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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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47 純波ノ章 三

墨羽が内裏に着き、荷を下ろすとお付きの者たちが橘の屋敷へ戻って行った。あたりに武士らしき大柄な男たちが集まっている。五十人くらいはいるだろうか。今回の討伐遠征のために集められた者たちだろう。

「ええと・・・橘墨羽殿でおられましょうか?」

すると、一人の男が墨羽に声をかけてきた。

歳は二十五・六。長身でがっしりしている。

「はい・・・あなたは?」

「失礼いたしました。わたしは秦実継(はたのさねつぐ)と申します。橘殿の下に就くことになりました。よろしくお願いいたします」

そう言って頭を下げる。

頭を下げるが、それでも墨羽より少し高い。

「わたしは橘墨羽(たちばなのすみは)です。武技、特に戦のことなどはまるでわかりません。よろしくご教授ください」

「はっ、もったいなきお言葉。わたしに出来ることはなんなりと」

武家の出のようだ。墨羽のような小さな娘にも姿勢を正しているから、かなり厳しく育てられたのだろう。

墨羽は実継に好感が持てた。

「では、橘の姫のご案内をいたします」

「よろしくお願いいたします。わたしたちはこれから、どこへ向かえばよろしいのでしょう?」

「はい、まず御体蔵へ向かって、墨羽殿の適性を調べるということでございます」

「適正ですか?」

「はい。詳しくはわかりかねますが、陰陽師の方とお会いしていただくと仰せつかっております」

「・・・はい、わかりました。案内していただけますか?」

「承知いたしました」


墨羽は実継の後をついて内裏の中庭を進む。

すると、見上げるほど巨大な蔵のような建物が見えてきた。

「あちらが御体蔵でございます」

「なんと大きい!」

「橘殿は御体を見たことはおありでございますか?」

「いえ、ありません」

「では、中に入るともっと驚かれるかもしれません」


その言葉はまさにその通りだった。

広い御体蔵の中には、太い柱が何本も並び、壁沿いには人型の巨大な人形が並んでいる。

「これは・・・」

「驚きましたか?これが戦御体です」

清葉が宮で聞いてきたとおりだ。

丸太のような太い腕や脚。大人三人分くらいの背丈。

広大な屋内に並んだ御体たちはこちらを見降ろしている。強烈な威圧感に背がぞくぞく震える。

「あれの胴の部分に繰り座という場所が開いていて、人が乗って動かします。私も詳しいことはわからないのですが、御霊石という石を握ると、つながっているものを動かせるそうなのです」

「・・・・」

墨羽はその迫力に圧倒されて、実継の説明が耳に入ってこない。

「その御霊石で御体を動かすには霊力という力が必要らしいのですが、生まれ持って霊力が強い者と弱い者がいるらしくて・・・。わたしは後者でして、御体繰り手にはなれぬそうです」

そう言いながらやや恥ずかしそうに頭を掻いた。

「橘殿にはこれからその霊力を陰陽師に見てもらうそうです。御体繰り手となれば、一軍の大将となって戦うことになります」

「あの・・・・」

「何なりと?」

「あの向こうの方の戦御体には頭があるのですが、こちらの方には頭がないのはなぜですか?」

「ああ、それは・・・御霊石を繋いで、繰り手と御体は一つになります。繰り手が右腕を上げると、御体も右腕を上げます。実際に繰り手の腕は上がりませんけど。それで、御体が傷を負うと、痛みだけが繰り手に伝わるのです。そこで、通常は弱点となる首はつけません。ですが、大将ともなるとその強さの誇示のため、わざと首をつけるんです」

「そうなんですか・・・」

わかったような、わからないような。やはり武家の世界は墨羽にはまだ難しい。

「橘殿、陰陽師の祈祷が始まっております。行きましょう」


三十人ほどの男たちが取り囲んで頭を少し下げている。

御体蔵の中には祭壇が組まれ、鏡と盃が供えられている。

その中央で陰陽師が印を切る。すでに祈祷が始まっていた。

その前に置かれていた人の頭くらいの緑色の石。

ほのかに緑色に光を放っているように見える。

「あれが、さっき話した御霊石です」

なにか、嫌な感じのする石・・・。

すると、陰陽師の祈祷が終わる。

「では、一人づつこちらへ参れ」

陰陽師の男が低い声で言う。

周りにいた男が一人づつ、御霊石の前に出て手をかざす。

「あれは?」

「霊力を調べているのです。御体を動かすには並々ならない霊力が必要ですから」

「そうでしたね。わたしもあれをするのですか?」

「はい。前に行って手をかざすだけです」

ほんのりと光が増す者、まったく変わらない者。少なくとも墨羽の前に手をかざした者は全て霊力が足りないらしい。陰陽師の反応も肩を落としているように見えた。

墨羽の番がくる。

近くで見ると、緑色がきれいな石だ。

ゆっくりと手をかざす。

「え?」

まわりに満ちていたはずの光がすべて消えた。


あれ?なんだろう?

真っ暗?

感覚がないけど・・・。どうなってるのかな?

おかしいな。さっきまで・・・。

何をしていたんだっけ?



「大丈夫ですか、橘殿!!」

ゆっくり目を開けると、実継の顔があった。

「ああ、良かった・・・。目をあけられた・・・」

辺りを見渡す。

皆が一様にこちらを見ている。何があった?

聞きたいが、声が出ない。

「あ・・・・う・・・・・あ・・・・」

大きな口を開けて恐怖の顔をしている陰陽師。

その手前にひびの入った御霊石・・・。

わたし、なにがあったのだろう?


「急にものすごい光が出て、御霊石が割れたようなのです。まれに、強い霊力を持つものが触ると、そういう反応があるらしくて。もしや、橘殿はかなりの霊力を持っていらっしゃるのかもしれませんね」

そう言いながら、実継は墨羽を抱きかかえて兵舎へ運んでいる。

「あの・・・自分で歩けますが・・・」

「いえ、お体に障るやもしれません。なに、橘殿は小さくて軽いので、わたしにはお気遣いなく」

「あ・・・・はい・・・・。ですが、ちょっと恥ずかしく・・・・。人も見ておりますゆえ・・・」

「何をかまうものですか。我が主となる方のためであれば、わたしは何と思われようと」

「・・・・・」

「ですが、本当に大事ないですか?あの時、一瞬橘殿が消えたように見えましたが・・・。光のせいでしょうね。いやあ、驚きました。まだ幼いのに強い霊力をお持ちだとは」

「はい・・・」


「着きました。こちらが女人舎ですのであとは女房たちが世話をしてくれます。わたしはここで失礼いたします」

ようやく地面に足をつけられた。ホッとする墨羽。

「また明日、お迎えに参りますので。御免」

そう言って頭を下げると、実継は戻って行った。

「ああ、長い一日だった・・・」


などと思うのも一瞬、そこからは女房達に無理やり着替えさせられて、体を拭かれ、髪を梳かれて無理やり布団へ押し込まれ、寝ろとばかりに明かりを消された。

「・・・宮暮らしって・・・大変」

清葉がひとりで寝られるだろうか・・・。

気にもなったが、墨羽は一日の疲れですぐに眠ってしまった。



それから数日たったある日、墨羽と実継は稽古を始めた。

少しは宮中での寝泊まりにも慣れてきたので、体を動かして慣らしておかなければならない。いつ、出立の令が出るかわからない状況なので、少しでも本物の刀に慣れておきたいという墨羽の想いもあった。

だが体の小さな墨羽には長刀は重く、力も弱いために自由に振ることが出来ない。なので腰には短刀を差すことになった。

「橘殿、刀は素早く振るだけではありません。ゆっくりと動くことで、相手の隙を見ることもできます」

相手の動きを見極めて動く。一太刀で命を失うかもしれない戦場で、冷静でいられることの方が重要だと実継は言った。

本気を出せば実継から一本取ることは容易に思えた。だが、ここはその場ではない。

さらに、墨羽の本気が後で盛大なしっぺ返しになることは、今ここにいることで立証されている。

あくまでも普通の少女を演じることにした。


「橘墨羽殿。御体守(みたいのかみ)坂忠房(さかのただふさ)殿がお呼びになられております」

稽古に汗を流していると、伝達の役人が墨羽を呼びに来た。

墨羽が実継の顔を見ると、「お供します」と実継が言った。


ふたりは再び御体蔵に案内された。

すると、御体車から戦御体を下ろしている現場だった。小柄な目の細い男が声を荒げながら指示をしていた。

入ってきた墨羽と実継を見ると、小走りで近寄ってきて、墨羽の前で片膝をついた。

「これはこれは、ご足労いただきまして恐縮にございます。橘中納言のご息女、墨羽殿でございますね?」

「・・・はい、いかにも。わたしは橘墨羽と申します」

墨羽は実継の顔を見上げてから答えた。

「これは失礼。わたくしは緋家に仕えます御体守、坂忠房と申す者。此度は()()宮中を賑わせている中納言殿のご息女にお目にかかれ、光栄の極みにございます」

「何用でしょうか?」

「はい、わたくし、緋家の御当主、緋紀基(ひののりもと)様より御体を預かりお運びいたしました。聞けば、墨羽殿、帝の御前で屈強な武士(もののふ)を一刀のもとに倒し、さらには霊力で御霊石を粉砕したとか。我が主がその話を聞きつけまして、是非にこの戦御体、橘殿に献上差し上げるようにと仰せつかってまいった次第です」

「・・・・わたしに?戦御体をですか?」

墨羽には何のことだかさっぱりわからない。なぜ自分に戦御体を?

「はい。我が主、あの御前試合から墨羽殿に目をかけられていらっしゃるようです」

「・・・・もしかして、あの怖い顔のお坊主様でらっしゃいますか?」

墨羽が恐る恐る言うと、忠房は顔を上げて墨羽の顔を見ると細い目をいっそう細めて笑い出した。

「ははははっは!違いありませんな!我が主、顔が怖くて底意地も悪い!・・・・あ、いや、これは内密に!」

忠房が軽口をたたいたので、墨羽は少し気が楽になった気がした。

「ですが、わたし、こんな大きいもの動かせるでしょうか?」

運ばれてきた戦御体は黒鉄色で、今にも睨みつけてきそうなほど威圧感に満ちている。

「この御体は護堕天(ごだてん)。正しくは黒花菱紋鎧(こくはなびしもんがい)・護堕天と言います。さる西方のお方が使っていたものをわたくしが都へ持ち帰ったところ、お噂の高い橘朝臣中納言殿のご息女に献上せよと言われまして。此度の戦、やはり御当主様としても負けるわけにはいかないと意気込んでいらっしゃるようで」

「・・・・」

「橘殿、動かせるかどうか、試しに乗ってみてはいかがですか?」

実継が言うと、忠房もニヤリと笑って、「是非に」と言った。


梯子を使って繰り座と呼ばれる、御体の胴体の部分の人が乗る席まで上がる。

蓋を開けて中に入ると、小さな墨羽には広すぎるほどだった。

「・・・・・」

この中、何か嫌な気配がする。

「両手で御霊石を掴むのです。後は自分の体を動かすようにすれば、その通りに御体が動いてくれます」

忠房の言う通りに御霊石を両手でつかむ。

・・・まただ。

意識が吸い込まれそうになる。

目の前が暗転する。

駄目だ、吸い込まれちゃいけない!

わたしは、誰!?

橘墨羽!!

そう、わたしは・・・・。

不意に、墨羽の中に声がなだれ込んでくる。女の声?いや、どちらでもないような・・・。

『すさまじい霊力・・・・何者か?』

「あなたこそ誰?」

『その問いには答えられぬ。我には名などない』

「名前がないと、不便ね。・・・墨羽。わたしは橘墨羽」

『・・・人の名など意味はない』

「なら何を聞いたの?」

『お前が何かを聞いたのだ』

「何って・・・・わたしは、わたし」

『なるほど・・・・・・・』

「・・・・・・・納得したの?」

『依り代か』

「何の話?で、あなたは誰ですか?」

・・・・そのまま、声は聞こえなくなった。




不意に視界が開ける。

いつもより視界が高い。いや、高いなんてもんじゃない!

あの背の高い実継を見下ろしている!それもずっと高いところから!

「え!?え!?え!?なんでしょうか、これは!?」

両手で顔を覆う。

だが、それは護堕天の両手である。

「うわぁ!?何、この手!?」


「おお、さすが我が主、橘殿!初めてなのに御体を乗りこなしておられる!」

実継が驚きの声を上げる。

「そ、そんな・・・まさか・・・!?」

忠房も口をあんぐりと開けて細い目を丸くさせる。

「坂殿、我が主に素晴らしいもの、かたじけない!」

実継が忠房に頭を下げる。

「あ、ああ、構いませんとも!我が主からの贈り物として受けてくだされ・・・・・」


「こ、怖いし、変な感じがいたします・・・・」

護堕天は内股で地面にぺたんと座り込んでしまった。

いや、ドスン、とへたり込んだ。

「・・・・中身は年端もいかぬおなごの子ゆえ・・・・」

実継が笑いながら言った。

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