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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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7 風結ノ章 七

「お蓮ーーーー!!!」

白結丸は叫びながら走り、羅刹の手中にあるお蓮目掛けて飛び上がる。

「来たな、霞の残党!!」

羅刹はお蓮を手放して白結丸目掛けて振りかぶる。お蓮はそのまま落ちていく。地面が間近に迫る。

「いかん!!」

天狗はすっと音もなく走り出すと、落ちてくるお蓮を地面を滑りながら受け止める。

羅刹の手のひらが白結丸の体を張り飛ばす。

「白結丸!!」

天狗が叫ぶが、白結丸はそのまま竹藪に張り飛ばされた。竹がバキバキと折れる音が聞こえ、竹林の陰で見えなくなった。

「山賊たち、わしはお蓮を隠し、白結丸を探す!しばしがんばれよ!」

「本気かー!?」

「御体相手にどうしろというのだ!?」

山賊たちは口々に不満を叫んだが、天狗は聞く気はなかった。



その時、白結丸の中では、すべてがゆっくりと動いていた。

飛び上がった自分の方へ、御体の張り手が飛んでくる。見える。

風?・・・風じゃない。また、あの”気”のようなものだ。

幼い頃、幾度となく感じた。あれだ。他の者には見えないらしいが、白結丸にははっきりと感じられる。

瑠璃色の”気”が白結丸を包む。羅刹の手が白結丸を捕らえた。張り飛ばされたが、不思議とそれほど痛くはない。ふわっと飛ばされた。宙を舞っている。そのまま竹藪に突っ込む。

竹が勢いを殺した。いや、この”気”に包まれているからか。いやにふわふわと地面に降り立った。

どこも痛くない。さっきの矢を受けた傷だけがずきずきと痛む。それだけだ。



羅刹は山賊たちに向き直る。

「藍羽の娘がおらんな。まあいい。皆、殺して後で探せばいいだけだ!」

孝基は羅刹を山賊たちに向ける。

「あわわわ!こっち来た!!」

「とにかく逃げろ!かなう相手じゃない!!」

五人衆は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。ただ一人、狗狩が火矢を弓に番えて羅刹を狙う。

「馬鹿、狗狩!やめろ!逃げろ!!」

玄市が怒鳴る。

だが、もう逃げられる距離ではないところまで羅刹が迫る。

「逃げぬとは見上げた度胸だ!」

「えぇい!」

狗狩は火矢を放つ。羅刹は火矢をあっさりと片手で払い、狗狩に向けて足を上げる。

「あわわわ・・・・!」

狗狩の周りが陰で覆われる。羅刹の足の裏が眼前に広がる。

もうだめだ、と思った瞬間、羅刹の足が止まった。そのまま、ゆっくりと足の裏が遠ざかっていく。

「待たせたね!!」

蒼刃が羅刹の背後を取って、押さえつけた。

「お頭!!」

「ありがとう!お頭!さすがお頭だ!!」

玄市や山賊たちが一斉に湧く。狗狩は一目散に物陰に隠れる。

「ちょいと出てくる方向を間違えちまってね!!遅くなっちまった!」

「何やってんだ、お頭っ!!」

「こんな時までまちがえんじゃねぇ!!」

山賊たちからの感謝が一転、怒号に代わる。

「藍羽の娘、ようやく出てきたか!!」

「孝基、あんたの相手はあたしだよおぅっ!?」

羅刹は蒼刃を振り飛ばすと、腰の太刀を抜く。

「言ったろう、蒼刃など羅刹の敵ではない!!まだわからんか!!」

蒼刃はよろけて後ろに下がるが、どうにか持ち直して背中の刀を抜く。

「・・・そんなの、わかってる。蒼刃はあたしじゃほんとの力を出せない。あたしはまだ、蒼刃の力を引き出せてないんだ」

自分に言う。


「お前が蒼刃の試繰り手か。女ではないか。女などに繰り手が務まるものか」

常秀が、あのいけ好かない顔でねちっこく言う。

「女だからなんだ。お主の作ったものは男と女を選ぶのか」

「ふん、力不足だと言っているんだ」

あの時の常秀の顔は忘れられない。

父が嶺巴を男として育てようとした意味があの時わかったからだ。


そうだ。力不足なんだ。

御体を操るには、体に宿るという霊力(れいりき)を使わねばならない。御体の中に取り付けられた御霊石を通じて霊力を封魂炉へ送る。封魂炉で増幅された霊力が御体の重い体を動かしている。

霊力は誰もが多かれ少なかれ持っているが、繰り手となるには生まれ持った才が必要だという。

努力と訓練で身に付かなくもないが、生まれつき霊力をためやすい体質の者には敵わない。

悔しいが、常秀の言う通り、嶺巴の霊力では蒼刃の本当の力を引き出せない。

「それでも!!」

嶺巴は蒼刃の刃を横一文字に薙いだ。

羅刹は後ろに跳んで躱すと、返す刀で突きだしてくる。

「くらえ!!」

「早い!?」

蒼刃は羅刹の突きを紙一重で躱し、羅刹の太刀に刀を振り下ろす。

ぎぃいん!と金属音が響く。

「負けるわけにいかないよっ!!」

嶺巴は叫びながら次の刀を繰り出す。


「気が付いたか、お蓮」

「うぅ・・・」

天狗は隠れ家の中にお蓮を隠し、そっと横たわらせた。

「しゃべらない方がよい。御体に握られたせいで、体の血が頭に流れなくて気を失ったのだ」

外では御体同士が戦う音が聞こえる。こうなれば、生身で近づいてどうにかなるものではない。

御体同士の戦いは御体が決着つけるほかない。

「ここで休んでおれ。白結丸も怪我をしているはずだ。探してくる」

「う、うぅ・・・」

お蓮は言葉にならない息がもどかしく思った。


・・・・なんだろう、これ・・・。

白結丸の周りを瑠璃色の靄のようなものが包んでいた。

そしてその靄のようなものは、白結丸に何かを語りかけているようだった。

「・・・どこかへ、連れて行こうというのか?」

不思議な感触だった。言葉ではない、何かが響いてくる。その何かを感じるようになってから、肩の傷の痛みも感じなくなっていた。

なんだろう?血を流しすぎたせいで幻覚を見ているのか?

だが白結丸は促されるまま、竹藪の奥へ進む。

そしてそこへたどり着いた。

暗い竹藪の中、そこだけは日の光が届いていた。

「・・・・ここに何か、あるって?」

白結丸は足元の枯れた竹をどかす。下から、何か緑色にうっすらと陽の光を反射するものを見つけた。

「・・・何だ、これは・・・?」

とても大きい。持ち上げられるようなものではなく、土に埋まっているようだ。

白結丸がその緑色の石のようなものに触れる。

「!?」

急に脳裏に何かが流れ込んできた。それはいろんな光景。

燃え盛る家々。逃げる女。殺されていく人々。刀を振るう男。誰かの首を持つ・・・誰か。

誰かの記憶?

『やっと来たのか?』

不意に女の声がした。いや、()()は声ではなく、御体を通じて白結丸の頭の中に直接語りかけてきた。

「だれだ?」

『お主こそ誰じゃ?誘われなければ見つからぬもののはずだが・・・もしや、霞の血を引くものか?』

「・・・おれは白結丸。確かに霞の血を引くものだ」

『ほう、宗矢の弟じゃな。確かに、風を纏っているな』

「兄上を・・・知っているのか?」

『命を助けられた。そして、父上の仇を討ってくれると約束した』

「お前は・・・誰だ?」

『・・・・・おれはミカナ・・・・。長い間、ここで待っていた!!』

その刹那、光がすべてを支配し、何も見えなくなった。感覚がなくなり意識の中に溶けていく。

そしてもう一度形になった時、白結丸はその中にいた。

ぐうんと持ち上がる感触があって、何かが頭の中に入り込む。いや、つながる感触がある。

「・・・これは!?御体?」

『・・・そう。これは碧縅皐月紋(へきおどしさつきもん)風結(かぜゆい)。あなたのために作られた』

「おまえは・・・一体?」

『今はそんなことどうでもいい。あなたの仲間が危ないよ』

「・・・でも、どうしたらいい?」

『いつもと同じ、体を動かして。立ち上がるだけだよ』

言われた通り、体を持ち上げる。いつもより少し体が重い感じがしたが、立ち上がるとすぐにそれは消えた。立ち上がる?自分は立ち上がっていないが、確かに立ち上がっている。初めての感覚。

陽だまりの中に、風結が十余年の土を振り払い立ち上がった。

「風結・・・」

『行こう、白結丸!!あいつらを倒して!』

頭の中に、その声が響いた。



嶺巴は限界を感じていた。

御体は繰り手の動きを模倣する。それ故に、繰り手ができない動きは御体も再現できない。

体のしなやかさ、動きの滑らかさに関しては蒼刃も負けてはいない。だが、力比べとなれば、孝基に遠く及ばない。嶺巴の腕力だけでは圧倒的不利となる。

そして動きの速さは繰り手の動きと、御体の反応速度が大きな鍵になる。おそらく嶺巴の速さには孝基は及ばない。だが、羅刹の反応速度は蒼刃の比ではない。嶺巴の方が早く動いても、瞬時に回避すれば羅刹は蒼刃の攻撃を回避できてしまう。逆もあり、羅刹の攻撃を回避できる速さで動いていても、蒼刃の速さでは回避できない。そこに、繰り手と御体の齟齬が生じる。それは決定的で致命的な御体の性能の差と言える。

蒼刃は徐々に傷を負い、その痛みが嶺巴に伝わる。

「く、くそが!」

「ははははは!蒼刃のような試作では、わが羅刹には敵わぬといっただろう!」

羅刹は蒼刃の腕をつかむと、力でねじ伏せる。

蒼刃は仰向けに倒れ、そのまま羅刹が抑え込む。

「くらえ!!」

狗狩が火矢を放つ。

「行くぞ、また火攻めにしてやれ!!」

玄市たちが松明に火をつけて走って来る。

「馬鹿!お前たち、逃げろ!!」

嶺巴が必死で叫ぶ。

「お頭を置いて逃げるような薄情な子分じゃありやせん!!」

「こいつを火だるまにしてやるぅ!!」

大行、小行が叫びながら羅刹に松明を投げつける。

「これも運命(さだめ)!!」

印を結びながら千早も松明を投げる。

「お前たち・・・」

「馬鹿め!!この羅刹に火など効かぬ!!まだわからぬか!!兵ども、その蛆虫は殺してしまえ!」

羅刹は右腕で蒼刃を押さえながら、片手で飛んでくる松明を払う。

辺りから緋家の兵たちが駆け寄り、玄市たちを取り囲む。

「お頭、命に代えても!!」

「馬鹿、逃げるんだ!!お前たち、逃げろ!!」

小行が木槌を振り上げる。取り囲む緋家の兵たちが一斉に刀をその巨体に突き立てる。

「うぐぅ!?痛ぇ・・・」

体中から血が噴き出す。

「小行ーー!!」

大行が駆け寄ろうとするが緋家の兵たちに囲まれて押さえつけられる。

「・・・兄者・・・すまねぇ・・・・」

小行ががっくりと倒れる。

「お前ら、おれの弟を、たった一人の家族を、殺しやがったな!!」

大行が泣きながら手を伸ばす。その首に刃が振り下ろされた。鮮血を吹き出し大行の首が転がる。その手には折れた槍を握ったままだった。


狗狩は兵たちから距離を取るため逃げ続けていた。

・・・大行と小行がやられた・・・。

とにかく、敵から離れないと弓は使えない。だが、囲まれている。せめて、お頭だけでも助けなければ!!

腰につけていた小さな壺を取り出す。火矢を作るための油が入っている。

「へへへへ・・・」

狗狩がにやり顔で周りの兵を見据える。兵たちは不気味さにたじろぐ。

「な、なんだ?」

狗狩はその油を自分の頭から被る。たらたらと油が顔を伝う。

懐から火打石を取り出し、またにやりと笑みを浮かべた。

兵たちは、狗狩が何をするかこの時悟った。

「逃げろー!!」

狗狩は走り出す。目指すは、あの赤い御体!!

走りながら、石を打つ。火花が散り、炎が視界を遮る。全身に熱が走る。

だが、わかっている。このまままっすぐ走ればいい。そこに敵はいる。

矢ではあの御体には刺さらない。ならば、火がつくまでしがみつけばいい!!

「やめろ!狗狩!やめろー!!」

嶺巴が叫ぶが、燃え始めた狗狩には声は届かなかった。

・・・熱い。足が止まる・・・届かない!!

意識が遠のき始めた。

「狗狩!!止まるなーー!!」

玄市が叫ぶ。叫びながら、狗狩の背中を掴む。

玄市は狗狩を引きずったまま、羅刹の足にしがみつく。

「玄市!」

嶺巴は泣きながら叫ぶ。もう力が入らない。

「お頭!あとは、後は頼みます!!」

玄市も徐々に炎に包まれる。それでも、羅刹の足から離れようとはしない。

「くっ!」

孝基も足元の熱さに顔をしかめる。

「助太刀いたす!!」

千早も油瓶を抱えて走って来る。

「もう、やめろ!!やめてくれ!!」

嶺巴が精いっぱい叫ぶが、千早はもう止まらない。

油壷ごと羅刹の足元に飛び掛かる。炎は一気に燃え、羅刹の右足が火に包まれる。

「うぁあああ!?」

孝基は熱さに思わずのけぞる。蒼刃を押さえている腕が緩む。

「わあああああああああ!!!」

嶺巴は叫び声をあげて蒼刃の腕を力一杯振り上げる。羅刹を押しのけると、さすがの孝基も炎の熱さに足を取られる。蒼刃は素早く立ち上がると、羅刹目掛けて刀を振り下ろす。

「よくも、よくも!!」

ぎいん!!

その刃は羅刹の右肩に食い込む。

「くうっ!?」

「孝基、おまえを・・・あたしは許さないっ!!」

食い込んだ刃をそのまま押し込む。孝基の方に斬られた痛みだけが走る。

「こんな痛みなど、わしには効かない!!」

羅刹は左腕を伸ばすと、蒼刃の首を掴む。

「うぐっ!?」

嶺巴の喉が絞まる。

羅刹はそのままゆっくりと立ち上がり、蒼刃は羅刹の片腕でぶらりと持ち上げられる。

刀を押さえていた力も抜ける。嶺巴の意識が遠のく。

「・・・・ごめんよ、お前たち・・・。あたしのために、あたしなんかのために・・・いつも迷惑ばっかりかけてたのに・・・」

ぽろぽろと涙がこぼれた。意識が薄れていく。

・・・ほんとに馬鹿だよ、お前たち。子分の命を犠牲にしてでも生き延びたい頭がいるもんか。

「そんなお頭なら、おれたちはついていかないですがね・・・」

玄市、大行、小行、狗狩、千早・・・。あの世でまた親分と呼んでくれよ・・・。

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