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47 マインドコントロールの恐怖

 佐藤が告げた病院は翼の家の近くにある個人病院だった。佐藤と大学の同期の院長は傷の状態を診ると険しい顔になり、緊急手術を行った。

 翼は恐怖と興奮でずっと泣き叫んでいたが病院に着くと急に大人しくなり、すぐに薬が効いてベッドに寝かせると眠ってしまった。サキはエリカに空を預けて翼の寝顔をじっと見ていた。

 この病院で二十年以上勤務している看護師長が、点滴をかえにきて翼に笑いかけた。

「大きくなられてわかりませんでした。子どもを見ると月日が流れているのを感じますね」

 翼は小さいときに何度かこの病院に来ていたようだった。軽井沢へ引っ越してからは、疎遠になっていたらしい。


 サキが病室を出て廊下の長椅子に座っていると、早いリズムを刻む足音が遠くに聞こえて音は徐々に大きくなった。何気なく音のするほうに顔を向けると足音の主が廊下の角から姿を見せた。コートの前を開けて颯爽と歩いて来る霧島だった。

「話を聞かせてもらおうか」

 霧島は不機嫌そうにサキの前に置かれた長椅子に腰をかけた。

「あんたに話すことなんてねえよ」

「警察を舐めるなよ。重要参考人として、おまえをしょっぴくことだって出来るんだぞ」

「連れて行きたきゃ行けよ。あたしは何にも知らない」サキが霧島を睨んだ。

 ふたりはしばらく睨み合っていたが、霧島が先に溜め息をついて視線を外した。


「電話会社にハッキングしたのも、音声をデジタル化して加工したのも隼人だ。押収した隼人のノートパソコンから消去されていたデータが復元できた。それによって変装のための作業服などの購入経路はわかったが、犯行に使われたプリペイド携帯の入手先は依然不明のままだ。隼人が用意したものでない可能性が高い」

 サキはそっぽを向いて霧島の話に無関心を装っている。

「例の、闇をつかさどる者、というのもわかったぞ」

「何なの、それは?」

 サキが、闇をつかさどる者、という言葉に反応して霧島のほうを向いた。

 霧島はニヤりと口元で笑うと、プリントした紙をサキに渡した。


「隼人を操っていたやつのブログだ。犯行をひけらかすような記述が幾つか見られたよ。悪に心酔してサイコパスを崇めている。自らを神に創られた悪の遺伝子を持つ闇の帝王と宣言して同志を集めていやがった。隼人とは翼が誘拐される少し前からメールとチャットでやり取りして、空が誘拐されるまで続けられていた」

「ブログだったのか」

「最近はネットで繋がる犯罪が多くてすぐに関係がわからないことが多い。知らないもの同士が自殺サイトを通じて一緒に死ぬのは珍しくないし、目の前で人が死ぬのを見たいやつが、自殺を見とどけるとうたって死にたいやつと出逢うサイトなんてのもあるらしい。要望があれば自殺に手を貸すって噂だ。自殺幇助が罪になるってことを知らないわけじゃないだろうに、ネットの所為で犯罪が身近になっている」

「ネットはやっかいだ。隼人を操っていた闇の帝王っていうのは、やっぱり翼なのか?」

 霧島は肯定するように目を伏せた。

「あたしが翼と隼人を引き合わせちまった。翼が隼人のパソコンに興味を示したときには、もう隼人に目を付けていたんだな」

「翼は手足となる駒を探していたのだろう。だが、なかなか操れる大人は見つからない。そこに現れたのが隼人だ。運転が出来ないことには目をつむるしかなかったんだろう」

「だけど、いくら隼人が気弱だからって相手は小学生だ。何で言いなりになったんだ?」

「翼の携帯を使って空を誘導したのは隼人だが、隼人が実際に闇の帝王に会って翼だと知ったのは、空を拉致して佐藤のクリニックに行ったときだ。さぞ、驚いただろうな。だが、それまでのネットでのやり取りで、ふたりの主従関係は確立されてしまっていたんだよ」

「闇の帝王が翼だと知ったときには、もう恐怖心を植え付けられちまっていたってこと?」

「そうだ」霧島はうなずく。「それにコスモワールドに出入りをしていた隼人は、だれかに翼が特別な子だと知らされていた。子どもといえども神に選ばれたサイコパスとわかれば、敬う気持ちが生まれる。事件の詳細を綴った日記のようなものを隼人は書いていた。翼への複雑な想いも記されている。隼人は悩んでいた。恐怖心と闘っていたのだ。日記は闇の帝王と闘わなければならなくなったときのことも考えて記していたのかもしれない」

「ちくしょう」サキはこぶしを握って壁を叩いた。「隼人を、あんないいやつを……」

 サキは隼人の身の上に起こっていたことに全く気づかなかった自分を責めた。

「闇の帝王を名乗った翼は隼人の恐怖心を揺さぶって、隼人が未来に絶望するように少しずつ誘導したんだね。自分が救われるには良心を捨てて犯罪に手を染める以外に方法がないと隼人が自分で結論づけるように、時間をかけて隼人を支配したんだ」


「それがマインドコントロールだ。いのちの樹でも使われていた手法だよ。相手の思考や行動を誘導して、ある特定の目的に向かわせる。マインドコントロールをすれば、本来、自由であるべき個人の思考と行動を操作できる。隼人の目的は、生きていくために良心を捨て支配者になること。教徒たちの目的は……」

「同時多発爆破テロ」サキが答えた。「教徒たちは隼人と同じように怯えて、世界を救うにはテロを起こして世の中を正さないといけないと、信じ込まされたんだね」

「排除させたいものを悪の根源だと思いこませれば、だれでもそれを容赦なく叩き潰そうとする。やつらにとっては、爆破テロのターゲットは悪の根源なんだ」

「隼人を自分の手下にするためだけに、あの優しい隼人を洗脳したなんて許せない。どうやったら、そんな風に人を変えてしまうことが出来るんだ?」

「さまざまな規則を与えて、物事の理由を知ることや考えることを止めさせるんだ。思惑通りの行動をとれば褒めてやり、僅かでも外れた思考を持てば厳しく罰して怯えさせる。命令にだけ従うように躾けていくんだ。それがくり返されると、良心や罪悪感が失われて価値観が変わる。自分の行動に何も疑問を感じなくなる。これはアルコール中毒のような依存症を治すにも有効だと言われているがな」

「だから、教徒たちもあんな惨いことが出来たんだ。彼らはサイコパスでもないのに」

「マインドコントロールが恐ろしいのは、だれもが悪いことをしている自覚がないことだ。それどころか平和のためとすら思っている。教団は人をコントロールするのに適した環境にある。孤独に追いやって睡眠を奪い、極度の肉体的、精神的疲労を与える。思考能力を低下させて時には薬物も使用するんだ。その状態で思想を叩き込み、それを日常的に繰り返して行えば、より強力に思想を植え付けることが出来るからな」


「彩さんから内通者のことを聞いたよ。そいつも洗脳されてたのかな?」

「おまえは、あるかどうかもわからない証拠を見つけようとしてるんだってな」

「まあね。何もしないよりはマシだろ。昔、あんたも調べたんだろ。見当はつかないのか?」

「やめとけ。十二年前にわからなかったものが今になってわかるはずがない。だいたい内通者がいたのかどうかも、そいつがコピーを持っているかもわからないんだぞ。それに……」

「陣内がもう手に入れたかもしれないって言うんだろ。わかってるよ」

「そいつは陣内の手のものだ。内通者に証拠が渡された時点で陣内の手に渡っているか、とっくに処分してしまっているだろう」

「そうかな。あんたの恋人が殺されたんだ。自分も機密を知ったとなれば、陣内に消されるって思うかもしれないじゃないか。証拠を持っていることを陣内に報告しないかもしれないし、それを盾に身の安全を図ろうとするかもしれない。内通者はあんたの恋人が死んだ後はぴたっと鳴りを潜めたんだろ。それに空き巣が陣内の仕業だったら、少なくてもその時はまだ、やつはコピーを手に入れてないってことだよね」

「陣内の仕業だったらな。だが、もしそうなら、その内通者が証拠のコピーを持っていると一番に疑われるはずだ。鳴りを潜めたのは消されたからかもしれない」

「そうかもしれないけど」サキは不満そうに言った。

「そんな仮定の話をしても始まらない。調べたきゃ、勝手にやれ」

「天童には陣内のような独創性がないんだ。陣内の研究をそのまま受け継いでいるとしたら、あんたの恋人が調べ上げた機密ってやつが、あいつの悪事を暴く証拠になるじゃないか。このまま、指をくわえて見ているだけなんて嫌だよ。ねえ、誰かいないのかよ。あんたの恋人が心を許せるやつがさ」

「あいつは大学を辞めて学生時代の友人とは疎遠になっていた。超がつくほどのお嬢様学校だ。友人たちと環境が変わりすぎたんだろうよ。幼稚園から大学まで同じ学校に行っていたから他に友達もいない。彩とも話したが、俺たちが覚えている限り死んだあいつの知り合いは、ユミという名の女だけだ。だが、俺も彩もその女に実際には会ったことがない。彼女から名前を聞いたことがある程度だ。どこのだれだが、名字すらわからない」

「わかったよ。ユミだね。超お嬢様学校って、どこの大学?」

「聖蘭女子大だ」

「すげえ! それじゃあ疎遠になっても仕方ないか。それでも、学校も調べてみるよ」

「勝手にしろ」


「ねえ、さっき犯行に使われたプリペイド携帯は隼人が用意したものではないって言ったよな。隼人でないなら、だれが手配したんだ? 翼に携帯を買うことなんて出来ないだろ」

「翼が消えるだいぶ前に、翼あてにプレゼントが届いたそうだ。運送会社に問い合わせたが送り主は偽名だった。翼が受け取ったので母親は中身を見ていない。『これを使って遊んでください。もっと楽しいゲームになるよ。同志より』というメッセージが落ちていたそうだ。それでゲームの周辺機器だと思ったらしい。翼は全く予期していなかったようで、季節外れのサンタさんだとはしゃいでいたそうだ。これが携帯だったとしたら、何者かが、翼に行動を起こすように仕向けたとも考えられる。ブログにも、師と仰ぐ人物がたびたび登場して翼を誘導している。その人物に何か重要な秘密を教えられたという記述があった」


「翼が女の格好をして外に出られたとしても、長い間潜伏するにはおとなの助けが必要だ。それに、あの計画を翼が独りで企てたとは思えない。後ろで操っているだれかがいたんだ」

 サキは独り言のように言った。

「栄子も佐藤も金を翼に渡していない。だが、だれかが翼を支援していたのは間違いないだろう」

「天童だ! そんなことをするやつは、天童の他に考えられない」サキは拳を強く握って立ち上がった。「許さねえ。あいつの化けの皮を剥いでやる」

「おい、待て。今、行ってどうする」

 サキは天童に対する怒りを押さえきれず、霧島が止めるのもきかずに病院を飛び出した。


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