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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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25 風結ノ章 二十五

「ここが、わが生家であります!」

皆秀が皆を連れてきたのは、あまりに広大な屋敷・・・。門の前立つと、左右どちらも塀の終わりが見えない壁がずっと続いている。御体が立って通れるほどの大きさの門の向こうには、松の木の上の方が見え、はるか先に屋根瓦が見え隠れしている。

「はぁ?」

嶺巴が鼻から抜けるような驚きの声を漏らす。

「冗談とは、笑えるもののことを言うんだよ」

「い、いえ、冗談ではありません。ここがおれの実家です」

皆秀がパタパタと手を振る。

「皆秀、お主、御体匠などやめて家の後を継げ!」

「ミカナさんまで・・・」

苦笑いの階秀。

「おれが一緒なんで、今夜はここに泊めてもらいましょう。ですが、注意しなければならないことがあるんです」

皆秀が真剣な顔を白結丸に向ける。

「うちの家系は緋家に仕える船井家です。絶対に白結丸さんの正体を知られないよう、気を付けてください!」


皆保(かいほう)!よく戻ってきてくれた!!」

屋敷へ入り、長い長い廊下を進んで案内された奥の間。皆秀の父と母、妹がそこに待っていた。

皆秀の肩を抱いて泣きじゃくる男。皆秀の父でこの屋敷の主、船井惟家(ふないのこれいえ)だ。皆秀をそのまま老けさせたようなひょろ高い背丈の男。

そのそばで母親の(うしお)と妹の茂菊(もぎく)も二人で手を取り合って泣いている。

「い、いえ、父様。帰ってきたわけではなくて・・・」

「まったく、御体匠なんてものになると訳の分からんことを言って飛び出して・・・それきり帰ってこぬから父様は心配したんだぞ!」

「そうですよ、皆保!文の一つもなくて!てっきり死んだものとあきらめていたのに・・・」

潮が皆秀の着物を掴んで涙を拭く。

「それが、こんな派手な嫁を連れて帰って来るなんて・・・」

「はい?」

「都では皆、そんな破廉恥な格好を好むのですか?ですが、ここは丹後で、船井の嫁としてこれからはふさわしい恰好をしてもらいますよ!」

「あ、あたしかい?いや、別にあたしは嫁じゃなくて・・・」

「こ、この人たちはおれの旅の仲間で・・・」

慌てて二人が否定しようとするが・・・。

「見れば、恰好は頭がおかしいとしか思えないが、なかなかの別嬪ではないか!やるな、皆保!」

ひじで皆秀の鳩尾あたりをうりうりする。

「い、いや、だから・・・」

「で、そっちが皆保の弟子たちか?」

白結丸とミカナのことだ。

「は?」

「わぁ、この子、可愛らしい!」

妹の茂菊がミカナを抱きしめる。

「むぐ、うぐぐ!?」

「この子にわたしの着物を着せてあげる!こんな汚い着物じゃ、可哀そうよ!兄上!」

「あ、だから・・・」

「嫁はわたしが面倒を見ます!まず、その着物から直さないといけないね!」

「ちょ、ちょっと!!あたしは皆秀の嫁じゃなくて・・・」

「そうですよ!そんないかれた娘は、船井の嫁にはまだできません!こっちにいらっしゃい!」

「えー・・・・たすけてぇ・・・・・・・」

潮に嶺巴は連れていかれた。

「あなたはわたしがもっと愛らしくしてあげますよ!」

ミカナは茂菊に連れていかれてしまう。

「ええと・・・皆秀の一家はどうなってるんだ?」

「すみません・・・なんか、すみません」

「こら!」

ごん!

惟家が白結丸の頭に拳を落とす。

「いてっ!?」

「父上!なんてことを!」

「弟子の分際で師に偉そうな口を叩くからだ!皆保が優しいからと言って調子に乗りおって!皆保が甘く許しても、この父、船井宿守(やどもり)惟家が許さんぞ!お前はみたいなものは馬小屋に入れておく!」

「はぁ!?」

「雨風凌げるだけありがたいと思え!!」

惟家が合図すると、使用人たちが白結丸を抱えて馬小屋に連れて行ってしまった。

「あ、ああああ・・・・・」

もう泣き出しそうな皆秀。

「皆保、おまえは夕餉と床の用意をさせるから、ともかく今宵はゆっくり休むがよい」

満足そうな惟家と、もう生きた心地のしない皆秀。

「本当にお前が船井を継ぐ気になってくれてよかった!ああ、よかったよかった!」

「ああ・・・ごめんなさぁい、白結丸さぁん・・・・・」


次の日の朝早く、白結丸は馬に顔をなめられて目が覚めた。

「うわぁ、やめてくれぇ、べちょべちょ」

それにしても、厩も広い。御体車を風結と蒼刃の二台いれても、まだ五~六台分ほどの余裕がある。

荷台に隠している荊火が心配だったが、おとなしくしているようだ。荊火はあれから少しづつ話せるようになってきていて、皆秀が発音を教えていた。

「もともと、門番に都合よいように言葉を制限されているだけなので、きっかけがあれば喋れてもおかしくはないんです」

というのが皆秀の見立てではあるのだが。そのうちに人として普通に話せるようになるのだろうか?

それはあの姿になっても本人が望むところかどうかはわからないが。

それはそうと・・・。

外の方でがやがやと声がする。

藁束の中から身を起こし、窓からそっと外を覗く。

「あ・・・・」

あれは、紅羽たち一行の御体車。

・・・そういえば、船井惟家は、”宿守”と言っていたな。

宿守とは、朝廷軍や緋家軍が遠征などで地方へ行くときに宿として使う屋敷を預かる役職のことだ。

だから、この屋敷が妙に広いのも納得がいく。

と言ってる場合じゃないな。

気を付けないと、特に時千代はすぐにこっちの身分をばらしてしまいそうだ。

皆秀たちにも知らせないと・・・。


「すまぬ、数日の宿を頼む」

紅羽と伊佐、時千代は屋敷の主、惟家と屋敷の奥の間で対面していた。

「無論ですとも。そのための宿守。気兼ねなくお使いくださいませ」

惟家は畳に手をついて頭を下げる。

「畏まらずともよい。此度は傷を癒しに温泉へ出向くところだ。お役目ではないのでな。羽を伸ばさせていただく」

「はい、わが家も、めでたいことがあったばかりなのです。盛大なお祝いとともに、おもてなし致す所存ですぞ!」

と言って高らかに笑う。

「ほう、それは良きところへ立ち寄ったな」

「伊佐様も時千代様も大きくなられて・・・」

「幼い頃に船井殿が毬で遊んでくれたのは覚えております。」

伊佐が答える。

「おお、懐かしいですな。あの頃はお父上も健在でしたのに。残念なことを・・・」

急に泣き出す惟家。

―――感情の浮き沈みが激しいのは相変わらずだな。

紅羽は苦笑いする。

その毬遊びの時も、急に本気になった惟家が幼い伊佐相手に、大人げないほど本気で毬を蹴ったので伊佐も記憶から消せないのだろう。

「まあまあ、惟家殿。せっかくのめでたい日。泣くこともあるまい。して、何がめでたいことがあったのですか?」

「ぐす、はい。長いこと家を空けていた我が息子が帰ってまいりました。しかも、嫁と弟子を連れて・・・」

「ほう、それは真にめでたいことですね!」

「まったく、一人きりの男子でありますのに、御体匠になるなんて言って家を出て行ったときはどうなることかと・・・」

「・・・御体匠?」

「はい、都の木彫り職人のところで修行するとか言いましてね」

「もしや、楠流か?」

「おや、よくご存じで」


紅羽は伊佐と時千代を部屋に残し、兵たちの様子を見に行こうと廊下を進んでいた。

・・・もしや、とは思うが、白結丸たち一行に職人らしき男がいた気がする。

それが何故、職人をあきらめて白結丸たちに同行して家を継ぐことになったのか?

わからんが、この広い屋敷のどこかに白結丸がいるかもしれない。

と考えながら廊下を歩いていると、迷子になってしまった。

「もう、いやじゃっ!」

「そんなこと言わずに、もう単衣!もう単衣だけ!」

通りかかった部屋の中から声がする。幼い女子の声のようだが・・・。

なんとなく立ち止まって様子を窺う。

すると、不意に障子が開いて何かが飛び出てきた。

「もう、朝からもう単衣もう単衣と!いくつ着替えれば許してくれるのじゃ!」

そこにいたのは・・・綺麗に着飾り、白粉を塗ってきらびやかな髪飾りをつけた幼い娘。赤い着物に長い髪をさらさらとなびかせ、白い肌と赤い紅がその可愛らしさを引き立てている。

「・・・・なんと・・・・・・」

「あ・・・・・」

紅羽と目が合ったミカナ。

「ひ、ひ、緋家の娘!?」

驚きを隠せないミカナ。

だが、紅羽が見つめるその顔は・・・かわいい!!

「なんと、なんと、なんと!!・・・なんと愛らしい・・・・」

「え!?」

―――今まで、今の今まで、世で一番かわいいのは時千代と思っていた!いや、たぶん間違っていないが、この愛らしさは何だ!?こんなかわいい生き物、時千代以外に初めて見た!だ、抱きしめたい!ぎゅって、ぎゅって!!

「あら、紅編様!いらしてたのですか!?」

「あ、ああ、茂菊、ひ、ひ、ひ、ひ、久方ぶりだなぁ。そ、そ、そ、そ、それで、これはぁ・・・!?」

裏返る声で必死に平常心を装う。

「なんとも愛らしいでしょう?兄上が連れていらした、お弟子さんの一人だそうですの!」

「そそそそそそおだあなぁ・・・・なんとも、あいらししししししいいいいぃ」

「だから、いろいろ着物を着せてみたら、ほんとに可愛らしくって!ついついあれこれと着せてみたくて・・・・」

「じゃから、もういい加減にしてくれ!疲れたぞ!」

―――怒ってる。かわいい。何だこりゃ。駄目だこりゃ。

紅羽は鼻血を出しながらゆっくりと後ろへ倒れる。

「おーっ!?どうしたのじゃ!?」

「紅羽様!?」

ああ、遠くで聞こえる・・・。時千代、姉様は・・・姉様は・・・時千代を越える可愛さと出会ってしまったのかもしれません・・・。


「あの・・・この着物は窮屈だし、動きにくいし、腰に刀がないと軽くて・・・・」

嶺巴は小袖姿で羽織と腰巻姿。

「何を言いますか。嫁たるもの、まずはお家の炊事からです。都の高貴な家柄ならいざ知らず、我らのような丹波の武士の家では、嫁も炊事に洗濯、掃除や馬の世話も当たり前にできなくてはいけません!わたくしがこの家に嫁いだ頃は、大婆様に鞭打たれて飯を炊いたものです!」

「あの・・・ほんとに、あたしは嫁じゃないんだけど・・・」

「じゃあ、何なのですか!?」

「ええと・・・それは・・・」

白結丸の手前、素性を打ち明けるわけにはいかない。

「ほら、言えないじゃありませぬか!嫁の仕事が嫌だからと言って、そんな言い訳はみっともないですよ!」

と言って木べらで嶺巴のお尻を打つ。

べちっ!

「いってぇ!」

「何ですか、その言葉は!」

べちっ!

「いっ、痛いでございますっ!」

「早く、米を研ぎなさい!!」

「あたし、や、やったことないから!米なんて、炊いたことないから!」

「言葉!」

べちっ!

「いったい!、でございまする!」


「ああ、しりが二つに割れた・・・」

ミカナの部屋で、嶺巴は着物をまくって濡れた手拭いでお尻を冷やしている。

「で、なんでここにいるの?おれの部屋じゃぞ」

「だってぇ、あたしの部屋だとあの女将に見つかっちまうから・・・」

「それはそうと嶺巴、ここには緋家の娘たちが来ておる。白結丸のことが家主にわかると面倒じゃ。早めにここを出るぞ」

「・・・ああ、そうしたい・・・・。早くここを出たいよ・・・」

「嶺巴の米炊き女、似合っておるがのう」

「着せ替え童に言われたかないねぇ・・・」


「ということだ、皆秀」

白結丸は何とか人目を忍んで、皆秀のところへこぎつけた。

「そうですか・・・。考えてみれば宿守ですからね」

「ああ、来る前に考えてくれよ・・・」

「と、なれば早い方がよいですね。すぐにでもここを発ちましょう」

「嶺巴とミカナを頼む。おれは屋敷の外で待つ」

「承知です!お二人のことはお任せください!」

「・・・・頼んだぞ」

自信たっぷりの皆秀の言葉に、白結丸の中に一抹の不安がよぎった。

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