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15 空が消えた?

 放課後、サキは隼人とエリカを連れて駅へ行き、そこで空と合流した。

 翼の家に押し入った信者たちの名前は当時の新聞記事を探せばすぐにわかった。しかし、そこからが高校生のサキにはお手上げだった。信者の家族たちはみな姿をくらましていて、他の信者たちも教団が解散してしまったいま、どこにいるのか全く手掛かりがない。

 いのちの樹のことは必ず警察が調べるだろうから、信者たちのことは警察にまかせて、サキは空と一緒に翼の情報を集めるビラを三日前から街で配っていた。


 写真を翼の母親からもらって、隼人とチラシをパソコン教室で作っていると、エリカが手伝うと言い出した。友達にも声をかけると言って自称エリカの彼という男たちばかりが十人も集まった。いかにもエリカを好きそうな秋葉系や女子に絶大の人気があるサッカー部のエース、ときたま雑誌で見かけるメンズモデル、エリカの身を心配したやくざの若頭がよこしたガラの悪いチンピラたちが一列に並んだ。その日は顔を見せなかったが、他にもプロデューサや記者といったマスコミ関係者から、弁護士や官僚、大学の助教授まで、エリカのボーイフレンドは職種も年齢もさまざまでサキを驚かした。


 みんなで手分けしてショッピングセンターや繁華街でチラシを配ることになり、サキたちは駅周辺を担当することになった。

「行方不明になった翼君を探しています」

 空が大きな声を出してチラシを通りかかった主婦に渡した。

「ご協力をお願いします」と言い、続けて頭をぺこりと下げる。


「エリカ、そこは空とふたりで大丈夫よね。あたしは隼人とバス停の近くで配る」

「わかった。まかせて」

 エリカははりきって答えた。返事の代わりに空は大きくサキに手を振る。

 改札付近は空とエリカにまかせて、サキと隼人はロータリーのほうへ移動した。


 三十分ほど配っていると、手にしていたチラシがあとわずかになった。

「サキさん。麻生サキさん」

 声がするほうを見ると、若菜が真剣な形相でサキを呼んでいた。走って来たのか、呼吸が乱れて肺がぜいぜいと音をたてている。ただならぬ気配を感じ、サキは配っていた手を止めて若菜のほうへ歩み寄った。


「空君はどこですか?」

「改札の近くでチラシを配っているけど」

「犯人の狙いは空君だった可能性が出てきたんだ。翼君は空君と間違えられたのかもしれない。何か変わったことは? 変な電話がかかってきていないかい?」

 サキはいいえと短く答えて、首を振った後にはっとして若菜を見た。

「気のせいかもしれないけれど、最近、誰かに見られていると感じることが何回かありました」

「それはね」若菜は気まずそうな顔をした。「警察の人間だ。霧島警部補の命令で君に監視がついていたんだ」

 サキは霧島の顔を頭に浮かべ、怒りが込み上げるのを抑えて冷静な口調で訊いた。

「それで? 私を見張って何かわかりましたか?」

 若菜は、サキの鋭い視線と高校生とは思えない大人びた雰囲気に飲まれて、しどろもどろになって答える。

「いや……その……念のためっていうか。ほら、おかげで君への疑いもすっかり晴れたし。それに、こうなってみるとさ、君に監視をつけていてかえって良かったよね」

「犯人も手がだせなかったと、言いたいのですか? 随分、適当なんですね。警察って」

 若菜はサキに圧倒されながらも、きっぱりと言った。

「とにかく、今は空君のところへ行こう。一刻も早く護衛をつけたほうがいい」

 サキは隼人に持ち場を離れることを告げて、若菜と駅へと急いだ。


 ラッシュの時間になって駅は人でいっぱいだった。人ごみをかきわけてサキと若菜は駅の改札へ向かったが、空の姿はどこにも見当たらない。サキは次第に心臓の音が速くなるのを感じた。遠くにエリカを見つけ、サキは若菜の袖を引っ張ってエリカの元へ走った。


「空は? 空はどこに行った?」

「あそこで配っていたけど、いない?」エリカは空が立っていたという方向を指でさして言った。「あれ、いないね」

「誰かと話してなかったか?」

 サキは真っ青な顔になった。

「さっき、男の人と話していたけど」

「どんな男だった? 顔は見たかい?」

 若菜がエリカに訊ねる。

「後ろ姿だったから顔は見てない。背がひょろりと高くて、おじさんっぽかったかな」

 エリカは大きな失敗をした子どものようにシュンとして答え、サキはすぐにエリカが指でさしたほうへ走った。若菜とエリカも後に続く。


「この辺り?」

「うん。あの人の前で配ってたよ」

 エリカはギターを片付けている若い男を見た。

「ここで、小学生の男の子がチラシを配っていたのだが、どこへ行ったか知らないかい?」

 若菜が若い男にかけよって警察手帳を見せると、男は顔をこわばらせた。


「弟なんだ。中年の男と話していたらしいのだけど、見かけなかった?」

 サキが若菜を押しのけて男に詰め寄った。

「ああ、あの子ね。痩せた顔色の悪いおっさんと、公園のほうへ歩いていったよ」

「どれくらい前?」サキは思わず男の肩を掴んで訊ねた。

「十分くらい前かな」

「男の顔は覚えているかい?」若菜が訊いた。

「ちゃんと見てなかったからなあ。四十半ばくらいに見えたけど、顔はわかんないや」

 サキは男に礼を言って公園へ向かった。


 人の波が前から押し寄せてサキの歩みを遮る。サキはいらいらしながら人の間をすり抜けて進んだ。前から来る人にぶつかっても、謝りもしないで無我夢中で地面を蹴る。広い通りに出ると脇目も振らずに必死に走った。


 川を埋め立てて造った公園は駅を挟んで東西に三キロの遊歩道になっている。公園の入口でサキがどっちの方向へ行こうかと迷っていると、息を切らした若菜とエリカが現れて手分けして空を探すことにした。


 知らないやつについて行くなと、あれほど言っておいたのに。

 空を見つけたらきちんと叱ってやらないといけない。茜さんがあんなだから、空も危機管理能力が劣っているのだ。

 サキの脳裏に空の笑った顔やすました顔が浮かんでは消えた。

 もし、このまま空が消えてしまったら…… 


 例えようもない不安がサキを襲った。怖れがどこからともなく訪れて、足ががたがたと震える。子どものころの記憶が甦り、怖くて怖くてたまらなくなった。


 あの日、母と弟が帰って来るのをサキは本を読んで家で待っていた。夕方になっても夜になっても、ふたりは帰って来なかった。くまのぬいぐるみを抱いてサキは独りでベッドに入った。夜中に父が帰って来た。普段はくだらない冗談ばっかり言っている父が、サキを抱きしめて身体を揺らして泣いた。


 嫌だ……絶対に嫌だ。

 もう二度と大切なひとがいなくなるのは嫌だった。

 お願いだ無事でいてくれ。空が無事なら、なんだってしてやる。釈迦でもキリストでも誰でもいい。頼む、空を助けてくれ!

 気がつくと、サキは大きな声を出し、必死に空の名前を呼んでいた


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