9 罪刈りの人
呼び鈴を鳴らすと昨日と同じ女中が出た。開口一番で町長につなぐよう告げる探偵にも動じることなく、にこやかな表情を一切崩さない。速やかに一同を招き入れ応接間に案内する。町長はすぐにやってきた。
「これはこれは探偵さん! どうかなさいましたか。調査のほうになにか進展が?」
初老の男は探偵を見るなり恭しく頭を下げ、期待と心配の入り混じった声で尋ねる。探偵のうしろに立つ大男を一瞬の目線の動きだけで気にしたものの、あえて問うまいと判断したのだろう。単刀直入に本題に移ろうというその姿勢は悪くない。
「先ほど森に向かったところ、少女の遺体を発見した。どこの娘かは知らんが、おそらく八歳前後だろう。町の西側から森に入って十分もしないところにある花畑だ。既に警備隊には通報してある」
淡々と告げる探偵の言葉に、男は目を見開いて顔を青くした。なにか言おうとしてむせてしまったのか、しばらく咳き込んだ。
「そ、それは……もしや例の、刈人が?」
「いや、それは違う。森にいる獣に襲われたようだ。刃物で斬られた傷痕ではなかった」
「あ、あの悪魔が人を喰わないと決まったわけでは……」
「刈人は悪魔じゃないよ」
「フランリー、貴様は口を挟むなと事前に言ってあったはずだ」
「探偵、今俺のこと名前で呼んだ?」
「もう一度言う。口を挟むな」
一度彼のほうに睨みを利かせてから話を戻す。
「刈人はたしかに雑食だが、人間の肉を喰うはずがない」
「それは、なぜ?」
「貴様は刈人がどういった特質を持つ種族なのか、どこまで知っている?」
「特質? いいえ、我々はただ、これまでに森で刈人と出会って生き延びた者の何人かが、その者が刈人と名乗っていたという話を聞いてきただけで……」
「刈人は罪を刈る種族だ。今まで襲われた人間は罪を犯していたから裁かれただけにすぎない。刈人は喰うために斬るのではない」
「しかし……」
「少女はこれまでも何度か森に出入りしていたと聞いている。刈人は少女の侵入に気付いていたが、危害を加えたことはない。今回のことはただの事故だ。貴様が今するべきなのは刈人を疑うことではなく、少女が無事に親元に帰れるよう警備隊に協力することではないのか?」
「ああ……その少女のご両親になんと言って伝えればいいのか……」
男は白髪まじりの頭を抱えてうなっていたが、やがて咳払いをして頭を上げる。
「それで――刈人はどうなりましたか」
「結果から言おう。依頼は順調だ。既に完了したと言っていい」
探偵の答えに男は、ほう、と表情を明るくする。
「それはつまり、あの悪魔の討伐に成功した、ということですかな?」
「討伐はしていない。だがその代わり、刈人はこの地を去る。そして二度とこの町に近寄らないと誓おう」
「討伐は、していない?」
「なにをおどろくことがある? 刈人の存在に住民が怯えているから、それがなんとかなればいい――昨日、貴様はそう言っていただろう。その望みどおり貴様らは今日から刈人の脅威に怯えることなく暮らすことができる。なにか問題でも?」
「そ、そういうわけでは――ただ少し意外だったといいますか。刈人は、話し合いに応じた……のですか?」
「ああ。話に聞いていたよりよっぽど冷静で理性的で、話の通じる相手だった。なんだ? 貴様の言うところの悪魔とやらを、あの場で殺してしまったほうがよかったか?」
「い、いえいえ、そんな、めっそうもない……」
「――討伐」
探偵のうしろでフランリーと並んで立っていた刈人が呟く。町長はようやく彼の存在に気付いたかのように目を瞬かせた。
「そちらは?」
刈人が一歩前に出たとき、彼が腕に抱いていた麻袋の口から群青色の布が垂れ落ちた。顔を隠すために襟巻きにしていた部分か、そうでないなら頭に巻いていた部分の裾だろう。寿がそれを両手で捕まえるが、拾うのを手伝っているつもりなのか、じゃれついて遊んでいるだけなのかわからないような仕草だ。その色を見た途端に男の顔が凍りつく。ひ、と細く息を吸い込んだ音が聞こえた。
「か、か、刈――」
「……まあ、そういうことだ。これの身柄は我々が預かる。報告は以上、なにか質問は?」
「いっ……い、いえ……」
「では失礼」
足元の寿を拾い上げてさっさと部屋を出る。飲み物を用意してきた女中と鉢合わせたが、かまわず横をすり抜けて屋敷を出た。往来を行き交う人々に混ざりながら町の外を目指す間に、刈人が探偵の隣に忍び寄る。
「探偵。依頼とはなんだ」
「先ほどのやりとりを聞いて察したとおりだ。知ってのとおり、この町の住民たちは刈人を脅威とみなして警戒していた。その脅威を取り除くことが、今回私に課せられた仕事だったのだが――非常に楽な依頼だったな。なにもしないまま完遂できるとは」
「探偵、このままリチャンに帰るの?」
「ああ。もうここに留まる理由はない。名残惜しければ貴様は残ってもかまわんぞ」
「ううん。この町、なんか落ち着かない」
「そうか、まあ好きにしろ。どうあれ、貴様を連れてきて正解だった。おかげで想定より早く事が済んだからな。礼を言うぞ、吸血鬼」
「俺なにかしたっけ? まあいいや。刈人、これからよろしくね」
「名前は……」
「あれ? 俺ってまだ名前言ってなかった? 自己紹介、言わなかったっけ?」
「お前自身の口からは聞いていない」
「そお?」
フランリーは間の抜けた顔で首をかしげていたが、すぐに機嫌のいい笑みを刈人に向けた。
「俺はフランリー。吸血鬼だよ」