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41 知りたくなかった真実

「オヤジ、そんな冗談は面白くないよ」

 サキは、いつもの麻生の悪ふざけと思って取り合わなかった。

「俺があの事件のことでジョークを言ったことが一回でもあるか?」

 いつになく真剣な父の口調にサキは戸惑い、耳を傾ける。                               

「どういうことだよ。大輝はいのちの樹の教徒に撃ち殺されたんだろ?」

「俺の書斎へ行け、証拠を見せてやる」


 いつのまにか鼓動が早くなっていた。麻生の言葉に思い当たることがないこともない。

 いつだったか、霧島がサキに忠告した言葉が甦る。

 人を簡単に信じるな。俺のこともだ。

 あれは、そういう意味だったのか?

 サキは書斎へ移動しながら、心のどこかで麻生がこれから告げようとしていることを聞きたくないと思っていた。


「部屋に入ったか?」

 サキが書斎の電気をつけようとしたとき、麻生がいらいらした口調で言った。

「部屋に入ったら。さっさと本棚の前に行け」

「ちょっと待てよ。電気をつける。知ってるだろ、オヤジの部屋は日があたらなくて朝でも暗いんだ」

「早くしろよ。国際料金がかかっているのを忘れるな」

「わかってるよ」

 サキはうるさそうに答えて、電気をつけると本棚の前に立った。

「で、何を見ればいい?」

「そこに聖書があるだろ。本棚の三段目だ」

「聖書? なんでそんなもん……」

「いいから、とっとと探せ」麻生が強い口調で言う。


 サキの身長ほどの大きな本棚は下の部分には扉がついていて、その中には麻生が事件についてまとめたファイルや資料が入っていることを、サキは前に五条の資料を見つけて知っていた。五段に分かれた上の部分は小説や流行りもののハウツー本がジャンルに関係なく、ずらっと並んでいる。

 サキは自分の目の高さの位置に、一冊だけ他の本よりも分厚くて背の低い本があることに気づいた。

「見つけたよ」

「それを押せ。引くんじゃないぞ。押すんだ」

 サキは金色の文字で「聖書」と書かれている黒い背表紙を押した。カチッと音がして聖書が奥まで押し込まれると、本棚は音をたてて急速に動き始める。サキは驚き、飛び退くようにして本棚から離れた。

 本棚の三段目だけが動いて奥へと移動し、そのまま上へ上がった。それと同時に、三段目の空いたスペースに下から裏側に作られた隠し棚が現れる。サキは呆気にとられて、口をぽかんと開けたまま本棚の動きが止まるのを待った。

 麻生がマニアックなのは重々知っていたけれど、ここまでとは思っていなかった。唖然として言葉がでない。


 隠し棚にはたくさんのファイルやノートに紛れて、サキの母親のものと思われる、宝石箱やアルバムもあった。

 母の物はすべて麻生が処分したと、サキは思っていた。

 目に触れるところに置いておくのは辛かったのだろう。こんなところに、母の想い出を大切にしまっていた父を思うと嬉しくなった。

「母さんの遺品を見て、想い出に浸っているんじゃねえぞ」

「浸ってねえよ」

 図星を刺されてサキはむきになった。

 いつもながら麻生の勘にはドキッとさせられる。どこかに隠しカメラでもあるのではないかと疑って、サキは部屋の中をぐるっと見て言った。

「何でこんなものを作ったんだよ」

「探偵だからな。極秘情報も扱ってんだよ。そこに探偵七つ道具があんだろ。盗聴器や赤外線カメラ、何でも揃っているぜ。おまえも使っていいぞ」

「そんなもん、使わねえよ」

「極秘資料があるのは本当だ。警察の中でオリジナルはとっくに消されちまって、もうそこにあるコピーしかない。この書類を抹消したいやつらがこのコピーの存在を知ったら、どんな手を使ってでも奪おうとするからな」

「それで、何を見たらいいんだよ」

「大輝の検視記録を見てみろ。俺の言った意味がわかるはずだ。それを見れば警察が身内の失態を隠したのは明らかだ。それに警察は単にやつの失態を隠しただけじゃないのかもしれない。霧島の恋人はいのちの樹の信者だった。恋人の死後、やつも頻繁に教団に出入りしている。事件の後、所轄の交通課にいたあの男はなぜか本庁へ移動になった。あの若さで警部補だぞ。ノンキャリにしては異例の出世さ」

「どういう意味だよ?」

「あいつは偶然、事件現場に居合わせたんじゃないかもしれないってことだ。つまりな、やつが誤って大輝を殺しちまって、それを隠蔽するためだけに警察があの事件を葬ろうとしているわけじゃねえってことさ。そうでなけりゃ、あいつは出世どころか首だろうよ。あの事件には、八年前に隠蔽されて暴かれなかった秘密が隠されているのは間違いないんだ」

「嘘だ。あいつがそんなことをするなんて。だいたいなんのために、大輝は殺されなきゃならないんだよ。あいつが殺したって証拠はあるのかよ?」

「だから、検視記録を見ろって言ってるだろ。大輝がなぜ殺されなきゃならなかったのか、それは俺にもわからねえ」

 サキは麻生の言葉を信じたくなくて、ファイルを片っ端から引っ張りだすと検視記録を探した。


「俺は五条が教団の黒幕だと思っている。いのちの樹は、巨額なヤミ献金の隠れ蓑になっていたはずだ」

 だから五条を念入りに調べていたのか、とサキは思った。

 やはり麻生は、五条が八年前の事件のもみ消しに関与していたと考えているのだ。

「爺さんを調べて、何かわかったのか?」

「やつがとてつもない化け物だってことはわかったぜ。隠居した今でも、やつの力は政界や財界に絶大な影響を与えている。世界中に隠されたその資産は数千億はくだらないと見られていて、独自の軍隊をも秘密裏に持っているとまで噂されている」

「この日本で、軍隊をか?」

「名目上は、本拠地をアジアの小さな国とした外人部隊だと聞いたが、さすがにこの話はただの噂だろう。だが、そんな噂が信じられるほどの大物だってことだ」

 父はそんな男の娘と、いったいどんなつもりで再婚したのだろう? 

 茜を利用しているのか、それとも茜を愛して母の事件を忘れようと決めたのか? それは電話で気安く訊ける話ではない。

 サキは木戸博士のことも知りたかったが、さすがに父に訊くのは躊躇われた。母が家を空けていたことも口にするのが恐い。しかし、母のことはどうしても確かめなければならなかった。


「母さんが家にいなくて、オヤジとしばらくふたりっきりだったことがあったよね」

 麻生は急に黙った。

「覚えてるんだよ」

 サキが問いつめるように言うと、一呼吸おいて麻生は口を開いた。

「おまえが三歳のときだ」

「そのことと、八年前の事件は何か関係があるのか?」

「関係なんてあるもんか。母さんが自らあの家に行ったと、書きたてた記者もいたけどな。母さんはむりやり連れ去られたのだ。自分からやつらのところにもどるわけがない」

「もどるって、どういうこと?」

 麻生が一瞬言葉に詰まったのがわかる。

「おまえは知らなくていい。とにかく、危ないことはするんじゃないぞ」

 麻生は茜の病気が治ったらすぐに帰ると言って、唐突に電話を切った。


 父の態度が気になった。自分に知られたくない何かがあるような気がする。

 サキは電話が切られたあと、麻生が警察を辞めて探偵稼業を続ける傍ら追っていた事件の資料を食い入るように見ていた。検死記録によると、弟の身体から発見された銃弾は警察で使われているものだった。その日、教団のやつらが持っていた銃の弾とは違うものだ。警察の銃弾、それを使うことが出来た唯一の人物の顔が頭に浮かんだ。


「おい、買って来たぞ」ふいに背後で霧島の声が聞こえた。「ここに居たのか。何度も呼んでいるのに返事くらいしろよ」

 振り返ると、霧島が紙袋を持って書斎の入り口に立っている。

 サキは顔を強ばらせてサングラスの奥の霧島の瞳をまっすぐに見つめた。

「駐車場が混んでたんだ。そんなに怒るな。さあ、早く食べないと冷めるぞ」

 霧島がサキに微笑みかけた。

 サキは霧島が差し出したファーストフードの紙袋を思いきり手で払いのけた。袋が宙に舞い上がり、中身が飛び出して床に叩き付けられる。

 霧島はしゃがんで床にばらまかれた食べ物を拾うと、そこら中に散らばっている事件のファイルに目を落とした。


「あんたが……大輝を撃ったのか?」サキが声を震わせて訊いた。「答えろよ。八年前、あんたがあたしの弟を殺したのか?」

 何も言わない霧島をサキはすがるような目で見た。

「誰かがあんたの拳銃を奪って大輝を撃ったんだろ? そうだろ? ねえ、違うって言ってくれよ」

 サキは霧島の両腕を掴んで揺さぶった。

「おい、黙ってないで何とか言えよ!」

 サキは張り裂けんばかりの声で叫んだ。

 霧島は無表情でサキの目をじっと見つめると、静かに答えた。

「俺が、この手で引き金を引いてあの子を撃ったんだ」


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