爆音に駆け付けたのもスカーなら、三階に走ったのもスカーだ。

 アメリアの負傷と、アリスの援護による撤退。そこまでは確認した。後は三階の制圧だけだ、と思っていた矢先の事態である。

 嫌な予感がする。スカーは最低限のクリアリングをこなし、三階へと向かった。


 三階に辿り着いたスカーはすぐに事態を把握した。入口からの明かりが頼りの薄暗い空間。むせかえる火薬と血の臭い。ズタズタになった壁面。吹き飛んだ送信室の扉。近くの壁の下に、積み重なるようにあった“何か”。

 部屋の隅で荒い呼吸と咳き込む声が聞こえる。ロジーナだ。

「ロジーナ!」

 スカーが駆け寄り、ロジーナの肩を揺さぶる。反応は薄い。鼻から血が出ている。目の焦点が虚ろだが、命に別状はないようだ。ショックによる一時的な昏睡だろう。


 双子は……?


 足元に転がるものに気付いた。右の義手。サニーのものだ。スカーはポーチからフラッシュライトを取り出して近くを照らす。

 まず頭が二つ見える。状況からみて、“どちらか”が“どちらか”をかばおうとしたらしい。両方とも髪留めがほどけており、サニーかサーリャかの判別を付けるのは困難だった。吹き飛んだ破片を全身に受けたのだろう、双子の身体は損壊が激しく、無事な部分を探すのも困難な有様であった。双子の身体は折り重なるように、どちらがどちらの部位であるか見分けも付かないほど無惨に吹き飛ばされていた。

 送信室に罠を張られたか。ロジーナの報告にあった“手榴弾の行き先”は一発だけではなかった。奪取されるくらいならと爆破されたのだ。それもこんなやり口で。スカーが知る限り、獣人達がここまで巧妙な手を使ってくる例はなかった。

 いや、ロジーナの証言を聞いた時点で気づくべきだったのだ。支援物資を荒らしもせず手榴弾だけを抜いていった、その狡猾さに。


 スカーは改めて双子を見た。折れ曲がった足。小さな背中に突き刺さった大量の破片。焦げた肩。千切れた肉片。目を覆うような惨状。

 背後から三階を登る足音が聞こえる。アリスだ。アメリアの撤退をミントに任せ、自身も三階に来たらしい。

「これは」

 相変わらず、眉一つ動かさずにアリスは訊ねた。

 変わらぬ彼女の振る舞いに、スカーは少しだけ苛立ちをつのらせた。

「見ての通りだ。送信室奪還は失敗。アリス、転がってるロジーナを抱えて外へ出ろ」

 吐き捨てるようにスカーが答えると、アリスはこくんと頷き、ロジーナを背負って出て行こうとする。

 ふと、スカーの耳に微かな音が聞こえた。

 ……音? 違う、それはか細い声だ。まさか。


「おい、アリス!」

 スカーはおもむろに顔を上げ、アリスに向かって叫ぶ。

「命令変更だ! 大至急マゴットを施設まで連れてこい! それからレイチェルもだ!」

「了解。ですが、何故」

「言われなきゃわかんねえか! まだ生きてる、っつってんだよ! サニーと、サーリャが!!」


―――


 隣の部屋で、ミントが窓の外に向かって頭を突き出している。マゴットの助手として、アメリアと双子のしばらく治療を手伝っていたが、終わってすぐに限界がきたのだろう。

「う、うええ……」

「悪かったなミント。お前、さすがにあそこまで酷いものを見るのは初めてだったか」

 スカーはミントの背中をさする。

「あ、あんな……あんなのって、ない、です……うう」

 吐き気と嗚咽にむせぶミントが、涙をこぼしながら言う。スカーは顔を上げたミントの口元を布で拭き、優しく抱きしめた。

「だが、お前がいなきゃアメリアだって死んでいたかもしれなかった。よくやった。な?ミント」

 その一言に、ミントが堰を切ったようにわんわんと泣き出した。


 レイチェルは施設二階のベランダに出て警戒を続けていた。

 下には、アリスが歩哨に立っているのが見える。

 血生臭い。辛気臭い。ただでさえ“気持ちの悪いものを運ばされた”上に、これ以上あの場所にいるのはゴメンだ。何故、どいつもこいつも仲間にこだわるのだろう。レイチェルは手元のボトルをつかみ、湧き上がる苛立ちを抑えるように水を一口飲む。

 スコープ越しに空を見る。上空からはまた、対空砲火を切り抜けた天使達が何人も降下してきていた。あのうち、何人が生き残るだろうか。一人一人が死んだくらいで動揺するようでは、とても戦場では正気を保てないだろうというのに。


 一階会議室(数時間前に手榴弾が投げ込まれたあの場所だ)の隅で、ロジーナは膝を抱えて座り込んでいた。隣には生々しい血痕が残っている。ラズベリーのものだ。死体は少し離れたところに埋葬した。

「そこにいたんか」

 声をかけられて振り向いた先に、アメリアがいた。

「……もう大丈夫なんスか。傷は?」

「死んだほうがマシかと思ったし。でも、死んでねーし」

 アメリアは左目に包帯を巻いていた。眼球破裂による失明は確定。だが、二人の“M”による処置が完全に施されたため、出血は短時間で抑えることができた。……もっとも、ガラス片を引き抜いた時の痛みは、確かに“死んだほうがマシ”と思える痛みだっただろう。マゴットの治療による不快感も然り、だ。

 アメリアが何かをロジーナの横においた。ラズベリーの狙撃銃だ。

「アタシにゃよくわかんないけど、それ、使ってやんなよ」

 無言でそれを手に取り、部位を確かめた。爆風で吹き飛ばされてなお、正常に動作するようだ。ロジーナのものより世代が上の、軽量な狙撃銃だ。取り回すには良いだろう。ロジーナはこくんと頷いて、傍らに引き寄せる。

 血の滲んだガーゼを見て、アメリアが苦笑いを浮かべる。

「ダッセ」

「……そッスね」

「アタシもね」

 ロジーナは笑わなかった。笑えなかった。

「あいつは、あんたに預ける」

「アメリアは?」

「一人で行くし。アタシといるとみんな死ぬ」

「ボクも判断ミスばっかりッスよ。サニーもサーリャも、ラズベリーだって――」

「言うなし」

 ロジーナの言葉をアメリアが低い声で制する。アメリアの立っている場所は、ちょうどラズベリーの死体があった場所だ。

「自分のせいで誰かが死んだなんて、ゴーマンってやつだし」

「アメリア、人のこと言えないッス。それに“あの子”には、アメリアが必要だと思うんスよ……これから」

「そうかな」

「うん」

「アタシ、ろくに戦えるかわかんないよ」

「それでも、仲間は大事ッス」

 割れた窓の外を見ていたロジーナが、アメリアに向き直って言った。見つめるのは、残った右目。

「……疲れたし」

「ボクもッス」

 やがて二人は肩を寄せ合い、静かに目を閉じた。


―――


 医療室に戻ったマゴットはベッドに目をやり、傍にあった椅子に腰かける。この短時間でマゴットの行った“手当て”は相当の疲労を伴うものであった。間もなくマゴットは彼女の安否を確認すると、うなだれ、静かに気を失う。

 ベッドの上には一人の少女が横たわっていた。

 赤い髪。小柄な身体。そして両方を義手に換えた腕。


 スカーがマゴットの元に運び込んだのは、双子の“パーツ”だった。見るなりマゴットは首を振った。自分は解剖医ではない。それでもスカーは食い下がった。治療を終え、その場にいたアメリアも絶句し、そして懇願した。マゴットは根負けし“作業”に取り掛かった。もちろん、マゴットにとっては初めてのことだ。ミントも嗚咽しながら作業に参加した。


 数時間に及ぶ治療、縫合の末“彼女”は息を吹き返した。

 二人で一人。お互いの部分を補い合い、蘇った異形の身体。

 彼女はやがて目を覚まし、ベッドから起き上がった。首元には二つのドッグタグ。自分は何者なのか、はっきりしない意識で彼女はドッグタグを交互に見つめ、そしてぼそりと口にした。

「……サーニャ」

 私はあの子。あの子は私。


 二人で、一人。


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