54 大切なものは想い出の中に……
「泣いてなんていられないわね。私が強くならなくちゃ。まずは腹ごしらえね」
そう言って栄子は微笑むと、お茶を入れにキッチンに立った。
こんな大きな家に独りで過ごすのはどんなに寂しいだろう。
お茶を飲んでいってと言う栄子の誘いを、心配して付き添ってきたサキが無下に断れるはずがない。サキは母と弟が死んだ場所だということを考えないようにし、少しだけと断りをいれて家へあがった。
以前に来たときよりも家が広く感じる。使ったコップがテーブルに出っ放しになっており、絨毯の端っこに古いアルバムが数冊散らばっている。放ったらかしにされた部屋が、栄子の寂しさを代弁していた。
サキが部屋へあがって心なしか栄子は嬉しそうだった。すっかり落ち着きを取りもどして、サキが持ってきたおにぎりを食べようと言う。
栄子がお茶をいれている間、棚リビングにいたサキはに飾ってある栄子の写真が入った写真たてに何気なく手を伸ばした。
それは卒業式の日の写真に見えた。グレーの制服を着た栄子は証書らしきものを手にしている。ばっちりメイクをしているので高校の卒業式ではなさそうだ。
「大学生なのに制服があるんだね。どこの大学?」
運んできたお茶をテーブルに置く栄子に、背を向けたままサキが訊くと、「聖蘭女子よ」と、栄子は少し得意そうに答えた。
「聖蘭だって!」
サキが勢いよく振り返って栄子を見ると、栄子は大きな声に驚いて言った。
「そんなに意外? 聖蘭っぽくないかしら」
「いや、そういうことじゃないんだ」と、サキは弁明する。
証拠のコピーの断片が目の前にちらつく感じがして、サキの胸は期待で踊った。
しかし、霧島の恋人の名を告げると、栄子は首を傾げた。
「記憶にないわね。後輩と言っても、ひと回り以上も年下だもの。思い当たらないわ」
サキの期待は一瞬にして裏切られた。栄子が嘘をついているようには見えない。
だが、こんな偶然がそうそうあるだろうか。十四年も前の話だ。覚えてなくて当然だろう。同じ聖蘭出身なら、どこかで顔を会わせる機会があったかもしれない。思い出せないだけで、栄子が霧島の恋人にいのちの樹を紹介したのではないのか?
そこまで思考を進めて、サキはすぐにその考えを否定した。
いのちの樹の影の創立者が、自分の夫であったことを栄子は知らない。佐藤がいのちの樹と関わっていたことすら知らないようだった。
栄子といのちの樹の接点が見当たらない。
霧島の恋人が栄子を通じて佐藤と知り会ったということは考えられるが、なんにせよ、栄子と霧島の恋人の接点を見つけないことには、憶測の域を出ないのだ。
軽いいらだちを覚える中、サキはソファーに腰かけて栄子がいれた日本茶に口をつけると、目の前に転がっているアルバムに目を留めた。
あの中に何かヒントがあるかもしれない。
「おばさんが聖蘭に行っていたころの写真が見たいな。アルバムを見せてよ」
サキは出来るだけ自然を装って言う。
サキがねだると、栄子は「やだ、恥ずかしいわ」と言いながらも、嬉しそうに絨毯の上のアルバムを次々に開いて、その中の一冊をサキに渡した。
「火事になったときに翼の小さいころのアルバムなんかは燃えてしまったの。でも最近はデジカメだから想い出がすべてなくなるってことはないわね。ここにある若いころの私のアルバムは実家にあったから助かったのよ」
栄子は愛しそうに残されたアルバムの表紙を撫でる。
「おばさん、ミス聖蘭だったんだ!」サキが声をあげた。「どおりで綺麗なはずだよ」と言って、栄子をおだてる。その言葉に多少お世辞もはいっていたが、写真に写っている少女は清楚で本当に可愛らしかった。
気を良くした栄子は昔話をあれこれ話し始めた。サキは栄子の話に適当に相づちを打って聞き流しながら、目を皿のようにしてアルバムをめくっていく。
「それでね、ミス聖蘭になると順番でミス聖蘭の審査員をするのよ。普通は前年度のミスがやったりするのだけど、年が近いと知り合いが出ていることもあるでしょ。公平じゃないからって、十年以上前のミス聖蘭が呼ばれたりするのよ。元ミス聖蘭が、目もあてられないようなおばちゃんになっていたら恥ずかしいでしょ。だから気が抜けなくて……」
栄子は少女のような顔で話を続ける。
いくらこのアルバムを探しても無駄かもしれない。サキはそう思い初めていた。霧島の彼女が聖蘭に通っていたのは、この時代よりも十年以上後のことだ。この時代に彼女の存在を匂わすものなんてない。
「おばさんも、ミス聖蘭の審査員をやったの?」
サキは別に興味があったわけではないが、なんとなく会話の流れで栄子に訊ねた。
「やったわよ。十二、三年前。……いや、もっと前だったかしら?」
「十ニ、三年前?」
サキが顔をあげてアルバムから栄子に視線を移した。
サキの脳裏に彩の部屋の仏壇に飾られた写真が甦り、霧島の恋人の美しい顔が浮かんだ。
「ねえ、その時の写真は? 審査員をやったときの写真はないのか?」
栄子はサキの必死な様子に圧倒されて、おどおどしながら答える。
「写真? あるかしら。そのころ家にあったものは火事で燃えてしまったから……」
「お願いだ。探してみてくれ。重要なことがわかるかもしれないんだ」
サキは両手を栄子の肩に当てて激しく揺さぶった。
十ニ年ほど前に栄子が審査員をしたときのミス聖蘭。
それが、唯一霧島の恋人と栄子を繋ぐ鍵になるはずだと、サキは希望を託した。




