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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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53 純波ノ章 九

永天元年 春



総勢三万を超える大軍勢が六原を出た。

木曽の霞宗景(かすみむねかげ)討伐の軍である。

木曽軍はすでに越後・越前から都へ続く街道を制圧しており、都は飢饉に加えてきたからの物資が行き届かない飢餓状態になっていた。これを打破すべく、緋家の全勢力をもって討伐隊を組織した。


都を出て二日。近江を抜けて加賀の国境まであと少し。

街道沿いで野営をしている時のことだ。皆が思い思いに火を焚き暖を取る。

「是基殿、この先に火打城という砦があります。ここに、飾原右道(かざりはらうどう)と呼ばれる者が籠城しているとか。敵は百余と聞いておりますが、素通りすると厄介でありましょう。」

志摩綱典(しまのつなのり)は古参の緋家に仕える武将で、参謀としての広い知識を持っている。老齢ではあるが矍鑠(かくしゃく)としていて、紀基に長く使えてきた。緋家では最も信頼の厚い家臣の一人だ。

「では、おれが出よう」

緋将基(ひのまさもと)は軍全体の統括として副将を務めている。長く緋家に仕える古参で、是基の父孝基の少し年下で、是基の遠縁にあたる。

「まてまて。副将自ら出ることもあるまい。それに、数百人の小さな砦など、御体が二つあれば数刻で落ちよう」

御体大将として同行している松永道近(まつながのみちちか)である。是基の今回の三人の腹心の中では一番若いが、それでも是基より一回り上ということになる。

「ならば御体を二つ、そして兵二百を組織して、向かわせるがよい。先回りして、軍の足を止めぬように落として見せろ」

「承知!」

山陰は是基に頭を下げてそれぞれの持ち場に戻る。

「兄上、総大将も板についてきたな」

そう言ってのそりと出てきたのは弟の知基だ。

知基があまりにしつこく「兄者についていく」と引き下がらなかったので、ついに根負けして動向を許した。

「知基・・・。からかいに来たのか?」

「違うよ、兄者。感心してるんだ」

「まったく、お前までついてきて。もしものことがあったら、弟たちはどうするんだよ」

「もしものことなんてあるのか?」

「戦では何があるかわからん。兵の数が多いから大丈夫とか、御体が多いから勝てるとか、そういうことではない」

「だから、おれがついてきたのさ。兄者が間違えないように」

「なんだ、それ」

弟にそんなことを言われると、心外でしかない。

「今も、兄者は焦っている。爺様に息があるうちに、手柄を立てたいのだろう?」

「・・・・」

「兄者は図星を突かれると口をへの字に曲げる癖がある」

「・・・・おれは、父上の汚名を晴らしたい。爺様は父上に、富士川で何もせずに逃げ帰ってきた臆病者と罵っておられた。だが、それは違う。あの時すでに朝廷軍は緋に対して刃を向けようとしていたんだ。だから、戦になる前に軍を引いた。間違っていない」

「それとこれとが関係あるのかい?」

「おれたちが役に立つことを見せれば、爺様だって考えも変わるだろう。ともかく今は、手柄が欲しいんだ」

「焦らない方がいいよ、兄者。今、自分で言ったじゃないか。強ければ戦に勝てるわけじゃないって」

「・・・・うるさい。もう寝ろ。明日からずっと山越えだぞ」

「わかったよ」

知基も戻って行った。

だが、せっかく与えられた機会を逃すわけにはいかない。紀基が生きているうちに緋家に逆らうものを根絶やしにしなければ、六原に未来はない。




「ということだ。お前たちに先行して火打城を落としてきてもらう」

墨羽と実継、そしてもう一人、緋寅正(ひのとらまさ)という男の三人が松永道近に呼ばれ、命を受けた。

「我々だけだと兵は百人ほど。数は拮抗します。同じであれば砦を守るほうが有利。何か利になる案でも?」

実継が言う。

「御体がある。だからお主たちなのだ」

「・・・・」

実継と墨羽は顔を見合わせる。

「お任せあれ。この寅正、一人でもそのようなちっぽけな砦、落として御覧にいれます」

言いながら胸を張る寅正。歳は実継より少し上だろうか。やたらごつい体つきの男だ。

「うむ。任せたぞ」

そう言って道近は行ってしまった。

「・・・寅正殿、なにか勝算があるのであろうか?」

実継が言うと、寅正は「がははは!」と大きく笑った。

「お主、そのような幼げなおなごなぞ連れて戦場に来ているから腰が抜けるのだ!お主らなど何の出番もなく此度の一番手柄はこの寅正が戴く!おとなしく引っ込んでおればよい!」

「・・・・何を言う!ここにおられるのは、我が主で・・・!」

言いかけた実継の袖を引っ張り、墨羽が首を振る。

「しかし!」

「よいのです」

「・・・・・」

「がはははは!この緋寅正、おれだけで片づけてやるわ!お主たちは後ろで見ておれ!」

寅正はのしのしと歩いて行ってしまった。

「・・・すみません、墨羽殿」

「いいのですよ。わたしのためにいがみ合う必要はありませんから」

そう言ってにっこりとする。

その顔をされると、実継にはもう何も言えないのだ。

「相変わらずずるいですな、墨羽殿。その顔、わざとでしょう?」

「・・・何のことでしょうか?」

そう言うその顔だ。



砦と言っても、寺や屋敷と何ら変わりはない。

街道沿いの高台に庵のような小さな建物が立っていた。その周りを鎧を身に着けた男たちが取り囲むようにうろうろしている。

「たったあれだけの兵でこの大軍を相手にしようとしているのでしょうか?」

「何かあるのかもしれませんね」

物陰から墨羽と実継が様子を窺う。

「そうですね。あるいは、奴らも御体を持って・・・・」

そう言いかけた時、後ろから地響きがして御体が現れた。首はなく、薄青一色に塗られた御体だ。

「おらおら、踏み潰されたくなかったらどけどけ!」

「・・・・あいつ・・・・」

実継は顔を覆う。

「あの方、行っちゃいましたね。大丈夫でしょうか?」

「・・・まあ、手を出すなと言われてますし・・・。しばらく様子を見ましょう」

「はい」


「我が名は緋寅正!!この浮雨(うきさめ)の餌食になるのは誰だ!かかってこい!」

その後ろから寅正の兵たちが、声をあげながら追いぬいて先に走っていく。

「お、おい!先陣はこの俺だ!先に行くな!!」

寅正の兵は八十人ほど。守る敵を攻めるには人手が足りない。だが、寅正の御体はあっという間に火打城の庵を半壊させた。

逃げ惑う敵は次々と餌食になる。両手に持った薙刀を振るたびに敵は上半身と下半身が二つに泣き別れした。

「何の手ごたえもない!見ておるか、女連れの下衆どもよ!この俺がこの戦の一番手柄だ!!」

と、寅正がこちらを見ていた時だった。

寅正の浮雨は不意に後ろから掴まれて地面に倒された。ずうん!と地響きがして濛々と土埃が舞う。

「何!?何事っ!?」

寅正には何が起きたかわからない。ただ、いきなり御体が倒された。


「やっぱり御体を持っていたんですね」

御体が一体あれば百人の兵より強い。そう言われる時代、相手が大軍でも御体があればかなりの痛手を与えることが出来る。

「助けに行った方が?」

墨羽は心配そうだが、実継としては主である墨羽を罵られた以上、助けたくない。

「もう少し様子を見ましょう。相手がどの程度のものか、見極めてからでも遅くありますまい」

「はい、実継がそう言うなら」

と言ってにっこり笑う。戦場を目の前にして、この幼い娘が笑みを浮かべるということに実継はさらに感服した。


敵の御体は白一色で、同じく首はない。

富士川の時もそうだったが、霞家の御体は白に統一されているのかも?

などと墨羽は考えていた。もちろん、富士川の戦で敵の御体と戦ったなどと実継には言えない。


「我が名は飾原右道!わが戦御体、白縫(しらぬい)の前に敵はなし!!」

右道が名乗りを上げる。

「あれがここの親玉ですね」

実継はいたって冷静だ。

「そろそろ助けに行きましょうか?」

「そうですね。ここで御体を失うのも、この後の大戦(おおいくさ)の前では痛手ですね」

あんなものでも何かの役には立つだろう。と、実継は腰の刀を抜く。

「では、兵たちをよろしくお願いします!」

「承知!」

墨羽に与えられた兵は三十人ほど。あまりにも少ないが、緋家としては墨羽に護堕天を与えたという名目があってのことだ。

「行くぞ!」

「おう!!」

実継の号令一下、兵たちが走り出す。

墨羽は護堕天に乗り込み、御霊石を握って意識を護堕天と同化させる。

「お願いね、純波!」

『待ちくたびれたぞ』

「そのぶん、暴れましょう!」

護堕天は太刀を引き抜くと、一気に敵の御体目掛けて走る。

「くらえっ!」

白縫が浮雨の左腕を切り落とす。

「ぐあああああっ!!」

寅正の痛みの咆哮が墨羽のところまで響く。

「助けましょう!」

白縫は浮雨めがけて太刀を振り下ろす。その刹那。

ぎいん!!

耳をつんざくような金属音がして白縫の太刀が弾き飛ばされる。

「何だ!?」

白縫はそのままよろけて後ろに下がる。浮雨は腰から崩れて地面に転がる。

「何が・・・起きた?」

右道はその答えを視界で捉えることはできなかった。

次の瞬間、護堕天の一閃は白縫の胴体を真っ二つに裂いていた。

中にいた右道もろとも。


「何が・・・何があった・・・?」

一瞬の出来事に、寅正の頭はついてこられなかった。


実継たちも善戦していた。

的確に指示を出す実継に忠実に従う兵たち。その光景にとても頼もしく思う墨羽だった。

寅正の兵たちは主が御体の中で気を失ったことで完全に混乱していて、あたふたと邪魔になるばかりだった。


「なんにせよ、これが初手柄ですね!この先も頑張って手柄を立てますよ!」

『もの足らんな・・・』

不服そうな純波の声に、笑顔の墨羽だった。






「この先の火打城、陥落にてございます。飾原右道、討ち取った模様」

進軍の最中、副将志摩綱典が是基に馬を寄せて報告する。

「ほう。早いな。して、誰の手柄か?」

「松永殿が申すには、緋寅正と橘墨羽の両名に任せたと」

「寅正・・・聞いたことのない縁者だな」

「はい、紀基翁のお父上の弟君の子の孫だそうです」

「・・・知らぬわけだ。では褒章として、その者らにこの先の先陣を任せよう」

「御意。ですが殿・・・」

「なんだ?」

「敵将を討ち取ったのは寅正ではなく、楠の方だそうで」

「楠?」

「はい。おそらく中納言楠朝臣満良殿の縁者かと。年端もいかぬ娘児(むすめご)だそうで」

その時、ちょうど火打城の下を通りかかった。

火打城は街道からやや高台のなだらかな丘にあり、街道を見下ろす形に立っている。その火打城の前に片膝をついてこちらに頭を下げている一団があった。その中に、ひときわ小さな娘の姿がある。

「・・・あれか」

「いかにも」

「あのような小さな娘に御体が操れるのか?」

「そのようですな。寅正というものの御体は腕をなくして、気を失っておるということです。今、腕を御体匠に直させております。かなり進軍から遅れるかと」

「・・・ならば、その橘に先陣させる。面白いではないか」

「・・・御意」





「先陣ですか?」

墨羽はきょとんとした顔で実継を見る。

「ええ、これだけの大軍勢の先陣を切れるというのは、またとない名誉なことですよ」

「そうなんですか?先に敵と当たるだけなのに?」

「はい。真っ先に敵に当るということは、その後の戦局を左右するということです。先陣が調子よく斬り込めば、そのまま敵の奥まで入り込めます。ということは、敵の大物と当たる確率も上がるのですよ」

「そうですか!それはいいですね!」

目を輝かせる墨羽。

「でも、墨羽殿。本当に敵を怖がりませんね。まだ幼いと言ってもよい年頃なのに」

「わたしはもっと武勲を挙げて、出世しないといけませんから!」

満面の笑顔で言う。いつもの愛らしい笑顔。

だが、この時の実継は一片の不気味さを感じていた。あまりにも墨羽の護堕天が一方的過ぎたことだ。

あまりに強い。強すぎた。

これまで一緒に剣の稽古を何度もしたが、墨羽が実継に勝てたことはない。身長差もあるし、墨羽の小さな体では実継の頭まで木刀が届かない。だが・・・・。さっきの御体の動き、恐ろしいほどに洗練されていた。もしや、手を抜かれていた?それとも・・・。

「どうかなさいましたか?わたし、変なこと言っちゃいましたか?」

下から覗き込んでくる大きな瞳。

「いえ、墨羽殿がこんなに愛らしいのに、御体に乗るとあまりにお強いので驚いてしまいました」

「はい、わたしは力や体格では敵わないので。御体ならその溝を埋められます!」

墨羽は拳を握ると、「次も頑張りましょうね!」と言った。

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