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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 2 _ ステーション・ブラボー・トゥエルブ
14/91

#8

 天使達に役割があるように、獣人達にもまた、それに類する存在がある。


 正確には役割ではない。数十体に数体の割合で確認されている、特異種とでも言うべき存在である。特異種はいくつかタイプがそれぞれ複数体いるとされ、一般的な獣人と比べ飛躍的に優れた能力を持つことが確認されている。特異種一体の力はベテランの天使一個分隊にも匹敵し、過去の戦いにおいても数多の天使達を屠り戦況を覆してきた。

 だが天使達の間で、特異種の存在を知る者は多くない。特異種に会った天使達のほとんどは伝える機会もなく命を絶たれてきたからだ。故にその多くを噂話で、あるいは報告書で語られた特異種の存在は、天使達の間で恐怖の象徴とされていた。


 “ナイトアイズ”。

 フクロウの頭を持つこの特異種は、そんな異名を持っていた。

 夜目の意が示す通りの、ナイトスコープのような目。並外れた身体能力。そして音もなく静かに天使達の息の音を止める鋭い爪。“森の忍者”とも言われる猛禽類フクロウの特徴を継ぐ驚異の特異種。それがナイトアイズである。


―――


 不気味に見開いた二つの瞳は、暗闇の中でも三人をじっと見据えていた。一方の三人は目が慣れたとはいえ、ナイトアイズの全貌を掴みきれないままでいる。これこそが狙いだったのだろう。三人はじりじりと後退を始めるが、後ろには分厚いシャッターが降りたまままだ。その距離、わずか3m。ひと飛びで襲い掛かられる危険な距離だ。

「ゴッホウ。ホッホウ」

 するとナイトアイズは突然、掌を三人に向け、くい、と挑発するように動かしてみせた。

「かかってこい、ってこと、ッスかね」

 ロジーナは汗をぬぐうことも忘れ、呟く。

「ろ、ロジーナ」

 サニーが震えた声で言う。ほんの一瞬の沈黙の後、ロジーナは二人に下がるようハンドサインを示した。

「お望み通り、やってやろうじゃないッスか」

「「ロジーナ!?」」

 挑発に乗ったロジーナを双子が静止しようとする。

「大丈夫ッスよ。……こんな状況で。ううん、こんな状況だからこそ、ッスから」

 ロジーナは自分に言い聞かせるように呟き、狙撃銃を構えた。それを確認してか、ナイトアイズの瞳が細く縮まる。おそらく笑ったのだろう。

「こんのフクロウ野郎。ボクを相手にしたこと、後悔しても知らないッスからね」 

 決して合理的でも理知的でもない、ナイトアイズの無意味な誘い。それがロジーナの癇に障った。

 かくして、ロジーナとナイトアイズとの対決が始まった。


「はあぁっ!」

 無慈悲に振り下ろされる爪を、ロジーナは狙撃銃の銃床で弾き返す。

 本来“R”が不得手とする近接戦闘。だが彼女にその論理が当てはまることはない。範囲の狭い代わりに微細な動きまで探知できるロジーナのホイップアンテナが最も効力を発揮するのは、即ちこの距離においてだからだ。

 ロジーナは再び横凪ぎに襲う爪を銃身でいなし、トリガーを引く。フルサイズのライフル弾が火花と共に跳弾する。双子は身を隠せる場所に位置し、戦いを見守っている。

「ホウ!」

 紙一重で銃弾を回避したナイトアイズは素早くバック転して距離を取る。ロジーナは己のアンテナから伝わる感覚でその距離を測り、接近を試みる。ナイトアイズは機先を制し、ロジーナの脇腹へ蹴りを放つ。ロジーナは痛みをこらえながらも体勢を崩さず、足元に向けて射撃を敢行する。回避。跳弾がナイトアイズの背後を飛んでいく。

 ロジーナは狙撃銃をまるで棒術のように扱い、ナイトアイズの攻撃を防御し、また最小限の動きでそらしていく。暗闇の中、双子には激しく揺れ動く緑の瞳と、時折撃たれる狙撃銃のマズルフラッシュ程度しか見えていない。

「ロジーナって、一体何者なの」

「……すごい。なんだかわかんないけど、すごい」

 一瞬一瞬のせめぎ合い。気を抜いた方が死ぬ。姿は見えない。双子は息をするのも忘れ、ただ少しでも動きを捉えようと注視を続けていた。


 一方、ロジーナの目はこの暗闇に順応しはじめていた。空間の構造。壁とナイトアイズの位置、目とアンテナの感覚によるコンビネーションを無意識で行い、防戦一方だった戦況に糸口を見出していく。やがてほんの僅かな攻撃の隙を突き、ロジーナは紙一重のステップで背後へと回り込もうとする。

「獲ったッ!」

 どこでもいい。奴に一発当てさえすれば。ロジーナは素早く身を翻し、背中に向けて狙撃銃を構える。その瞬間、ナイトアイズの首がぐるりと180度回転し、ロジーナを睨んだ。

「なッ!?」

「ゴッホウ!」

 予想外の展開に硬直したロジーナを見逃さず、ナイトアイズは首を逆にしたまま後方へ跳躍、ロジーナの鼻先に頭突きを浴びせた。

 ロジーナがたたらを踏む。どぼどぼと鼻から血が出る。強い衝撃に昏倒しかけるロジーナは、しかし揺れる視界の隅にただ一点を見出す。

 やるなら今しかない。狙撃銃を振りかぶる。角度75度。後ずさり際の“天井”に向けた一発。高速で放たれた7.62mm弾は火花を散らして床へと跳ね返る。射線の先には、今まさに襲い掛からんと腕を振り上げるナイトアイズの身体。

「ギョエエエエエッ!」

 凶爪がロジーナに届く寸前、ナイトアイズの右肩から下は銃弾によって引き裂かれ、大量の血と共に千切れ飛んだ。


 自信はあった。確信が60%。運が40%。意表を突く射撃だからこそ、使うタイミングが重要だった。銃身も突きつけられない距離なら“跳ねさせて当てる”。天井にほんの少しだけ傾斜がついていたのを見逃さなかった判断力と、体勢を崩しながらでもそのポイントに的確に当てる腕前があったからこそ為し得たロジーナの一発。

 だが頭突きの衝撃と射撃を行った反動でロジーナはいよいよ体勢を保持できず、尻持ちをつく。殺したわけではない。次に左爪が来たらどう避ける。思考がフル回転する。

「…………ゴッホ、ホッホウ……」

 すると何を思ったか、ナイトアイズは左手をぶらりと下げ、攻撃を中断した。ロジーナはこれを機に再び狙撃銃を構えるも、ナイトアイズは腰から何かを取り出し、足元に叩きつけた。

 “それ”は間もなく破裂音を伴った閃光を放ち、一瞬でロジーナ達の五感を奪い去った。


 フラッシュバンだ。

 激しい耳鳴りと目眩に苦しむロジーナは、何とか働くアンテナの感覚によってナイトアイズがシャッターを開けて逃走するのを確認する。

(追うか?)

 だが、今はそれが目的ではない。こうして三階にはロジーナとサニー、サーリャの三人が残った。


 5:25。送信室防衛戦力撤退。制圧完了。


―――


「――やっぱりここ、鍵かかってる。ロジーナ、中に反応は?」

「ないッス。あのフクロウが最後の番人だったみたいッスね。……あんな無意味な、決闘みたいなことに付き合ったなんて、バカみたいな気分ッスけど」

「でも、格好良かったよ、ロジーナ。ね、サニーちゃん?」

「うん」

「そッスかね。そりゃあ、どうも……ッス」

 ロジーナは手をひらひらと振る。ロジーナの銃術はハンデともいえる感度の悪さをカバーした結果の“我流”であり、人に薦めるようなものでも誇れるようなものではない。

 だが、褒められるのは悪くない。

 先ほどまで双子がいた物陰にもたれかかり、ロジーナは布きれで鼻を押さえていた。鼻骨まではいかなかったが、かなり傷は深いようだ。鼻の中をマゴットの治療でまさぐられるのはさぞ不快の極みだろう。集中が途切れたか、朦朧とする意識をなんとか持たせながら、ロジーナは送信室に反応がないことを双子に伝える。

 下はどうなっただろうか。スカーやアメリア達は無事なのか。確認したいことは山ほどあるが、ともあれ今は動けない。後は双子に送信室の確保を任せる。


 双子は扉を前にして、わいわいと話している。サニーの右掌から細かな枝のようなものがいくつも伸び、ドアノブのシリンダーに入り込んで蠢いていた。

「やっぱりスカーさん、鍵がかかってるってことも見越して、私達を残したんだね」

「全然戦えなかったけど」

「ま、まあまあ。ここからは私達の役目だから! あの、ところでサニーちゃん、開錠って、今回が初めて……だよね?」

「うん。でも多分大丈夫。ここをこうして……あれ?」

「今、パキッていったよ!? あ、指、指!」

「大丈夫。問題ない。何となく今ので掴めた。次は平気。も一回」


 やがて、大げさな音を立てて送信室の鍵が開いた。

「……あ! やった、開いた開いた! ね、ね、サーリャ、今の見てた!? …………こほん……うん、開いたよ」

「サニーちゃん……?」

「な、何でもないよ。絶対成功すると思ってた、から……」

 けらけらとサーリャが笑う。

「ね、ロジーナ! サニーちゃんが開けたって! スカーさん達が来るまで待ってたほうがいいかな?」

 サーリャに問われたロジーナは、ぼんやりとする頭で少し考え、これを許可した。

「とりあえず中に反応はないことだし、いいんじゃないッスかね。でも、警戒だけはしておくんスよ」

「うん! じゃ、一緒に開けよ! サニーちゃん」

 期待に満ちた声でサーリャが応答する。役に立てたことがよほど嬉しかったのだろう、双子は手を揃えてドアノブに手をかけ開ける。

 その瞬間、カチ、と何かが作動する音がした。


 ごん。ごごん。ごん。ごろん。ごごん。ごん。ごごん。


 双子の目に飛び込んできたのは、送信室の天井にブーケ状にぶら下げられた大量の手榴弾。扉が開かれると共に、それら全てのピンが外れココナッツのように落下、双子の足元へと転がり落ちて―――――。


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