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探偵一派  作者: 氷室冬彦
エピローグ
18/19

16 探偵一派

 それからしばらくの時を経て――仔細はあえて割愛するが――秋人は探偵の手伝い人と言う名目でギルドの一員となった。紆余曲折ののちにライニを発ちフランリーの屋敷に転がり込んだ秋人が、ギルドに掛け合ってほしいと探偵に懇願してきたことが発端だ。


 そのときの彼は住居も仕事も失っていた。なにも探偵が彼の衣食住を斡旋してやる義理などないのだが、一文無しの放浪者になってしまった秋人に、せめてもの情けとしてギルドに取り次ぎ、話し合いに同席し、わずかな助け舟を出す程度の手伝いをした。放置すればこの無職は一生フランリーの屋敷に居候していただろうからだ。


 結果として、秋人はひとまずギルドに住み、仕事を請け負うことを許された。しかし正式なギルド員ではなく外部協力者のような立ち位置で、彼の私室は地下に隠されている。建物内部にもともと備わっていた地下への階段とは別に、外につながる隠し通路まである特別仕様だ。


 來坂礼は秋人を認めなかった。


 そもそも秋人はあのギルドに所属するための条件を満たしておらず、彼を受け入れることが、既にギルドで生活している子どもたちを裏切ることになりかねないからだ。


 誤解がないよう弁明しておくと、秋人が地下室に住むことになったのは、礼が彼を地下に追いやったのではなく、秋人自身がそう申し出たことによるところが大きい。もちろん、秋人の存在を他のギルド員に隠すためには地下室以外の選択肢がなかったのは事実だが、礼の決定に悪意はない。むしろ、無理を言って押し切ろうとしているのは秋人の側なのだから、礼は拒否の姿勢を維持してよかったところを、よく歩み寄ってくれた。


 彼の不死身体質を知っているのは礼をはじめとしたギルドの上層部と、ごく一部のギルド員だけだ。もし秋人が人目のある場所で死亡した場合などに、彼らがどうにかサポートしてごまかしてくれる手筈となっている。一応、生命力と再生力のみに特化した体脳系の能力者という触れ込みでギルドになじませる予定だ。


 この秋人という謎の生命体は、およそ人間とは言いがたい存在ではあるものの、もともとは正真正銘ただの人間だった。少しばかり容姿が整っているだけで、それ以外はごく普通のありふれた青年だったのだが、あるきっかけがあって絶命し、そしてどういうわけかよみがえった。そこから彼の不死者生活がはじまったのだという。


 一度死んだ身であることが関係あるのかないのか定かではないが、彼は自身の身体に備わる機能のほとんどを任意で操作できる。たとえば五感だ。視覚を鈍くする代わりに聴覚を鋭くする、悪臭漂う空間では嗅覚を切る――など、感覚や神経をある程度自由に操れるらしい。


 ただし痛覚と筋力と記憶に関しては、秋人がどんなにうなっても逆立ちしても操作できない。彼はもともと人間で、人間として生まれ育ち、人間として死んだ。そして今の秋人として復活したのだが、それ以前のまっとうな人間だったころ、言うなれば生前の記憶と、ついでに痛覚を失っている。


 彼は自分自身のことをなにも知らないらしい。生まれも名前も年齢も、生年月日も、生前の自分がどのような人間だったのかも、なにひとつ覚えていない。見た目からおそらく二十代前半から半ば程度であると予想することができるが、たしかなことはわからない。秋人という名前も、なんとなく覚えがある気がする文字や言葉をつなげて名乗っているだけなので本名ではない。


 とはいえ痛覚がないことも記憶がないことも、本人はあまり気にしていないようだ。ないよりはあったほうがいいという意識はあるが、思い出せないものは思い出せないのだから仕方がないと楽観的に捉えて生きている。まったく気楽でうらやましいことだ。目下のところ困ったことはないらしい。


 そしてその他の潜在能力に関する情報だが、結論から言うと彼は怪力だ。人間には危機的状況に追い込まれた際に発揮するという、いわゆる「火事場の馬鹿力」というものが存在する。ありていに言えば身体能力のリミッターが外れたような状態だ。自らの意思でそれを制御できる者などそうそういない。秋人もまたそうなのだが、それは常人とは反対の意味だ。彼はそのリミッターなるものが常に外れた状態で、だからこそ彼は一般人に比べて怪力なのだ。もちろんそもそもの種族が異なるフランリーや刈人には劣るが、細身な見た目に反して筋力は常人の二倍から三倍以上はある。


 これまで探偵は戦闘や力仕事が想定される任務の際には、世間を教えるという名目でフランリーを同行させていたのだが、やはり吸血鬼であるフランリーを太陽の下に引っ張り出すのはリスクが伴う。むやみやたらにフランリーを連れ出して酷使するのは探偵としても少々ためらわれた。


 秋人は元来のんびり屋で動きもどんくさい。戦力面は頼りないが、盾としては十分な性能を持っている。力仕事も得意で体力もある。さすがにフランリーと同程度の働きは期待していないし、下位互換とも言えないが、小間使いとして連れ歩くだけなら便利なほうだろう。気味の悪い存在ではあるが、手伝い人として探偵の監督下に置いておくことにこれといった不満はない。


 かくして秋人は新たな住居と仕事を得て、探偵は新たな手駒を得ることとなったのだ。



「探偵、歩くの速いって。急ぐ理由もないのに、なんでそんなにさっさと歩くかなあ」


 フランリーの屋敷のリビングでソファに腰かけ、そのへんに積まれてあった本を適当に手に取ったあたりで、ようやく追いついてきたらしい秋人が息を切らしながら抗議した。


「貴様が遅いだけだろう」


「俺が遅いのを差し引いても速いんだよ。そのなっがい脚、もうちょっとでもゆっくり動かせないわけ?」


「歩く速度が脚の長さのみに依存し完璧に比例するなら、貴様の脚はいったいどれだけ短いのだろうな。寿のほうがまだ脚が長いことになるぞ。気の毒なことだ」


「あーあー、股下九十メートルがなんか言ってるよ、嫌なやつ!」


「ほざくな、股下十センチが」


「なんの匂い?」


 ソファにうつ伏せになって寝転がっていたフランリーが顔をあげた。秋人が手に持った白い箱をフランリーに差し出す。


「ああ、これ、来る途中に知り合いの店でケーキ買ってきたんだよ。吸血鬼って固形物は食べないのが普通って聞いたけど、たしかフランリーは食べれるんだったよな? 刈人も」


「うん」


「なにが好きかわからなかったからテキトーに選んできたけど、甘いもの平気?」


「うん? うん」


「じゃ、先にどれがいいか選んでいいよ。俺も探偵もどれでもいいから」


「わーい」


 フランリーは体を起こしてソファを這い降りた。


「刈人呼んでくる」


 軽い調子で部屋を出ていく大男の背中に、秋人は苦笑をこぼした。


「……あいつ、いくつだよ」



 *



「ガキの子守りも大変だ」


 医務室の白いベッドに腰かけながらぼやく探偵に、白衣を着た長髪の女性――千野原涼嵐ちのはらりょうらんは長いまつ毛に覆われた目を細めて微笑んだ。ギルドの中は大半が人の声と気配に満ちており、探偵にはうるさく感じられるくらいなのだが、医務室だけは常に静かだ。清潔感のある真っ白な壁に覆われた部屋には、探偵と涼嵐以外に誰もいない。


「でも最近のあなた、前よりも少し楽しそうよ?」


「気味の悪い冗談はよせ」


「あらごめんなさい。あなたが例の吸血鬼さんたちの話ばかりするから、ちょっと妬いちゃったのかしらね」


「あれらの名を口にするときは、決まって愚痴しかこぼしていないはずだが」


「いいじゃない別に。一緒にいない間もその人のことを考えてるってことでしょ? 探偵さん、外で私の愚痴や悪口を言ったことある?」


「悪く言わないからと言って、その場にいない者について考えていない証明にはならんだろう。そもそも独り身の野郎どもしかいない前でお前の話など出してどうする」


「そんなこと言ったら都合のいいように捉えるわよ?」


「好きにしろ。ちなみに、一度も口に出してはいないが自室のインテリアの趣味が悪いとは常々思っているぞ」


「個人の空間なんだからいいじゃないの」


 涼嵐が探偵の隣に腰かけ、その肩に寄り添った。


「でも本当に、最近のあなたは傍目に見ていて楽しそうよ。誰かの面倒を見て世話を焼いてる間が一番精神が安定しているような気がするわ」


 それに――涼嵐は言葉をつなぐ。


「愚痴ばかりだけど、全部あなたの行動が招いた結果なのでしょう? こうなる可能性があるとわかったうえで、あなたはそうしたんじゃないの?」


 ――望むなら、私はときどき貴様の様子を見に来てやろう。


 名無しの吸血鬼に名を与えた、あの日の帰り際。たしか探偵はフランリーにそう言った。一人くらい、ギルドの外に人間でない知り合いがいてもいいだろうと、あのときはそう思っていたのだ。まさか一人が三人になるとは思ってもみなかったが。


「……あんなことは言うべきではなかったな。そもそも関わりを持たずに放っておけばよかった」


「知ってる? 探偵さん。あなたって心にもないことを言うと耳の下を触る癖があるのよ」


 すぐに顔から手を放し、探偵は深くため息をついた。

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