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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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36 風結ノ章 三十六

「やめろ!陰陽師は呼ぶでないっ!!」

成親は異様なほど怯えていた。

「では、僧を呼びます。刀で斬れぬ以上、我らの手に負えかねますゆえ」

明後日の夜。

因幡の大雲院から呼び寄せた僧たちが、一晩中経を唱えた。

だが、結果は同じだった。僧たちは一様に眠らされ、同じように白い霧が出たとたん意識がなくなったと言った。

役立たずの坊主どもが・・・・。

だがもう万策尽き果てたと、成正は頭を抱えた。







「なあ、荊火!あたしは早く白結丸のところへ行きたいんだけど!」

森の中で荊火と遭遇した嶺巴は、荊火に連れられるまま蒼刃で森を彷徨っていた。かといって一人で帰れる自信もない。幼い頃から、自分ひとりで家に帰れたことなどない。

藍羽家では、姫の外出には必ず女房が三人ついていく決まりがあった。

もうここがどこだかわからない以上、とことん付き合うしかない。

「とお、さ・・・・ん。お・・・・・れ・・・・・・あ・・・・・」

徐々に、言葉を喋るようになってきた。だが、言葉が話せることと、意思疎通ができることは別なのだと嶺巴は最近改めて思い知らされている。

「まったく、どこへ連れて行く気なんだよぅ!」

懐に入れていた干芋も底をついた。川の水を竹筒に汲んで木の実を取ってここまで来たが、そろそろ五日目になる。嶺巴も限界が来ている。

それにしても、小御体って眠らないし、食べないし・・・どうやって生きているんだろう?

・・・そもそも、生きているのかどうかわからないけど・・・。

鬱蒼と茂る木々を抜け、山を越え麓に降りてきたところだった。荊火が不意に止まった。

「・・・着いたのかい?って、そもそもここはどこ?」

見渡す限りの草原。冬で草は枯れているが、枯れすすきが風に揺れている。

嶺巴は蒼刃を降りて荊火の横に並ぶ。

荊火の視線の先、草むらを抜けた先に、大きな屋敷がある。

だが、人が住んでいないようだ。屋根瓦は落ち、土塀は崩れ、見る限りは廃屋になっている。

「・・・あの屋敷が何かあるのかい?」

荊火はゆっくりと屋敷に向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと・・・」

嶺巴も荊火に続く。


屋敷の中は、外から見たよりもずっと古く壊れていた。鼠が這い回り、蜘蛛の巣があちこちに垂れ下がっている。畳は破れ、障子も襖も破れ、外れて傾いている。屋根板もところどころ外れて、今にも屋根ごと落ちてきそうだ。

「おい、荊火、危ないよ。もう出よう」

嶺巴が荊火の肩を掴んで引っ張ると、ゆっくりと荊火も外へ向かう。

「・・・おれ・・・・ここで・・・・死んだ・・・・・・」

「・・・・・え?」

急に荊火がぼそりと言ったので、嶺巴は聞き違いかと思った。

「ここ・・・・で、おれ・・・・死んだ・・・・。でも・・・・・生きてた・・・・・」

「?」

死んだ?生きてた?どっち?

「ちょっと、何言ってるかわからないよ。とにかく、外へ出ようか。誰もいやしないから」

屋敷の中に人の気配はない。

嶺巴と荊火は屋敷を出て蒼刃のところまで戻った。


辺りはゆっくりと日が暮れてきた。

暗くなってくると急に冷え込んでくる。

嶺巴は草のないところで火を起こし、暖を取った。

荊火は相変わらずあの屋敷をずっと見ている。

あれから黙ってしまったので、何があったかは分からずじまいだ。だが、何か思うことがあって嶺巴をここへ連れてきたに違いないのだが。

・・・死んだけど、生きてた・・・。

そもそも、緋家が作った小御体は全て失敗だったと聞いている。人体を利用して御体の強さを備えるということは、すでに人として許される範疇を越えている気がする。

それが永遠に続く命だと言うのなら、それはすでに人ではない。

ならば、荊火はどうなのだろう。

死んだ、でも生きてた。もう一度、言葉を思い出す。

一度、殺されて、何かの力で生き返らされた。

その強い力のせいで、体をいじられても生きている。他の小御体と違いはそれかもしれない。

と考えて嶺巴は頭を振った。難しいことは考えてもわからない!

「で、何であの壊れた屋敷がそんなに気になるのさ」

荊火は山裾の木に登り、枝の上からずっとあの壊れかけた屋敷を見ている。

夜は更けて、あたりは何も見えない。

かさかさと枯葉が風で戦ぐ音だけが嶺巴の耳に届いてくる。

すると突然、荊火は木から飛び降り、する巣rと屋敷の方へ走って行った。

「お、おいっ!」

嶺巴も追いかける。月が出ていることが救いだ。あたりをぼんやりと青白く照らしてくれる。

・・・というか、荊火、今足音してないけど?

いつもガシャガシャと四本足を動かす音がしていたが、今はほとんど足音がしない。

少し走ったところで、荊火は立ち止まり草の陰に隠れた。

嶺巴もそれに倣う。

見ると、行灯(あんどん)を持った男が一人、屋敷に入って行くところが見えた。

「・・・なんだい、あの男・・・。こんな夜更けに崩れかけた屋敷に入って行くなんて・・・」

昼間でも不気味なところだったが、暗くなってから近くで見ると、その大きさもあって異様な不気味さを放ってくる。

「・・・まさか、あの男を追って屋敷に入るんじゃないだろうね?」

嶺巴は心底嫌な顔を向ける。

「・・・・まだ・・・いかん・・・・勝てぬ・・・・」

「?」

あの男、そんなに手練れなのだろうか?

廃屋にいた手練れと言えば、都の富士江の屋敷だったところで会った、堺から来たという男を思い出す。

思えばあの男が富士江成親が因幡にいると言ったから、西への旅が始まった。

そう言えば、ここはどこなのだろ?

白結丸たちはあたしを探しているかな・・・。

但馬の国府で、あのとき白結丸は怪我をしていた。

・・・ミカナがいるから大丈夫だとは思うけど・・・。


結局朝まで荊火は草むらで屋敷を見張っていた。

嶺巴は寒さに耐えきれず焚火のところへ戻り体を温めた後、蒼刃の中で眠った。

日が山の間から登りかけた時、男が屋敷から出てきた。

荊火がゆっくりと男の跡をつける。

男は山道を抜けて、街の中へ入って行く。

「荊火、あんたは目立ちすぎる。朝だから人は少ないけど、見つかったら騒ぎになるから、ここで待ってな」

と嶺巴が言うと、荊火は腕の鎖を嶺巴に巻き付けた。

「ちょっと!?何するんだい!?」

荊火は嶺巴を抱えて跳ぶ。

「ひっ!?」

荊火は四本の足を器用に使って木の枝から枝、家の屋根から屋根へと飛び移り、男の後を追った。

かなり町の中まで来た時、男が不意に立ち止まった。

荊火と嶺巴は近くの屋根の上で身をひそめる。

男が腰の刀に手をかける。

「・・・気づかれた?」

荊火は首を振る。

しばらく息をひそめて見ていると霧が出始め、あたりを覆った。

「・・・なんだい、あの霧?」

朝靄(あさもや)にしては濃く、視界があっという間に遮られた。

そして霧は男の姿をすっぽりと覆う。

・・・・・。

しばし見守っていた―――はずだった。

・・・眠っていた?

どれくらいの時が過ぎたのか、まったくわからない。

すると風が吹いて霧が飛ばされた。急に視界が戻ったが、そこに男の姿はもうなかった。

「・・・何だったんだ?・・・・霧・・・・何か、嫌なもん見た気がするけど・・・・」

荊火の方を見ると、相変わらずの無表情で男が立っていたあたりをじっと見ていた。


嶺巴と荊火は例の屋敷に戻り、中を調べる。

あの男がここで何をしていたのか、手掛かりを探す。

「昨日と変わらないけど・・・」

相変わらず崩れかけの屋敷の中は黴臭く、板の間を踏むたびに埃が舞う。

荊火は嶺巴から少し離れたところで考え込んでいるような仕草を見せている。

以前なら考えることなどなく、どこにでも突っ込んでいってしまう荊火だったが、言葉を少しづつ話すようになってから思慮深くなってきたような気がする。

人に戻ってきているのだろうか?

結局何も見つからなかった。嶺巴が気になったのは、本当に()()()()ことだった。あの男は確かにこの屋敷に入って行った。だが、積もった埃についた足跡は嶺巴と荊火の四つ足だけだった。


嶺巴としては早く白結丸たちと合流したかったが、荊火がこの屋敷から動こうとしないので、置いて離れることもためらわれた。それに、この屋敷に荊火の何かが隠されていることは間違いない。

ミカナが言う通り、荊火の残りの時が少ないのならできるだけ思いを叶えてやりたい。

その夜も嶺巴と荊火は廃屋敷を見張った。

またあの男が現れる。

屋敷の中へ消えていった。

「・・・無理は・・・・するな・・・・」

荊火は小さな声で言うと、屋敷の中へ入って行く。

嶺巴も後を追う。

息を潜め、壁を背にして歩く。屋敷の中は暗く、目が利かない。わずかな月明かりが崩れた天井から注いでくるだけだ。

屋敷の中は広いが、人の気配は全く感じられない。

「・・・・どこに行ったんだ、あの男・・・」

嶺巴は屋敷の中をくまなく探したが、男の姿はなかった。


朝が来て、男が出てくる。

昨日と同じように後をつける。

町はずれから山道を歩いて街に入る。この日は霧は出なかった。

男は夜が明けきらないうちに、街でひときわ大きな屋敷に向かっていく。

門の前には門番が立ち、男に一礼する。

門番は門を開け、男を中へ通した。

「ここがあの男の屋敷だね・・・」

荊火に待っているように合図し、嶺巴は足元の砂で顔を着物を汚すと門番に近づく。

「・・・・」

門番の男は無言で嶺巴を睨む。

「すまないね、お役人さん」

嶺巴が門番に近づき声をかけると、門番は腰の刀に手をかける。

「このような朝方に、何者だ?」

「待っておくれよ、あたしは但馬から夜通し歩いてここまで来たんだ。二日三日も休んでいないのさ。で、ようやく町にたどり着いたから、お役人さんに聞きたいことがあって・・・。ここはどこだい?」

門番は女だからと気を許したのか、刀の柄に手をかけたままではあるが警戒を少しとく。それも、嶺巴がちら、と着物の襟を広げると、顔を赤くして目をそらした。

「ここは因幡の国、国府だ」

・・・因幡・・・ちゃんとたどり着いたじゃないか!すごい、あたし!!

「?」

「・・・い、いや、なんでもなくて。で、このお屋敷が国主様のお屋敷かい?おっきい屋敷だけど・・・」

「・・・いかにも。ここは因幡の国主、富士江殿の屋敷だ」

・・・ここが富士江の屋敷!ちゃんとたどり着いただけでなく、ミカナの仇の居場所まで突き止めた!!すごい、すごいじゃない!!

「・・・妙に嬉しそうだな?」

門番が不思議そうに嶺巴を見る。

「あら、お役人さんがあんまりにも親切でうれしくって!」

着物の裾を少しめくって、太腿をちらりと見せる。

門番は鼻の下を伸ばし、じっと嶺巴を見る。

「そうか、そうか!ではもっと喜ばせてやろう!」

「ちょっと、その前に!」

嶺巴は抱きついてくる門番を押しとどめる。

「さっきの男、誰だい?いい男に見えたけど?」

「・・・何を言う、あの方はこの屋敷の主、国主のご子息で成正様だ。あの方に取り入ろうとしても無駄だぞ?」

「あら、どうして?」

嶺巴が体をくねらせる。

「最近お手付きのおなごがおらっしゃるでな。今朝もそのおなごの床からの朝帰りよ。そんな届かぬ男より、おれが・・・・」

と門番が言って嶺巴に襲いかかる。

ごん!

荊火が大きな石で門番の頭目掛けて一撃すると、門番は気を失って倒れ、口から泡を吹いた。

「ちゃんと、お勤めしないとだめですよぉー」

嶺巴はそう言うと、荊火を連れてその場を去った。


「あれが、富士江成正。ミカナの父上が助けたって言う息子だね。だけどおかしいじゃないか?女の床に通っているにしては、あの屋敷じゃ人は住めない」

嶺巴はまたも目の前の崩れかけた屋敷を見上げる。

「さて、相手は妖だと思って間違いないね」

荊火を見る。相変わらず表情はない。

「荊火、あんたの何がここにあるのか皆目わからないけど、こうなりゃ乗りかかった船だ。とことんやってやろうじゃないか」

荊火を見る。・・・やっぱり反応はない。

「・・・・まあ、いいか」

こほん、と咳払い。

「今夜、あの男が来たら後をつけてみようか。どこへ行くのか突き止めないと、妖の正体がわからないからね」

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