52 純波ノ章 八
「なあ、重国!」
「何でしょうか、ば・・若」
貞基は上皇を拉致し、西洞院という都南西部の寺に軟禁してからずっと、この見張り役を押し付けられていた。
「今、馬鹿と言ったか?」
「聞き間違いです」
伴藤重国は相変わらず表情を変えない。
「いい加減に六原へ帰りたいのだが」
「ですが、ここの番人を仰せつかった以上、責務は果たさねばなりません」
「それはそうなんだが・・・」
「今は私情を挟まず、やるべきことをやらねばなりません。各地で霞が挙兵しております。都まで攻め入ってくるまでそうかからないでしょう。その時に上皇様を人質としておけば、こちらが有利なのですよ」
「そう言われると・・・。だが、人質を取るなどという手段はとりたくないのだが」
「何を言いますか。人質は立派な戦の手段。忘れてはいけません」
貞基は渋々頷く。
「それに、六原が怖いから出たいとおっしゃっていたではないですか?」
「それはそうなんだが・・・何もしないでここにいるのはなぁ。それはそうと、さっき馬鹿と言ったよな?」
「聞き間違いです」
きっぱり。
その時、二人の元にあの男が入ってきた。
「若、申し上げます!」
「お、出たな、申上太郎!」
「・・・・・」
「露骨に嫌そうな顔するな。で、なんだ、申上太郎」
「なんかなーなんだかなー」
不機嫌そうに口をへの字にする。
「その名のおかげで馬鹿が知らせをちゃんと聞いてくれるではないか。以前は全く聞く気がなかったのに」
重国はさらっと言う。
「では、申上げます!木曽の霞の軍勢が都へ向けて出立した模様!その数一万、地方の霞所縁の武将を巻き込んでまだ拡大しているとの知らせです!」
「・・・そうか。だが、今度の総大将は是基だそうだからな。おれの出る幕はないかもしれん」
「若は是基殿を買っておいでですからな」
「あいつはいい奴だぞ。かっこいいし、優しい。孝基兄上よりもむしろ、浄基兄上によく似ている」
「そうですな。戦果を期待して、ここは我慢ですぞ」
「・・・仕方ない。・・・・だが、重国。お前また馬鹿と言ったな?」
「聞き間違いです」
「父上、お爺様より木曽への出陣の命をいただきました」
緋孝基の長男、緋是基は正妻の真子との間に出来た子で今年二十三になる。
「そうか。兄者の子らがおらぬ以上、次の緋家を背負うのはお前の役目だ。心して手柄を立てよ」
「はい。承知しております」
「お前にはわしの朱獄を与える。今や緋家の筆頭が使う戦御体じゃ。見事扱って見せろ」
「ありがたきことです。必ず手柄を挙げて、父上の汚名を返上してご覧に入れます」
・・・・汚名か。
孝基は富士川の戦の時、朝廷軍に異様な動きがあったことを警戒していた。
あの朝何が起きたのかわからないが、孝基は朝廷軍が後ろから攻めてきたと思ったので、一時退却を命じた。その後はなし崩しだったが、あの時の判断は今思えば間違っていなかった。あのままむやみに攻め入れば川と霞軍と朝廷軍に挟み撃ちされていた。
「うむ。言い訳はしないが、朝廷軍を連れていくことになる。じゅうぶん用心せよ」
是基は頭をもう一度深く下げ、「御免」と言ってその場を辞した。
「兄上、父上は何と?」
廊下に出て脇へ進むと、弟たちに取り囲まれる。
「今度戦に出るのだろ?いいなぁ」
そう言うのは三男の昭基。もうすぐ十三になる。
「いいだろ?おれは長男だからな!先に戦に出て手柄を立てる!」
「かっこいい!兄上、かっこいい!」
そう言って飛びついてくるのは四男の敦王。八歳。
「かっこいいだろ?」
そう言って敦王を持ち上げると、敦王は手足をバタバタさせて喜ぶ。
「重たくなったな、敦王」
「もう八歳だからな!兄上より大きくなる!」
「そうだな!」
ふと廊下の隅を見ると、次男の知基がじっとこちらを見ている。
「どうした、知基?こっちへ来い」
「・・・兄者、おれも連れてってくれ・・・」
ひどく小さな声で知基がいう。知基だけが側室の子なので、いつも遠慮がちに兄弟たちについてくる。今十九で、今年の秋には二十になる。
「それはどうかわからんな。父上に聞いてみないと」
「わかった・・・。聞いてくる・・・・」
そう言って父の書院の方へ走って行ってしまった。
「あ・・・・・」
呼び止めようとしたが、すでに知基の姿はない。
「・・・やっぱり知兄は変わってるな」
「・・・・・・」
昭基が是基の顔を見上げる。
すると、知基が走って戻ってきた。
「はぁはぁ・・・・」
息を切らして膝に手をやる。
「・・・・どうだった・・?」
「・・・・・・殴られた」
そう言って前髪を上げておでこを見せた。赤く腫れている。
・・・・・。
「ぷぷぷ・・・・」
「くくく・・・・」
「あははぁっ!」
四人で声をあげて笑った。
「毎日黍と芋の蔓ばかりで美味しくない!米と鯖が食べたい!」
敦王が駄々をこねる。
「文句を言うな、敦王。いらないなら代わりに喰ってしまうぞ」
知基が敦王の膳に箸を伸ばす。
「駄目だ!喰う!」
敦王が慌てて口に入れる。
「しかし、確かにこればかりだな。何かあったのか?」
是基が女房に聞くと、女房達は顔を見合わせて俯きながら口を開いた。
「実は若様、今年は不作が続いております」
他の女房達も少し顔を伏せる。
「米はおろか、芋も育たず採れません。魚も北の街道を霞家に握られているとかで商人たちが都へ来られないのです」
「そうなのか?」
「はい・・・。民はもっと飢えていますので、若様方も我慢してくださいませ」
「・・・・お前たちはちゃんと食べられているのか?」
「はい、もちろんでございます。毎日、いただいておりますよ」
一番年上の女房がにっこり笑って言う。
「・・・そうか、なら良かった。だが、おれは今から稽古と遠征の準備がいる。飯はもうよい」
「ほとんど食べていらっしゃらないですよ?」
「総大将は忙しいのだ」
そう言って是基は席を立って出て行った。
知基は自分の卓にある食事を恨めしそうに眺めて、「兄者が食べてくれないと、おれも食べにくいじゃないか・・・」といって同じように席を立った。
「兄者たち、食べないのか?」
「知兄食べないなら、おれが・・・」
手を伸ばした敦王の手を知基はぴしゃりとたたいた。
永天元年 春の初め
紀基が執務中に倒れた。
昼頃自室へ運ばれ、床に就いたが日が傾く頃には熱が上がり続けていると孝基のところに知らせが入った。
翌日孝基が紀基のところを訪ねる。
紀基の寝所が近づくにつれ、春先とは思えないような熱気が感じられた。
「暑いな」
近くの女房に言うと、「親方様の熱でございます」と答えた。
そんなことがあろうかと、紀基の部屋へ入ると、そこは夏でも感じないようなむせ返る熱気に支配されていた。
「父上・・・?」
床で苦しそうにしている紀基。
「母上、これは・・?」
紀基の隣には母のしのがいて、うちわで紀基を扇いでいる。
おそらく汗をびっしりかいているのだろう。白髪の混じった髪が乱れている。
「昨夜から熱が上がり続けて、今日は近づくのもつらいくらい熱くなって・・・」
医者も来ていたが、首を横に振るばかり。
近くにいる女房達も羽織を脱いでうちわで紀基を扇いでいるが、この暑さを飛ばすには遠く及ばない。
「・・・・・・・」
紀基は時折目玉が飛び出すかというほど目をむいて口を開く。だがすぐに閉じて、うなされるように「熱い・・・熱い・・・・」を繰り返す。
孝基はかなり昔だが、このような症状を見たことがあったことを思い出した。
あれは唐から来た職人の一人が熱を出した時だ。
陰陽師の娘に祈祷させたとたん、熱が下がった。それまで医者も他の陰陽師でも効果はなかったが・・・。あの娘、今はどこにいるのか見当もつかない。
孝基は家臣を呼ぶと、都中の陰陽師を集めろ、と言った。
それから毎日、紀基の熱は上がる一方だった。
水をかけると「じゅう・・・」と音がして、濛々と湯気が立った。
医者や女房達も近づくには頭から井戸の水を浴びないと赤く腫れてしまう。
紀基の体も全身が水膨れになって、「熱い・・・・熱い・・・・」とうなされるばかりだった。
信濃や富士から山の氷を切り出して運んできたが、紀基に近づけると水になって蒸発してしまう。
ありとあらゆる名のある陰陽師たちが六原に呼ばれたが、誰も紀基の熱を下げられる者はいなかった。
仕方なく紀基の床を井戸のそばに移し、朝から夜通し数人の家臣が交代で水をかけ続けた。
水をいくらかけてもすぐに蒸気になってしまうので、あたりは異様なほど息苦しかった。
良くなる様子のない紀基を見て、孝基は決意をする。
「女の陰陽師を探せ!歳は二十五から三十、臼井天海の娘だ!」
都中に御触れが出された。
都の町中に役人たちが御霊石をもって練り歩き、陰陽師を探す光景が見られた。
それらしき女に声をかけ、御霊石を掲げる。霊力のない人には何の反応もないが、強い霊力を持った者が触れればうっすらと緑色の光を放つ。
毎日何人もの年頃の女が六原へ連れてこられたが、どれも天海の娘ではなかった。
「なあ、伶守はん、あれは何をしとるんやと思う?」
「・・・どうせつまらんことだ」
伶守と呼ばれた男はそちらを見もせずに答えた。
都の町のはずれ。廃屋敷の近くで、役人たちの様子を見ている男が二人。
ひとりはボサボサの頭と破れた装束。顔も汚れていて浅黒くなっている。もう一人は伶守と呼ばれた黒装束の男。
「そうかいな。つれない男やで」
つまらんのはこっちや、と小さい声でつぶやく。
「ほな教えたろ。緋家が陰陽師を探し始めたんや。ということは、呪いか物の怪の祟りの類やな。それもあんな風に町中探し採るっちゅうことは、呪われたんは偉いさんやな。ほな、わかるか?紀基やろ、たぶん」
「・・・・ふん。ならば好都合。奴が死ねば緋家は終わりだ」
「まあ、そうやけど。誰やろな、紀基を呪い殺せる奴っちゅうんは」
「・・・・」
「興味ないか?ほんで、霞の末子はどうなっとる?」
「玖狼と紺織に後を追わせている。手を出すな、と言っておいた」
「ほか。正解やな。あの二人では霞の末子にかなわんさかいに」
「で、おれを呼びつけたのはそんなつまらん世間話をしたいわけではなかろう?」
「ああ、そやった。お前、桐高上皇におうてんやろ?それで、緋家追討の令旨をあちこち配って」
「・・・・」
「まあ、思うようにことは進んでるよって、別に咎めるつもりはないけどな。」
「・・・この度は時間もなく、勝手にしたのはすまない。だが、なぜだ?木曽の霞が今、最も勢力が強い。木曽なしでは緋家討滅は難しい」
「せやから、や」
「・・・?」
「あ、それと、あの緋家の役人が探しとる娘、霞の末子と一緒におるで」
「知っているのか?」
「こないだ、この屋敷に娘がおったわ。どえらい可愛らしい娘やった。他にもごっつい別嬪さんと一緒やったわ、その娘。・・・ほんまに霞の末子、うらやましいな。因幡へいったやろ?あいつら」
「・・・その通りだ」
やはり得体のしれないものをいつも感じさせる。何もかもがこいつの手のひらで踊っているような・・・。あまり関わりたくはない。だが・・・・。
「用はそれだけか?」
「うーん、まあ、そうでもないんやけど。このままやとな、緋家の軍が木曽へ行くときに、飾原のおる火打城を通ると思うんやけど、どうやと思う?多勢に無勢、多分勝てへんと思うねんけど」
「では破主。これにて御免」
「あ、待ちいな。せっかく来てもろたのに・・・。あ、行ってしもうた・・・・。話も聞かんと。わし、寂しいわ」




