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8   前触れ

 サキは弁当を食べ終えて屋上から校庭を眺めた。

 昼は独りで食べることにしている。自分を飾り、面白くもない会話に同調して食事のときまで楽しい振りをするなんて真っ平だ。


「ここにいたんだ」

 振り向くと隼人が立っていた。

「担任のやつ、得意になっていたろ?」

「まあね」隼人は苦笑した。「麻生さんは携帯を持ってないからね。ちょっと来てみた」

「家に電話しろって言っただろ」

「お父さんが出たら嫌だよ」

「あいつらは呑気にバリへでかけて、当分、帰ってこねえよ」

「良かった。上手くやっているようだね」

 隼人は柵に背を向けて寄りかかった。


「心配してくれるんだ」ふっと笑い、サキも同じように柵に寄りかかる。「めんどくせえな。家族も友達も。そっちこそどうなの?」

「僕?」と隼人が聞き直し、サキはうなずいた。

「一日が長いね。一週間通うのは大変そうだ」

「なにを言ってやがる。もう、水曜じゃねえか」サキは頬を緩めた。


「僕は平気だよ。もう、以前とは違うからね。人生を思い通りに創るのさ」

「コスモワールドか」

「宇宙と繋がってさえいれば、不可能なことはないんだ」

「望めば何でも叶うのか?」

「もう少し力をつけて本気で宇宙に願いさえすれば、僕をいじめたやつらを全員、ひれ伏させることだって出来るよ。僕にはそれだけの力があるんだ」


 隼人はだんだんと怒りをあらわにして口調がきつくなっていく。サキが瞳を覗き込むと、ぞくっとするほど冷ややかな目をしていた。


「なんてね。大丈夫だよ。今年は麻生さんと同じクラスだし」

 隼人はすぐに元のあどけない笑顔にもどった。

「助けねえからな。自分のことは自分でなんとかしな」

 サキは言葉とは裏腹に口元に笑みを浮かべている。


「麻生さんのそういうとこが好きだな。昭和っぽい雰囲気や硬派なところが特に」

「うるせえ、昭和の不良はこういう風にしゃべるんだ」

「平成の不良じゃだめなの?」

「ゆとりの不良じゃ、カッコがつかねえ」隼人は声を出して笑った。


 その時、いきなり隼人の携帯が鳴った。着メロは最近良く聞く曲だ。

 サキはすぐにそれがアニメの主題歌だとわかった。毎日、空がアニメを見ているので、いつのまにか覚えてしまっている。

 曲がワンフレーズ流れたところで隼人は電話に出ると、少し驚いた顔をした。


「今は学校にいるんだ。ちょうど空君のお姉さんと話しているとこだよ」

 そう言って、隼人はサキのほうをチラッと見る。

 空の名前が聞こえて、サキは無意識に会話に耳を傾けた。

「あさっての放課後? 四時過ぎでいいかい? ……うん。楽しみにしているよ」

 隼人は用件だけを話して電話を切った。


「誰だと思う?」隼人はいたずらした子どものように笑った。「翼君だよ。このまえ貸した雑誌とDVDを返してくれるっていうから、あさって、いつもの店で会うことにしたよ」

「子ども相手に楽しそうだな」

「ファンの結託は強いからね」

 隼人は嬉しそうに空と撮った写メをサキに見せた。

 少しすると授業の開始を知らせるチャイムが鳴って、サキたちは屋上を後にした。


 午後の授業が終わると、サキはエリカにつかまらないように一目散に教室を出た。

 途中でスーパーに立ち寄って、カレーの材料を買ってから家に帰ると、空が見慣れないマリナーズのTシャツを着てソファーでうたた寝をしていた。つけっぱなしのテレビからニュースが流れている。サキはテレビを消そうとリモコンを探した。


「心臓などの臓器を皮膚の細胞から再生することを可能にし、糖尿病や白血病の治療にも有効とされる人工多能性幹細胞、iPS細胞の特許を巡る贈賄容疑で取り調べ中の、特許業務法人、サエキ・インターナショナル・コンサルティング、代表取締役社長、佐伯正和容疑者が横須賀線のホームから転落した事件で、警察が事故と自殺の両面で捜査をしていたところ、遺書と見られるメモが見つかり、警察が佐伯容疑者の逮捕状を取ったと発表した直後に転落したことから、佐伯容疑者が逮捕されることを苦にして自殺したとの見方を強めています。」


 いつもはコーヒーテーブルの上にあるリモコンが見つからない。サキはニュースをなんとなく聞きながらソファーの下を覗き込んだ。


「iPS細胞の特許を持つ大学は、サエキ・インターナショナル・コンサルティングとの提携を取りやめ、文部科学省の指導のもと、バイオテクノロジーに関する知的財産管理のエキスパートを集めて先月設立した民間会社、ハンズオンに、iPS作製法の特許の管理を一任すると発表しました。命の源である受精卵を破壊して作るES細胞が、生命に対する倫理的問題を問われていたのに対して、iPS細胞は受精卵を使用しないので、再生医療の最先端の技術として世界中で研究が意欲的に行われています」


 サキは、ソファーのクッションの狭間からリモコンをやっと見つけてテレビを消した。ふと、隼人が話していたクローン人間のことを思い出す。生命に対する倫理的問題があるとはいえ、近い将来、クローン人間はアニメやSFの中だけの話ではなくなるかもしれないと思うと、何やら気持ちが悪いものを感じた。


 カレーが良い匂いを漂わせだしたころ、空が目を覚ました。空は子どものくせに妙に寝起きがいい。すぐに夕食がカレーとわかって大喜びした。Tシャツにカレーがつくと嫌だと言って空は服を着替えると、サキがご飯をよそっている間にテーブルをふき、グラスとスプーンを並べて、水を冷蔵庫から出した。


「さっきのTシャツ、見たことがねえな」

 サキがスプーンでカレーをすくって、ふいに口を開いた。

「翼君と交換したんです。イチローの背番号がついていますよ」

「おまえは、何を翼にやったんだ?」

「キャップです」

「いつも被っている、ヤンキースのか?」

 空は大きく首を縦に振って答えた。


「友情の証です。お互いの大切なものを交換したんです。身につけられるものがいいって翼君が言ったので、僕は帽子をあげました」


「あんなに気に入っていたのに、いいのか?」

「翼君は大切にしてくれます。だから僕もTシャツにカレーをつけるわけにはいかないんです」


 空は大きな口を開けてカレーを流し込んだ。美味しそうに食べる空の顔を見て、サキはなんとなく温かい気分になる。


「今日、隼人が学校に来たよ」

「良かったですね。これでもう、ひきこもりと間違えられることもないですね」

 サキは苦笑した。


 翼が昼休みに隼人の携帯に連絡してきたことを空に告げると、空も一緒に隼人に会いたいと言った。オタクには情報交換がかかせないらしい。


「翼君は大丈夫でしょうか。給食の後に具合が悪くなって早退したんですよ」

「隼人は何も言っていなかったよ。ずる休みじゃないか?」

「翼君はまじめですよ。僕と同じです」

 空はサキに穏やかな口調で反論すると、笑って付け加えた。

「僕はどっちかっていうと、まじめというよりも弱虫だから悪いことが出来ないのですが」

「おまえは、そうだろうな」サキはふっと笑った。「明日、翼が学校を休んだら、見舞いに行ってやれよ」

 空は大きく一回、うなずくと、「お代わりを食べてもいいですか?」と元気な声で訊いた。

 サキはいつのまにか、空と話すのが楽しくなっていた。


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