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50 探偵エリカ

「盗聴して何かわかった?」

 エリカは両手に持ったクレープの一つをサキに渡した。

 エリカのお気に入りのクレープの店は、学校帰りの学生でいっぱいだ。盗聴などと物騒な話をしていることを除けば、窓際の回転する赤い丸椅子に座ってクレープを食べているふたりはどこからどう見ても普通の高校生だ。大人が足を踏み入れるにはいささか度胸がいる独特な店の雰囲気にすんなり馴染んでいる。


「こんな調子じゃ、バッテリーがなくなっちまうよ」

 サキはふてくされてクレープを頬張った。苦手と思っていたクレープも食べてみると悪くない。

 盗聴器を仕掛けて五日。天童はなかなかシッポを出さないでいた。それというのも週に三回しかも午後にだけしかあの男は部屋にいないのだ。天童のスケジュールを知ってからサキはバッテリーが減るのを気にしている。


「心配しなくてもエリカがバッテリーを交換してきてあげるよ」

 エリカはにやっと笑ってコスモワールドの会員証を自慢気に見せた。

「入会したのか?」

「潜入捜査は基本でしょ?」

 サキの驚いた顔を見て、得意そうにエリカはウインクをしてみせる。

「天童は危険だ」

「天童が来る日には行かないよ。適当な会員を手なずけたらすぐに脱会するもん。もう、あてがあるんだ。いのちの樹の元信者で青木とも親しかった男だよ。合コンに来た子たちも探さないといけないしね。エリカが潜入するのが手っ取り早いっしょ。サキは面が割れているし」

「無理をしないでくれ。マジ、あいつはやばいんだ」

 天童を訪ねた日から、四六時中だれかに見られている気がして、サキは少し神経質になっていた。

「わかってるよ。無茶はしないって」

 エリカは適当に返事をして話題を変えた。


「ホームから落ちて死ぬ少し前に、佐伯は家を改装したらしいよ。しかもデザインは自分で全部やったんだって。お手伝いさんに聞いてきた」

「それが事件と何か関係があるのか?」

「建築専門の雑誌社から佐伯の家の記事を載せたいっていう電話があって、佐伯は手書きで原稿の下書きを書いていたらしいの。お手伝いさんの話では、下書きした紙を何枚も丸めてゴミ箱に捨てていたのを、掃除をしたときに見たんだって」

「話が読めないんだけど?」

 サキがさっぱりわからないといった顔でエリカを見た。

「お手伝いさんが警察に佐伯の遺書を見せられたとき、その文章と字面をね、どこかで見た気がしたっていうんだ。そのお手伝いさんが佐伯の書いた原稿の下書きの中に『デザインはすべて自分がやりました』という、遺書に似た文があったことを思い出してくれたの」

「ビンゴだ! エリカ」

「でしょ」エリカが得意げに言った。「数日前からゴミ袋があさられたり、郵便物が開けられたりしていたんだって。きっと犯人が下書きを盗んで利用したんだよ」

「文部科学省の本間の死だけでなく佐伯の死も仕組まれていたのだとしたら、一連の事件はiPS細胞の事業に進出するために、天童が邪魔者を消したってことになるな。だけど、証拠がない」

「サキは盗聴を続けて。エリカが必ず本間と不倫していた由香を探し出すよ。あの子の証言があれば天童を捕まえられるもん」


「もう一つ方法がある。こっちも難しいんだが……」サキは口ごもった。

「なに? 言って」

「陣内がしていた違法の研究の証拠を霧島の恋人が手に入れた。そのコピーがどこかにあるはずなんだ。天童は陣内の研究を引き継いでいる。あの証拠さえあれば、やつを追いつめることが出来る」

「手掛かりはあるの?」

「佐藤を裏切っていたやつが証拠のコピーを預かったらしいんだけど、そいつに関してはほとんど情報がないんだ。霧島の恋人の友人だという、ユミという名の女が内通者かもしれない」

「かもしれないって……」

 エリカが珍しく眉間にしわを寄せた。

「それだけ? 年もわかんないの?」

「ああ」

「サキ、それマジで言ってんの? ユミなんて名前、世の中に掃いて捨てるほどいるよ。いくらエリカでも無理だよ」

「闇雲に調べろとは言わないよ。ここに十二年前の佐藤の派閥にいた信者のリストがある」

 サキは信者の名がプリントされた紙をエリカに渡した。

 テロが起こる少し前に作成されたリストだった。一枚に五十人の名があるので、ざっと計算して約七百人の名が載っている。この数字は出家した創立者派の数で、教祖派の出家者の数はこれをだいぶ上回っていたと言われている。いのちの樹の信者数全体では、一万五千人を超えていたらしい。


 リストは佐藤の机の引き出しの一番上に入っていた。あのとき、佐藤が何を伝えたかったかは、わからないままだ。引き出しにはリストの他に、ホテルのカード型のルームキーともバンクカードとも違うカードキーが一枚と、引き出しに使われるような小さな鍵があった。それをふたつともサキは持ち出していた。

「アオキエミ、イノウエカオリ、エンドウマユミ、オオタヒロミ、カワノユミエ……」

 エリカはリストの名を上から順に読み上げると、顔をあげてふうっと溜め息をついた。


「名前の横に星印がついているだろ」

 もういちどエリカがプリントに目を落とすと、ユミやユミコという名の横に印がついている。マユミやユミエ、ユウミという名の横にも米印がついていた。

「全部で六十ニ人だ。ユミがつく名字はなかったよ」

「これをどうするの?」

「印を付けた名前の人物がコスモワールドに所属していたか調べられるか? それから、聖蘭女子大に通っていなかったかも。霧島の恋人が聖蘭に通っていたのは十四年前だから、その前後の何年かを調べて欲しい」

「聖蘭か。あてがないわけじゃないけど」とつぶやいて、エリカは少し考えるように上を向いた。

「やるだけやって見てくれないか? エリカにしか頼めないんだ」

「わかったよ。やってみる。そういうことなら尚更、コスモワールドに潜入しないとね」

 サキに頼りにされて機嫌を直したエリカは、クレープに食らいついた。


 実際、エリカの情報収集はたいしたものだった。

 この日もエリカは、他にiPS細胞の権威である赤木教授と天童の不仲の噂をサキに伝えた。マスコミの前では仲が良さそうに振るまっているけれども、かなり険悪の間柄だという。

 サキは話を終えると、くれぐれも用心するようにエリカに注意してクレープ店を後にした。


 家へ帰ると、扉の前に真っ赤に染まった三毛猫が置いてあった。

 サキは心臓が止まるかと思うほど驚き、持っていた鞄を放り出した。

「モカ!」と叫んで駆け寄ると、それはボロボロに切り刻まれた猫のぬいぐるみだった。ぬいぐるみは見間違えてもおかしくないほど本物の猫に似せて作られていた。

 サキはその場にへなへなと座り込んた。これは警告だ。ゲームは始まったのだ。


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