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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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8 風結ノ章 八

嶺巴は目の前が暗転する直前、森から飛び出してくる()()を見た。それが何であるかを考える時間はもらえなかったし、遠のく意識を引き留める力はもうなかった。

白結丸は、羅刹が蒼刃の首を締め上げる様子を見た瞬間、風結を森の中から飛び立たせる。

・・・なんだ、これは!?

蒼刃はぐったりとうなだれ、羅刹により首を持ち上げられている。地面に横たわる数人の兵たち。そして血まみれの小行、首のない大行。焼け焦げた遺体。

「何が起きた!?山賊たちは・・・!?嶺巴!!」

風結は白結丸の身体能力に反応し、木々の上まで飛び上がると、太陽を背にした風結の突然の乱入に孝基の羅刹は対応が遅れた。飛び上がると同時に腰の刀を抜き、蒼刃の首を掴む羅刹の右腕を、着地と同時に一閃の元に切り落とした。

気づいた時には右腕に激痛が走り、羅刹が締め上げていた蒼刃がその場に崩れ落ちた。

「ぐはぁっ!?」

反射的に孝基は羅刹を後退させ、距離をとる。

「・・・何だ、戦御体だと?」

痛みに顔を歪ませながら、新たに現れた御体を見る。

碧色の鎧姿。酷く汚れているし、鉄は赤茶けて錆びているが、その姿は異様なほどに威圧感を備えていた。

「かなり古い型のようだが・・・まさか・・・」

羅刹は残された左腕で刀を構えると、ジリジリと下がる。

「逃がさん!」

白結丸は風結を踏み込ませる。風結の一閃を羅刹は左腕の刀で受ける。がきん!という音とともに火花を散らす。

風結はそのまま羅刹の刀を上に跳ね上げる。

風結は上からかえす刀で羅刹の胴をめがけて刀を横に薙ぐ。

羅刹は後ろに飛ぶが、風結の一閃は羅刹の左の腰あたりを掠める。さっきの玄市たちに燃やされた左足の踵が土にとられてもつれ、羅刹は仰向けに倒れ込む。

「とどめだ!」

真上から刀を振り被り羅刹めがけて振り下ろす。咄嗟に羅刹は刀を捨て、風結の刀の柄を左腕だけで抑える。

「左腕一本で、なんて力だ!」

「力比べなら羅刹に敵は()らぬ!」

羅刹は掴んだ風結の腕を横に払うと、風結はそのまま転がる。風結はすぐに体勢を立て直すと、刀を構える。

「その御体の繰り手!お主、白結丸だな!?」

「いかにも!紀基、覚悟せよ!」

あの古い御体、まともにやり合えば勝てない相手ではない。あちこち腐っている。動いているのが不思議なくらいだ。だが、ここまでで羅刹は傷つきすぎた。足も焼けるように痛いし、肩の傷もある。何よりも片腕では本来の力が出せない。このまま戦うのは得策ではない。

「覚えておけ、白結丸!お主は帯刀して無断で蔵馬を降り、山賊どもに加担した!さらには盗まれた御体を取り返す我が任の邪魔をしたのだ!これは霞家による緋一族への謀叛である!もうどこにも逃げ場はない!」

「だから、なんだというのだ!」

「お主のみの問題ではないぞ!お主に関わる全てが朝敵とみなされる!緋家に逆らうということは、朝廷に逆らうと同義!国中がお主の首を狙うことになる!!」

「それでも、おまえはここで倒す!!」

風結が羅刹目掛けて走る。

「やれ!!」

孝基の合図で、炎が一斉に風結に降り注ぐ。緋家の兵たちが放った火矢だ。

白結丸の全身に刺すような痛みと、熱さが走る。

「熱い!?熱っ!!なんだ、これ!?痛てて!!」

風結の動きが止まる。

『止まってはいかん!!』

火の矢の第二波が放たれる。火のついた矢は放物線を描き、風結を中心に着弾する。

「熱い!痛ててて!」

『痛いのはわかっておる!!それでも動かないと、火に囲まれる!!』

「わかってるけど、どうしたらいい!?」

『わかっておるならなんとかせい!』

「我儘言うな!痛てて!熱ちち!」

羅刹に近づきたいが、次々と放たれる炎で近づくことができない。

「白結丸!」

隠れ家の中から天狗がでてくる。両腕にお蓮を抱き抱えている。

「天狗!?」

「森の向こうから緋家の兵が来る!御体もいる!逃げるぞ」

「でも、天狗!あいつだけは!」

「白結丸!引き時を間違えるな!戦場(いくさば)では一瞬の間違いが命取りになる!」

『・・・・白結丸、あやつの言う通りじゃ。逃げよ!』

「・・・くそっ!!」

白結丸は風結を後退させ、蒼刃を肩に担ぐと森の中へ走る。

「くそおっ!くそおっ!目の前にいたのに、あと一歩が出なかった!!」

胸の奥に悔しさがこみ上げる。

振り返ると、山賊たちの隠れ家は火に囲まれ、焼け落ちていく。

だが、緋家の兵たちが追って来る様子はなかった。




「嶺巴は?」

ようやく声が出るようになってきたお蓮が天狗に尋ねる。

「今は一人にしておいてやるがよかろう」

その夜、白結丸たちは森の中を走り続けた。方角はもうわからない。

すぐに日が暮れて、黄昏がやってきた。風結は長い間土の中にいたことで、使われている木材が水分を吸って燃えにくくなったことで救われたらしいと天狗は憶測していた。そのはず、木材でできている部分は腐りかけ、鉄の部分も錆で赤茶けていた。あれだけ動けたのが不思議なくらいだった。

その後ミカナの声も聞こえなくなり、風結もしゃがみこんで動かなくなった。

ミカナのことを天狗とお蓮に話すと、天狗がビクッと動揺したような仕草をしたが、表情までは天狗の面でわからない。

嶺巴はすぐに意識を取り戻したが、少し一人にしてほしいと藪の中に入り、涙を流して泣いた。嗚咽が止まらなかった。仲間たちが命を落としていく光景が浮かんでは離れない。もっとたくさん一緒に過ごしてきた時間があったのに、最期の光景しか今は思い出せなかった。

「わぁぁぁぁぁぁん!!」

そして最後に思い切り声をあげて泣き、涙を袖で拭うと顔をバシバシと両手で叩き、三人のところへ戻ってきた。

「嶺巴・・・」

お蓮が心配そうに声をかける。

「もう大丈夫さ。あいつらがあたしのために命張ってくれたんだ。」

焚火に照らされた嶺巴の目はまだ赤かったが、表情には柔らかさが戻っていた。

「あたしはあいつらの仇を討つよ。もっと強くなる。白結丸の役に立つように、孝基はあたしが討つ。だから白結丸、改めて言うよ。あたしを家臣にしてほしい。緋家を討ちたいんだ」

白結丸は頷く。

「もちろん、もうおれたちは仲間だ。同じ敵に狙われているからな」

「ありがとう・・・」

涙ぐむ嶺巴は、白結丸に抱き着いて泣き始めた。

お蓮も、仕方ない、といった様子で二人を見ている。

「だが、これからどうする?御体はこのままでは戦えん。だが直すにも職人がおらん」

天狗が言う。

「そもそも、この御体はどうしてあんなところに埋まっていたの?」

お蓮が風結を見上げながら言う。

「たくさん聞きたいことがあったのだが、ミカナは眠ってしまったようだ」

「・・・・ミカナ・・・・」

天狗はつぶやきながら顎に手をやる。

「天狗、ミカナを知っているのか?」

「・・・・いや、何でもない。それより、蔵馬も危ないかもしれん。妙寂やお蓮の爺にも逃げさせた方がよいな」

「おじいちゃん・・・って、嶺巴、いつまで白結丸様にくっついてんの?」

ちょっとイラっとした顔のお蓮に、白結丸の後ろに隠れた嶺巴がちろっと舌を出す。むすっとした顔のお蓮。

「一度、蔵馬に戻った方がいいな」

白結丸が慌てて間に入る。

「蔵馬には、わしとお蓮で行く」

「え!?」

一同が天狗を見る。

「白結丸と嶺巴は御体をどこかに隠し、都の近くで御体匠のを探のだ。だが、無理にするな。首を狙われているのはお主たちだからな」

「わたしも白結丸様と行く!」

お蓮が懇願の顔を向ける。

「いかん!わかっただろう?御体同士の戦になれば、わしとて足手纏い。刀を持てぬお蓮は尚更危険だ。蔵馬に戻って、妙寂庵主や爺を連れて隠れるのだ」

「・・・そんな・・・」

お蓮は今にも泣きだしそうになる。

「・・・・お蓮、今日は命があったが、本当にお蓮を失うところだった。緋家や朝廷に狙われているということは、おれと一緒にいるのは本当に危ない。それに、母上の位牌を任せるなら、お蓮しかいない」

「・・・白結丸様・・・・・」

ぽろぽろと涙をこぼし始める。

「・・・・・・」

嶺巴も複雑な表情でお蓮を見る。

「ともかく、今は眠ろう。ここまでは緋家も追っては来るまい」





お蓮は眠れなかった。

白結丸と嶺巴は寝息をたてている。よほど、疲れたのだろう。命懸けの戦いだった。

白結丸の言うように、もしかしたらお蓮も命を失っていたかもしれない。戦えない自分がいては、戦いの弱点になる。それは今日、嫌というほど感じた。

でも、物心ついたときからずっと一緒にいた白結丸と離れ離れになるとは・・・。

いつかはそうなることは感じていた。白結丸は武家の子、自分は山奥の農家の娘だ。想いが実ることはない。白結丸が霞家の再興を目指している限り、いつかは別れが来る。それは幼い頃から爺に聞かされていた。でも、でも・・・。

「眠れないか?」

天狗の声がした。

「うん・・・。」

「お主には辛いことを言ったな」

「・・・わかってる。いつまでも白結丸様と一緒には居られない。でも、離れたくなくて・・・」

「それでついてきたのだろう?」

「・・・・」

「お主が白結丸を好いておるのは見たらわかる。白結丸とて、お主を憎からず思っている」

「でも、わたしと白結丸様とは・・・・」

「・・・・・想い合うことに生まれた場所は関係なかろう」

「・・・・・」

「お主たちはまだ若い・・・いや、幼い。焦ることはない」

「天狗様、私も強くなったら白結丸様の隣にいられるかな?」

「・・・・・そうだな、自分を守れるくらいの力はこの時世、必要かもしれん」

お蓮はふう、と深いため息をついた。

「わたし、蔵馬へ帰る」

「・・・・そうか・・・・・では眠ろう。緋家に見つからんように山道を越えることになる」

お蓮は目を瞑ったが、まんじりともしないまま朝を迎えた。




「白結丸様、絶対に無理しないでね・・・」

次の日、お蓮は白結丸に抱きつき、声を上げてわんわん泣いた。

この時ばかりは嶺巴も何も言わなかった。

「よいな、御体を隠した後は、御体匠を探せ。危険なことだけはするなよ。御体が直ったら、近江(おうみ)東雲山(しののめさん)を目指せ。あの辺りなら霞家の味方も多い」

「承知」

「あたしも承知したよ」

「・・・・それと嶺巴・・・」

「なんだい?」

「その恰好は目立ちすぎる。普通の町娘の格好に着替えろ」

「・・・・えー・・・・・・」

嶺巴は明らかに不服そうな声を上げた。




「うーん、ちと胸が苦しいし、裾が纏わりついて歩きにくいな」

「普通はそんな大股で歩かないの!」

嶺巴にお蓮の着替えの衣を着せると、すっかり別人になってしまった。

「そうすれば町娘に見えるな」

天狗も感心して見ている。

「刀がないと腰が不安だなぁ」

「刀は風呂敷に包み、手で持って行け」

「なんだか、落ち着かないのぅ」

明らかに不満気な嶺巴だが、どこからどう見ても山賊には見えない。これなら都の街でも目立つことはないだろう。と、天狗はやや納得した。

「くれぐれも無茶はするな。東雲山で会おう」

「嶺巴、白結丸様を頼みます」

お蓮は嶺巴に頭を下げた。

「・・・お蓮?」

「わたし、一緒にいられないから、あなたに白結丸様を預けます」

決意の眼差しを嶺巴に向ける。そして白結丸に向き直る。

「白結丸様、必ず、迎えに来てください。いつまでも待っています」

「・・・わかった。必ず行く。それまで、お蓮も無事でいろ」

最後にお蓮は白結丸の手を握り、離すと手を振って天狗とともに山道を歩きだした。




「さて、これくらいでよかろう」

近くで見つけた崖の岩肌にくぼみをさらに風結で掘り、蒼刃は近くの竹や枯れ木を集めてきた。掘った穴に二体の御体を隠し、木や竹で隠す。

「さて、都へ行こうか。今日中に宿れる場所を見つけたいのう」

そう言って嶺巴が歩き出す。

「そっちじゃない、反対だ!」

「お、そうか?」

「嶺巴、先に行くな、おれの後をついてきてくれ」

「わかった。しかし、歩きにくいな」

「だから、そっちじゃない!」

そんなやり取りを繰り返すたびに、あたりはすっかり夕暮れになってしまった。

「あー、仕方ない!嶺巴、背中に乗れ!」

「おお、そう来なくっちゃ!!」

嶺巴は着物の裾をまくり上げると、脚を露にしながら白結丸の背に飛び乗る。

「いくぞ、掴ってろ!」

そのまま白結丸は走り出す。着物のせいで歩幅が小さく、さらに違う方向へばかり行く嶺巴と歩くより、最初からこうすればよかったと白結丸は後悔した。


「なんじゃ、ここまでか?」

「・・・調子に乗るなぁ・・・ぜぇぜぇ・・・・」

二人が都の南の玄関口、羅城門へ着いたのはあたりがすっかり暗くなってからだった。

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