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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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23 風結ノ章 二十三

皆秀の話通りなら、ここにお堂があり八百比丘尼が住んでいるというが・・・。

あたりにそれらしいものは何もない。それに、山を登ってきたという感覚もなかった。

ただ、じっとしていたらここにいたのだ。

それにさっきの幻覚・・・・。おれが生まれる前の記憶?そんなものがあるのか?


「見つけたぞ、妖怪変化!!」

不意に背後から声がして、振り向く。そこには兵らしき甲冑の男が三人。

声を上げた男は若く、白結丸と同じくらいに見える。

若い男は腰の刀の柄に手をかけ、白結丸を睨みつけてくる。

「若、無暗に襲いかかってはいけません!人やもしれぬでしょう?」

「こんなところに人がいるわけなどない!」

「我々もこんなところにいる人ですぞ!」

「・・・そうか!では、あれも人だな!」

・・・なんだ、こいつらは?

「・・・信じてもらえるかどうかわからないが、おれは人だ。物の怪ではない」

白結丸がそう言うと、若い男は値踏みするように白結丸を上から下へじっと見る。

「とりあえず、足があるからな!妖怪ではないだろう!」

「若、足がないのは妖怪ではなく幽霊ですぞ」

・・・一瞬の沈黙。

「・・・だが、なぜお主はこんなところに一人でいるのだ?」

「・・・それはおれも知りたい。気が付いたらここにいたのだ」

白結丸が答える。

「そうでしたか、霧が濃い故、道に迷われたのでしょう」

お付きの男の一人が言う。

「我々は霧に踏み込んだとたん体が軽くなり、若が滅茶苦茶に走り出してしまったので追いかけていたらここについてしまったのです」

もう一人が言う。

・・・怪しいとか変だとか、思わなかったのだろうか?

「体が軽いときは思い切り走るに限る!」

腕組みをしてふんぞり返る“若”。

「おれの仲間も見失ってしまった。近くにいるはずなのだが、見ていないか?」

白結丸が聞くと、お付きの二人は申し訳なさそうに首を横に振り、”若”は「知らん!」と胸を張って答えた。

どこまで信頼してよいのかわからないが、こやつらは幻ではなさそうに思える。さっきまでの幻影と違い、しっかりとした気配がある。

「・・・・と、言うことは・・・やはり、ここは老江山の山頂か・・・」

あらためてあたりを見渡す。

眼下には霧の雲海。空は晴れているが、風は全く吹いていない。

「ん!?」

今、一瞬空気が揺らいだ。

なんだろう。

白結丸が振り向くと、先ほどまでは何もなかった場所に社が建っていた。

「・・・いつの間に?・・・いや、ようやく物の怪の出番か・・・」

怖い!怖すぎる!!自分ひとりなら逃げ出したい気分だが・・・。

だが、物の怪退治に来た奴がここにいる。任せて退散してもよかろう。

「ぐがぁー、すぴー・・・・」

・・・寝てる。

何で三人とも寝ているんだよっ!


社は長い間、人が訪れていないように見える。木組は白く乾いて骨のように見え、屋根の茅葺は色あせて崩れかけている。格子の引き戸が正面にあり、中は暗く外からは見えない。

そしてその格子の引き戸が、白結丸が見つめる前で音もなく開いた。

「・・・中へ入れということか」

白結丸は腰の刀の柄に手をかけて、ゆっくりと中へ入る。

外側はすっかり朽ちていたように見えたが、中は広く明るい。

板の間が広がっており、何も置かれていない。

ただ、その中心に小柄な女が立っていた。そして寄り添うように、大きな白い虎が寝そべっていた。

「ついに出たか、物の怪」

ちょっとだけ、ちょっとだけ足が震える。が、刀をゆっくり抜いて構える。

すると、ゆっくりと女が振り向いて言った。

「待っていました。白結丸様」

驚愕する白結丸。

「何っ!?・・・そんなはずは・・・」

女は柔らかい笑みを浮かべ、両手を広げた。

「白結丸様!!」

「お蓮・・・!?」






「とうとう、皆秀を追い出しちまったんだね、あんた」

「おう、あいつ、御体匠なんぞになりたいと抜かしおってからに!」

・・・親方、女将さん。

「でも、あいつは鍛えればすぐに一人前になるって言ってたじゃないか」

「あいつは気が弱くていけねぇ。そんな恐々(こわごわ)彫った観音様に手を合わせる奴なんかいやしねぇよ」

「だったら、そう教えてやればいいのにさ」

「馬鹿言うな。そんなもん、てめぇで身につけてナンボだ!」

・・・・。

「あんた、慶秀みたいになって欲しくないだけなら、全部教えてやってもいいんじゃないのかい?あの御造所のことも・・・」

「馬鹿言うな!彦佐たちはあくまでも慶秀の弟子だ。おれの弟子じゃねぇ。おれの弟子に御体匠はいらねぇんだ」

「慶秀と約束したからって・・・。皆秀は関係ないじゃないか」

「・・・御体匠はどうか知らねぇが、あいつは木彫り職人の才能があるんだ。御体匠になんかもったいねぇ」

「だからさぁ・・・ほんとに不器用な人だね」

親方・・・わたし、ほんとは親方の弟子として、楠流を継ぎたい。だけど、御体匠にも同じくらいなりたいのです。すみません・・・すみません・・・。

眼頭に熱いものを感じて、皆秀は目を閉じた。





そうだった。力が欲しかったんだ。

あの時、母も妹も守れなかった。だから、力が欲しかったんだ。

その結果がこれだ。こんな醜い姿で、力があっても何の意味がある!?

生みの両親は生まれてすぐに死んだ。なぜかは知らないが、死んだことに変わりはない。

育ての母に拾われ、一緒に内裏を出た。

母は自分の子を連れていた。おれの妹だと言った。

おれと妹はいっしょに育った。貧しくて、橋の下に小屋を建ててそこで寝泊まりしていた。

妹がかわいくて仕方なかった。おれにはじめて家族ができた。

だが、あいつがおれの妹を奪った。

戦おうとした。勝てなかった。

病気の母を医者に診せてやる言った。その代わり妹を連れて行くと。だが、あいつはそれきり姿を見せなかった。

その後母は毎日泣いていた。そしてある日の夜、息をしなくなった。

後で知ったが、母は内裏でも美しいと評判の女房だったらしい。それであいつに目を付けられ、妹が生まれた。妹も母に似て綺麗だった。父親に似ていたら、自ら命を絶っていたのかもしれない。

妹は武家の嫁になった。都中が見物するくらいの大行列で輿入れした。

その後、遠くから何度か妹を見ていた。幸せそうに笑っていた。おれと一緒にいたら、きっと見せなかった顔だ。妹にはこのまま幸せでいて欲しかったが、運命というのはどこまでも残酷だ。妹の主は伊豆に流され、死んだと聞いた。妹は六原に連れ戻された。

妹と母のために、妹の父親を殺すことにした。そして妹を取り戻す。

同じように不満を持つ仲間を集めて、盗賊をした。緋家に関わる武家や貴族たちから金品を盗み、貧しい家に分け与えた。緋家の役人たちを殺したりもした。

だが、そんなことでは妹の父親には遠く届かなかった。

このままじゃ、妹を連れ戻すこともできない。焦ったおれは、仲間たちと六原を襲った。霞の大将がやったように。

だが、おれたちでは遠く及ばなかった。格が違った。

あっという間に仲間たちは殺され、おれは捕らえられた。()()()が裏切ったからだ。

そして・・・体を壊された。

おれの名はあぎ。妹の名はすみ。母、よしの子供だ。今、はっきりと思い出した。

どうしても諦めきれない。まだ死ぬわけにいかない。母の仇を取り、妹をあいつの呪縛から解き放つ。

そうだ。どんなに醜かろうと、力がある限り・・・まだ、まだ・・・!

まだ涙が出ることに、自分で荊火は驚いた。





「うーむ」

顎に手を当てて唸るミカナ。

嶺巴も階秀も寝ている。さらに驚くべきことに、荊火まで寝息をたてている。

起きているのはミカナと馬だけのようだ。

そして白結丸だけがいなくなった。

後ろの方を見ると、緋家の娘や兵たちも寝ているらしい。

「こりゃ、本格的に妖がおるらしいのう。なんとしたもんか・・・・」

嶺巴をゆすってみたが、起きる気配はない。

「山の上の方で何か黒い風を感じる・・・。行くしかないな・・・」

ミカナは緋家の兵たちの中から適当に馬を見つけ、兵の腰の刀を拝借すると老江山の頂上を目掛けて走り出した。

「白結丸が無事だといいが・・・」





「お蓮、なぜここに!?」

「白結丸様が迎えに来てくれませんので、わたしから来てしまいました」

白結丸はゆっくりとお蓮に近づく。お蓮の足元の白い虎が少し頭を上げる。

「すまない。なかなか思うようにはいかず・・・。だが、やっと御体を直すことが出来た。因幡へ行き、その後はすぐ蔵馬へ帰るつもりでいた」

白結丸が一歩、近づく。床がぎしっと音を立てる。

「このままでは、白結丸様はわたしを忘れて、嶺巴やミカナに取られてしまいそうで・・・」

「忘れることなどない。こうして、顔を見ることが出来たのだから」

「ありがとう、白結丸様」

お蓮が白結丸の手を握る。

「こちらへ来てください」

「ああ、参ろう」

二人はゆっくりと手をつないでお堂の奥へ進む。

辺りは白く霞んでくる。周りが見えなくなる。

「白結丸様、これを・・・」

お蓮が小さな瓢箪を取り出す。

「何だ?」

「酒です。少しお飲みください」

「わかった」

瓢箪の栓を抜き、口に含む。喉を鳴らして一気に飲み干す。

頭がふわふわとしてあたりの景色がぼやけ始める。霧に包まれていく。

「霞の子、お主の霊力が欲しかった。風を見る力、操る力。それは我ら四神にすら与えられていない、特別な力。麒麟によって、お主にのみ与えられた特別な加護・・・」

「ふん!」

白結丸が含んでいた酒を口から吐き出す。

「・・・何?」

「残念だな。おれは酒を飲んではいない!」

お蓮に向けて刀を構える白結丸。

「おぬし、わが術中に・・・」

「かかったふりをした!いや、ちょっとかかっていた!」

「・・・・・・・」

「だが、甘かったようだな!お蓮は、そんなにしとやかではないし、ミカナの名を知らないはずだ!」

「・・・っ!」

怒りにひきつったお蓮の顔は次第に別物へと変わっていく。

氷のような青い目をした、白い肌の長い髪の女。白い着物を着て、頭には左右に角が生えている。

「鬼か!?」

「我が名は妃寐(ひび)!西の方角を司る白虎の化身!山と金を司る戦いの神!」

「神だと!?ふざけるな!神が何故人を食らう!」

「知れたこと!わが命を長らえるため!」

足元の白虎が牙を剥き、低く唸る。

「神の名を騙る、ただの鬼ではないか!」

「これ以上の問答は無用じゃ!我が糧となれ!」

白虎が飛び掛かって来る。

風を纏い横に跳んで躱す。

そのまま壁を蹴って宙に舞う。

妃寐の指先から雷が飛び、白結丸のいた床を焦がす。

くるりと回って床に降り立った白結丸は、妃寐に向けて間合いを詰める。

「くらえ!」

指先から雷を打つ。

風の力で横へ跳び、妃寐の横へ回り込む。刀を振りあげ、妃寐めがけて一気に振り下ろす。

「がぁっ!」

白虎が白結丸の刀を爪で弾く。

「うっ!?」

姿勢を崩して白結丸は床に転がり、そのまま転がって勢いのままに立ち上がる。

転がる白結丸を追って雷が走る。

「くそっ!」

やむなく間合いを取って刀を構えなおす白結丸。

白虎と雷、どちらも素早く襲ってくる。先に、虎を狙うか?

間合いを詰めるため、白結丸は二・三歩前へ出る。すると、妃寐が雷を撃ってくる。

風の力で飛び上がって避けると、雷は床を焦がす。白虎を警戒して後ろへ下がると、雷を撃ってこなくなる。

・・・おそらく、ここまでは届かないのだな。

妃寐が白結丸を追って近づいてくる。一定の間合いを取りつつ、左右へ跳んで斬り込む機会をうかがう。

「このっ!」

妃寐が撃った雷は白結丸の一歩先の床を焦がす。そこへ白虎が飛び掛かって来る。

「今だ!」

白結丸は風を纏って高く飛び上がると、白虎の背中を蹴ってさらに高く上がる。

妃寐が白結丸を追って撃った雷が白虎にあたる。

「ぎゃぁああああ!」

「ぐおぁぁぁぁぁ!」

白虎と妃寐が同時に悲鳴をあげる。

白結丸はそのまま妃寐めがけて飛び掛かり、刀を一気に振り下ろす。

ざんっ!!

確かな手ごたえがあった。

次の瞬間、あたりは真っ白な霧に包まれた。自分の手元でさえ、見えない濃い霧に包まれている。

だが、近くに何かがいる気配がある。

・・・・来る!

刀を構える。

不意に白虎の爪が襲ってくる。

ぎぃん!!

刀で受ける。強い衝撃が刀身から手のひらに伝わって来る。

来る!こっちか!

とっさに横へ跳ぶが、太腿のあたりを爪が切り裂き、血が飛ぶ。

「うっ!」

掠っただけだが、思いのほか深い。

また、横へ跳ぶ。

爪が左肩の下あたりを掠める。

装束が斬られ、血がにじむ。

次は頬を爪がかすめる。間一髪避けてはいるが、どこから爪が来るのかわからない以上、こちらから仕掛けることが出来ない。

右腕を爪がひっかく。傷口から血が飛ぶ。痛みで一瞬、次の攻撃への対処が出遅れた。

「しまった!!」

爪の一撃をかろうじて刀で受ける。

がきいぃぃん!

そのまま白結丸は弾き飛ばされる。

地面に打ち付けられて転がる。なんとか立ち上がった瞬間、次の気配がもうそこまで来ている。

どこだっ!?

焦る白結丸。

次の瞬間。

「風よっ!!」

ミカナの声が響いた。

ミカナの声の方から強い風が吹き、一瞬で霧が吹き飛ぶ。

目の前に迫る白虎。牙をむいて飛び掛かって来る。

「ええええい!!」

白虎めがけて刀を振り下ろす。

ざしゅっ!!

強い手ごたえを残して、白虎の首と胴体は分かれて落ちた。

白虎はそのまま血を吹いて痙攣した後、動かなくなった。

周りを見渡すと、あったはずの社はなく、外の景色だった。

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