7 二つの抜け殻
「言ったとおり外を歩いてきたようだな」
フランリーが宿に戻ると、探偵は既に部屋にいた。ベッドに腰かけて外を見ている彼の隣には、寿がごろごろと寝転がっている。フランリーは入り口の扉を閉めながらちらりと窓の外を見る。もう日が傾いており、フランリーにとってはすごしやすい時間帯が近い。
「どこに行っていたんだ?」
「うんとねえ、森」
「町を歩いてこいと言ったはずだが」
「歩いてたよ。でも歩いてたら見えてきたから……そうだ探偵、森におばけが出るんだって」
「……おばけだと?」
「人を斬るんだって」
「刈人の話をどこかで聞いてきたのか」
「かりびと……そう、かりびと! 亜人? えっとね、おばあさんが教えてくれたんだ。それってなんなの? 亜人なんだよね?」
「人型カルセットの一種だ。五千年ほど前に絶滅したと言われているが、このあたりにその生き残りがいるようだな」
「人の首を斬るんだよね?」
「首にこだわっているわけではないし、殺害する対象も人間だけに限定しているわけでもない。人間であれ獣であれ、大抵の生き物にとって首は一番の急所だ。仕留めるためにはそこを狙うのがもっとも手っ取り早いというだけのこと」
「なんで殺すの?」
「刈人はその昔、『罪刈り』や『罪斬り』とも呼ばれていた。罪を刈り取る人と書いて刈人だ。その呼び名のとおり、罪を犯した者を斬る。一説によると、刈人の視界には目の前にいる相手の罪が見えているそうだ。罪人を見分ける目を持ち、それを刈り取ろうとする本能を持つ刈人は、その性質から罪人を処刑するための死刑執行人として人間と共存していた」
「罪が見える?」
「他人を騙した、盗みをはたらいた、生き物を殺した――どういったおこないを罪とするのか、刈人にとっての罪の定義は曖昧だが、倫理観自体は人間が持つそれと似通っていたのだろう。でなければ共存などできまい」
「なにがダメで、なんだったらいいのか、わかんないってこと?」
「そうだ。多少の個体差もあっただろう。それでも人間が罪として認識するおこないのほとんどは、刈人にとっても罪であった。そして刈人はなにかしらの罪を犯した者には厳粛に対処するが、一方で罪を犯していない者にはまったくの無害だ」
「じゃあ、今まで刈人に襲われたって人は、みんな悪いことしたってこと?」
「この国は貴様のような吸血鬼や他の亜人種族にとっては住みよい環境ではあるが、年間の犯罪件数で言えばあまり治安がよくない」
「ちあん? が悪いの?」
「ロワリアやリチャンに比べるとな。亜人の受け入れに積極的な分、人口密度が他国に比べて高いためだ。その刈人の罪に対する基準にもよるが、刈人に出会うとまずい人間が多いことはたしかだろう」
「目が合うと殺されるって聞いたよ」
「勘違いだ。その相手が罪を犯していたからであって、目が合ったから殺されるわけではない」
「襲われなかったけど、追いかけられた人もいるって」
「もともと警戒心が強い傾向にある種族だ。縄張り意識から追い払っただけだろう」
「刈人は悪魔だから出会うと悪い悪霊が取り憑くんだって」
「なんだそれは? そもそも刈人は悪魔ではないし、使い魔やそれに準ずるものを使役するような種族でもない」
「人間じゃなくても襲われるの?」
「そうだな。刈人はすべての種族に対して平等だ。人間によって絶滅に追いやられたことから、人間を恨んでいたとしても不思議ではないが。どうあれ罪に関して非常に潔癖な存在である以上、貴様も刈人との接触は避けるべきだろう」
「じゃあ、森にはもう行かないほうがいいの?」
「止めはしない。むしろそのために貴様を連れてきたと言ってもいい。私が請け負っている依頼も刈人に関するものだ。貴様が自らやつのことを調べるつもりなら、私自身がリスクを冒してまで森に入る必要もなくなるからな。バケモノの相手はバケモノに任せるとしよう」
*
「花畑にあった女の子の傷は、その剣で斬られたようなのじゃなかった。それに獣の匂いがして、お前の匂いも残ってたよ。あの女の子を喰った獣をお前が殺したんだよね。その剣からも獣の匂いがする」
フランリーは刈人の体から手を離す。刈人はなにも答えず、ゆっくりと振り返る。
「あの子はこの森を怖がっていなかったし、刈人のことも、森に入っちゃいけないってことも知らないみたいだった。それに当たり前みたいにあの花畑にいた。っていうことは、今まで何回も遊びに来てたんじゃないの?」
「それでなぜ、オレがあの人間と関わりがあると?」
流暢に問い返す刈人にフランリーは目を瞬かせた。
「だって、あの獣はあの女の子から離れたところで死んでたし、女の子はお腹の中をほとんど食べられたあとだったもん。そこにお前の匂いが残ってたってことは、お前が駆けつけたときにはあの子はもう死んでて、お前が来るのに気付いて逃げた獣を追いかけて殺したからだよね?」
「……直接的な関わりはない。ただ無垢なる者が無垢なまま帰りつけるように、目の届く位置にいる間は見ていただけだ」
「人間は嫌い?」
「好ましくも疎ましくもない」
「でも刈人は大昔にみんないなくなったんでしょ? 人間のせいで」
「人間の大多数が愚かであることはたしかだが、それを理由に忌み嫌うほどの関心はない」
「恨んでない?」
「もうすべて終わったことだ。オレが最後の刈人であり、この命が尽きた瞬間に刈人という種族はこの世から永遠に失われる。今はその事実があるだけで、人間への怒りはない。ただ呆れている。あまりに愚かで浅はかだからだ」
「ずっと一人でここにいたの? 他に生き残ってた仲間は?」
「いない。オレはかつての住処を離れてここに流れ着いた。以降、ここで最期のときが来るまで罪人を刈ることにした」
「ずっとここに? 別の場所に行こうと思ったことは?」
「人目に触れず移動することは困難だ。人間は弱いが数が多い。押し切られてしまう。既にオレの存在が人間たちに知られている以上、それも時間の問題だ。オレの最期も近いだろう」
仲間がすべて死に絶え、一人この地に逃げ延びたこの刈人は、今では半ば閉じ込められるような形でこの森に住み続けているのだ。
「お前の目には相手の罪が見えるんだって聞いたけど……」
「罪が重いほど黒いモヤがかかって見える。オレたちはそれを斬らずにはいられない」
「俺は?」
刈人は数秒フランリーを見据え、ため息をついた。
「お前たち吸血鬼は今でこそ人間と共存できているようだが、気を付けたほうがいい。人間は人間以外に対してはどこまでも非情になれる種族だ。相手が自分たちに害をなす者だと判断すれば、たちまち戦争になる。その安寧は常に薄氷の上にあるものだということを忘れるな」
探偵にも同じようなことを言われたことがある。
「俺……このあたりに住んでるわけじゃないよ。探偵っていう、人間の……友達がいて」
「お前がどこの吸血鬼かは関係ない。問題は、今までどのようにして暮らしていたのか。本来であれば不要である犠牲を強いなかったかどうかだ。お前はどうだ。自分自身の罪を数えろ」
フランリーは言葉に詰まる。刈人は淡々と続けた。
「何度も人間を襲ったようだな。人間以外の動物に対しても、お前は幾度となく危害を加えた。それは罪だ」
「こ――殺したのは一人だよ。いや……もう一人、病気の人間を、見殺しにした」
「そんなことは罪じゃない。お前の罪は、悪戯に他の生命を脅かし続けてきたことだ。脅し、傷つけ、阻害した。多くの生き物に対してそれをおこなった。それは生きるために必要な行動だったのか? 吸血鬼としての本能か? 違う」
探偵と出会う前――いや、探偵とはじめて会ったときもそうだった。フランリーは自らの屋敷がある森の中で、森に立ち入った人間たちに対して牽制をおこない、森に立ち入らないよう警告してきた。だがそれらはフランリーの過剰な防衛意識からくる行動であり、人間に危害を加えられたことがあるからそうしていたわけではない。無用な手出し。それがフランリーの罪だ。
「それは――」
上半身に強い衝撃。
見ると、刈人の手に握られた剣がフランリーの体を斜めに斬り上げていた。腹から胸にかけての大きく深い斬撃。避けることもできず、ただ傷口からあふれる血を止めようと手で胸を押さえるが意味はない。傷口が焼けるように熱い。
「かり、びと」
フランリーはよろめきながらあとずさる。血が止まらない。地に膝を打つ。再生が遅い。刈人は一度剣を振って刃についた血を飛ばした。あの剣はまさか銀を含んでいるのだろうか。
「言っただろう。罪を斬らずにはいられない。オレたちはそういう生き物だ」
群青色の亜人はフランリーを見下ろしたまま、冷たい声でそう告げた。




