6 風結ノ章 六
嶺巴たち、山賊の隠れ家は山城の国の西のはずれにある。都の南の端、羅城門からは馬で半日ほど。
竹藪の中、道のないところを入っていくと、いつからか放棄された巨大な工房のような朽ちた建物があり、そこを根城にしていた。何のために建てられたものかわからないが、荒廃も進んでおり、そもそも人が近づくような場所ではなかった。
「さあ、白結丸とそのオマケたちがあたしたちの仲間になったよ!!」
嶺巴は嬉しそうだ。五人の山賊たちも諸手を挙げて喜んでいる。
「誰がオマケよ!!」
お蓮は明らかに不服そうだ。それに、白結丸も仲間になると言った覚えはないのだが。
「私たちは熊退治に来ただけなんだから、もうここには用がないの!!」
嶺巴に詰め寄るお蓮。白結丸がまあまあと宥める。
「お頭、おいらの言ったとおりだったでしょ!手練れを見つけたんで、仲間にしましょって!」
山賊の一人が言う。
「おう、さすがだね!玄市!」
嶺巴が玄市と呼ばれた男の頭をなでる。
「おう、お頭に褒められたぞ!!」
「いいなー!」
「玄市ばっかり!!」
「わかった、わかった、よしよし!」
嶺巴が全員の頭をなでて回る。かなり慕われているんだな、と白結丸は感心した。
「忘れていたけど、こいつらを紹介するよ」
嶺巴が白結丸とお蓮、天狗に向き直る。
「まずは玄市。あたしのお目付け役だ。あたしを呼ぶ笛を持っているけど、役に立ったことはない。刀を腰に差しているけど、抜いても刃はボロボロにさびていて使えないんだ。そして大行と小行の兄弟。ややこしいのが、体の小さいほうが兄の大行。今被ってる、自分で獲ったという山犬の毛皮がお気に入りで、槍の名人と本人は言ってる。で一番体が大きいのが小行。坊主頭だけど、生まれた時から髪が生えなかったらしいよ。いつも木槌を担いでる。五人の中で一番小柄で弓を持っているのが狗狩。にやけ顔してるけど、この表情以外は見たことないね。この中では一番すばしっこいけど、あんたたちには敵わないね。最後は千早。一番若くて、ボサボサ頭の元僧兵だよ。修行が嫌で僧侶はやめたけど、袈裟がお気に入りらしいんだ」
それぞれ名前が出るたびに嬉しそうな顔をする。
「ときにお主、藍羽と言ったな?」
天狗が嶺巴に尋ねる。
「・・・そうさ。あたしは緋家の雑兵奉行付馬廻藍羽政直の娘さ」
「・・・少し、藍羽の名に聞き覚えがあってな・・・」
「・・・あんた、何者だい?」
嶺巴は奇妙なものを見る目で天狗を見る。いや、じゅうぶん奇妙な存在ではある。
「いや、ちょっと聞きかじった程度だ。詳しくはない」
天狗はさらりと言う。霞家に仕え始めた頃、霞家当主の宗明は幾度となく緋紀基のところへ通っていた。二人は元から親交があり、互いの子を嫁がせる約定をしていた。
その時に馬廻のところで嶺巴の父・政直と少し言葉を交わしたことがある。その程度で詳しくは知らない。
「あたしは小さい頃から男として育てられたのさ。あたしの他に子供ができなくてね。あきらめられなかった親父に、あたしは男が学ぶ剣術や流儀を教えられてね。うちの家は貧しい下級武士だったから、緋家がやりたい放題やり始めてから生活ができなくなってね。そこへ霞宗明が兵を集めているって聞いて、親父は象兵を集めて霞家に加担して・・・。六原で御体にやられて死んじまった。でもね、あの戦のあと、紀基を追い出して浄基殿が緋家の頭領に収まってくれたから、温情であたしは御体の試繰り手として仕事にありつけたんだ」
そこで嶺巴はため息をついた。
「それがどうして山賊なんかしているの?」
お蓮が促す。
「緋家の御造所って御体を作るところにね、常秀って気に入らない奴がいて、大した才能もないくせに御体匠だって言って緋家に取り入って、緋家の奴らも前任者が逃げちまって行方不明だっていうもんだから、御体を作るために常秀のやりたいようにやらせちまって。ある時、あたしの乗った御体が暴走してね。巻き添えを食って、死人が出ちまったんだよ。常秀はそれを全部あたしのせいにしたんだ。あいつの作った御体がおかしかったんだよ。あたしは乗ったとたんに気が遠くなっちまってね。ほとんどあの時のことは覚えていない。常秀はそれをいいことに、全部あたしに罪を擦り付けたんだよ」
「そんなの、ひどいじゃない!」
「もちろん、あたしも御体が悪いって言ったさ。現に、今の蒼刃はあたしの思うように動いてくれる。あたしが手直ししたからね。だけど、緋家の連中は藍羽が悪いってそればっかりで。あたしも嫌になって蒼刃を奪って逃げてきたんだ。いつか、霞の血族がもう一度立ち上がる、緋家を滅ぼすためにね。その時に志願するために、仲間を集めて兵を育てるのさ。藍羽一党ここにありってね」
嶺巴は得意気な顔で白結丸たちを見る。
「だから、あんた達みたいな手練れに仲間になってほしいんだよ」
白結丸と天狗は顔を見合わせる。天狗ははぁ、と深いため息をついて、口を開いた。
「ならば、白結丸はお主らの仲間ではなく、ましてやお主の子分ではない。お主らが志願するべき霞の血筋の方だ」
「は?」
嶺巴も山賊たちも辞天狗が言っていることが旨く呑み込めない。
「白結丸は霞本流の血を引く霞宗明殿の四男。故あってわしが蔵馬の山中で、いずれ打倒紀基に立つために稽古をつけておった」
「!?」
嶺巴も山賊たちも驚きを隠せない。
「あ、あんたが霞の・・・・?」
「えへへ・・・そうみたい・・・」
半笑いで頭を掻く白結丸。腰の刀の白い柄を見せると、嶺巴ははっとした表情を浮かべる。
「あたしら、運が向いてきたよ!!お前たち、酒だ!宴をするよ!」
「おおーーー!!」
嶺巴は白結丸のそばに来ると、大きく開いた胸元を白結丸の顔に寄せた。
「お願いがあるんだよ。こいつらを、あんたとあたしの家来にしておくれよ!」
「ちょ、ちょっと、待って!まだ何もするとは言ってなくて・・・」
いい澱む白結丸に容赦なく嶺巴は体を擦り付けてくる。
「ほんと、あたしはついてるよ。霞の子と契りを結べるんだから!」
「はい!?」
白結丸の腕を胸の谷間に挟むように腕を絡ませてくる。
「ちょ、ちょ、ちょ・・・」
白結丸はもう真っ赤である。
「いいかげんにしなさーーーい!!!」
ついにこらえきれなくなった、お蓮の怒声がびりびり響きわたる。木の実をついばみに来ていた野鳥が一斉にバタバタと飛び上がる。
「白結丸様が霞の血筋だったらなんであんたを嫁にするのよ!!」
「はあん?」
お蓮と嶺巴が睨み合う。視線がぶつかり、バチバチと火花が散る。
そして二人はがっちりと両手を合わせ指を組むと、力比べを始める。
「うぬぬぬぬ!」
「ぐうううううう!」
押しつ押されつ、互角の戦い。毛が逆立つほどの全力での二人の力比べ。
「・・・すげぇな、あの娘・・・」
「お頭と互角って・・・」
玄市と大行が言うと、あとの三人も無言で首を激しく上下させて頷く。
「白結丸、嫁はともあれ、御体を持つ者が仲間にいれば、それだけでも心強い」
天狗が白結丸に耳打ちする。
白結丸も、御体というものを初めて目の当たりにして、その圧倒的な力に感服した。これからの戦には、御体の力は欠かせない。相手も御体を使うのであればなおさらである。
「いずれにしても、仲間は多いほうが心強い。ともに、蔵馬まで来てくれるか?」
お蓮が怒り顔を白結丸に向ける。
「いいの!?この女を家臣にするってことは、この先ずっとこの女に付きまとわれるってことだよ!」
ぐいぐいと白結丸のほっぺに人差し指を突き立てる。
「い、いひゃい!」
「あら、お蓮。やきもちかしらぁ!?」
「はぁ!?」
「なんなら、妾にしてあげてもよくてよ!ねぇ、白結丸♪」
「その”♪”やめなさい!!」
「あら、こわーい!」
嶺巴は白結丸に抱きつく。ぎりぎりとお蓮の歯ぎしりが聞こえる・・・。
「もう!知らないっ!!!」
がんっ!!
お蓮は白結丸を殴り倒して場を出て行った。
「・・・なんでおれが・・・」
頭にこぶを作りながら白結丸がつぶやく。
「はは、ちょっとやりすぎたかね」
白結丸の頭をなでながら嶺巴もつぶやいた。
「・・・まったく、ずっとデレデレしちゃって!!」
お蓮は外に出て深呼吸した。
まったく、白結丸様ときたら、胸の大きい女に言い寄られて鼻の下伸ばして!私だって!!
・・・圧倒的に勝てない・・・。
「まだ成長途中だもんっ!!年増には負けないっ!!若さで勝負!!」
ぐっとこぶしを握る。
「だが、そうとなれば無首の峰には長居は無用だ。緋家の副大将が来ている以上、白結丸の身分が知れたらとんでもないことになる」
天狗が言うと、白結丸は「あ・・・!」と声を上げた。
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「もうバレてる・・・」
白結丸は崖から落ちてからのいきさつを話した。
「なんと!これはまずい!」
「何でだい?」
「白結丸は元服を迎えるまでの、蔵馬へ流されの身。それが帯刀して山を無断で降りたとなれば謀反の意志ありとして討伐対象となる。さらには、法橋尼寺の妙寂庵主も罪に問われかねんぞ」
「・・・婆が?」
白結丸はすっと立ち上がる。
「こうしてはおれんな。すぐに蔵馬へ立つ!孝基より先に蔵馬へ着かなければ!」
天狗も立ち上がり、あたりを見渡す。
「・・・お蓮はどうした?」
「そういえば、あの後戻ってきていないね」
「・・・お頭がからかい過ぎたんですぜ」
「うるさいよ、玄市。さっさと探しに行きな!」
五人は「へい!」と言うと、それぞれに散っていく。
「おれも探してくる」
白結丸も立ち上がった。
「あの娘、どこにもいやせんぜ。お頭。」
「まったく、迷子になっちまったのかねぇ・・・」
一刻ほどして皆がまた集まった。だがお蓮は見つからない。
「もう一度探してみる。みなはここにいてくれ。戻ってくるかもしれない」
白結丸は居ても立っても居られない。お蓮も、白結丸同様、蔵馬の山から下りたことはない。知らない土地で迷子になってしまうこともじゅうぶん考えられる。
白結丸が隠れ家から外へ出ると、少し先に小さな人影が見えた。
・・・お蓮だ。
「お蓮!どこへ行っていたんだ!」
「・・・・・・・」
弱弱しい足取りでゆっくりとこちらへ向かってくる。
「・・・・お蓮?」
様子が変だ。口をへの字にして食いしばり、泣きそうな目でこちらを見ている。
「・・・・白結丸様、逃げて・・・・・」
「?」
小さな絞り出すような声でお蓮がつぶやく。
・・・・何か、気配を感じる。・・・囲まれている!?
「白結丸様!!逃げてー!!!」
お蓮が叫ぶと同時に、周りから矢が飛んでくる。とっさに腰の刀を抜き、何本かの矢を振り払う。だが、内漏らした一本が左の肩に突き刺さる。
「ぐっ!」
強烈な痛み、一気に痺れてくる。血がにじみ出し、思うように刀が構えられない。
まずい、次が来る!
「白結丸様!!」
お蓮が叫ぶ!
「白結丸!!」
声を聴いて嶺巴や天狗たちが飛び出してくる。
「矢が来る!気をつけろ!!」
白結丸が叫ぶと、次の矢が四方八方から取り囲むように降り注ぐ。
「任せろ!」
天狗は言うと飛び上がり、抜刀と同時に数本の矢を斬り落とす。嶺巴も白結丸を守るように刀を抜いて矢を落とす。そのまま前へ飛び、お蓮を抱えると枝の上に飛び乗る。
「大事ないか、お蓮?」
「うわぁああん、白結丸様ぁ!!」
お蓮は泣きじゃくる。白結丸のところへ行こうとするお蓮を何とか抱えて落ち着かせる。
「落ち着け、お蓮!今行けばお主も危ない!」
「うわああああああん!怖かったぁー!」
「嶺巴、白結丸を頼む!」
嶺巴は天狗の声に頷くと、白結丸に手をやる。
「大丈夫かい?」
「お蓮を・・・うっ!」
白結丸は肩を抱えて倒れ込む。
「出血がひどいね。お前たち、援護しな!」
「へい!お頭、任せな!」
玄市が答えると、五人はそれぞれの得物をもって嶺巴と白結丸を庇うように立つ。
嶺巴は着物の裾を引き裂くと、白結丸の腕の矢を抜く。
「うっ!」
「ちょっと痛いの、我慢しな!」
「・・・抜く前に言ってくれよぅ・・・」
泣きながら白結丸が抗議する。
裂いた布切れで傷口をしっかり縛る。
「ちょいとはマシだろ?とりあえずここを抜けたらもっと手当てしてあげるよ」
「うう、承知した」
白結丸も立ち上がる。
隠れ家を取り囲む竹林の間から、弓を構えた兵たちがぞろぞろと姿を現す。
「まずいね、敵が多すぎる」
嶺巴がぼそっとつぶやく。
「どうしやす?お頭?」
「あたしが蒼刃まで走る。その間、白結丸を守っていておくれ」
「承知いたしやした。任せてくださいよ」
玄市はニヤリとして腰の刀を抜く。赤茶けた刀身があらわになる。
「お前ら、わかったな?白結丸を守れ!」
「おう!」
全員が答える。
白結丸も刀を構える。が、左に力が入らない。心臓が鼓動するたびにじんじんとした痛みが襲う。
出血も止まらない。縛った布切れがあっという間に赤く染まった。
天狗は木の上にお蓮を下ろすと、「ここで待っていろ」と言い残して飛び上がる。
「かかれ!!」
号令一下、敵の兵たちが刀を抜いて斬りかかって来る。
「頼むよ、お前たち!」
嶺巴がそう言って隠れ家の方へ走り出す。
「任せといてください!お頭!!お前ら、暴れるぞ!!」
「おう!!」
兵たちは天狗の素早い動きについていけず、あっという間に三人、四人が地面に倒れる。
白結丸も刀が振れないが、素早く動いて敵を攪乱する。
大行は体の倍ほどある長い槍を振り回し、相手が近寄れないと見るや敵目掛けて突き刺す。小行は米俵のような木槌を振り回す。その怪力は見た者を恐れさせる。
千早は鉄杖で相手の頭を打ち付ける。当たるたびに手で印を結び「南無」と唱える。その隙を狙う敵には狗狩の矢が刺さる。その狗狩を狙う敵には玄市の錆びた刃のない刀の一撃をお見舞いする。
思いのほか連携の取れた動きに天狗は感心していた。
襲ってくる敵を五人組に任せ、白結丸を守ることに集中する。
「白結丸、何があっても刀は離すな。まだ力は入るな?」
「痛いが、今はそれどころではないからな」
「よし、そうでなくては!」
天狗は襲ってくる敵の刀を受け流して白結丸の前に出る。
多勢に無勢の中善戦を続けていたが、じわじわと隠れ家の方へ押し込まれる。
「おかしらー!!まだですかーー!!」
「やられちゃうよー!!」
山賊たちも泣き言を言いだした。
「お主ら、こらえろ!!」
「でも、天狗殿、やっつけてもやっつけても減らないんですよー!!」
大行が半泣きで叫んだ時だった。
ずうん、ずうん・・・ずうん、ずうん・・・。
御体の足音だ。
「お頭だ!やっちまってくだせぇ!!」
と、玄市が叫んだ・・・が、その音は敵の方から聞こえてきた。
「え?」
「皆、構えよ!あれは味方ではない!」
天狗が叫ぶ。
「きゃーーーーっ!!」
不意に、叫び声が響く。
「お蓮の声だ!!」
「しまった!!」
白結丸と天狗が叫ぶ。
「あ、あれを・・・」
小行が森の方を指さす。
森の木をかき分けて現れた、赤い戦御体。その姿は恐ろしいほどの凶悪な風を纏っていた。そしてその右手には握られたお蓮の姿がある。
「・・・なんだ、この気の流れは・・・」
あの時の、あの男だ。禍々しく狂気じみた気の流れ。肩の痛みに沁み込んでくるような、嫌な感じがひしひしとする。
「また会ったな!白結丸!!」
「・・・・孝基・・・!!お蓮を離せ!!」
「ふはははは!!この娘を離してほしいのなら、お主の首を差し出せ!と言いたいところだが、人質など取らずとも、お主らなど物の数ではないがな!」
羅刹の腕に力が入る。
「きゃあーーーっ!」
お蓮の悲鳴。
「お蓮!!」
「・・・白結・・・・丸様・・・・・」
意識が遠のく・・・息ができない・・・・。
目の前が暗くなっていった・・・・。




