表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵一派  作者: 氷室冬彦
名無しの吸血鬼
6/19

4 吸血鬼フランリー

 あちこちをふらふらと歩きまわっていた探偵の拠点が定まったのは、フランリーと出会ってからしばらく経ったころのことだ。


 南大陸の最西端に位置する小国ロワリア――その国の中心部。ロワリア国の化身ロア・ヴェスヘリーの住居でもある国際会議場が、会議場としての役割を残したまま新たな起業の場として生まれ変わったのだ。他国でのひと悶着を片付ける最中にそのギルドの構成員と出会い、それがキッカケとなって探偵はそのギルドに所属する運びとなった。


 ギルドには家族や住む場所を失った孤児ばかりが所属しており、各地から集めた依頼を彼らが解決する――という単純明快な活動方針。会議場を改築し、子どもたちは住み込みで働いている。だが、未成年しか所属していないギルドでは仕事を受けるのは難しい。組織に対する信用がないからだ。いずれギルド長となる候補はいるが、今はまだその役職を任せることはできない。


 国の化身という後ろ盾があろうと、それだけで世論を変えられはしない。ギルド長が成人するまでは、彼らの監督責任者となれる大人が必要なのだ。探偵も表面上はギルドの責任者として名前を貸している。表面上――というのはそのままの意味、実際に探偵はなにもしていない。今までどおり自分のもとに舞い込んできた依頼を解決していくだけだ。責任者としての仕事はすべてロアに一任している。探偵はただ、いつの間にやら積み上げられてきた自らの知名度を少し彼らに貸してやっているだけなのだ。


 当然のこと、最初は断固拒否した。いくらロア・ヴェスヘリー直属の組織といえども、そのような不安定で景気の悪い組織から名前を貸してほしいと言われて、二つ返事で了承するほど愚かではない。いつ沈むかもわからない泥船に自ら乗り込むバカはいないだろう。


 すると彼らは探偵が勧誘を蹴った理由のひとつひとつをつぶしにかかった。ギルドが今後どうなっても探偵には一切の損失も及ばないことを約束する旨の契約書が、ロア・ヴェスヘリーの署名捺印つきで出てきた上に、探偵の要求をすべて呑むという破格の好待遇を約束されたのだ。


 彼らの売名に手を貸す代償として探偵は、拠点を得るうえで必要だと感じていたすべての条件を要求した。細々とした面倒な仕事や、探偵が担う必要性の感じられない事務作業は一切引き受けない。肩書きは変えず探偵業は継続する。こちらの仕事に干渉せず、探偵個人の行動にも口出ししないこと。探偵が面倒に思う人付き合いを強要しないこと。それからもっとも重要な条件として、住まいが快適であることと、質のよい紅茶があること。


 ギルドに属することで探偵に発生する義務や責任はなく、こちらの要望をすべてを叶えると言うのだから一考の余地くらいはあるだろう。彼らの誘いを断りきれなかったのは、その後ろ盾があまりに大きすぎたことと、あとは単純に、長旅に疲れた探偵の、一時の気の迷いだ。



 *



 吸血鬼フランリーは子どものような男だった。


 まず言葉遣いが幼い。フランリーが唯一関わった人間の一家、その一人娘と長く一緒にいたことで言葉遣いが似てしまったせいだろう。その少女――エリスの没後は屋敷にこもりきりで外界との関わりを絶っていたため、精神的な成長も訪れず、思考も単純で、とにかく世間知らずなのだ。森の外の世界のことなどなにも知らないと言い切って差し支えないほどだ。


 そしてこれは最初に会ったときから薄々気付いていたことなのだが――。


 頭が悪い。


「貴様はもう少し外の世界に触れるべきだな」


「えっ、でも人間怖いし……」


「そうか。では今貴様の目の前にいる私の種族を言ってみろ」


「た、探偵は……探偵でしょ?」


 屋敷の一階。リビングルームのソファは古臭くて座り心地もいまいちだが、座っていられないほどではなかった。屋敷全体に埃が積もっていると言っても過言ではないほど汚れていた部屋をフランリーに夜通し掃除させ、ソファもカーテンも片っ端から丸洗いさせた。窓に打ち付けてあった板をいくらか外し、ある程度は自然光も取り込むようになり、そのため昼間はきちんと部屋の中が明るい。


 この屋敷にはある種の防衛魔術がかかっている。いわゆる結界術のようなものだが、それは侵入者を妨害できるような直接的に役立つものではない。ただ、その術のおかげで家具はもちろん建物自体の劣化が抑えられているため、掃除さえきちんとすればまだまだ人が住める。綿密に練られた術式があり、それに魔力を注いで発動させる――という本来の魔術ではなく、これはフランリーの真祖としての力のひとつ。端的に言えば縄張り意識が少しの力を持ったようなものだ。


「夜だけでも森の外に出てみたらどうだ」


「やだよ、夜でも町には人間がいるもん……昼よりは少ないけど」


「私のことは捜しに来ていたくせにか」


「それはだって、探偵に会うためだったし……」


「私が町にいればまた同じように出てくるのか?」


「でも探偵は夜には来ないじゃんか」


「活動時間外なのだから当然だろう。なら貴様が昼間に出て来い」


「太陽に当たると俺、死んじゃうよ」


「貴様は多少日光に当たったくらいで死にはせん。太陽が出ていなければなおのこと。私と最初に会ったときもそうだっただろう。それまでも、森の中なら今までも出歩いていたはずだ。最長でどれくらい外で活動できたか覚えているか?」


「うーん……昼間はまぶしいけど、たしかに太陽の光がなければずっと外にいても大丈夫だったかも。森の中は影になってるし、雨とか曇りの日も」


「そうか。それはいいことを聞いた」


 探偵はクリップで留めた書類をテーブルに放り投げた。フランリーは紙面を覗き込み、首をかしげる。彼は文字の読み書きができない。教えてみようともしたが時間を無駄にしただけだった。物覚えが悪すぎる。


「なんて書いてるの?」


「明後日から北大陸のロラアン国で仕事がある。雨や曇りの多い地域でめったに晴れない上に、この世界でもっとも吸血鬼などの亜人種族への抵抗が薄い国だ。分布に多少の偏りはあるが、町には吸血鬼がそこかしこにいる。最初に出歩くにはちょうどいい場所だ。貴様もついてこい」


「ロラアン……って、たしか、吸血鬼の都?」


 フランリーはわずかに表情を明るくする。ロラアン国は人間と亜人種族の共存を実現させたはじめての国だ。それは人間と対立しやすい傾向にある吸血種も例外ではない。かの国こそ、住処すみかを追われた人外たちが正体を隠さずありのままで暮らせる唯一の土地であり、彼らにとって最初で最後で最大の砦なのである。この世間知らずな吸血鬼がそのことを知っていたのが探偵には少し意外だった。


「明後日にはリチャンも雨が降るようだから、移動にも支障はないだろう」


「ほ、本当について行っていいの?」


「私は来てもいいと言ったんじゃない。ついてこいと言ったのだ。仕事の邪魔だけはするなよ。外では勝手な行動をとらず、私の指示に従うことだ」


「うん!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ