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52 託されたもの

「昼メシ、食おうぜ」

 顔を机に伏せているエリカを見下ろしてサキが言った。

「そんな気分になれないよ。落ち込んでるの、見てわかんない?」

「わかりにくい落ち込み方だな。眠いのかと思ったよ」

「眠いよ、寝てないもん」

 サキが笑って言うと、エリカは身体を起こして口を尖らした。目の下には大きな隈ができている。

「見つかんないよ。ユミって女」

「結婚して姓が変わっているんじゃない?」

「新しい姓でも調べたよ」あたりまえだと言うように、エリカは怒った口調になった。「足取りを追うことは難しくなかったもん。サキが印をつけた六十二人全員、コスモワールドとも聖蘭とも関係がなかったの」

「それなら、しょうがないよ」

「しょうがないじゃ、エリカが嫌なんだってば!」

 エリカは拳を握った手で、机の上をドンドンと二回叩いた。

「関係ないとわかっただけでいいよ」サキは苦笑いをしてエリカの隣に座った。「コスモワールドに移ったやつらは教祖派の連中だ。創立者派の人間がコスモワールドに移っていたら、裏切り者だと名乗りでるようなもんだもんな。この短時間でよくやったよ」

 サキが弁当を開いてもエリカはまだふてくされている。


 弁当を食べている女の子のグループを横目で見てサキは言った。

「そんな大事なものを預けるんだ。霧島の恋人とはかなり親しかったはずだよな」

「信頼してなきゃ預けないよ。少なくてもそのひとは、親友と思っていたんじゃない」

「じゃあ、なんでユミは彼女を裏切ったんだろう?」

「お金に目がくらんだか、男が絡んでいるんでしょ」

 そんなこともわからないのか、という顔で、エリカは乱暴に答えた。

「金か男か……」サキは顎に手を添えて首をかしげる。「男だとすれば、霧島の周りにいた女?」

「だけど、霧島さんはユミって女に心当たりがないんでしょ?」

「そうなんだよな」サキは溜め息をもらした。「やっぱり金かな?」

「私は男だと思うけどな。女が友達を裏切るときは、だいたい男が原因だよ」

 エリカは自信たっぷりに答えて、弁当を鞄から出した。


「そんなもんかな?」

「そんなもんよ」

「そんなのダチじゃねえよな……」

 サキは不満そうにつぶやく。

「だよね」エリカはにこっと笑った。「だからエリカはサキが好きなの」

「おまえの好きは当てになんねえからな」

「そんなことないよ。サキになら、男なんていつでも譲ってあげるよ」

「いらない男をだろ」サキはふっと笑った。「本命の男でも……」と言いかけて、言葉を詰まらせる。

「本命の男だとしたら……?」とつぶやいて、彩の部屋の仏壇に飾ってあった写真の女をサキは思い浮かべた。


「他にも陣内を愛した女が、霧島の恋人の近くにいたのかもしれない」

 サキが真剣な顔つきでエリカを見ると、エリカからふざけた表情が消えた。

「その女が、霧島さんの恋人と陣内の関係に嫉妬した……。親友を裏切る理由にはなるね」

「ふたりの関係を知っているなら、彩の言う通りかなり親しい人物のはずだ」

「だろうね」エリカがうなずく。

 少し考えた後に、サキがふと気になったことを口にした。


「霧島の恋人は、何でいのちの樹に入ったのかな?」

「両親が亡くなって、心のよりどころを求めたんでしょ?」

「そうじゃなくて、なぜ、いのちの樹だったのかってこと。他の宗教でもいいだろ」

「いのちの樹に知り合いでもいたんじゃない? それか、たまたま勧誘されたか」

「人付き合いが苦手なおとなしい人だったらしいんだ。そんな人が知らないひとに勧誘されて入るかな?」

「翼君のお父さんの紹介ってことはない? そのひと、佐藤さんの懐刀だったんでしょ」

 それならあり得るかもしれないと、サキは思った。

 もしそうならば多くの信者の中で霧島の恋人が佐藤に目をかけられていたのも説明がつく。

 それともこの中に霧島の恋人といのちの樹を結ぶ人物がいたのか?

 サキはエリカの机の上にある、創立者派の名簿を手にした。

 霧島の恋人がいのちの樹に入った経緯を確認したくても、佐藤は未だ意識不明だ。

 サキはこのことについては霧島に訊いておくと、エリカに言った。


「コスモワールドはどうなってる?」

「みんな普通に自分探しをしてるよ」

 エリカが少し馬鹿にしたような口調で答えた。

「会員は隼人みたいに自分を変えたい人や、天童に憧れてビジネスを成功させたい人が多いかな。講師も会員も、まじめにディスカッションをしてるよ」

「怪しいところはない?」

「うん。いたって健全。隼人みたいな子には救いの場だったのかもね。でね、一般会員には知らされてないんだけれど特別会員っていうのがあるらしいんだ」

「特別会員?」

「お金持ちや有名人の会員をそう呼んでいるのかな? 詳しいことは、まだわからないんだ。聞いた話だと、オリンピックの金メダリストや有名な音楽家。他には権威ある学者とか、長者番付にのるような会社経営者といった特別な人たちみたい」

「セレブと呼ばれるやつらか。著名人だから一般と分けているのかな? 一緒にワークショップを受けるわけにもいかないだろうし」

「そう言えば、この人も会員なんだって」

 エリカは机の中から週刊誌を取りだした。雑誌は過去のオリンピックでメダルを獲ったアスリートの特集で、エリカが指をさした水泳選手は、最近ジュニアの大会で優勝したという十二歳になる息子と一緒に写っていた。

「特別会員の名簿を手に入れたら、その中の誰かに近づいて情報を引っ張るよ」

「あんまり無理すんなよ」

 はりきっているエリカを見ると、サキはときどき心配になった。


 サキと話しているうちに、いつのまにかエリカの機嫌も直ったようだ。食欲も出たみたいで、弁当の中身を次から次へと口に入れる。

 休んでいた手を動かして、サキも弁当を食べ始めた。

「若菜に頼んでくれてありがとう。佐藤のオフィスに入れてもらえたよ」

「で、どうだった? どこの鍵かわかったの?」

 箸で卵焼きをつまんだまま、エリカは身を乗り出した。

 サキは、佐藤の引き出しにあった鍵がどこの鍵だか調べたくて、佐藤の事務所に入れてもらえるよう、エリカに口添えを頼んでいた。


「オフィスの中のどこの鍵でもなかったよ。鍵を専門家に見せたら、金庫みたいなものによく使われる鍵だと言っていた。カードキーのほうは貸金庫とかで使われているらしい」

「佐藤の奥さんはなんて?」

「さりげなく訊いてみたけど、家に金庫もないし、貸金庫のことは全く知らないみたいだ」

「貸金庫ではカードキーと鍵をセットで使用するところも多いようだから、もしかしたら鍵も貸金庫のものかもしれないよ。前に銀行マンの彼にそんな話を聞いたことがあったから、実はエリカも貸金庫じゃないかって思っていたんだ」

「貸金庫の鍵だとしても、どこの貸金庫かわからないことには、どうしようもないな」

「銀行の貸金庫って、本人以外は家族でも開けられないとこが多いみたいだよ。最近はセキュリティが厳しくなって、銀行員が本人確認をしないところはなりすまし防止策として、暗証番号での確認から指の静脈パターンで照合する静脈認証に変わっているらしいよ」

「貸金庫の場所がわかっても、あたしたちじゃ開けるのは難しいってことだな」

「暗証番号すら、わからないもんね」

 エリカは肩をすくめて見せた。


「佐藤の意識さえもどってくれたらな」

 佐藤が言っていた、内密者について思い当たることとはなんだろう? 

 これをなぜ、佐藤が自分に預けたのだろうかとサキは考えていた。

「霧島に頼むしかないか……」

 鍵の存在を黙っていたことを告げたら霧島に怒鳴りつけられるだろうが仕方がない。自分たちで調べるのには限界だった。


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