44 悪意にそそのかされた妻
43話「悪意にそそのかされた妻」を投稿した際に違う話をアップしてしまいました。
15分ほどして正しいものに直しましたが、間違ったものを読んでしまった方は話が続かず疑問に思ったと思います。申し訳ありませんでした。
よろしかったら正しい44話を読み直してください。
ご迷惑をおかけいたしました。
家にもどると若菜から事情を聞いたエリカがおろおろして待っていた。
エリカは全身傷だらけのサキを見て最初は泣きそうになったけれども、サキが心配をかけてすまなかったと言いエリカの冷たくなった手をとって家の中へ入れると、冷静に話すサキに安心したのか次第に表情を緩めた。
「隼人のことは聞いたよね?」
サキがソファーに座るように促すとエリカは顔を強ばらせてうつむき加減に小さくうなずき、少し間をあけてから「本当に自殺なの?」と、訊ねた。
「隼人は殺されたんだ。信じてもらえないかもしれないけど」感情を抑えてサキは答える。
「信じるよ。サキがそう思うならエリカも信じる」
躊躇うことなく答えたエリカに、サキは驚いてじっと見つめた。
「やだなあ。そんなに見ないでよ」エリカが笑う。
「ほんとに、信じてくれるのか?」
「あたりまえでしょ。何でそんなに驚くの?」エリカがきょとんとした顔で言った。「エリカはサキを信じてる。だから、サキの言うことは信じられるよ。それにさ、エリカだってちゃんと隼人のことを見てた。隼人は死のうなんて思ってなかったよ」
「隼人の後ろに誰かがいたのは確実なのに、証拠がないんだ。警察は信じてくれない」
「エリカさまの人脈を使えば、そんなやつすぐに見つけることが出来るよ。ふたりで探そう」
弱っていたサキの心をエリカの言葉は奮い立たせた。
エリカだって、隼人が死んで辛いに違いない。一晩中泣きはらしたようなエリカの真っ赤な目を見て、サキは自分が今、出来ることをしようと思った。
「本間のことで面白いことがわかったよ。聞きたい? それとも今度にする?」
エリカがサキの精神状態を気遣うように言った。
「話して。本間って、不倫して殺された文部科学省の職員だよな。中井弁護士から聞いたの?」
エリカは軽く首を横に振って否定した。
「ソースは新聞記者の彼。犯行直前に裕美が差出人不明の郵便物を受け取っていたんだって」
「ヒロミ? だれ、それ?」
「本間を殺した奥さんだよ。本間裕美っていうんだ。でね、その郵便物にはDVDが一枚入っていて、『あなたのために役立ててください。あなたの味方より』って、メッセージが添えられていたんだって」
「そのDVDってのは、なんだったの?」
「それがさ」エリカは目を輝かせてにやっと笑った。「DVDには本間が女子高生とエッチしているところが映っていて、それが闇ルートで出回っている裏ビデオに負けないくらいエロくてやばいらしいんだ」
「その女子高生っていうのは、報道されている本間の不倫相手なのか?」
「そう。エリカを合コンに誘った、コスモワールドの由香だよ。しかも映っていたのは行為だけじゃないの。終わった後にふたりはベッドの中で、奥さんのエッチは良くないとか、若作りしても身体はばばあだとか、奥さんの悪口を散々言ってね、奥さんを殺す相談までしている様子がばっちり入っていたらしいよ」
「それじゃあ、正当防衛ってわけ?」
「そこが論点になるみたい。だけどね、奥さんを殺す相談と言っても、いちゃいちゃしてるだけで本気には見えないんだって。第三者が見たらマジにとるほどでもないみたいなんだ」
「奥さんがそのDVDを見れば、恐怖よりも殺してやりたくなる気持ちのほうが強いと、判断されるってわけか」
「奥さんは不利ね。元ミスキャンパスも若さには勝てないか。普通の人よりちやほやされてきただろうから、そんなDVDを見せられて我慢ならなかったんだろうって、疑われてる。その上、そのDVDも無くなっちゃって、証拠として提出できなくなっちゃったんだ」
「DVDがなくなったって? どういうこと?」
「DVDの存在は弁護士が確認してるんだけど、いつのまにか無くなってたって」
DVDが消えた? そんな大切なものが、なぜ無くなるのだろう? 確か佐伯も証拠の鳥の写真が無くなったと、中井弁護士は言っていた。手口が似ている。
サキは二つの事件に共通する薄気味悪さを感じた。
「奥さんはね、歩いていたら物が落ちて来たり、駅の階段で突き落とされたりしたって言っていて、殺されると本気で思っていたみたいなの。だけど、罪を逃れるための作り話かもしれないと疑われてる。本当に命を狙われていたら可哀想だよね」
「何者かが、そんなDVDを送りつけたっていうのが気になるな。何があなたの味方だ。そんなものを見たら、だれでも逆上して相手を殺したくなるってもんだ」
「だれが送ったかは今でもわからないみたい」
「気味が悪い話だな。その由香って女がやったんじゃないのか? そんなプライベートなシーンを撮影出来るのは本人しかいないだろ?」
「調べようにも、肝心のDVDが無くなっちゃっているからどうにもならないんだよ」
サキは彩から聞いた霧島の恋人の事故を連想した。何者かの見えない悪意を感じる。
「そうそう、頼まれていたアレ、どうしても見つからないよ」
エリカが突然、話題を変えた。
サキは科学教室に参加したときに「EP細胞を作る過程の受精卵を移植して生まれたクローン人間は、オリジナルの人間と一卵性双生児のようにそっくりだ」と聞いて、エリカにあることを頼んでいた。
「陣内の子供時代は謎に包まれていて何もわからないの。戸籍すら怪しいって噂だよ」
エリカは首をすくめた。
「昔の写真が一枚もないのか?」
「記者たちが探しても全く手に入らなかったみたい。十五歳くらいまでの写真は火事で焼けたって話だけど、陣内が言っているような火事の事実すら見つけられないんだ」
「故意に処分した……? 写真が公開されると困るってこと?」
「陣内が自分の細胞を使ってクローンを作ろうとしていたのなら、写真は処分するかも。教団は表向きには不妊治療の研究をしていたことになっていたらしいけど、絶対になんかあるよ」
「隼人は、もうすぐ教祖が復活するって、言ったんだ」
「体外受精で生まれた子なら、陣内の子というだけで”教祖の復活”とまでは言わないよ。母親の遺伝子も含まれるし、写真を処分する必要もないよね」
翼が特別な子どもだというのは、そういう意味なのか?
サキは佐藤の言葉を思い出した。
木戸博士が関係している以上、彩の話から考えても教団が行っていたのは、EP細胞を使ったクローン人間の研究と考えるのが妥当だ。
「まさか、十年以上も前に陣内のクローンが完成していたというのか?」
サキは口に出して言ったものの、そんなことがあるわけないと、頭の中で否定した。
ふと、サキは翼と大輝の顔立ちが似ていることに気づいた。初めて翼を見たときに見覚えがあると思ったはずだ。翼は姿だけでなく雰囲気も大輝によく似ているのだ。
大輝もまた陣内の子どもかもしれないという不安が、急にサキの心を貫いた。背筋を冷たいものが走る。
霧島という恋人がいて、しかも敵であったはずの彩の姉でさえ愛してしまった不思議な魅力を持つ陣内に、母もまた心を奪われてしまったのだろうか?
「あたしが翼のオヤジに直接あたってみる。あの人は絶対に何かを知っている」
サキがエリカに言った。
「そうだ。サキに渡す物があったの」エリカは急に思い出したように鞄の中から携帯を出してサキに渡した。
「これからは、これがあった方がいいよ。携帯って持ってない本人よりも周りの人が迷惑なんだよ。お母さんの携帯をしばらく貸してあげる」
確かに、エリカをいつも家の外で待たせるわけにもいかない。サキはありがたく携帯を借りることにした。
空はずっとサキの様子をうかがっていたらしく、エリカが帰ると部屋から出てきた。
何か言いたげな顔をして、空はサキを見つめた。
「サキに頼まれたことを学校で調べてきました」
「それで、どうだった?」
「サキの思っていたとおりでした」
サキは空の話を聞いて、しばらく黙って考え込んでいた。




