26 風結ノ章 二十六
その頃、貞基の率いる緋家軍は、丹波の里へようやく辿り着いた。
「若、ようやく丹波の里へ着きましたぞ」
「・・・・・」
「若?」
「おれに、悪霊が憑りついておる」
鼻水を啜りながら、腫れぼったい顔の貞基が言う。
「・・・所かまわず阿呆みたいに寝こけるから風邪を召されたのでしょうね」
「今、阿呆と言ったか?」
「気のせいでございましょう」
「・・・そうか、気のせいか」
「丹波の里には船井の宿守がおります。そこで宿を取り、療養させていただくことにいたしましょう」
「うむ、何でもよい。休みたい」
「はい、ここです」
「近っ!?」
貞基が顔を上げると、広い門と見渡す限りの塀が続いている。
「・・・ああ、六原よりは狭いな」
使いの者が中へ入り、連絡を取り付ける。
門が重々しい音をあげながら開き、貞基たちは中へ入る。
「姉様!姉様!!」
・・・ああ、時千代。下から見上げる時千代・・・かわいい。
「はっ!?わたしはどうしていたのだ!?」
見渡すと、自室にいる。時千代の膝枕で寝ていたらしい。
・・・時千代の膝枕・・・!?・・・・えへへ。
「姉様、茂菊殿の話だと、急に鼻血を出して倒れたそうです。どこかお悪いのでは?」
・・・・・・。
・・・そうだ。あの愛らしい生き物。気を失うほど愛らしかった。
「すまぬ、時千代!姉様は姉様は・・・・」
「そうなされましたか?」
そこへ、廊下を走って来る足音が聞こえる。
「姉様!!どうかなされたのか!?」
障子をあけて飛び込んできた、伊佐だ。
「姉様が、倒されたと聞いて飛んでまいりました!」
「ああ、大丈夫。とても言葉で言い表せないが、どうしようもないほど強烈だった・・・」
「そんなに強い相手がいたのですか?姉様でもかなわないほどの!?」
「ああ、わたしなど、到底足元にも及ばない・・・。姿を見るだけで気を失ってしまった。我ながら情けない・・・」
「姉様・・・」
「時千代・・・すまぬ・・・不甲斐ない姉を許してくれ」
とか言いながら時千代にしがみつく。・・・きゃー!!
「え!?もしや、この時千代のために!?」
「不本意ではあるが、時千代の期待を裏切る結果になってしまった。すべてこの姉様の不徳の致すところ」
「そんなことございません!姉様はこの時千代のために戦ってくれたのではありませんか!こんなひどいお姿に・・・?ケガはないようですが、気を失うほどの衝撃を与えられたのでしょう?」
「・・・まぁ、そうではある。うん」
「この屋敷に姉様が敵わぬほど強い相手がいるというのならば、早くここを発ちましょう!また襲われぬとも限りません!」
伊佐が言うと、時千代が頷く。
「え、えと・・・でも、できたらもう一度、相手を見たいな・・・って、思ったりなんかして・・・」
「なりません、紅羽姉様!」
時千代がいつになく真剣な目で紅羽を見る。
・・・ああ、この顔もかわいい!膝枕されながら見る、時千代!かっこいいし、かわいい!!
「そうです、姉様!時の言う通り!今度はどんな目にあわされるか!」
―――ああ、こんな目にあっても負けていない姉様・・・やっぱり美しい。鼻血でさえ美しい人なんて、他にいるのだろうか?
「そうと決まれば、伊佐姉様、出立の準備をいたしましょう!」
「そうですね、時!善は急げです!」
・・・そうですね。今度また、あの愛らしい生き物に出会ってしまったら、時千代への想いが嘘になってしまう。やはり時千代が世で一番かわいくなければいけない!!
「おや、貞基殿。此度は遠征であろうか?」
貞基と重国は御体車と馬を兵たちに任せると、奥の間で惟家と対面した。
「うむ、妖怪変化の末子を討伐に来たのだ」
「若、何かが混じっております」
「すでに、紅羽殿は数刻前にお発ちになられましたぞ」
「なにっ!?」
「数日お泊りになられるとのことでしたが、急用とかで・・・」
「こうしてはおれん!我らも出立じゃ!」
すっと立ち上がる貞基。
「お待ちなされ!」
重国が着物の裾を引っ張り引き倒す。
「いたっ!?何をする重国!?」
「今着いたばかり、兵たちも余計な山歩きで疲弊しております!」
無表情であるが、有無を言わせぬ重国。
「さらに言えば、若も療養が必要!ここは全て万全にしてから出立が良ろしいかと!いや、良いのです!というか、そうしなさい!!わかったか!!!」
「・・・はい」
国重の勢いにたじたじの貞基。
「と、ともかく、ゆっくりしていってくだされ。きっちりもてなしをさせていただきますゆえ」
「惟家殿、頼み申す」
重国は深々と頭を下げ、貞基の頭もついでに抑えこむ。
さっき、慌ただしく厩から御体車が出て行った。紅羽たちの一向に違いない。
こんなに急に出ていくとは、何かあったのだろうか?
こちらの正体が惟家に伝わっていないといいのだが・・・。
ともかく、今のうちに屋敷を出たほうがよさそうだ。
時千代は隠れていた藁から出て、御体車に馬をつなぐ。
そうこうしている時に、外から大勢の足音と話し声が聞こえてくる。
「なんだよ、またか!?」
とりあえず、再び藁をかぶって隠れる。馬が藁を食みながら、白結丸の顔をべろべろと舐める。
窓から見ると、甲冑姿の若い男と年配の男、あの二人が大将らしい。
・・・あの若い男、見覚えがあるな。
べろべろ。
この宿守に来るということは、緋家の一族か。そうなれば、紅羽たちに見つかるよりもまずいことになる。因幡までの道のりは長い。いらぬ戦いは避けて通りたいところだ。
べろべろ。
ええい!、べろべろなめるな、この馬!
白結丸が馬と押し合っていると、厩に御体車が運び込まれた。それも二台。
布をかぶされているので中まではわからないが、彼らが甲冑を着ていたところから考えても、戦御体が二台だろう。
みんな、早く出てきてくれ・・・。
べろべろ。
「迷った」
嶺巴はミカナの部屋を出て、隣の自分の部屋に向かったつもりだった。
「まさか、隣の部屋に行くのに道を間違えるわけないだろ!?」
とミカナに言ったのだが・・・。迷った。
どんどん見たことのない廊下と部屋が出てくる。なんだ、この屋敷の広さは!?
柱の角を曲がりかけた時、奥の間に惟家が誰かと話しているのが見えた。
相手は甲冑を着た男が二人。後ろ姿しか見えないが、一人は若く、一人は白髪交じりだ。
おもわず、そっと聞き耳を立てる。
「ともかく、ゆっくりしていってくだされ。もてなしをいたしますゆえ」
・・・来客!?
ということは、緋家の連中か!?
まずい!みんなに知らせないと!
「ちょっと、あんた!!」
びくっ!?
振り向くと、給仕の女房が膳を運んでいた。
「こんなところでサボっていないで、ちゃんと働いておくれ!!さっさと台所へ行って、お膳を運ぶんだよ!今日は客が多いんだから!!」
「あ、はい・・・」
そういえば、飯炊きの格好のままだった。
「とりあえず、皆秀とミカナを連れてここを出ないと・・・」
・・・・・。
で、どっちが出口だ!?
「というわけで、緋家の娘たちが来ているらしいのです」
皆秀はミカナのところへ来ていた。
ミカナは小さな体に十二単を着せられており、白粉で化粧されていてどうにも可愛らしい。
慶秀は顔が真っ赤になって、どこを見ていいかわからずに目をそらしまくっていた。
「みかなさん、まぶしすぎますけど!?」
「もう、あの茂菊に言ってくれ!おれで遊ぶのはやめてくれと!」
「でも、でも、ミカナさん、可愛らしすぎます!」
「もうよい。それに、この屋敷に緋家の娘たちが来ておることは、先ほどから知っておる。紅羽に会ったのでな」
「え!?では、もう知られているかも!?」
「わからん。紅羽はすぐに気を失って倒れた。なんじゃったのだろうな」
・・・まともにこのかわいさを見てしまったのでは!?
どたどたどたどた!
「ここか!?」
障子をあけて嶺巴が入ってきた。
「おお、嶺巴!」
「嶺巴さん、探していたんですよ!」
・・・ああ、たどり着けた!しかも自分ひとりで!奇跡だ!!じーん・・・。
「?」
「って、感動している場合じゃないよっ!緋家の連中がこの屋敷にいる!」
「・・・・さっき、その話、したと思うが!?」
「い、いや、そうじゃなくて!」
「ともあれ、白結丸さんが待っています。早くここを出ましょう」
「あ、ああそうだね」
何かわからないが、結果は同じか!?と自分を納得させる嶺巴。
「よし、支度するぞ」
「はい、そうしましょう!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・?」
「おなごが着替えるというとるんじゃ!外へ出んか、皆秀!」
皆秀はミカナに部屋の外へ蹴りだされた。
貞基の熱は絶頂期に達していた。
「惟家殿に、医者を呼ぶように頼みましたのでしばし我慢されよ」
「貞基様、憑物が落ちますよう」
茂菊が看病の任に当たっている。手拭いを絞り、貞基の額に乗せる。
「すまぬ、茂菊殿。久しぶりに布団で寝られてなんとも夢見心地だ」
「まあ、過酷な旅をしておられたのですね」
「すべては若が自分で蒔いた種でございます」
無表情でさらりと言う重国。
「ここまで、屈強な職人妖怪とその妻の怪力媼、道を惑わす森の妖怪や霧の妖怪と戦ってきた・・・」
「まあ!?そんな恐ろしい物の怪と戦ってこられたのですか!?よくぞご無事でここまで・・・」
「・・・・」
重国は無表情ではあるが、小さくチッと舌打ちした。
「だが、世のため民のため、この緋四郎貞基、負けるわけにはいかん!霞の末弟を倒さねば・・・」
「・・・ようやく本来のお務めを思い出されたご様子で」
重国がボソッという。
「貞基殿、まずはお体を大切にせねばなりませぬ。ご自身がご無事でおられなければ、この世の太平は守れませぬ!」
茂菊がキラキラした目で貞基を見つめ、少し赤らめた頬に自分の両手を添える。そして恥ずかし気に目をそらす。
その瞬間、貞基は寝床から立ち上がり、ぐいっと拳を突き出す。
「わかってくれてうれしいぞ、茂菊殿!おれは必ず手柄を立てて、父上に褒められて、兄上をぎゃふんと言わせるのだ!!ごほごほ・・・」
「とりあえず落ち着きなさい」
茂菊が右腕一本、力づくで貞基を寝床に寝かしつける。
「ぐへっ!」
「・・・・・・・」
茂菊と重国は無言で向き合って一礼すると、茂菊はそそくさと出て行った。
おなごというのは、どんな妖怪よりも人を騙す・・・伴藤重国。
「まったくっ!!」
ミカナはイライラしていた。
「嶺巴の方向音痴にも困ったもんじゃ!隣の部屋にも満足に行けないとは!」
嶺巴を探しに行った皆秀も帰ってこない。仕方なくミカナも屋敷の中を探し回っていたた。
「早くここから出たいんじゃ!またあの女に見つかっては、おもちゃにされる・・・」
はっ!?
廊下の先に、水桶を持った茂菊が見えた。とっさに壁に隠れる。
すると、同じ部屋からもうひとり、白髪交じりの男が出てきた。
「あぶない・・・・。あの男、身なりからすると武士じゃろうな」
そっと彼らの出てきた部屋に近づく。
・・・・。
なにか、いやな気が出ている。黒っぽい、病の気だ。
そっとミカナは障子をあけて中を窺う。
何もない部屋の中央に、若い男が布団に寝かされている。
その黒っぽい気はこの男から出ていた。
「・・・・・もう、仕方ないのう!そんな場合じゃあないんじゃが・・・」
ミカナはそっと男の額に手をかざす。緑色の気の流れが漂い始める。
緑色の気の流れは、しばらく部屋の中をふわふわと漂った後、霧散して消えた。
「う・・・・!?」
若い男がうっすら目を開ける。
「気が付いたか。病は治ったと思うが、体力が回復したわけではない。しばし安静にされよ」
そう言ってミカナは部屋を出る。
余計な時間を使ってしまった。早く嶺巴と皆秀を連れ出さねば・・・。
何か、幻でも見たのだろうか?
天女が見えた。ということは、ここは天国か?
あれしきの病で死んでしまったのか・・・。
それにしても、天女様、愛らしかった・・・・。
そこで貞基は再び眠りに落ちた。
「嶺巴殿!どこで油を売っていたのです!!」
べちん!
「いたぁい!でございますぅ!」
嶺巴はその頃、潮に捕まっていた。
「今日はお客様が大勢いらっしゃっています!あなたのような半人前の手も借りないと大忙しなのですよ!!」
「だぁかぁらぁ、あたしは嫁じゃないって!!」
「口ごたえ!言葉!!」
べちん!
「ひいっ!!でございます!!」
嶺巴はお膳を客間に運びながら潮にお尻を木べらで打たれていた。
「落とさないで、しっかり持ちなさい!!」
「はいっ!・・・じゃなくて!」
「はい、ここ!置く!」
「はいっ!」
「つぎ、台所!」
「はいっ!」
「大股で走らない!!」
「はいっ!」
「着物の裾はめくらない!!」
「はいっ!」
「人とすれ違う時は一礼!」
「はいっ!」
「・・・・何だこりゃ・・・」
ようやく潮の目から逃れて庭に逃げ出してきた嶺巴。
せっかく着替えようとしたら、部屋に潮が探しに来たのだ。そのまま炊事場に連れていかれて、こき使われているのである。
「嶺巴さーん!」
「皆秀!!」
目をウルウルさせる嶺巴。
「何をやっているんですか!ここから逃げますよ!」
「何をやっているんだか、あたしにもわからないんだよっ!」
「皆、いつになったら出てくるんだ・・・・」
白結丸も一人、イライラしていた。




