表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インフォ・デス・ストリーミング:圏外即死  作者: れーやん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話:接続維持(コネクト・オア・ダイ)

[ザーーーッ……ブツッ……ザザザ……]


画面が乱れる。

VHSテープの劣化したヘッドが、磁気テープを削り取るような、あの嫌な音。

縦に走るノイズ。水平同期のズレ。

1997年製のビデオデッキが、最後の力を振り絞って吐き出す映像のように、世界が歪む。


カウンター表示:00:00:01


―――――――――――――――――――――


SCENE 01 ― 渋谷スクランブル交差点 / 2045年7月19日 AM 08:47


ズームイン。


朝の渋谷。8万3000人の肉体が、スクランブル交差点を埋め尽くしている。


誰もが歩きながら、虚空を見つめている。

網膜投影型の7Gディスプレイ。

「テラ・リンク」と呼ばれる第七世代通信規格が、人間の視神経に直接、毎秒890テラビットの情報を流し込んでいる。


神経同期率:99.7%


彼らの瞳孔は開ききっている。

脳は常時接続。

心拍数はクラウドで管理され、呼吸のリズムすらAIが最適化している。


ある男のうなじを、カメラが舐めるように追う。

汗ばんだ肌。毛穴から滲む皮脂。

首筋に埋め込まれた「ニューロ・ポート」の周囲が、かすかに赤く腫れている。


ズームアップ。


その腫れの中で、何かが蠢いている。


―――――――――――――――――――――


SCENE 02 ― 接続断絶 / AM 08:47:31


それは、音もなく始まった。


最初に気づいたのは、交差点の北東角に立っていた17歳の女子高生だった。


彼女の名前は、もう誰も覚えていない。


彼女の網膜ディスプレイが、突然フリーズした。

視界に表示されていた「おすすめ朝食カロリー」「本日の運勢」「彼氏のリアルタイム位置情報」が、一斉に消失する。


神経同期率:00.0%


「……え?」


彼女の声は、誰にも届かない。

8万3000人の誰もが、同じ瞬間に、同じ虚無を見つめていたからだ。


7Gネットワーク「テラ・リンク」。

全世界の情報インフラを統合した、人類史上最大の神経系。

それが、バグった。


沈黙。


1秒。


2秒。


3秒――


―――――――――――――――――――――


SCENE 03 ― 発症 / AM 08:47:34


ピーーーーーーッ


最初の音は、誰の喉から漏れたのか、もう判別できない。


ヒョロロロロ……ガガガ……ピーーーーッ


あの音だ。

20世紀末、まだインターネットが電話回線を這いずっていた時代。

56kbpsモデムが、必死に世界と繋がろうとしていた、あの音。


人間の喉から、それが漏れ出していた。


ズームイン。


女子高生の口が、半開きになっている。

舌が痙攣している。

歯の隙間から、唾液が糸を引いて垂れている。


「ピ……ピーーヒョロロ……ガガ……」


彼女の喉が、勝手に鳴っている。

声帯が、脳からの命令を無視して、あの接続音を再現しようとしている。


脳が、接続を求めている。


情報の真空に耐えられない神経細胞が、20世紀の遺物である「ダイヤルアップ接続」のプロトコルを、肉体に刻まれた原始的な記憶から掘り起こしているのだ。


ティルト・アップ。


空を見上げる。

8万3000人の顔が、一斉に天を仰いでいる。

8万3000の喉から、あの不吉な音が、鳴り響いている。


ピーーーーヒョロロロロ……ガガガガガ……ピー……


渋谷の朝が、ISDNの葬送曲に包まれる。


―――――――――――――――――――――


SCENE 04 ― 情報飢餓 / AM 08:51


3分24秒。


人間の脳が、完全な情報遮断に耐えられる限界時間。

2045年の厚生労働省が発表した、公式データだ。


それを超えると、脳は「情報飢餓状態インフォ・スターベーション」に陥る。


手ブレの激しい主観ショット。


誰かの視点だ。

視界がぐらぐら揺れている。

息が荒い。

網膜ディスプレイは死んでいる。生身の目で見る渋谷は、あまりにも情報密度が低い。


「足りない」


脳が叫んでいる。


「情報が足りない」


視界の端で、人が倒れている。

痙攣している。

口から泡を吹いている。

喉から、あの音が漏れている。


ピーーヒョロロ……


でも、そんなことはどうでもいい。

今、この瞬間、自分の脳に流し込む情報が必要だ。


何でもいい。

天気予報でも、株価でも、誰かのSNS投稿でも、広告でもいい。

情報をくれ。


主観カメラが、地面を見る。

アスファルトの上に、スマートフォンが落ちている。

2010年代の遺物。今では骨董品だ。

誰かのコレクションが、ポケットからこぼれ落ちたのだろう。


ズームイン。


画面は割れている。

でも、かすかに光っている。

ローカルに保存された何かが、まだ生きている。


手が伸びる。


でも、別の手が、先にそれを掴んだ。


カット。


―――――――――――――――――――――


SCENE 05 ― 頭蓋の井戸 / AM 08:54


極端なローアングル。


スクランブル交差点の中央で、スーツ姿の男が、別の男の頭を抱えている。


抱えている、というより、固定している。

アスファルトに押さえつけている。


「待て、待ってくれ、俺は、俺は」


押さえつけられた男が、泣いている。

でも、スーツの男の目は、もう人間の目じゃない。

瞳孔が限界まで開いている。

口からは、断続的にあの音が漏れている。


「……ピ……ピーーヒョロロ……」


スーツの男の右手が、押さえつけた男のこめかみに当てられている。

何かを探っている。


神経同期率:回復不能


「お前の脳に……」スーツの男が呟く。「まだ、残ってるだろ……」


「な、何を……」


「情報だよ。キャッシュ。バッファ。まだ温かいうちに……」


衝撃音。


画面が白く飛ぶ。


ズームアウト。


スクランブル交差点の至るところで、同じことが起きている。

情報飢餓に陥った人間たちが、他人の頭蓋骨を叩き割り、「まだ温かい脳」から残留情報を吸い出そうとしている。


科学的には無意味だ。

脳は情報記憶媒体ではない。

そんなことで情報は得られない。


でも、脳はもう、そんなことを判断できない。


本能が、叫んでいる。

繋がれ。

繋がれ。

繋がれ。

何でもいいから、繋がれ。


ピーーーーーーーーーーーーーヒョロロロロロ……


8万3000の喉が、死のダイヤルアップ音を奏でている。

接続先は、どこにもない。


―――――――――――――――――――――


SCENE 06 ― テラ・ボルト / AM 08:57


監視カメラの映像(フッテージ風)


渋谷駅のコンコース。

天井のスピーカーから、自動アナウンスが流れている。


『ただいま、テラ・リンク・ネットワークに障害が発生しております。ご利用のお客様には大変ご迷惑を――』


アナウンスが途切れる。


代わりに、あの音が流れ始める。


ピーーーヒョロロ……ガガガ……


駅のスピーカー全てが、ISDNの接続音を再生している。

ネットワーク機器が、最後の悪あがきとして、30年前のプロトコルに回帰しているのだ。


ズームイン。


改札の前で、制服姿の警備員が立っている。

彼の目は虚ろだ。

口が半開きになっている。

喉から、微かに音が漏れている。


「テラ……テラ・ボルト……充電……」


意味不明な言葉だ。

でも、彼の脳は、それが真実だと信じている。


「電圧が……神経同期率が……回復すれば……」


彼の手が、ゆっくりと、近くにいた乗客の首筋に伸びる。

ニューロ・ポートを、探している。


「お前の……テラ・ボルトを……分けてくれ……」


カット。


―――――――――――――――――――――


SCENE 07 ― 接続か、死か / AM 09:00


ノイズ。


画面が乱れる。

VHSの劣化映像のように、世界がちらつく。


渋谷スクランブル交差点は、もう交差点ではない。

血と、泥と、砕けた網膜レンズと、千切れたニューロ・ケーブルが散乱する、情報飢餓の修羅場だ。


ズームアウト。


空撮。


渋谷だけじゃない。

新宿。池袋。品川。東京駅。


全ての都市で、同じことが起きている。


ピーーーーーーーーーーーーーヒョロロロロロ……


何百万人もの喉から、あの音が漏れ出している。

それは、死にゆくモデムの断末魔だ。

接続先を失った機械が、最期の瞬間まで、世界と繋がろうとしている。


接続か、死か(コネクト・オア・ダイ)。


2045年7月19日。

人類は、情報の海に溺れて生きてきた。


そして今、その海が干上がった。


神経同期率:エラー


テラ・リンク・ステータス:応答なし


ネットワーク診断中……


ピーーーーーーヒョロロロロ……ガガガガガ……


―――――――――――――――――――――


[ブツッ]


[ザーーーーーーーッ……]


画面が、砂嵐に呑まれる。


―――――――――――――――――――――


▶ 第1話「接続維持コネクト・オア・ダイ」完


次回予告:

「俺の脳を……開けてくれ……中に、まだ……Wi-Fiの電波が……」


―――――――――――――――――――――


[カウンター表示:00:12:47]

[PLAY ▶ ]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ