172 花舞ノ章 七十五
瑞奈は赤い顔で荒い息をしている。まだ病が治っていないのは明らかだ。
こうした症状で無理をして、命を落とした者をたくさん見てきている。
天狗は止むをえまい、と目を閉じた。
一行は美島を出て、鷹根峠にへ入るところだった。
見渡す限りの山々が連なり、行く手を阻んでいるように見える。
今の瑞奈の体力では、峠を越えることも難しい。
かといって、全快するのに幾日かかるかわからない状況で、滅創衆もいつまでも気長に待ってはくれないだろう。
ならば・・・・。
「瑞奈、すまないがこの先はわしと行尊で行く。お前はあそこの社で体を癒せ」
そう言うと、街道の脇にある小さな社を指さした。
「そんな・・・・・」
瑞奈は赤い顔を上げる。目が虚ろになっているのは意識が遠い証拠だ。
「わたしは・・・・蓮華殿を・・・・・・」
「わかっている。だが、今までとは違う。奴らは、どうしてもこの先にわしらを行かせる気がないようじゃ。必ず戦いになる。蓮華を捉えるほどのやつらが待っておる。今のお前では、わしらとて守り切れん」
「・・・・・・・っ!」
瑞奈は声を絞り出そうとしたが、その息は音にならなかった。
「そうですね、天狗殿の言う通りです。奴らの狙いは瑞奈殿です。満足に動けない状況で、むざむざ敵の前に行くことは殺されに行くのも同じ」
行尊が同意する。
「瑞奈殿、必ず蓮華殿は助け出してみせます。待っていてください」
ふたりはそう言うと、荷車の上の瑞奈と狐白丸を残して先へ進んでいった。
「天狗殿、瑞奈殿はちゃんと言うことを聞いてくれますかね?」
行尊が天狗の方を見る。
「・・・・例えば、お主が瑞奈の立場ならわしの言うことを聞くか?」
「いいえ」
「そうじゃろうな」
「ですが、わたしはこの体になってから、病にならないのでわかりませんね」
いつものニタリ顔で言う。
「それに天狗殿、瑞奈殿をわたしから遠ざけたかったのではないですか?」
「・・・・・・まあな。お主が滅創衆の一人だと聞いてしまったからには、不安を持ったまま戦いに行くべきではない」
「ごもっとも。それは間違いなく、わたしもそうしますね」
「信用はしている。じゃが、信頼はしていない。と言ったところか」
「それでじゅうぶんです。ご期待に応えられるよう、ご覧に入れますよ」
・・・・・悔しい。
ここまで、何度も何度も蓮華に救われた。
戦いだけではない。この旅がいかに過酷であっても、蓮華の笑顔にいつも癒されてきた。
蓮華がいたから、ここまで来れた。
瑞奈の胸を締め付ける、この想いは決して小さくない。
なのに、なぜ、わたしは、蓮華を助けてあげられないのだろう?
刀を振るうほどの力もない。
そもそも、戦いなどというところに、今まで身を置いたことがないのだ。
誰よりも綺麗に舞を舞う。そして見るものすべてを虜にする。
それだけに今までの人生を費やしてきた。
そして・・・・やっとその頂に立てた。
その代償が・・・・・・今の状況か・・・・・。
目に熱いものが込み上げる。
・・・・・・やっぱり、悔しい。
蓮華を助け出したい。
なぜ、ここでわたしは役に立てないんだろう。
蓮華にそばにいて欲しい。
なのに、何もできない。
瑞奈の頬を涙が伝う。
ぺろっ。
「・・・・・狐白丸」
「くぅぅん・・・・」
社のそばの石に腰掛けた瑞奈の膝の上で、狐白丸が心配そうに瑞奈を見上げる。
「御免ね、狐白丸。わたし、今、とても弱気だね」
「くぅん」
狐白丸が立ち上がったと思うと、荷車に跳び移る。そして荷物の中から芋を咥えて戻ってきた。
そして瑞奈に差し出す。
「・・・・食べて元気を出せって?ごめんね、今、食べる気がなくて・・・・。でも、ありがとう」
狐白丸をやさしく撫でる。
狐白丸は気持ちよさそうに伸びをする。
「そういえば、狐白丸は普段何を食べているのでしたっけ?人の精力でしたね・・・・?それって、蓮華殿の言っていた霊力と同じものかしら?」
狐白丸がまあるい目で瑞奈を見つめる。
「そういえば狐白丸、あなた蓮華殿には懐いているけど、紫雲には近づかないね。それって、やっぱり霊力が関係しているのかしら?」
狐白丸は瑞奈を見上げて小首をかしげる。
これはかわいい。天狗とは違う。
体が辛いが、心は癒される。
・・・・・そういえば、あの時。
鈴鳴峠を越える前。あれは村篠の宿で・・・・蓮華が言っていた。
・・・・・試してみる?
でも、もしかしたら、記憶がなくなるかもしれない・・・・。
「でもっ!!」
このまま、何もしないで寝ているなんて、出来る筈もない!
もし、これで体が治るなら、やってみる価値はあるのかもしれない!!
瑞奈は狐白丸を両手で抱き上げた。
「・・・・・・狐白丸、今から、あなたに、ごはんを食べさせてあげます!」
瑞奈があまりに真剣な目で狐白丸を見つめたので、狐白丸は何か恐ろしいものを感じて、口をパクパクさせた。




