5-01 影狼ノ章 一
陽が沈み、あたりが暗くなる。
篝火が焚かれ、ぱちぱちと音を立てる。
関ノ府八幡社の境内は大勢の人で溢れかえり、都から来た白拍子の登場を待っている。
太鼓が鳴り、笛の音が響く。
瑞奈はいつものように赤い長袴と白い水干、長烏帽子をかぶる。
顔を白粉で白く塗り、まぶたと唇に紅を引く。
髪を背に垂らして先を縛る。
母の形見の白い短刀を懐に入れ、扇を持つ。
そして一歩一歩、ゆっくりと舞台へ向かう。
確かめるように台を登り、舞台に立つ。
本堂に並ぶ顔が間近に見える。
正面に霞宗近。そのすぐ横に藤月御前。
淡影、義陽らの顔も見える。
淡影の隣にはミカナがくっついている。
舞台の下に群がる民衆の中に、天狗、蓮華の顔が見えた。
緊張した顔でこちらを見ている蓮華。
他の者たちも来ているに違いない。
群衆の中で、こちらを見ているはずだ。
関ノ府中の人たちが、今、瑞奈王の舞を見ようと集まっている。
しんと静まり返った八幡社の境内に、箏や鼓の音がこだまする。
舞台の真ん中に立つ。
大きく息を吸う。
「瑞奈王、舞を奉じまする」
ゆったりと、大きな声で詠み上げるように。
瑞奈は扇を広げる。
そして、扇を高く掲げ、ゆっくりと足を前へ運び始める・・・・。
最初は、ゆったりと静かに。
大きく円を描く。広い舞台、端から端まで舞う。
遠くから見つめる人々に、この姿を見せるため。
そう、ここは、瑞奈王だけの世界。
瑞奈王だけが自分を表現することを許された場所。
数百、いや千人にも届くかというほどの民衆を全て虜にする。
その視線を全て自分に向けさせ、視線を逸らすことを許さない。
それが、瑞奈王が持つ、白拍子としての誇り。
低いどよめきと、息を飲む音が聞こえてくる。
箏や笛の音が静かになる。
瑞奈王はゆっくりと舞いながら今様を詠む。
遠くまで届くように、凛として声を上げる。
東野に 朝日射したる
関ノ府の 人集いたり
遠き人 その身を思い
旅立つ鳥に 身を委ね
流るる水の 澄みたるを
千代八千代まで ともに栄えよ
瑞奈王が詠み終わると、太鼓が鳴り始める。
その調子は少しづつ早くなり、それに合わせて扇を掲げてくるりと回る。
その動きは優雅でありながら激しさを纏い、強く速く舞台を駆け回る。
汗が滲む。
篝火が爆ぜて激しさを増す。火の粉が飛んであたりを明るく照らす。
やがてゆっくりと笛の音が余韻を残し、瑞奈王はその場に立ち、ゆっくりと頭を下げる。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
静寂が辺りを包む。
次の瞬間。
どおおおっ!!
世が揺らめくような大歓声が上がる。
瑞奈はゆっくりと頭を上げて振り向くと、舞台から降りる。
「瑞奈様!!」
蓮華が駆け寄ってきた。
「蓮華殿・・・・」
ようやく瑞奈の顔に笑顔が戻る。
「すごかったです!今まで見た、どの瑞奈様より綺麗でした!」
「ありがとう。蓮華殿にそう言われると・・・・」
瑞奈がそう言いかけた時だった。
大柄な男たちが四人、瑞奈を取り囲んだ。
「な、何ですか?」
蓮華が言うと、男は蓮華を押しのけて瑞奈の前に立った。
「え?何!?」
瑞奈が声を上げる。
まわりの民衆たちも騒めき立つ。
正面の男が目配せすると、他の男たちが瑞奈の腕を取り押さえた。
「い、痛いっ!?」
「御免!」
そう言いながら、正面の男が瑞奈の懐から短刀を取り出す。
「ちょ、ちょっとっ!それはっ!!」
男は短刀の鞘を抜いて、刃を火に照らして確かめる。
・・・・まずい!!
「なぜ、舞を舞うための道具に刃がついておるのか!?」
男が声をあげる。
「この者は、殿の御前へ刃を持ち込んだ!この罪は重い!」
「そんな!瑞奈様は何もしていないじゃない!!」
蓮華が叫ぶ。
「うるさい!邪魔をすると・・・・!」
男が拳を振り上げた。
ずんっ!!
「蓮華殿っ!!」
瑞奈は叫んだ。
男が蓮華を殴った音・・・・ではない。
男の拳を躱した蓮華が男の鳩尾に一発入れた音である。
「ぐへぇっ!?」
「いけない、蓮華殿!あなたまで捕まってしまう!」
「でも、瑞奈様!!」
「・・・・そいつを、連れていけ・・・・!」
男が腹を押さえながら声を絞り出した。
「瑞奈様ぁっ!?」
「蓮華殿っ!!今はおとなしくしてっ!!」
瑞奈は両側で腕を掴まれて連れていかれる。
「・・・・瑞奈様・・・・・」
一瞬のうちに、何かが起きて瑞奈が連れていかれてしまった。
まわりにいた人々のざわめきと、呆然と立ち尽くす蓮華が取り残された。
・・・・これは、どういうこと?




