32 エリカの秘策♡
空が眠りについたのを見届けてサキは病室を後にした。
建物の外に出ると車のライトが大きくうねりを打ってサキを照らした。サキはとっさに両手で光を遮り顔を背ける。車は中央の花壇に沿って円を描くように緩やかに回り込むと、サキの前を通り過ぎて、すぐ横の停車場に停まった。
「サキちゃん、こっち」若菜が車から降りて手を振っていた。「さあ、乗って」
たたずんでいるサキを、若菜は車に押し込む。
「エリカちゃんに頼まれたんだ」といって、若菜は苦笑した。
頼まれたというよりも強引に押し付けられたに違いない。
すぐにエリカから若菜の携帯に電話があり、若菜が「ちょっと待ってね」と言って、サキに代わった。
「んっ、もう。携帯ないと不便だよ」口を開くや否や、エリカは文句を言った。
唇を尖らしている顔がサキの目に浮かぶ。
夜になって家を出られないエリカは、佐伯の弁護士の助手に会えるのは今晩しかないと、若菜に伝言を頼んだらしい。
「若菜っち、サキが夜に街をふらつくのを許すわけにはいかないって言うの。頭が堅くてまいっちゃう。自分もサキと一緒に行くなんて言ってるの。でも弁護士の彼と若菜っちが会っちゃうと、エリカが困っちゃう」
こっちでなんとかすると言って、サキは電話を切った。
エリカの口添えでips細胞の実験をする科学教室にも行けることになった。
サキは協力を頼んだとき、エリカがこんなに戦力になるとは思ってもいなかった。エリカの人脈と調査力には助けられている。ひとりで出来る事には限界があると、エリカの助けを借りてしみじみわかった。
「見逃してよ。相手は弁護士だよ。援交とかじゃないからさ」
サキは電話を返して若菜に頼んだ。しかし、若菜はあくまでも首を縦に振らない。警察官たる者、青少年の健全な育成を妨げることを黙認するわけにはいかない、の一点張りだ。
「霧島のおっさん、エリカとあんたのことを知ったら何ていうかな?」
若菜が一瞬、たじろいだのがわかった。サキは若菜をチラりと見てにやっとする。
「それって淫行っていうんじゃなかったっけ? いいのかな、刑事がさ」
「淫行なんて、とんでもないよ。エリカちゃんは、ただのメル友だよ」
若菜は冷や汗をかいて必死に弁解する。
「ふうん、ただのメル友ね。好みなんじゃないの? ああいうエロかわいいタイプがさ。あんた、エリカの写メとか大事に持ってるだろ?」
若菜の声がひっくり返った。
「しゃ、しゃ、写メは……」
「ふんっ、やっぱ、持ってんのかよ」サキは鼻で笑った。「だいたいさ、民間人に誘拐のことを話していいのかな? 守秘義務ってやつじゃねえの?」
「それは、その、エリカちゃんがサキちゃんの友達ですごく心配していたから」
若菜はたじたじとなって口ごもった。
「お互い様じゃない。仲良くしようよ」サキはにやっとして若菜の肩を叩く。「嫌ならいいけどさ。あたしは夜中に街をふらついてるって霧島にチクられても全然かまわねえけど?」
「僕だって、何にもやましいことは……」
若菜が言い終わらないうちに、サキはカーステレオの下のスペースに置いてあった携帯を素早く取り上げて、エリカの写メを見つけた。
ぴちぴちのTシャツを着たエリカが唇をとがらせ、上目遣いで物欲しげにカメラを見つめている。軽く足を開いてヒップラインを強調させたポーズは、超短いタイトなデニムのショートパンツのせいで太ももがむき出しになっている。まるで男性誌の表紙を飾るグラビアアイドルのようなセクシーショットだ。男子の間では高値で売買されているらしい。
エリカがボーイフレンドたちに『お願い』をしたときのお礼に送る、写メのひとつだ。
頼みごとによってお礼の写真のエロ度が違うらしく、トレーディングカードのように男たちは必死に何十種類とあるエリカの写メを集めているという。
写真はボーイフレンドのプロのカメラマンが撮ったようだが、ちゃんとモデル代もせしめているというのだからたいしたものだ。
「消去しちゃおうかな。それとも霧島に転送しようか? これって贈賄になんねえの?」
「ちょっ、ちょっと待って、わかったよ」
若菜はしぶしぶ承諾したが、弁護士の助手とは自分の信頼できる店で会うという条件をつけた。
サキはその条件を飲んで、駅の裏通りにある小料理屋に中井という男を呼び出した。




