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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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39 風結ノ章 三十九

その瞬間。

ひゅっ、と空を切る音。

森の中から飛んできた何かが、護堕天の太刀を弾く。

「うっ!?なんだ!?」

何が起きたのかすぐには理解できなかった。

飛んできたのは・・・・竹!?

「竹槍・・・?いや、竹の矢?」

竹が飛んできた方向を見ると、弓を構える御体があった。全身は黒く、白い狐の面のようなものをつけている。暗闇で浮かび上がる白い面はやや不気味さを感じさせる。

「・・・弓を使う御体だと・・・?」

今まで御体が弓を使うなどということは聞いたことがない。

道明は呆気にとられ、目の前の蒼刃を失念した。

「よそ見すんじゃないよ!!」

蒼刃は護堕天の腹を蹴り上げる。

「うがっ!?」

蹴り飛ばされた護堕天は後ろに倒れる。その隙に蒼刃は太刀を拾い構える。

「・・・あれは・・・確か、宿儀の・・・」

「あれも霞の末子の仲間かっ!?」


「うぅむ、やはり竹は直進飛翔しない。しなりの分が影響すると推測せざるを得ない」

宿儀が英醐の中で首をひねる。

「すごい!ぴったり太刀を打ち落とすなんて!?」

皆秀が宿儀に声をかける。

「違う!あいつの首を狙ったのだ。だが、右に逸れた。危うく、嶺巴殿に当るところだったぞ」

「では、少し左に狙いをつけては?」

「いや、竹矢が一本一本同じでないので、毎回どこへ跳ぶかわからん。無理難題だ」

「相手がこちらに気づいています!次を!」

「駄目だ!蒼刃に当る!百発一中!」

英醐は竹矢を弓に番えるが、狙いを定めかねている。

「宿儀!あとはおれに任せろ!」

「白結丸殿!」

風結が森の木をかき分けて前に出る。

「行くぞ、ミカナ!」

『久しぶりの戦いじゃ!心せよ!』

「おうとも!」

風結は太刀を抜いて構えると、風を纏って一瞬で護堕天の前に出る。

「何っ!?また御体だと!?どこから湧いて出た!?」

倒れた護堕天の中で、動揺が隠し切れない道明。

「ここまでだ!!」

風結が護堕天めがけて太刀を振り下ろす。

「ひっ!!」

護堕天は地面を転がって避けるが、左腕の肩口に風結の太刀が食い込む。

「うがぁぁぁぁっ!!」

道明にも同様の痛みが走る。

転がって間を取り立ち上がる護堕天。

落ちている太刀を拾うと、風結に向かって構える。

「白結丸!!こいつは但馬の国府、緋道明だ!それと、因幡の国主は妖に・・・」

「嶺巴、話は後だ!こいつを片付ける!」

「承知!」

蒼刃も太刀を拾い、構える。

「ふざけるな!!この緋道明、こんなところでくたばる男ではないのだぁっ!!」

護堕天は太刀を高く上げると、風結めがけて突進してきた。

風結はその太刀を受け流すと、一気に間を詰める。

「こんな、こんなに、速いだと!?」

体を当てると、よろける護堕天の足を払う。

ずうん!

護堕天は腰から地面に倒れる。

「終わりだ!」

護堕天の首めがけて太刀を振り下ろす。

護堕天は腕で風結の太刀を止める。

「くっ!」

道明が呻く。

「無駄に足搔くな!傷を増やすだけだ!」

もう一度風結が太刀を振り上げる。

「この護堕天をっ、馬鹿にするなぁっ!!」

護堕天は跳ねるように立ち上がると、両腕で太刀を構える。

「あいつ・・・痛みを感じないのか!?」

「こんなところで、こんなところでやられるわけにいかんのだぁっ!!」

護堕天は太刀を振り上げる。


「・・・・だいぶ、分が悪そうですね。もう、あの駒も捨ててしまいましょうか」

坂忠房は遠巻きに成り行きを見ていた。

「一対一なら青い奴には勝てそうでしたが・・・相手の御体が三体もあるとは・・・」

それだけ護堕天の出来には絶対の自信を持っていたのだが、繰り手の霊力には不安はあった。道明という男は刀の腕は確かだが、まっすぐにしか走れない男だ。そんな男が悪事に手を染めて私腹を肥やす算段などするからすぐにばれてしまうのだ。

まあ、魁怨だけでも都へ持ち帰るとするか。

「きっと、紀基殿は怒るでしょうね・・・。道明が霞の末子に倒されたなどと聞いたら・・・」

ぶつぶつと言いながら、馬の手綱を引いて都へ走り出した。


護堕天が太刀を振り下ろしたその刹那、風結は道明の視界から消える。

「何ぃ!?御体が、そんなに早く動けるはずなど!!」

道明はあたりを見渡して風結を探す。

・・・いない。

「どこにも、いない!?消えた?・・・まさか・・・上!?」

護堕天の頭上に跳びあがっていた風結が、落ちざまに太刀を振るう。

太刀を持っていた護堕天の両腕が一閃で斬り飛ばされる。

「うが、うがぁぁぁぁぁっ!?」

悲鳴をあげるが、歯を食いしばって痛みに耐える。

「くそっ、惑わされるな!御体の傷はおのれの傷ではない!痛みがあるだけだ!おれの腕はある!」

次の瞬間、視界いっぱいに現れる蒼刃。

「うっ!?」

もう太刀を振るう腕はない。逃げられない。

「本当にしつこい男だったけど、やっと、やっと、これで終わりだよ!!」

蒼刃の太刀が護堕天の胴体を道明もろとも貫く。

「そ・・・・そんなはずでは・・・」

緋道明は護堕天の中で血を吹き出して絶命した。






「現れたな、(あやかし)め!」

成正は刀を構える。

また昨夜のように霧が立ち込め、役人や僧侶たちは皆眠ってしまった。

そして入って来る幼い女の姿の影のようなもの。

「でえい!」

気合一閃刀を振るが、すべてすり抜ける。何の手ごたえもない。

「・・・・くっ、やはり無駄か・・・っ!」

歯を食いしばる成正。

その影は部屋の障子をすり抜けて部屋の中へ入って行く。

「ひ、ひやぁぁぁぁぁぁ!?」

成親の叫び声が響く。

成正は、ばん!と障子を蹴り飛ばし、部屋の中へ入る。

「妖よ!お主が何のために毎夜父上を脅かしに来るのか知らぬが、それは今宵で終わりにしてやる!」

成正は成親の怯えきった目を見る。

父はこんな臆病ではなかった。どんなものも、邪魔をするなら狡猾な手を使ってでも排除する、そういう男だった。もちろん、尊敬などしていない。ずっと嫌いだった。だが、こんな無様な姿をさらし続けるなら、いない方がよい。

「父上、御免!」

成正は刀を振り下ろした。

肩から腹にかけて血を吹き出しながら倒れる成親。

その顔には恐怖が張り付いたまま、地獄へ落ちる亡者のそれであった。

「妖、これで文句はあるまい!それでもまだ用があるか!?」

幼い女の形をした影は、にやりと笑ったように見えた。

「・・・そんな者の命など、欲しくはない・・・。(わらわ)が欲しいのは・・・・力・・・」

「ならなぜ、父上を脅した!?」

「それは恐怖。恐怖こそ力・・・。罪の意識に苛まれ、感じる恐怖こそがわが力・・・・」

その時、外から空気の振動が入ってきた。風とは違う、皮膚に感じることのない振動。

「そこまでだよ、妃寐(ひび)!」

「・・・・」

「夜和!?」

その姿を見て驚愕する成正。

「何をしに来た、梦卯比売(むうひめ)・・・・」

「何をしに来たぁ?わたしの邪魔をしていたのは貴様であろうが!」

「妾に必要なのは力・・・。お前など眼中にもなし・・・」

幼い女の影は形を変え、青い目の長い髪の女に形を変えた。白い着物と、頭の左右に小さな角が生えている。

「・・・鬼か!?]

成正は斬りかかる。だがそのまま空を切る。

「姿を変えても霧は霧なのか?」

「無駄だ。われらが直に人間の命を奪えぬのと同じ。人は我らの命を奪えぬ」

青い目の女が成正を見つめる。氷のような目は、成正の体から熱を奪い、硬直させる。びりびりと痺れるような恐怖が全身を走る。

「その男の力はわたしのものだ。触れないでもらおうか!」

夜和が右手を妃寐に向けると、あたりにあるものすべてが吹き飛ばされる。成正も飛ばされて壁にぶつかって止まる。風などに飛ばされたのではない。ただただ引っ張られたような感覚だった。

「うっ!」

「このような付け焼刃の力など、妾は所望せぬ」

「ならば、なぜ私の邪魔を!」

「ここにもうすぐ妾の狙いがやって来る。その力を目覚めさせるために、お膳立てを整えたまでのこと」

「何だと!?」

「梦卯比売、この先は手を入れることを禁ず。人がすべきことである」

「何を言う!我が大願、お前などに邪魔はさせん!」

夜和は再び右手を妃寐に向ける。

壁に打ち付けられていた成正に、成親の骸が飛んでくる。

「くそっ!」

成正の血を顔に浴びる。

「梦卯比売、やめておけ。お主がごとき兎が虎に敵うとでも思うておるのか?」

「やかましい!たかが虎の爪先の分際で!」

夜和の言葉に妃寐の目がカッと開く。

「妾は爪などではない!虎である!白虎の化身!山と金を司る戦いの神!」

「だから何だと言うのだ!」

妃寐は夜和へ向けて口を大きく開ける。

耳まで避けるような口から音の衝撃波を放つ。

周りにあるものすべてが音の振動で崩れ始める。

成正も衝撃波を浴びて白目をむいて気を失う。

「くっ!」

夜和はふらつきながら立ち上がり、妃寐を睨みつける。

「梦卯比売よ、お主が不死なのはわかっている。だが、憑代は永久ではない。今、その体を失えばいくらお主でもただでは済むまい?」

「なぜ、なぜ貴様が我が宿願の邪魔をする!」

「簡単なことよ。妾の(はかりごと)に貴様は必要ない。とるに足らぬ野兎などな!」





姉様(あねさま)、今のは!?」

夜通し歩き詰めでようやく着いた因幡の町。

紅羽と同じ馬に跨る時千代は紅羽にしがみついたまま寝息をたてていた。

だが夜の暗闇の中、突然大きな振動が駆け抜けた。

近くでがらがらと建物が崩れる音がする。

「伊佐、近いな・・・」

「はい、姉様。もう少し先の西のあたりから聞こえました」

「・・・御体かもしれない。行ってみよう」

「承知、姉様」

そう言った後、伊佐は後ろの兵たちに御体の用意をするように声をかけた。

「紅羽姉様・・・」

時千代が眠そうに目をこする。

「時千代、何かここで起きているようだ。御体の準備をしておきなさい」

「はい、紅羽姉様」

欠伸を噛み殺しながら時千代が答える。

・・・ああ、時千代の寝顔・・・本当にかわいかった。いつ見てもかわいい。たまらない!

「いや、いかんいかん!!」

「?」

「あ、いや、なんでもない!行くぞ、みな、遅れるな!」






「・・・・・・何の真似だ?」

妃寐の体には荊火の鎖が巻き付いている。

「この男にはわたしの不死の一部を与えた。いくらお前でも、この男を殺すことはできない!」

荊火は夜和によって操られている。すでに荊火には戻りかけた記憶も意思もなくなっていた。

「・・・だから、何だと言うのだ?」

「妃寐、おまえはわたしと違い不死ではない。その依り代がなくなればおまえは元の白虎の爪になるだけの存在。そのまま消えてもらおう!」

「・・・・愚かな・・・・」

荊火がいっそう強く締め上げる。

だが妃寐は顔色を変えずうっすらと霧に姿を変え始めた。

「そうはさせない!!」

夜和は右手を妃寐に向けてかざす。

突如、妃寐の体ががくん、と揺れて霧から実態に戻る。

荊火が締め上げをさらに強くする。

「!」

妃寐は表情こそ変えないものの、体をのけぞらせる。

「お前など、たかが神獣の爪の先!神たるわたしに敵うわけがないのだ!」


成正はその時目を覚ました。

ぼんやりと遠のく頭を必死で呼び覚まし、目を開ける。

そこで起きている光景は、この世のものではなかった。

夜和・・・だった何かと、四つ足で両腕が鎖につながっている何か。そしてその鎖で縛られ苦しそうにのけぞっている青い目の女。

そして足元に転がっているのは、さっきまで父上だったもの。殺したのは自分だ。

いったいどうなっている?この光景は本当に我が屋敷で起きていることなのか?

体を起こそうとするが、あちこちが痛い。頭もガンガンと心臓の鼓動に合わせて痛みが襲ってくる。

ここから離れなければ。奴らのいざこざに巻き込まれたらひとたまりもない。

傍らに落ちていた自分の刀を杖にして何とか起き上がる。

・・・どこへ逃げればよい?

逃げられるものなのか?

・・・そうか、土蜘蛛なら奴らを駆逐できるかもしれない。

朽平がいつまでももたもたとしていたが、ここで使えなければ御体など何の役にも立たん。

わが身を守るためには・・・・土蜘蛛で奴らを踏み潰さなければ。

成正は体を引きずりながら御造所へ向かった。

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