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探偵一派  作者: 氷室冬彦
おまけシナリオ
19/19

『エリスの手紙』

 吸血鬼さんへ。



 あなたがこの家にやってきた日のことは、今も昨日のことのように覚えています。


 私とあなたがはじめて出会ったのは、十一年前、私がまだ五歳のころでしたね。


 森の中で倒れていたあなたを見つけた私とお母さんは、あなたを家まで運んでいる最中に獣に囲まれました。普通の獣だったのか、魔獣だったのかは私にはわかりません。私もお母さんも能力者ではないから、あのままでは殺されていたでしょう。


 それを助けてくれたのはあなたです。あなたは力尽きて倒れていたにも関わらず、私とお母さんを守ってくれました。倒れていたのは血を飲まずにいたからだと思います。それでも私たちを襲ったりしなかった。


 お父さんがあなたをこの家で雇いたいと言ったのは、吸血鬼であるあなたの生態を研究したいからだと、あるときあなたは言いましたが、それは半分正解で、半分は間違いです。


 たしかにお父さんは人ならざる生き物であるあなたに興味を抱いていました。でも、あなたを私の護衛にしたいと言ったのは、私がそうしてほしいと頼んだからです。あなたは人間に、というより私たちに、危害を加えない。両親があなたを認めたのは、あなたがとても優しい人だったからです。


 あなたは私たちに危害を加えるどころか、ちょっとした嘘もつけないような純粋でまっすぐな人でした。いつもにこにこしていて楽しそうですが、私の遊び相手をしているときがとくに楽しそうだとお母さんが言っていました。私はそれがうれしかったです。


 幼かった私は、あなたが人間ではないことをきちんと理解していませんでした。あのころの私にとって、あなたは年の離れた友達であり、兄のような存在でした。歳を重ねるごとに少しずつ、あなたが私たちとは違うことを理解していきましたが、私にとってのあなたが大切な存在であることに変わりはありません。


 あなたは私が手を引っ張ると、楽しそうについてきてくれた。忙しいお父さんやお母さんよりも、あなたとすごした時間のほうが長かった。うれしいことも悲しいことも話しました。あなたはいつも、それを聞いてくれました。


 あなたを大切に思う気持ちに変わりはないと言いました。それは嘘ではありません。ただ、私はいつの間にか、あなたを友達や兄のようには見ることができなくなっていました。


 私が十三歳になったころ、両親が他界しました。原因は既に知ってのとおりです。強盗に殺されました。あなたはそのことについて、私になにも聞こうとしないし、そのことについて話し合おうともしませんでしたね。私は最初、あなたは両親を亡くした私を気遣ってそうしているのだと思いました。


 強盗は両親と他のみんなを殺害したあと、自分で自分の喉を切り裂いたと聞いています。悪い薬に手を出して、頭がおかしくなってしまった人だったそうです。私の部屋を見落としていて、たまたま私の存在に気付かなったから私は無事だったと説明されました。


 あなたは嘘をつきましたね。あの夜、あなたはこの家にいたはずです。きっとまた私を守ってくれたのでしょう。


 あなたがなにをしていたとしてもかまいません。私はあなたがいなければ死んでいた。両親のことは残念でしたが、あなたはきっと他のみんなのことも助けたかったでしょう。


 私はあなたに謝りたかった。そしてお礼を言いたかった。でもあなたは私がこの話をすると逃げてしまう。だからこの場を借りて伝えたいと思います。


 助けてくれてありがとう。そばにいてくれてありがとう。あなたを悲しませてばかりでごめんなさい。



 両親の遺産があるおかげで、私はまだここで生きていくことができています。あなたがここにいない日に、私は町に遊びに行くことも増えました。友達もできました。


 あなたは私が友達を家に招かないのも、あなたに友達の話をあまりしないのも、昼間は外に出られない自分を気遣ってのことだろうと言いましたね。気にしなくていいからもっと人間の友達とあそんできていいとも言っていました。


 私は恥ずかしくて本当のことが言えませんでした。私はあなたがもし人間だったとしても、誰もこの家につれてこなかったでしょう。事件のせいではありません。


 私は友達の誰にもあなたのことを話していませんでした。私の友達はみんなかわいい女の子ばかりだったから、もし誰かがあなたに興味を持ったり、あなたが私以外の誰かに興味を持ったらと思うと、それがとても嫌でたまりませんでした。


 あなたを独り占めしたかった。私はあなた以外の友達も作っていたのに、あなたには私以外の友達を作ってほしくなかった。わたしだけを見ていてほしかった。こんな自分勝手でみにくい、わがままな気持ちを持っていると、あなたに知られたくなかった。


 私にとってあなたはとても大切な存在です。でも友達や兄のようには思っていません。もうあなたのいない生活なんて考えられない。ずっと一緒にいたかった。ずっと二人で暮らしていたかった。


 肺に病気があるとわかったのは、本当はもっとずっと前のことでした。あなたに弱いところを見せたくなくてずっと言えませんでした。夜になると、今ねむったら二度と起きることができないような気がしてこわくて眠れません。


 この世界であなたをひとりにしてしまうことが怖くて、かなしい。わたしがいなくなったらあなたはどうなってしまうのでしょうか。


 あなたはきっと一人でも生きていけると思います。でもいつか私のことを忘れてしまうのでしょうか。


 わたしが今のねたきりの体になる前に、あなたは私に話してくれましたね。自分はおそかれ早かれここを出ていくつもりだったと。わたしが成長するにつれて、私とあなたが親密になるほど、私を見るとのどがかわくと。


 あなたは吸血鬼だから、元気なわたしがとてもおいしそうに見えて、それがいやでたまらなかったと。


 わたしがあなたの変化に気付かないわけないしょう? わたしは、あなたが私をきずつけても、あなたに血を吸われてもいい。


 あなたはどうしてもいやだったと泣いていたけど、私はこのまま死ぬくらいなら、あなたに血を吸われて死ぬほうがずっといい。


 わたしは心からそう思えるほど、あなたをあいしてしまった。


 ずっとここにいて。わたしといっしょにいて。


 わたしはもうあなたと生きられないけど、あなたはずっとげんきでいて。あなたがこのてがみをよむのは、きっとわたしが死んだずっとずっとあとのことになるでしょう。あなたは字がよめない。わたしはてがみをかくします。


 このまましぬのはいやです。


 ずっとあなたといたい。


 わたしはまだおいしそうに見えますか?


 あなたがすき。


 おねがい、


 わたしを■■■■



(最後は字が潰れていて読めない)

2022.06.29 改稿。

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