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探偵一派  作者: 氷室冬彦
不死身の死体
13/19

11 薄水色の闖入者

 巨大な紫色の芋虫が吹き出した粘着質な液体を躱す。それは探偵ではなく鉈斬鬼に降りかかり、鉈斬鬼は金属をこすり合わせたような不快な叫びをあげた。液体をかぶった胴体は、煙とともにぶくぶくと泡立ちながら溶けていく。倒れる直前に振り下ろした鉈がバンブブルを両断し、二体は相打ちとなった。


 同じ場所に生息しているカルセットだからといって、彼らに仲間意識があるわけではない。お互いの攻撃が当たってしまえば、たちまち標的がそちらに移る。能力自体は強力だが知能が低いため単純でわかりやすい。


「探偵、探偵!」


 呼び声に振り返ると、少し離れた位置からフランリーが手を振っている。彼は探偵と目が合うと足を速め、草葉を掻き分けながら駆け寄ってくる。


「おい吸血鬼、貴様は私の用心棒としてここに呼んだのだぞ。今までどこにいた?」


「ご、ごめん。でも気になったことがあって。声かけようと思ったんだけど、探偵歩くの速いし……」


 フランリーの背後で鉈を振り上げた鉈斬鬼の額に銃弾を撃ち込む。


 同時に、フランリーが探偵に飛び掛かろうとしていたバンブブルに拳大の石を投げつけた。


「真祖ともなると石でカルセットが狩れるのか」


 振り向いて確認する。フランリーが投げた石はバンブブルを軽く貫き、その先に生えている竹を折っていた。出会ってすぐのころとは違い、今のフランリーは定期的に人間の血を摂取している。無論のこと、探偵の血ではない。吸血鬼用の血液パックだ。


「まあいい。それで、気になったことというのはなんだ」


「竹林に入る前からね、血の匂いがしてね。人間っていうより獣っぽいけど、でも獣にしては人間っぽい感じ。どっちもいるのかなって思って、でもここって獣のカルセットいないみたいだから」


「匂いの正体を発見したか」


「うん。んでね、ほっとくのもよくないからさ。でも連れてきていいのかわかんないし、だから探偵を呼びに戻ってきたんだけど」


「そいつはどこだ」


「こっち」


 フランリーはマントを翻し、今来た道を引き返していく。寿を呼び寄せて首根っこを掴んで持ち上げ、そのあとに続いた。視界いっぱいに広がる緑はどこまで進んでも途切れる様子がない。道なき道を突き進み、やがて辿りついた先で探偵が目にしたのは銀髪の少年だった。


 竹にまざって生えていた木と木の間に一本の竹を渡し、まるで物干し竿にタオルでも干すようにして吊るされた、薄汚れた傷だらけの少年だ。その少年が干されて――もとい、吊るされているのは地上から四メートルは離れた上空で、気を失っているらしくぴくりとも動かない。


 風に揺れている銀髪を見上げながら、探偵はどうにも気が抜けて仕方のない様子でフランリーに尋ねる。


「……なあ。念のために聞いておくが、あれは貴様が見つけたときには既にあの状態だったのか?」


「ううん。俺が見つけたときはどっかそのへんに倒れてたよ。でもほっといたら襲われて殺されちゃうかもしれないし、こうしておけば大丈夫かなって」


「ああ……ああ、うむ、そうか」


 気絶している怪我人を竹に干す判断を迷いなくできるこの男は、おそらく考えが足りないだけではないのだろう。もしフランリーがこの場を離れている間に彼が目を覚ましたら、落下したら――そのリスクを考えていないだけでなく、あの少年にはこの扱いでいいのだと素で判断できる倫理観の問題でもある。いっそ彼を直接かついで運んで来ればよかったものを。その場に放置しなかっただけマシと考えるよりない。


「まあいい、話はわかった。いつまでもああしておくわけにもいくまい。おろしてやれ」


「はーい」


 毒気などは微塵もない間の抜けた返事のあと、フランリーは足元に落ちていた手ごろな石を拾い上げ、上空で少年の身体を支えている竿竹に投げつけた。竹はあっさりと折れ、支えを失った少年が落下し、それをフランリーが受け止める。正確には、落ちてきた少年の胸ぐらを掴み止めた。受け止めたのではなく、ただ地面との衝突を防いだだけだ。


「お前は……はあ。意識のない者を乱暴に扱うんじゃない」


「え、でも人間じゃないよ?」


 探偵の言葉にフランリーはきょとんとしている。相手が人間でないと知るや、ここまで雑に扱えるのか。亜人とはいえ意識のない怪我人だというのに容赦がない。過去に起こした過失致死も必然だとしか思えない。人間の身体をこのレベルで扱えば当然死ぬ。


「……まったく、頭が痛いな」


 フランリーが少年を地面におろして横たわらせる。探偵はその隣に屈んで様子をうかがった。近くで見るといっそう汚れている。干されている状態ではよく見えなかったが、細く痩せかかった手足には細かい切り傷が無数にあった。寿が袖で叩くと、少年は小さくうめいた。フランリーが覗き込む。


「生きてる?」


「そもそも生きていることが確認できたから上に置いてきたんだろうが。――おい、聞こえるか? 意識があるなら返事をしろ」


 探偵の呼びかけに少年がまたうめいた。声に応える意思はあるらしい。少し遅れて薄く目が開いた。しばらく正面をぼんやり見つめていたが、探偵がもう一度呼びかけると反応し、薄水色の目がこちらを向いた。


「……う」


「なんだ。もう一度言え」


「……ず、……」


「探偵、水だって」


「寿」


 探偵の指示に寿は一度その場で飛びあがり、フランリーのマントの下に潜り込むと内側に持たせていたカバンを持ち出し、中から水の入ったボトルを取り出した。フランリーが受け取ろうとしたのを阻止し、少年の背中を支えるように伝える。フランリーが少年の上半身を起こし、寿が彼の膝に乗ってボトルをゆっくり傾けて水を飲ませる。


「みず、みず」


 水を飲んだ少年が咳き込む。少年の手がゆっくり持ち上がり、寿はその手にボトルを渡すと彼の膝から飛び降り、すぐさま探偵の背中に張り付いた。少年はそのまま黙ってしっかりと呼吸を繰り返し、やがて気分が落ち着いてきたのか、探偵の肩越しに様子をうかがっている寿に笑みを見せた。


 瀕死の状態で倒れていたその少年は、ルガルフと名乗った。


「いやあ……ありがとう。助かった」


「ここでなにしてたの?」


「道に迷ったんだ。ライニから橋を渡って、竹林の向こう側にある町に行きたかったんだけど」


「道、目印あったよ? 通っていいとこ」


「ああ、うん。逸れたんだ。目的地とは違う方向だったから。迷ったことに気付いてすぐ戻ろうとしたんだけど、どっちから来たかもわからなくなってさ。うろうろしてるうちにカルセットが出てきて」


「大変だったんだねえ」


「まったくだ。だから君たちが来てくれて本当によかった」


「大変だったのも助かったのも構わんが、貴様はいつからここで遭難していたのだ」


「あ、うん。たぶん四日か五日くらい? わからないけど、それくらい。足をくじいて思うように動けなかったのもそうだけど、最初はなんともなかったのにカルセットの数がどんどん増えてさ。片っ端から倒しても倒した以上に増えていくから。疲れたのもあって前にもうしろにも進めなくなったんだ」


「倒してすぐ増えるの?」


「うん。ここのやつら、みんな分裂して増えるみたい」


「へえ。大変だねえ」


「貴様はさっきからそればかりだな」


「竹林に入ってからろくなもの食べてなかったし、ゆっくり休む時間もないし、道がわからなくても歩き続ければ出口に着くと思ってたのに、なんか同じところばかりぐるぐるまわってて。俺って方向音痴みたい。それで気付いたら倒れてたみたいだ。二人が来てくれなかったら死んでたと思う。本当にありがとう」


 方向音痴による道迷いももちろんだが、遭難に至った主な原因は疲労だろう。


「それはなによりだが、問題はここからだな」


 顔を上げてあたりを見まわす。何十もの般若の顔が、何十もの巨大な芋虫がうごめきながら探偵たちを取り囲んでおり、遠巻きに様子をうかがっている。探偵は残弾数を確認して舌打ちする。多めに見積もって準備して来たが、想定以上に消費が激しい。最短ルートで脱出するにしても少々心許ない弾数だ。


「貴様、足を怪我したと言っていたな?」


「でも少し休めたからかマシになってる。そんなにひどくないよ。外に出る道はわかる?」


「十分もあれば出口につく」


「なんだ、結構すぐ近くまで来れてたんだ? よかった、それくらいなら大丈夫だ。寝て少し魔力も回復したし、助けてもらったお礼と言っちゃなんだけど手を貸すよ」


「フランリー、まだ動けるか?」


「うん、元気」


「ならば問題なさそうだ。できると言ったからには完遂するように」


「オッケー、任せてくれ。まあ能力の制御はあんまりできてないんだけど、囲まれてるのを強行突破できるだけの力は残ってるから。ただの情けない迷子じゃないってところを見せておかないと」


 ルガルフは気合いを入れるように両手で頬を叩く。立ち上がって足首をまわして頷くと、軽く跳躍した。その瞬間、ルガルフを中心に風が渦巻き、その足が次に地面を踏んだとき、突風がはじけてあたりはしんと静まり返った。


 すらりと長い四本脚。尖った大きな爪と牙。全身を覆う銀色の毛に、まっすぐに前を見据える薄水色の瞳。


 そこにいたのは一匹の狼だ。


「人狼か」


 銀色の狼――ルガルフが、グルルと低く唸った。

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