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探偵一派  作者: 氷室冬彦
不死身の死体
12/19

10 或る竹林の異変について

 中央大陸最東端、東リチャン国。


 東リチャンと島国ライニ国は一本の大橋でつながっている。ライニは建国のときから現在に至るまでリチャンの庇護下にあり続けている小国で、二国の関係は非常に良好だ。化身同士も姉妹のように仲がいい。リチャン、ライニ間をつなぐこの大きな橋は境橋と呼ばれており、両国の行き来に陸路を選ぶなら、この境橋は必須だ。そして橋を利用する際には必ず通らなければならない竹林がある。


 リチャン国の化身、チャン・リウメイは既に出入口が封鎖されている竹林の前に立っていた。背中まで伸びた黒髪をハーフアップにした長身の女性で、切れ長の目からは彼女の理知的で落ち着いた人柄が見て取れる。外見年齢は二十代前半程度に見えるが、実年齢はその数百倍である。


 彼女は探偵たちに気が付くと軽く片手を挙げて合図した。


「ヴェスヘリーの家から使いが来るとは聞いていたが、探偵くん。まさか君が駆り出されてくるとは思わなかったな」


「物事の原因解明に主軸を置き、なおかつ選択できる人員に私の名が含まれている状況ならば、こうなることも想像に難くはない。しかしとんだ厄災だ。ロア・ヴェスヘリーが貴様からの依頼について話しているところに居合わせてしまうとは」


「あいつはまじめだが、そういうところがあるからね。たしかに事態の原因の調査を頼んだが、前提として危険が伴う任務なのだから君以外の適任者を探すこともできただろうに。ギルド長は止めなかったのか?」


「あの男が止めると思うか?」


 ギルド長――探偵が現在籍を置くロワリアギルドの長のことだ。ギルドはロワリア国を形成する三つの領地、ロワリア、リワン、ラウのそれぞれに支部を設けている。とはいえそれらは便宜上そう呼んでいるだけで、ラウ支部は資料保管庫、リワン支部は外部協力者の隠喩だ。


 ギルド長である來坂礼らいさかれいはロワリア支部の支部長とも呼ばれ、ギルド本部とはそのロワリア支部を指している。ならばロワリア支部は支部ではなくロワリア本部、その代表である來坂礼は支部長よりも本部長と呼ぶのが一般的だろう。


 だが彼らには彼らのこだわりがあるらしく、ロワリア本部とも本部長とも呼ばない。ロワリア支部の支部長でありギルド長。それが來坂礼の立場であるらしい。どうあれ彼が組織の頭で、ロワリアにある仰々しいあの建物がギルド本部であることは初見の相手にも理解できる。


 そもそもロワリアギルドは、一般的なギルドの定義からはやや逸れた活動方針を掲げている。であれば呼称の正誤など指摘するのも今さらだ。あれは彼らの組織であり、彼らに考えがあったうえでそうしているならば、探偵には関係ない。意味合いが通じさえすれば細かい呼称などはなんでもいいだろう。


「昔から気分屋なきらいがある子だったとはいえ、危険なことなら止めるだろう。ギルド長はなんて?」


その友人・・・・に声をかけるなら、他のギルド員はいないほうがよさそうだ、とぬかしていた」


 リウメイは探偵の言葉に、彼のうしろに立つフランリーを見た。探偵よりも長身で、首から足元までを覆う黒マント。シルクハットを深くかぶった色白の大男。目立つ――というより、ただただ怪しげな出で立ちだ。


「ということは、そちらはギルド員ではないのだな」


「私個人の知り合いで――ときどき雇う専属の用心棒と言ったところだな。怪しいのは外見だけなので警戒には値しない。情報の流出に関する心配も無用だ」


「そうか。君ほどの者がそこまで言うなら信じよう。今回の件で久しぶりにギルドに行ったが、礼くんもずいぶん大きくなったね。少し前まであんなに小さかったのに、早いものだよ。中身も年々ヴェスヘリーに似てきている気がする」


「悪い部分ばかりがどんどん似てきて迷惑だ」


 探偵が礼とはじめて会ったのは、彼らがまだ十歳そこらの子どもだったころのことだ。それがもう二十歳になるというのだから、リウメイの言うとおり時間の流れは侮れない。なにを考えているのか読みにくい、ぼんやりした子ども。それが第一印象だったが、今では立派になった――というほどの変化もない。明るくなったとは思うが、今でもたびたび間抜け面でぼーっとしている。


 性格も相変わらず、気まぐれでマイペースな楽天家で、彼のそういった性分は生まれもったものである以上にロアの影響でそうなった部分が強いだろう。探偵がギルドに所属してから今日に至るまで、來坂礼のいい加減な言動をロアが肯定して受け入れるという場面を、指摘するのが面倒になってくるほど何度も何度も目にしてきたからだ。つまり礼がいい加減なのはロアが甘やかしたせいだ。


 探偵はため息をつき、嫌なことを忘れるように話を切り替えた。


「依頼内容の確認といこう」


「そうだな。四日ほど前からこのあたり――というより、この竹林の内部でカルセットの大量繁殖が起きている。探偵くんにはその原因を突き止めてもらいたい。知ってのとおり、この竹林はライニとわが国を行き来するためにの重要な場所だ。一般の旅行者も通る以上、早急に原因を探る必要がある」


「竹林の外への被害は?」


「町や村への被害はまだないが、竹林から抜け出したと思しきカルセットを見かけたという報告が数件あがっている。私自身も何度か調査に向かったが、大量繁殖したカルセットの相手をしながら原因を調べるには人手がなくてね。私の化身としての能力は戦闘向きではないし、本当なら付近の警備隊に声をかけるところだが……詳細は伏せるが、最近少し大きな事件があって、その後始末に追われている。橋の管理員たちに橋と竹林の封鎖を頼んで、あとのことは私が引き受けたんだ」


「貴様はたしか近衛師団を持たない化身だったな」


「ああ。だから私個人が直接動かせる人員は非常に少ない。戦闘員となるとさらに少ない。だから君たちのギルドを頼りにしたんだ。危険な任務だから、できるだけ大勢か、より高い戦闘技術を持つ者を貸してほしいとね。どうだろう、君たちに任せて平気か?」


「試しに入ってみないことにはなんとも言えんな。私は戦闘員ではないから、寿とこいつがどれだけ動けるかにかかっている。なに、必要ならギルドに連絡して追加の人員を要請すればいいだけだ。我々が調査に向かう間、貴様はどうする?」


「もちろん私も行こう。今日までにかなり数を減らしたはずだが、だからといって君たちだけに任せきりにするつもりはないからな」


「そうか。好きにすればいいが、私の切り札であるこの二人はどちらも社交性に欠ける。よく知らない者が近くにいると、そちらばかりを気にして全力を出せない」


「わかった。担当区域を決めて別々に動こう。定期連絡の時間と集合場所も定めておかなければ。なにか必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」



 *



 そもそもカルセットが短期間で大量に繁殖する現象というのは、取り立てて騒ぐほど珍しいことでもない。大抵のカルセットは一定の周期で繁殖期がやってくるものだ。たとえばフランリーが住処にしている西リチャンのあの森には、大きく分けて四種類のカルセットが生息しており、そのすべてにそれぞれ繁殖期がある。周期は種族によってバラバラなのだが、何十年、何百年という時間の中で、ときおりその四種族すべての繁殖期が同時に訪れる。これが一般に「大量繁殖現象」と呼ばれるものだ。


 カルセットは人間の生活圏内には近寄らない。例外はあるが、基本的に人里には降りてこないものだ。森や山、荒野、廃墟。古い遺跡や洞窟など、普段はあまり人が立ち入らないような場所に生息している。群れからはぐれて迷った個体が町や村に入り込むことはあるが、積極的に人間のコミュニティに接近することはまれである。


 だが大量繁殖期を迎えてカルセットの数が増えすぎると、興奮したカルセットが暴走したり、行き場や食事に困った群れの一部が結託したりして人里を襲うこともある。なので生き物としての生態に基づく自然な現象だからと放置するのも危険だ。実際、ギルドに来る依頼の半分ほどは、大量繁殖を迎えて増えすぎてしまったカルセットの討伐依頼が占めている。それだけ無視できない重大な事態なのだ。


 今回、この境橋前の竹林で起きた大量繁殖も、原理としてはそうした一般的なそれらと同じ。だが、そこに不測の事態が発生した可能性が考えられるのだ。先ほどリウメイと探偵が話していたとおり、今回は増えすぎたカルセットを減らすことを目的とした任務ではない。


 大量繁殖の原因の調査。


 境橋およびその周辺地域は、陸軍の人員を中心に編成している交通管理隊によって管理されている。橋のたもとには管理隊の詰め所があり、そこに常駐している管理員たちが定期的に林道を巡回しているのだ。昔からカルセット自体は棲みついていたものの数は多くなく、ここ数年のうちにカルセットに襲われたことによる死者は出ていない。


 一般市民が通る林道には魔獣除けの工夫が施されているため、視認できる範囲にカルセットがいたとしても刺激しなければ去っていく。目印のついた柵や案内用の看板もあるため道を間違える心配もなく、順路を逸れなければ危険は少ない。そもそもライニと中央大陸を行き来する方法は陸路以外に海路も空路もある。カルセットに襲われて困るような者は、わざわざそのリスクを冒してまで橋と林を利用する必要はない。


 カルセットの繁殖現象はどこででも起こり得ることなのだが、竹林の場合は少し状況が異なる。繁殖自体は起こる。それは生き物としての特性上、当然のことだ。だが竹林に住まうカルセットは、繁殖したとしても数はそれほど増えない。山や森と比較すると、そのスケールは三分の一にも満たないだろう。大量繁殖現象が起こることでもっとも危惧するべき、爆発的な魔獣の増殖による危険は、竹林の場合は問題にならないのだ。


 そもそもカルセットの定期的な繁殖現象とは、力の弱いカルセットたちが自らの種族が第三者――たとえば人間――の手によって絶滅することがないように、種の存続のための本能がはたらいた結果によって起こる現象だ。つまり繁殖期に数が増える種族ほど、個々の力が弱いということ。竹林に住むカルセットたちはその逆。彼らが繁殖と呼べるほどの繁殖をしないのは、一個体の力が強く、第三者の介入により絶滅させられる恐れがないということの表れである。そんな竹林で、討伐が必要になるような、本来であれば起こり得ないほどの異常繁殖が起きた。


 自然に起こるはずのないことが起きているなら、そこにはなにか原因があるはずなのだ。



 銃弾を装填し、すぐさま発砲する。紫色の塊が地面に転がって煙のように消えた。カルセットの多くは生命活動を維持できなくなると跡形もなく消えていく。確実に死亡したことがわかり、なおかつ死骸が邪魔にならないのは好都合だろう。


 あたりを見まわす。そこかしこにカルセットたちの姿が見受けられ、そのどれもが既に臨戦態勢だ。昨日までにリウメイと管理隊がある程度まで討伐したそうだが、それでも数が多い。普段であればこの竹林でここまでの数を目にすることはおろか、そもそもカルセットに遭遇することすら珍しいのだ。遭遇したところで、彼らは強く、強いがゆえにむやみに人を襲わない。


 足元にいた寿が地面を蹴って跳躍し、大きな鉈を引きずりながら迫りくる人型カルセットの首に噛みついた。そのまま喉笛を噛み千切って宙を舞い、笹の葉に覆われた地面に着地すると、口に噛みしめたままの肉片を咀嚼している。首を食い破られたカルセットは、大きな穴のできた首の傷口からごぼごぼと血の泡を吹き出して倒れていく。


「何度見ても気色の悪い……」


 背後に現れた気配に銃口を向け、撃ち抜きながらぼやく。聞こえていたらしい寿がこちらを向いて袖をばたばたさせた。なにか言い返したい様子だが、言葉にならずにただ暴れている。


 大きな鉈状の刃物を持ち、般若の面のような被り物をした、赤い肌の人型カルセット――鉈斬鬼なたきおに


 地面を這う、全長一メートル前後の紫色の芋虫型カルセット――バンブブル。


 この竹林に生息し、繁殖したのはその二種族のみのようだ。


「おい、寿」


 飛び掛かってきたバンブブルを思い切り蹴飛ばし、鉈斬鬼が鉈を振り下ろすより先に、額に向けて三発連続で撃ち込む。探偵が使用する弾丸は特殊な火薬を使用しているため、カルセットに対抗できるだけの威力を持つが、それでも鉈斬鬼はこれだけ撃たないと倒れないのだ。


「寿、先ほどから姿が見えないが、フランリーあのバカはどこに行った?」

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