35 風結ノ章 三十伍
※一部、性的表現がございます。苦手な方はご遠慮ください。
その夜も、成正は夜和の床に来ていた。
夜和の白い柔肌を存分に味わったあと、急な眠気に襲われて意識が深いところへ引き摺り込まれる感覚に襲われた。
「あら、若殿。今日はもう休まれますか?」
・・・・・・。
言葉が出ない。
夜和は裸のまま、成正の上に乗ってくる。
唇が重なり、湿った感触が意識を攫う。
舌の熱が流れ込んできて、思考がほどけていく。
舌で成正の唇を舐めて、口の中へ自らの舌をねじ込んでくる。
片手で成正の下半身を探り、握ったものを自らの中に押し込む。
「こちらは正直に起きていらっしゃる。もう一度夜和にくださいまし・・・」
最初はゆっくりと、徐々に激しくなっていく。夜和の乳房が激しく揺れる。
夜和が体を成正に預ける。吐息が成正の耳にかかる。喘ぐ声と布団の布が擦れる音が夜の静けさに響く。
意識が眠りに落ちていく中、成正は頂点に達した。
・・・・!
やはり声は出ない。
夜和のはぁはぁという吐息が耳にかかる。
「若殿・・・・」
夜和が顔を上げて成正を見つめる。
!?
成正は夜和の顔に絶句した。
そこには、皮を剥がれた人の顔。
瞼のない眼球がぎょろりと動く。
口元には歯だけが白く並び、皮のない顔が、にたりと歪んだ。
・・・・!!!
体が動かない。声も出せない。
「若殿、どうかなされましたか?」
そしてその顔はニヤリと笑った。
「!?」
成正が目を覚ました時、外はすでに明るかった。
・・・またか。
ここに床を取るようになってから、あの夢を見る。冬なのに、汗をびっしょりかいている。
「起きられましたか?」
隣の夜和が目を覚ます。いつもの夜和だ。
裸のまま、朝の光が白い肌を照らす。
「すまぬ、起こしたか。また、嫌な夢を見た」
「あら、またですか?」
光に目を細めながら夜和が言う。
「うむ。何かの思し召しだろうか?」
成正の言葉に夜和はふっと笑うと、成正の肩に襦袢をかけた。
「朝は寒うございます。衣装を召されませ」
と言いながら、自らも着物を身に着ける。
「夜和・・・」
「何にございますか?」
帯を結びながら夜和が顔を上げる。
「・・・何でもない。また来る」
そう言って成正は夜和の家を後にした。
「昨夜もか?」
父・成親は昨夜も陰陽師の娘の亡霊を見たらしい。女房たちから話を聞いた成正はため息をつく。
「はい、殿は一睡もされず、部屋で刀を握りしめておいでです」
「・・・わかった。様子を見よう」
「・・・あああ、成正・・・」
「また陰陽師の娘の悪霊が出たとか」
怯えた老人は目に力はなく、どこか遠くを見ているようだ。
「あああ、わしを、わしを殺しに来たんじゃ・・・。あの世から、仇討ちに来たに違いないのじゃ・・・」
成正は思い切り成親の頬をはたく。ばしっと音がして、成親は部屋の隅へ転がり、壁にぶつかって止まる。成正は成親の着物の襟を持って無理やり立たせ、もう一度頬を張る。
「しっかりしなされ。父上が今までどれだけの命を奪ってきたかお忘れか?今更呪いの一つなど、何を怖がる?どうせ地獄に落ちる身であろうが?」
「あああ・・・、殺される・・・・」
成正は忌々し気に成親の襟をつかみ上げる。
「うぐぅ!」
・・・いっそ殺したいが、まだその時ではない。
「ただ、生きておればいい。死ぬことは許さん」
成正はそう言って成親の持っていた刀を取り上げると、成親の体を踏みつけて部屋を出た。
「今度の御霊石はどうなっている?」
成正は御造所に入ると、朽平を訪ねた。
「・・・若殿、どれも駄目だ。混じりっ気ばかりでろくでもないものばかりだな」
・・・またか。こいつは本当にそればかりだ。何度も何度も御霊石を取り寄せては文句ばかり言っている。
正直うんざりしていた。
ここまでどれだけの資財を投資したかわからない。それは全て父・成親の名で集められている。民や因幡の貴族・豪族たちが面白く思っているはずもない。この土蜘蛛が完成さえすればすべてを力でねじ伏せてしまえるが、今もし、富士江成親が錯乱していると噂でも広まれば彼らは黙ってはいまい。
「とにかく早く完成させろ。もう、猶予ならん」
「・・・そうは言われても・・・」
言いかけた朽平の襟をつかむ。
「うだうだ申すな。おれの言うことに従え」
かなり睨みを効かせたつもりの成正だったが、朽平はニヤリと嗤う。
「だがね、若殿。御体にとって御霊石は心の臓だ。あんたのひ弱な霊力で、土蜘蛛の真価を発揮できるようにするなら、ここは曲げるわけにゃいかないね」
・・・・・・。
ふん、と鼻を鳴らして成正は朽平の襟を離す。
「それと、勘違いしちゃなんねぇ。おれはお前さんたちの家臣じゃねぇ。御体を作ってやってるんだぜ」
朽平の言葉に、成正は腰の刀の柄に手をかける。
「・・・ふん、殺すなら殺すがいい。お前さんも、お前さんの父上も、やりたい放題やってきたツケを払わされるだけのことだ。おれがいなけりゃ、土蜘蛛は動かねぇんだからな」
成正は刀から手を離すと、踵を返して御造所を出て行った。
「・・・まったく、親譲りってやつかねぇ」
朽平は深く息をつくと、作りかけの御体を見上げる。
そこには、六本の腕を持つ観音像がある。
「ここに観音様の像をつけた意味が、あの親子にわかる時が来るのかねぇ・・・」
「霞の末子はまっすぐ西へ向かってきたのですから、おそらくこのまま因幡へ抜けて行っているはず」
忠房が馬上で言う。
道明は十人ほどの少ない兵を連れて西へ向かっていた。
「なぜ、うぬがついてくる。国府で待っておればよかろう、忠房殿」
「わたしは御体守。まだ試用もされていない護堕天が、役に立つものかどうかを見極める必要がありますでな」
「・・・それでよく、護堕天があれば霞の首など容易いなどと言えたものだ」
「ふふふ・・・。護堕天は今までの御体とは違うのですよ。常秀のような凡人ではなく、唐から御体匠を呼び寄せて作らせた最初の御体なのですから」
「・・・それをなぜ、丹後の国府などに・・・よく紀基翁が許したものだな」
「紀基殿はあの唐人・・・確か、黄衍と言ったか・・・を信頼しておられないのでな。試用を兼ねて、わたしが掛け合って持ち出したのですよ」
「・・・・」
理由の半分は言葉の通りだろうが・・・。何を企んでいるのか、食えない男だ。
おれに何かやらせようとしているのは確かだ。もちろん、霞の末子の首を自身の手柄にしたいというのは嘘ではないだろう。その交換条件にしては、護堕天という御体はあまりに価値が高い。
この御体があれば、六原を襲撃することもできるかもしれないと、道明は但馬の国府で試乗りしたときに感じた。
たしかに、今までの御体とは違う。動きも力も段違いだ。魁怨も悪い御体ではないが、やはり体が重く、自身で動くよりもたついた印象があった。だが、護堕天は違う。自分の腕よりも早いかと思うくらい俊敏に動き、その力もすさまじいものがある。庭の大きな岩を拳で砕くくらいの力を持っている。
それが、霞の小僧、一人の命と引き換え・・・・代償が安すぎる。裏があることはわかるが、弱みを握られている以上反故にもできない。
・・・いっそ、どこかで口を封じてしまえば・・・・。
「姉様、但馬の国府目代殿はやはり因幡へ向かわれたそうです」
その頃、紅羽たち一行は但馬出石の国府へ到着した。
「・・・そうか」
「姉様、ここで御体同士の戦いがあったとすれば・・・」
伊佐は心配そうな表情を隠さない。
「うむ、霞の末子と目代殿が戦ったのだろう。皆、一様に口を閉ざしているが、他に考えられない」
国府の役人たちに何を聞いても「申せませぬ」ばかりだった。ようやく女房の一人が、因幡へ行くための兵糧を用意させられたことを白状した。
「なぜ、口止めされているのでしょう?」
「・・・ここの目代殿はかねてからよからぬ噂もある人物。何かあるかもしれない」
「紅羽姉様、すぐに追いましょう。時千代は胸騒ぎがします」
時千代が紅羽の着物の裾を、ちょん、とつまんで言う。
・・・これがたまらなくかわいい。
「よし、我らも兵糧を荷台に積んだら出立する!よいか!」
兵たちが、おう!と返事をする。
その紅羽を見つめる伊佐。
―――姉様はやはり凛々しくて美しい。見惚れてしまう。こういう時の姉様が一番好きだ。
とはいえ、今は白結丸様が心配だ。国府目代が追っていったとなれば、無事に逃げていると考えられる。
それにしても、国府目代が勝手に役目を離れて出ていくなど、ありえない話だ。重罪に問われかねない。
・・・それだけのことが起きたということだな・・・。
伊佐の中で考えが巡っている時、紅羽の中では・・・。
・・・やっぱり時千代、かわいい。時千代一番。時千代一番。・・・でも、帰りに丹波の宿守のところへもう一度寄ろうかな。いや、今度こそ心臓止まっちゃうかも・・・。あー、悩む。
などと考えていた。
「このところ、父上が毎晩悪霊に憑りつかれていてな。明日は一晩中、父上の床を見張っていようと思う」
「あら、では明日の夜はお見えにならないんですね。寂しいこと」
いつものことだ。このところ毎晩、成正は夜和のところへ通っていた。
前々から、明日は来られないというと、たいして寂しくもなさそうに寂しいと言う。
それについて成正も思うことは何もないが、自分がいない夜に夜和が違う男を床にあげるのは面白くない。
「明晩だけだ。おとなしく待っておれ」
「そうですね。仰せのままに」
そう言いながらも、夜和の心の内は全く読めない。業の深い女だとつくづく思う。
明くる夜、成親を自室に閉じ込め、部屋の周りに役人たちを立たせて、自らも刀を持ち鎧を着て悪霊を待つことにした。
あの時見た幼いおなごの影が悪霊だとするならば、なぜ父だけでなくおれのところにまで現れたのか。
なんにせよ、これ以上父が取り乱すと、街の噂になりかねない。富士江成親が乱心したとなれば、この機を逃すまいと攻め込む賊もあるだろう。もう、これ以上は・・・。
庭にいくつかの篝火を灯す。
御体・土蜘蛛さえ完成していれば・・・と思わずもいられない。
朽平め、いつまで待たせる気なのだ。
丑の刻を過ぎた頃だった。
成正の背中に何か嫌なものが走る感触があった。
なにか、とあたりを見るが冬には虫もいない。
うっかり眠ってしまっていたのか?と顔を上げる。
周りにいた役人たちが寝息をたてている。
「おい、起きろ!」
襟をつかんで揺すったり、頬を叩いてみるが、目を覚まさない。
「・・・どういうことだ!?」
篝火に照らされて、うっすらと霧が出てきている。
「冬の夜更けに霧だと!?」
白い霧は這うように成正の足元をすり抜けていく。
「・・・妖かっ!?」
成正が大声で叫ぶと、篝火が消えた。
闇があたりを支配する。
さっきまで出ていた月の明かりも見えない。
真の闇。
「だれか!火を持て!!」
成正は腰の刀を抜くと、大声で叫ぶ。だが、あたりに人の気配はない。
どこを向いていて、どっちが上なのか下なのかもわからない。ただ、刀を構えてじっと息を殺す。
背中に壁のようなものが当たる。確かに、ここは屋敷の中だ。冷え切った廊下の冷たさも、足から感じている。
だが、音もなく光もない世界。
自分の声と呼吸の音以外は何も聞こえない。
いや、心臓の鼓動がやけに響く。
すると、ぼんやりと光る何かが暗闇のかからこちらへ近づいてきた。それは、だんだんと近づいてくるにつれ、人の形をしていることがわかって来る。
これが、物の怪か!
あらためて刀の柄を握る手に力を込める。冷たい汗が頬を流れる。
その光る何かは少し離れたところで止まり、こちらを窺うようにゆらゆらと揺れる。
やはり、幼いおなごの姿・・・。あの時と同じだ。
「ほう、まだ意識ある者がいるとは・・・さすが、玄武の加護じゃ・・・」
声か?わからないが、そう聞こえた。
「じゃが、所詮はもらいもの。たいしたものではない・・・」
光る少女はそのまま近づいてくる。歩いているのではない。浮いている。
「物の怪め!これ以上は許さん!」
叫び声で自身を奮い立たせ、思い切り光る少女めがけて刀を振り下ろす。
刀はすっと光の中を通り抜ける。何の手ごたえもない。
「!?」
次の瞬間、成正の体が痺れ始めた。頭の先から順番に、全身が雷に打たれたような強い衝撃が走り、その場へ倒れ込んだ。暗闇の中、光る少女はすり抜けてどこかへ消えた。
次の瞬間、父の悲鳴をうっすらと聞いた。だが、意識はそのまま薄れて消えた。
空が白みだす頃、部屋を守っていた役人たち全員が目を覚ました。成正も同様である。
そしてみな一様に、白い霧が出て眠ってしまった。そして幼い頃の夢を見たと言った。
成親は昨日と同じように部屋の隅で小さくなって震えていた。




