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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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9 風結ノ章 九

羅城門には言い伝えがある。

内裏の南側の正門、朱雀門から伸びる朱雀大路の終点が都の南端、羅城門である。都と外界との境界線でもある。

四神信仰に基づいて、南を守護する朱雀が屋根に備えつけられた。朱雀は炎を纏った不死鳥、火と太陽、再生と浄化を司り、この朱雀が荒れると世は乱れ、天の理が滅んで混沌が訪れるとされてきた。

都は緋家の時代になると東西の街道が整備され、危険な山越えをしなくてはならない南方への旅人が少なくなっていった。すると次第に忘れ去られ、時に取り残された羅城門は荒れ果てて、朱塗りの柱、白い壁も朽ち果て、黒ずみ、瓦は崩れて、屋根の上に堂々と立っている朱雀だけがかろうじて威光を放っている。

昼でも、夜にもなればなおのこと近づくものもなく、その不気味で巨大な門はいつしか鬼が住む場所として人々を遠ざけるようになっていった。



「鬼?」

白結丸が聞きなおす。

「そうなんだ。あたしが都から逃げ出すとき、羅城門には鬼が住んでるって聞いたんだよ」

「確かに。何か住んでいてもおかしくはないだろうなぁ・・・」

「昔は門番もいたそうだけど、今はただの廃墟だね」

白結丸はその巨大な門を見上げる。

そこは門とはいえ、一つの城のようにそびえたち、見上げる者に威圧感を放っていた。

「鬼か・・・・」

「鬼退治するかい?」

「・・・目立つことはするなって天狗に言われただろう?」

「・・・そうだね。夜なら誰もいないだろうからね。今のうちに入っちまおうか」

「そうだな!」

と言って白結丸は嶺巴の後ろに隠れる。

「白結丸?」

「なんだ?先を急ごう」

「いや、もしかして・・・・鬼怖い?」

白結丸は答えずに首を横にぶんぶん振った。

「あははは!大丈夫だよ、随分前に何とかって武士が鬼を退治したって噂だから」

「・・・そうなのか?」

「とりあえず、中へ行こう」

嶺巴が歩き出し、白結丸も慌てて後を追う。



羅城門は近づくにつれその大きさに目を見張った。

御体がそのまま通れるほどの大きな門扉が中央にあり、その脇に人用の扉がある。扉の上には(やしろ)が据えられ、塔のようにそびえたっている。門の左右には高い壁が続いており、乗り越えるのは難しいだろう。

人が通れる扉は少し開いていた。

「結構広いな・・・。昼間は人が通るのだろうか?」

扉の中は広間になっており、暗くひっそりとして、ひんやりとした空気が漂っている。

「暗くて何も見えない・・・」

「向こうにうっすら明かりが見える。あそこが出口だろう」

歩くたびに床板がギシギシとなる。

「嶺巴、何かあったら教えてくれよ。真っ暗で足元も見えないんだから・・・」

・・・・ギシギシ。・・・・・ギシギシ。

「あれ?嶺巴?」

さっきまで前を歩いていたはずの嶺巴の気配がない。

「ちょ、ちょっと・・・。冗談はやめてくれよ・・・」

立ち止まってしばらく待ったが、嶺巴の足音はしない。

「・・・・なんということだ・・・・。嶺巴!!嶺巴ー!!」

叫んでも返事はない。白結丸の脳裏に『鬼』が浮かんでは消える。

「ひぃ・・・・」

白結丸は泣きそうになりながら遠くの光の方へ走る。とにかく、明かりがなければ嶺巴を探すこともできない。月明かりの射している扉を開ければ、中に少しでも光を入れることができるはずだ。

瞬時にたどり着き、扉から外へ飛び出す。

「ばあ!!」

「ひーーーーーーーっ!!??」

白結丸の眼前に嶺巴が突然現れる。

「あははははっは!」

「れれれれれれ、嶺巴!?」

大笑いの嶺巴と、腰を抜かして尻もちを搗く白結丸。

「何だよ、悪い冗談だ!」

「ごめんごめん、あんまり怖がっているから脅かしたくなって!」

嶺巴はひぃひぃと涙を流して笑っている。

白結丸は内心むっとするが、嶺巴があんまり可笑しそうに笑っていたので、ホッとしてしまい何も言えなくなってしまった。もう大丈夫そうだ。

「まったく、白結丸はかわいいねぇ」

そう言いながら手を差し出す。白結丸はその手を掴むと、立ち上がる。

「なんだよ、(あるじ)なんだぞ」

不満そうに言うが、顔には笑顔が出てしまった。

「・・・・・」

そのまま嶺巴は白結丸の方に腕をまわす。

「・・・嶺巴・・・?」

「・・・・白結丸、あたしね、あいつらの仇を取りたい。あたしを邪魔者扱いした緋家の奴らにやり返したいんだ。あいつらが救ってくれた命だから、あいつらの思いを叶えるまで諦めないよ」

「嶺巴・・・ともに来てくれ。絶対にその思いを無駄にはさせない」

「・・・白結丸、さっきまで泣いて怖がってたとは思えないね」

と言ってまた笑った。



二人が出たところは中庭のようだった。

周りは壁に囲まれていて、あちこちから手入れされていない木や草が伸びている。

「向こうに扉があるね。あの向こうが都だね」

奥の扉を嶺巴が指さす。

「よし、行こうか」

「通さん」

「うん?」

「何か言ったか?」

「あたしは何も?」

「通さん」

「父さん?」

「何?」

「わからん」

「通さん」

「誰だ!?」

とっさに二人は身構える。

あたりに人影はない。風の気配も感じない。いや、わずかに・・・。

「上だ!嶺巴、気を付けろ!」

見上げると、塔の上から何かが落ちてくる。

二人はとっさに身を投げ出して躱す。空気の裂ける音。ずうん!と土煙を上げて影が二人の間に叩きつけられる。

「・・・通さん・・・・」

酷くくぐもった声。

徐々に()()の姿が見え始める。塔の上から鎖でつながれており、その鎖は左手につながっている。・・・いや、鎖そのものが両の腕に付いている。

「・・・何だ、こいつは!?」

伸び放題に伸びた髪で顔はわからないが、上半身は裸の男で体の胸や腹から黒ずんだ管が伸び、その管は下半身につながっている。そして下半身は鉄のように月明かりで鈍く光り、そして容姿を一層不気味にさせていたのは、鉄で出来た四本の脚。

「ひぃっ!?物の怪か!?」

「・・・・こいつは、小御体だね!」

嶺巴の声が低くなる。

「小御体!?」

「あとで教える!来るよ!」

嶺巴は着物の裾をまくり上げて帯に引っ掛けると、手に持っていた刀を抜く。白結丸も腰の刀を抜き、身構える。


その異様な姿をしたものは両腕の鎖を振り回し、四本の足を蜘蛛のように動かして素早く嶺巴に迫る。空気を切り裂くように唸り、嶺巴の頬を掠める。

「嶺巴!」

「大事ない!」

嶺巴は次に飛んでくる鎖を刀で叩き落とす。ぎいんという音とともに火花が散る。

すかさず白結丸が刀を振りかぶりながら飛び上がる。そいつは右腕の鎖を白結丸目掛けて伸ばす。空中で白結丸は何とか刀で鎖を受けるが、小御体は刀に鎖を巻き付け引っ張る。白結丸は刀を持ったまま飛ばされ、地面に転がる。

「くそっ、見た目より早い!なんだこいつ!?」

「間合いを詰めろ!離れれば鎖がくる!」

両腕の鎖が生き物のようにくねくねと這いまわる。その長さから、相手に近づくことができない。

「白結丸!あたしが引き付ける!背中だ!背中につながってる管が一番太い!あれを斬るんだ!」

言いながら嶺巴は小御体目掛けて駆けだす。

「あの気持ち悪いやつ!?斬るのかっ!?」

嶺巴が近づくと、小御体の両腕の鎖が嶺巴目掛けて伸びてくる。

嶺巴は鎖を跳んで躱すと、小御体の腕目掛けて刀を振り下ろす。小御体の鎖はそのまま嶺巴を追うようにくねくねと曲がり、嶺巴の足に絡みつく。

「うそっ!?」

足を掴まれた嶺巴はそのまま地面にたたきつけられる。

「うぐっ!!」

「嶺巴!!」

白結丸は嶺巴に絡みついた小御体の右腕目掛けて上段から一閃する。

「うがぁっ!?」

小御体の右腕がぼとり、と落ちる。嶺巴は鎖をほどいて立ち上がると、刀を構える。

「大丈夫か、嶺巴!」

「ああ、心配ない。少し背中を打ったが」

声もちゃんと出ている。心配なさそうだ。

「通さん!!」

小御体は左腕の鎖を振り回しながら白結丸に迫る。

「痛くないのか!?」

「こいつらはもう痛みとか何も感じない!人じゃないんだ!」

小御体の伸ばした鎖をよけると、白結丸は一気に間合を詰める。腕を失った右からは狙えば、鎖は届きにくい。蛇のようにくねくねと襲ってくる鎖をよけながら、相手の右へ右へと回り込む。

「ええい!」

嶺巴は叫ぶと、小御体の背中に斬り込む。袈裟懸けに振り下ろした刀は小御体の背につながる太い管が切り裂かれる。そこからどす黒い血が噴き出す。

「今だ!!」

白結丸を追い続けていた小御体の鎖が制御を失い、波を打つ。白結丸は一気に間合いを詰め、正面から切り倒す。小御体の肩口から首辺り、そして数本の管を一気に切り裂く。

「!!」

小御体は力なくその場で言葉にならない咆哮をあげ、しばらく痙攣した後、動かなくなった。

「やったのか・・・?」

白結丸は自分の声が震えていることには気付かなかった。

「・・・あぁ、もう動かないね」

嶺巴は刀を鞘に納める。

二人はその場に腰を落とし、しばらく息を整えた。

地に散った血と鉄の錆びた匂いが漂っていた。


・・・・怖かった・・・・。

白結丸は心の中でつぶやいた。むろん、声に出すことはない。




「こいつは小御体。御霊石を使わないで動く御体を作ろうとした、失敗作さ」

「御霊石を使わない御体?」

二人は近くにあった井戸から水を汲み、体と装束の返り血を洗い流した。秋の夜の井戸水は冷たくて体が凍えたが、都に血まみれで入るわけにはいかない。大騒ぎになってしまう。

「御霊石ってのは、なかなか採れない石だそうでね。佐渡の金山で金と一緒に少ししか見つからないんだって。だから、緋家の御体匠たちは御霊石の霊力を強める力に頼らず、人間をそのまま御体にしようとしたんだ。それが失敗続きでね。ほとんどが罪人を使って作られたんだが、皆死んでしまった。中でもいくつかはこうして生きていた・・・生きていたと言っていいのかどうかわからないが、狂ってしまったまま、こうして捨てられたんだろうね」

「罪人とはいえ、こんな非道なこと・・・・。」

「もう人ではないし、御体でもない。たぶん、この門の門番としてここに捨てられたんだ。こんなのがいたんじゃ、鬼がいるって言われても仕方ないし、どんどん人通りもなくなって廃れていくわけだよ」

嶺巴は堂々と着物を洗って絞っているが、濡れた肌襦袢しか着ていない姿に白結丸は視線を逸らす。

「あ、えーっと、でも、これで都へ入れるな」

「でも、御体匠なんてどこにでもいるわけではないからな。どう探してよいものか」

「嶺巴は心当たりがないのか?」

「楠か・・・。あいつに頼むくらいなら、裸で都中走り回った方がマシだな」

脳裏に楠常秀の顔が浮かんで顔を顰める。

「兎にも角にも、腕の立つ職人を探そう。何か判るかもしれない」

嶺巴が言うと、白結丸はあちらを向いたまま頷く。

「左京の中程に、職人たちが住む職人町があると聞いたことがある。まずはそこを探そう」

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