31 手掛かり
霧島に送ってもらってサキは病院にもどった。
眠ったままの空を見て、看護士は極度の緊張と疲労のせいで明日の朝まで目覚めないかもしれないとサキに告げた。エリカにも電話をかけたかったし、入院のための用意もしなければならなかったので、一度サキは家に帰ることにした。
案の定、留守電はエリカのメッセージで一杯だった。すぐに電話をかけ直して礼を言い、コスモワールドと天童の関係を話すと、エリカは興味を持って残念そうに告げた。
「再生医療の研究をしている彼の大学でね、明日、高校生向けの科学教室を開くんだって。iPS細胞を使った実験が体験できるから参加しないかと誘われてたのだけど、断っちゃったんだぁ。失敗したな」
「それって、今から何とかならないかな?」
本当のところ、iPS細胞のことをサキはよくわかっていない。ネットで見てもちんぷんかんぷんだ。高校生向けならきっとわかりやすく説明してくれるに違いない。それに、天童や汚職事件についても何かわかるかもしれないと思うと、是非とも参加したかった。
「定員は三十名で、かなり早くから申し込みがあったみたいだけど、すぐに訊いてみるよ」
「頼む、どうしても行きたいんだ。それから佐伯の弁護士の助手をしてた男にも会いたい。事件のことや佐伯のことで気になることがないか、ホームから転落したときの状況についても直接会って訊きたいんだ。そういうことを彼は知ってるかな?」
「なりたてだけど弁護士だし、先生の指示で資料を集めているのは彼なの。面会にも行って直接佐伯と会っているし、先生と同じくらい事件には詳しいはずだよ。当たり障りのないことなら、話してくれると思うよ」
「宜しく頼むよ」
「オッケー、手配しとく。他には?」
サキは少し考えてから訊いた。
「本間と不倫していた由香って女の子に会えるか?」
「女の子は専門外だけど、当たってみるよ」
「助かるよ。何かエリカに礼をしなきゃな」
「じゃあさ、事件が解決したらエリカに一日付き合ってよ」
「そんなんでいいの?」
「うん」とエリカははりきって答える。「めっちゃ、やる気がでてきた」
そう笑って言うと、エリカは電話を切った。
支度をして病院に着くと面会時間は過ぎていたが、サキはこっそり中に入って空の病室を訪れた。
空のあどけない寝顔を見て口元が自然にほころぶ。人の寝息がこんなにも安らかな気分にさせてくれるものだとは、サキは知らなかった。
病室の白い壁をぼうっと見つめてサキは事件を整理した。犯人は単独犯か共犯者がいるのか、それとも組織がらみの犯行なのか?
霧島は佐藤の行動を気にしている。確かに空が誘拐された日は佐藤と連絡が取れなかった。散歩をしていたという佐藤のアリバイはまだ証明されてない。その佐藤はコスモワールドを疑っている。翼が特別な子というのは、どういう意味だろう?
サキは隼人の態度が一番気になっていた。だが、三時まで学校にいた隼人に空を拉致することは不可能だ。チャットのログによると、サキが犯人と接触した時間は五時二分から二十八分。その間に犯人は電話をかけてきて、サキは空とも電話で話をした。
だめだ、わからない。とつぶやいて、サキは大きな溜め息をついた。
パズルのピースがばらばらだ。
気分転換に、買ってきたプリンを冷蔵庫に入れようと立ち上がったとき、空が目を覚ました。
サキは枕元に駆け寄り、しゃがんで空の手を取る。
「空、わかるか? もう大丈夫だ」
「お早うございます」目をこすりながら空は上半身を起こした。「あれ、まだ暗いですね」
寝ぼけながら空は辺りを見渡すと、病院にいることを理解して急に泣きそうになった。
「翼君はまだ見つかりませんか?」
「警察が探してくれているよ」
「僕、翼君と約束したんです。僕が必ず、翼君のために助けを呼んで来るって」
「泣くな」サキは厳しい口調で言った。「泣くのは翼を助けてからだ。翼を助けたいなら、出来るだけたくさん手掛かりを思い出せ」
空はべそをかきながら下唇を噛みしめて、小さく、はい、と答えた。
サキは空を抱きしめたい衝動にかられたが、素直に抱きしめることが出来なくて、代わりに空の頭に手をあてた。
「プリン、食べるか?」
「そう言えば、とてもお腹がすいています」
サキが微笑んで、ほら、と言ってプリンを差し出すと、空は満面に笑みを浮かべた。
よほどお腹が空いていたのか、空は黙々とプリンを食べていた。
サキはその様子を見つめながら、いつのまにか事件のことを考えていた。
メールを受け取った空は本郷にいて、その直後にどこかに連れ去られた。翼のメールはこの街から発信されているから、その時は翼の携帯はこの街にあった。ここから本郷まで四、五十分はかかる。翼の名を騙ってメールで誘導した人間が、空を拉致することは不可能だ。となると、犯人は複数犯なのか?
思考が行き詰まったとき、空がスプーンを床に落としてカランという音が病院中に響いた。
「夜の病院って静かだな」
サキがスプーンを拾って言った。
「僕がいた部屋はもっと静かでした。音が全くしないんです。音がないのは恐いですね」
「音がしない? 時計の音もしなかったのか?」
「それが何も。初めての体験でした」
「部屋で目が覚めたとき、三時を知らせる時計の音を聞いたんじゃないのか?」
「はい」空は右上に視線を走らせ、少し考えてから答えた。「おかしいですね?」
「時計の音は、それ以降はしなかったのか? 針の音も?」
「そう言われてみると、そうですね」空は首をかしげた。「三時に時計が鳴ると翼君はどこかに連れて行かれて、僕は音のない部屋で独りになりました。十五分か三十分か、もっと長かったかもしれません。音のしない世界で時間を計るのは難しいです。実は少し眠ってしまって、犯人に起こされてサキと電話で話しました」
もし、三時の時報が仕込まれたものだったら?
空が目覚めたのが三時よりも後ならば、連れ去られた時間が大幅に変わってくる。そうなれば隼人にも犯行は可能だ。二時ごろにこの街でメールを送った人間が、共犯者がいなくても本郷に行って空を拉致できる。
「おまえと電話で話したのは、五時すぎだ」
「五時でしたか。思ったよりも時間が経っていたのですね」
「その間、一度も時報は鳴らなかったんだな」
「はい、うとうとしていただけなので時計が鳴れば気がつきます。針の音もしていませんでした」
サキは空の肩に両手を置いて、まっすぐに目を見て訊ねた。
「それは本当か? よく思い出すんだ。これは、とても大事なことなんだ」
サキは自分の勘と推理が当たっていないことを祈った。




