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探偵一派  作者: 氷室冬彦
不死身の死体
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12 人狼ルガルフ

 ルガルフが狼に姿を変えた途端、三人を包囲していたカルセットたちが一斉に興奮状態に陥り動き出す。ルガルフがひと吠えして合図し、それに合わせて探偵とフランリーは駆け出した。小路に飛び出し、一瞬遅れてルガルフがついてくる。目の前にまで迫った魔獣たちの群れに向かって、ルガルフは猛々しい咆哮とともに飛び込んでいく。


 風を切る音とともに、狼の姿が消えた。


 白い影が目にも留まらぬ速度で縦横無尽に飛びまわり、肉を絶つ斬撃音とともにカルセットたちが動きを止めていく。数秒の間を置いて、四肢を赤く染めた狼が姿を現した。前を塞いでいたカルセットたちが次々と倒れ、霧のように消えていく。


 風属性系の能力者――探偵は直感した。


 立ち止まることなく魔物の網を抜ける。横から飛び掛かってこようとしたバンブブルを撃ち、ルガルフが狩り損ねた鉈斬鬼を蹴りつけて道をひらき、さっさと駆け抜けていく。


 一度、背後に目をやってルガルフがついてきていることを確認した。フランリーが彼の援護にあたっているため心配はいらないが、先ほどの技は今の彼に連発できるものではない。見るからに魔力の消費が激しく、自己申告のとおり力の制御も甘い。おそらくもう一度同じことをすれば魔力切れを起こして動けなくなるだろう。


 竹の敷き詰められた林を飛び出す。一気に視界がひらけ、すぐ近くにチャン・リウメイの姿があるのを確認して立ち止まる。事前に決めた定期連絡の時間は目前で、ここは待ち合わせの場所に近い。リウメイもそこに向かう途中だったのだろう。


「探偵くん――」


 リウメイがこちらに駆け寄ろうとしたとき、寿を抱えたフランリーが竹林から飛び出してきた。寿はその腕からするりと抜け出して探偵の足元に着地する。一方で、フランリーは目の前のリウメイに気付きながらも急停止が間に合わず、結局二人はそのまま衝突した。


「わあっ!」


 フランリーのシルクハットが宙に舞った。



 *



「私のほうでもなにか手がかりがないか探していたんだが、カルセットの数を減らすばかりで調査までは手がまわらなかった。改めて歩いてみると広いものだな」


 それで、どうだった――リウメイは問いかけながら探偵を見て、次にその傍らでマントに包まってうずくまるフランリーと、そのフランリーを心配そうに見ているルガルフ――既に人間態に戻っている――を順番に見た。


「その、用心棒……吸血鬼だろう? 大丈夫なのか?」


「ああ、気にするな。しばらく日光に炙られたところで死にはせん。今回の大量繁殖現象の原因についてだが」


「手がかりは? なにかわかったか?」


「わからなかった、と言うと思うのか? この私が」


 片眉を吊り上げて不敵に笑って見せると、リウメイは安堵したのか肩の力を抜いた。


「君ならそう言ってくれると信じていたさ。探偵くん、聞かせてもらえるか」


「まず、はじめに――」


 探偵は咳払いをひとつ。それからいつも推理を語るときと同じ調子で話しはじめた。リウメイは過去に何度か彼が謎を解く場に立ち会ったことがある。探偵はいつも、必ず最初にひとつの結論を明かす。フランリーがシルクハットを目深にかぶりながらゆっくり頭を上げた。


「原因はそいつにある、と言っておこう」


 そう言って探偵が示した相手は、薄水色の目を持つ銀髪の少年――ルガルフだ。リウメイとフランリーが同時に彼を見るので、ルガルフはうろたえながら自分自身を指さした。


「え、俺? なんで俺が原因で、この竹林のカルセットが繁殖するんだよ」


「チャン・リウメイ。もう一度確認するが、この竹林で大量繁殖が起きたのはいつからだ?」


「四日ほど前には既にその傾向が観測されはじめていたよ。なにか関係が?」


「人狼ルガルフ。貴様がこの竹林に立ち入り、道に迷って立往生していたのもちょうどそのころだったな」


「そうだけど、だからって――」


 ルガルフがムキになって言い返そうとするのを、探偵は手で制した。


「なにも貴様が竹林に立ち入ったからこうなったと言いたいわけではない。原因は、この竹林に入ったあとの貴様の行動にある」


「俺の行動?」


「そもそも、カルセットが大量繁殖現象を引き起こす原因は――吸血鬼、言ってみろ。歩きながら説明しただろう」


 フランリーは一瞬の間を置いてからようやく自分に話が降られたことに気付き、たっぷり三秒は遅れて答えた。


「えっと、絶滅したくないから」


「では竹林のカルセットが大規模な繁殖をおこなわないのはなぜだ。これも説明してあるぞ」


「うん。強いから、絶滅するかもって思わなくていいから?」


「正解だ――が、言葉遣いが本当にガキだな。外にいる間くらいはあの学者を真似た口調でいられないものか」


「だってあれ疲れるし、難しいんだもん」


 ため息。


「繁殖期はすべてのカルセットに訪れるが、周期や繁殖規模は種によって差がある。その種族の個々の力が弱いほど繁殖の規模が大きくなり、反対に個々の力が強い種族ほど小規模になる。竹林に住むカルセットは後者であり、これまで繁殖期が来ても繁殖と呼べるほど大げさに数が増えることはなかった。ではなぜ今、突然あれほどまでの大繁殖が起きたのか」


 探偵は目を細めた。これは彼の癖だ。本人にそのつもりはなくとも、その視線の先にいる相手からは睨んでいるように見えるので、あまりいい癖とは言えない。


「理由は簡単。カルセットが繁殖現象を起こすための条件を満たす出来事があったからだ」


「そこの彼が、竹林のカルセットたちに絶滅の危機感を覚えさせてしまったということか」


 リウメイが言う。探偵は頷いた。


「しかし探偵くん。人為的に大量繁殖現象を起こさせるなどということが、本当に可能なのか? いや……なにも彼自身がこうなることを見越してわざとやったと思っているわけではないが」


「理論上可能とされていることの大抵は実行可能であるし、不可能とされていることは大抵できない。しかし理論上では可能とされていることでも、実際には起こり得ないこともあれば、その逆もまた然り。この世ではもはやなにが起きても不思議ではない。世の中のすべての物事は理屈で説明がつくとでも思っているなら、それは大きな間違いだ」


「要は……それができるだけの力を持つ者であれば、やろうと思えばできなくはない、ということか」


 探偵はルガルフの腕を掴んで引っ張ると、リウメイの前に突き出した。手足に刻まれた無数の細かい傷に、リウメイはわずかに眉をひそめる。


「それは草木で切ったのか。痛そうだ」


「人狼ルガルフ。貴様の戦い方を見せてもらったが、たしかに能力の制御が不完全のようだった。能力のレベル自体は高いが、力の加減が利かないがゆえに、己の力に振り回されて使いこなせていない。その傷も竹林の中を駆けまわるうちにできたものよりも、あの大げさで融通の利かない攻撃を繰り出した際についたものではないのか」


 ルガルフが口ごもる。図星なのだろう。


「た、たしかに……俺は力加減が下手だ。というか、力加減ができない。それで能力を使うときはいつも勢いがつきすぎて、あの規模のものになってしまって」


「あのバババーってあちこち飛び回るやつ? いつやってもああなるの?」


「うん……あれくらい囲まれてるときに使うならちょうどいいけど、いつもいつも大勢と戦うわけじゃないだろ? カルセット一体二体に使うには大げさだし、魔力の消費も激しい。だからといって調整もできない。変に力を緩めると、今度は弱くなりすぎるから」


要は練度が低いのだ。そのせいで、せっかくの強力な技を使いこなせない。


「貴様は竹林に入って以降、カルセットを倒しながら進んでいたと言ったが、一度の攻撃であれだけの数を屠れる貴様が、竹林に入ってからずっとあの調子で狩り進めていればどうなるかくらい想像がつくだろう」


「全滅?」


「その大技とやらを使わずに戦うこともできたんじゃないのかい?」


「あ……ううん。俺、戦い自体はあんまり得意じゃないんだ。弱い個体なら倒せるけど、ここのは強かったから……探偵の言うとおり、ずっと能力頼りで戦ってた」


「じゃあルガルフが犯人じゃん」


「そう……だったっぽい。ご、ごめんなさい」


「探偵、増えちゃったのはどうするの? ほっといていいの?」


「こいつが竹林を離れてひと晩そっとしておけば繁殖は収まっていく。そうしたら増えすぎた分を削ればいい。だが我々がそこまで面倒を見るつもりはない。私の仕事は大量繁殖の原因を解き明かすことであり、繁殖したカルセットの討伐ではないからな。そこのオオカミ少年が犯人とわかった今、私の仕事は終わりだ。後始末は自分たちでどうにかするか、別のギルド員を改めて呼び寄せるがいい」


「ああ。それは承知している。あとのことは他の者と話し合って決めるとしよう。ありがとう、助かったよ探偵くん」


 リウメイは探偵に一礼するとルガルフを見た。ルガルフは身を固くして立ちすくんでいる。


「私は君をなにかの罪に問うつもりはない。今回の事件の責任を取らせるつもりも、もちろんない。死傷者が出たわけでもないし、意図的にこのような事態を招いたわけではないのなら、君もあまり気に病まなくていい。失敗は誰にでもあることだ。ただ、近隣住民に迷惑をかけたことはたしかだから、小言は言わせてもらおう。今後はむやみな討伐はよしなさい。二度と同じ失敗を起こさないよう、くれぐれも気を付けてくれな」


「は、はい。ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに目を伏せて小さくなったルガルフにリウメイは優しく微笑み返す。


「わかってくれたのならいい。君、ルガルフくんだったか。説教はこれくらいにして、その傷の手当てをしよう。ずいぶん弱っているようだし、食事と休息も必要だな」


「え、いや、でもこれくらいの怪我はすぐに治るし」


「だが――」


 リウメイがルガルフの手を取ろうとするが、彼はあわてて身を退いて、逃げるように踵を返した。


「わ、た、探偵さん、フランリー! た、助けてくれてありがとう。俺のせいで仕事増やしてごめん、それじゃあ!」


 これ以上リウメイに面倒をかけたくないらしいルガルフは、さっと駆け出すと大きく跳躍した。着地した四本脚はひと息に速度を上げ、銀色の狼はあっという間に遠ざかっていった。


「……まあ、あれだけ元気なら問題なかろう」


「そうかもしれないな」


 遠くのほうで獣の遠吠えが響いた。

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