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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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24 風結ノ章 二十四

「大丈夫か、白結丸!」

「ミカナ!」

馬に乗ったミカナが走って来る。

「ありがとう、助かった・・・」

「やはり妖のようじゃな」

「ああ、幻術を使う、厄介な相手だった」

口には出せないが・・・。

・・・怖かった。ほんと、怖かった。人じゃないもん。物の怪だもん。

「・・・だいぶ、傷を負ってしまった」

「傷は強い男の証よ。気にするでない」

ミカナはそう言って白結丸を馬に引き上げる。

「皆のところへ戻ろうぞ。目を覚ましておるじゃろう」

「ああ・・・・少し気になることがあるが」

「なんじゃ?」

白虎の亡骸があるが、妃寐の死体がない。だが、あの時確かに手ごたえを感じた。かなり深く斬り込んだはずだ。人なら助からないだろう。だが・・・。

「いや、何でもない。皆が待っている。夜までに先を急ごう」

「そうじゃな。朝からほとんど進んでおらん」

ミカナは馬を走らせ、山を下って行った。

「そういえばさっき、男が三人倒れておったが・・・」

あ、忘れていた。

「・・・ああ、寝ているだけだ。気にするほどではないだろう」

「ふーん、そうか」

ミカナはいつも、あっさりとしているな。

二人は馬で山を降り始めた。その時、白虎の死体が霧のように消えていくのに気づかなかった。




嶺巴は馬の上で目を覚ました。

「大丈夫ですか?嶺巴さん」

皆秀が嶺巴に声をかける。

「・・・なんだろう、いやに現実味のある夢を見ていたような・・・」

「嶺巴さんもですか?わたしもですよ。やっぱり、この山には妖怪が・・・」

ぶるぶると震える皆秀。

「嶺巴!皆秀!大丈夫か!?」

白結丸とミカナが戻って来る。

「白結丸!ミカナ!」

「いったい何が何だか・・・」

皆秀が頭を振る。

「よかった、何もおかしなところはないようじゃな」

「白結丸、傷だらけじゃないか!?」

嶺巴が驚きの声を上げる。

「ああ、妖を倒してきた」

「ええーーーーっ!?」

嶺巴と皆秀が驚きの声を上げる。

そりゃあ、驚くだろう。自分でも夢見てたんじゃないかと思う。

「とにかく、先へ進もう。日が暮れるまでに、次の集落に着きたい」

「・・・わかった、話は道中で」

というかなんというか、こんな気味の悪い山で夜を越したくない白結丸だった。

「急ごう。支度する。・・・荊火はいるのか?」

「そういえば・・・」

嶺巴も辺りを見渡す。

「さっきは木の枝の上で寝ておったぞ」

「え??」

ミカナの言葉に驚く一同。いままで荊火が寝ているところを見たことがない。

「小御体って・・・・寝るのか!?」


荊火は森の中で一人悶えていた。

自分の中で何かが目覚めようとしている。失われていた、記憶。

人であった時の、想いのようなものであろうか。

ただただ、今はそれが苦しい。

「ぐぐぐ・・・おお、お、おれ・・・・あ、ああああ・・・・と、と通さん・・・ああああ・・・」

嗚咽のようなものが溢れて止まらなかった。



「はっ!?」

時千代は馬に跨ったまま、紅羽の背中にもたれて眠っていた。

だが、その紅羽も寝息をたてている。

「紅羽姉様!紅羽姉様!?」

「うーん、むにゅ・・・・。時千代、かわいい・・・・むにゃ」

「何を言っているのですか、紅羽姉様!起きてください!」

ゆすっても起きる様子はない。あまりにも幸せそうな寝顔で、起こすのが申し訳ないように感じる。

「まったく・・・」

時千代は馬を降りると、兵たちも皆、眠っている。

「これは・・・一体!?」

「姉様ぁ・・・綺麗ですぅ・・・ぐぅ・・・」

・・・・伊佐姉様も寝言を・・・。

「伊佐姉様!起きてください!伊佐姉様!伊佐姉様!!」

「・・・白結丸様ぁ・・・・好きだってぇ言われて・・・・うーん・・・

・・・・・・・・・・はっ!?」

「起きてくださいましたか!伊佐姉様!」

伊佐は涎を垂らしながら顔を上げる。

「わ、わたしは眠っていたのか?」

「はい。何やらいい夢をご覧になっていたようですよ」

「・・・ああ、はっきりと覚えて・・・・」

顔を赤くして遠い目をする伊佐。

「い、いや、何を言う!わたしは武士の娘だぞ!夢と言えど、節度と嗜みを重んじる武士として・・・」

「いまさら何を言っても無駄です。とりあえず、皆を起こしたいので手伝ってくださいませんか?」

「・・・・・わかった・・・・」

・・・なんで、こんなにはっきり夢を覚えているんだろう?夢のお告げ?

・・・あれは真となる出来事・・・。白結丸様がわたしに・・・す、す、す、す、す・・・き・・・・って・・・・きゃーっ!!

「伊佐姉様!くねくねしてないで手伝ってくださいってば!」




「まったく、前途多難とはこのことじゃな」

ミカナが不満を漏らす。

一刻も早く父上の敵討ちがしたいのだろう。

だが、今日一日は山賊やら妖怪やらでほとんど進めなかった。

「まあ、丹波には入れたしな」

焚火であぶった干芋を頬張りながら嶺巴が言う。

やはり、集落にはたどり着けなかった。日が暮れたので、野宿せざるを得ない。

いつの間にか、緋家の娘たちとも離れている。それはそれで構わないが、無事に目が覚めただろうか、と気になる白結丸ではある。

「・・・しかし、なんだか親方と女将さんが気になって仕方ないです」

しょんぼりしたように皆秀が言う。

「・・・・」

「あの妖怪、いったいおれたちに何を見せたかったのだろうな・・・」

とは言いながらも、白結丸には感じていた。これから、やるべきこと。やらなくてはいけないことを見せられたような気がする。おそらく、嶺巴や皆秀もそうなんだろう。詳しくは聞いていないが、あの後の二人の顔つきからして、決意を新たにしたような気がする。

・・・ミカナはどうなんだろう?

これから、ミカナがどうしても果たしたかった敵討ちに赴く。それが成功したら、ミカナにこれ以上緋家と戦う理由はなくなるんだろうか。

そして、なぜ妖怪はミカナにだけ術をかけられなかったんだろう?

白結丸はミカナの横顔をぼんやりと眺めて思う。考えてみれば、とても不思議な娘だ。

幼い顔立ちと思っていたが、白い肌と赤みを帯びた頬、長い睫毛に大きく開いた目。幼さの残る鼻筋と膨らんだ唇。火を見つめるその横顔は、自分よりもとても大人びて見えた。

「どうしたのじゃ、白結丸よ。おれをじっと見つめてからに。どうやらおれが、愛おしくてたまらんようじゃな?」

ミカナが白結丸に体を寄せてくる。

「い、いや!そうじゃなくて!」

「なんじゃ、違うのか?」

あからさまにがっかりするミカナ。

「なんだよ、最近白結丸があたしにかまってくれないのはミカナのせいだね!」

嶺巴が間に入り込もうとしてミカナにはじかれる。

「嶺巴よりもかわいらしいおれの方が白結丸の好みじゃ。おなごの武器は乳だけじゃないぞ!」

「何を言うか!このおませ娘!」

「おれの方が嶺巴よりも年上の大人のおなごじゃ!」

「ぺったんこが生意気言うんじゃないよっ!」

あー、始まった!お蓮がいないことがせめてもの救いか・・・。

助けを求めようと皆秀を見るが、苦笑いしてそっぽを向いてしまった。

「ミカナは・・・父上の敵討ちが終われば、どうするのか?」

「・・・なぜそんなことを聞く?」

キョトンとした顔を向けるミカナ。

「緋家と戦う理由は、父上の敵討ちと言っただろう?それが果たされればもう命を懸ける理由などないのではないかと思っていたんだ。ミカナは十五年を失った。だから、残りは自分のために好きに生きるもよし、と思う」

「・・・・好きに生きてよいのなら、おれは白結丸についていくぞ」

「・・・ミカナ」

「そうじゃろ?おれは陰陽師として、白結丸が風結を操るにはなくてはならん。白結丸が緋家を倒すために戦うなら、おれは一緒に行く」

ミカナの言葉に、嶺巴も階秀もちょっとうれしそうに顔をほころばせる。

「それとも何か?白結丸、あの緋家の娘・・・伊佐じゃったか?あの娘に乗り換えるつもりじゃなかろうな?」

「なに?白結丸、また他のおなごを(たぶら)かしておるのか!?」

ミカナの言葉に嶺巴が黙ってはいない。

「違う、嶺巴!伊佐は姉上の子だ!伊佐だけでない、伊佐の姉の紅羽も、時千代も千子姉上の子だからな。姉上にも会ったことはないが、姉上の子なら半分は霞の血だ。だから、あまり争いたくはないんだ」

「それは、あちらとて同じであろうな」

ミカナが頷く。

「それと、気になったことがあって・・・今日見た夢がもし(まこと)なら、紅羽たちの父、浄基に、父上は全てを託すと言っておられた。自らの首を差し出し、その手柄をもって緋家を統べよと・・・。父が起こしたあの乱は、緋家を打倒することではなく、世を変えるために父上が犠牲になることを選んだのではないだろうかと思う」

「あたしもそう思うよ。その頃あたしは小さくてわからなかったけど、うちの父上はよく言っていたよ。(かすみ)検非違使尉(けびいしのじょう)はすごい人だったってね」

嶺巴の言葉は、白結丸にはとてもうれしかった。反逆者、朝敵と言われていた父上が、人として褒められていたんだと思うと、誇らしささえ感じる。

「だから、おれは姉上の子たちとは・・・・」

そこで白結丸は言葉を止めた。繁みで何かが動く気配がする。

反射的に白結丸と嶺巴は刀の柄に手をかける。

「・・・荊火です」

皆秀が言うと、繁みから荊火が顔を出す。

「なんだ・・・」

「毎回、恐ろしい登場をするのぅ」

「お・・・・れ・・・・・す・・・み・・・・あい、あい・・・・・・」

「しゃべった!?」

全員が口を開けて驚いた。






次の日の朝、日の出とともに老江山を降りてきた貞基だった。

「へっくしん!!」

「若、山頂の野原の真ん中で寝るので風邪をひくのでございます」

「気が付いたら寝ていたのだ!」

「寝ている時は気が付かないのです。起きているから気が付くのでございます」

「・・・細かいことを申すな」

風邪をひいて、いつもの元気が出ない貞基。

「だが、おれが山道を軽々と登ってきたのを見た妖怪が、恐れを抱いて逃げだしたのだ。それで霧が晴れた!」

「そうですな」

「・・・国重。聞くが近頃、あー面倒くさいって思っていないか?」

「はい。思っております」

「思ってるのかっ!」

「ですが、この伴藤国重、面倒な仕事ほど燃える男でございます」

「・・・・うれしくないぞ!」

「もっとも、霧などというものは、普通半日もすれば晴れるもの。山の天気は変わりやすいものでございます。ともかく先を急ぎましょう。紅羽様たちに手柄を先に奪われますぞ」

「おお、そうだった!なぜここにいるのか、半分忘れていたぞ!」

「すっかり忘れていた、でございましょう」

「霞の子を討ち取らねば!先へ進もうぞ!」

ようやく貞基たちは、老野坂の関所を後にするのであった。

貞基について山頂に登った二人も、しっかり風邪をひいてしまっていた。

「へっくしょん!」

「はっ、はっ、くしゅん!」





白結丸たち一行が丹波の里へ着いたのはその翌日の夕暮れ時だった。

丹波の里は都と比べるとあでやかさには劣るが、人も多く賑やかなところである。行商も盛んで、織物や栗や豆などが名物だと行商人から聞いていた。

「なんとか、日暮れまでに着けたな!」

「はい、ここが丹波の里!北へ向かうと丹後、南へ向かうと摂津、西へ向かえば但馬へと続く街道の要所でございます!そして、この皆秀の生まれ故郷でもあります!」

大きく腕を広げて皆秀が歌うように言う。

「この栗は旨そうだな」

「何を言う、丹波と言えば黒豆じゃろう?」

「いやいや、あたしはやっぱり酒と猪肉だよ」

三人は丹波の里の名物に目移りしてそれどころではない。

「あの・・・聞いてくださいよ」

「皆秀ならどれが食いたい?」

「ああ、やっぱり柿を・・・じゃなくて!」

「・・・聞いてるよ。皆秀の生まれ故郷なんだろ?あち、あち」

焼き栗を頬張りながら白結丸が言う。

「・・・はい、そうです・・・。あ、おれも、栗・・・食べたいです」

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