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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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19 風結ノ章 十九

「おおお!すごい!本物だ!」

「これが封魂炉か!!」

「この節がこことつながって・・・」

ようやく風結と蒼刃の修理が御造所で始まった。

重蔵は彦佐に「こいつらのこと、後は頼む」と言って、なぜか皆秀まで置いていった。

そして動いている小御体・荊火に職人たちはしきりに感心している。

「小御体って全部失敗だったと聞いたが・・・」

「なぜ、これは動いてるんだ!?」

「通さん!」

「・・・しゃべった!?」

皆秀本人は初めて見た本物の御体に大喜びだ。

「はー!ほー!はー!ほー!」

「皆秀、あればっかり言ってるねぇ」

「よほど本物の御体がうれしいんだろ」

足りないものは楠流工房で用意してくれるらしい。遠回りしたが、ようやく御体を直してくれる場所に巡り合えた。その安堵感はしばらく感じたことのないものだった。

「ミカナは?」

「さっき、外へ行ったよ」


ミカナは慶秀の墓に手を合わせていた。

「ミカナ」

白結丸が声をかけると、ミカナは顔を上げる。

「慶秀はほんに一途で真面目な奴じゃった。戦が起きて、御体で人が死ぬのを自分のせいだと思い込んでおったのじゃろうな。御体なんて、使う者次第で殺し合いの道具にも、人々の営みを助ける道具にもなる。慶秀と会った頃、おれは幼くてまだ父上の敵討ちのことしか頭になかったが、慶秀はこの世のすべてを見ておった。お互いにみなしごで拾われて育ち、大切なものを失って、同じように緋家から逃げ出して・・・たまたま霞宗忠殿のところで出会ったのじゃ。何か、似たものを感じておってな」

「ミカナ・・・」

白結丸はミカナの頭に手を乗せる。

「大丈夫だ。おれがいる。風結が本当の力を取り戻せば、誰にも負けない。おれと、ミカナで、この間違った世の中を正せばいいんだ」

「おお、白結丸、いつになくかっこいいなぁ」

「そ、そうか?」

「おお、惚れ直したぞっ!」

ミカナは白結丸の腕にしがみついてくる。

「おい・・・・」

振り向くと、嶺巴が怖い顔で立っていた。

「嶺巴!?」

「彦佐が探していたから呼びに来てやったら・・・。いちゃこらするならあたしも混ぜな!」

そう言いながら飛びついてくる。

「わぁ!?」

三人とも地面に倒れ込んで、声をあげて笑った。


「御霊石?」

「そうです。こちらの蒼刃は問題ないですが、風結の御霊石は少しヒビが入っています」

彦佐が指さしたのは、風結の頭部にある大きな御霊石”封魂炉”と呼ばれる霊力をためる石。かすかに小さなヒビが入っている。

「なるほど、このヒビのせいでおれは今、自由に出入りできるわけじゃな」

ミカナが他人事のように言う。

「御霊石に人が取り込まれるというのも、師から一度だけ聞いたことがあります。ミカナ殿のことなんですね」

「おれは慶秀の目の前で消えていなくなったのじゃ。衣装だけ残してな。今でも装束は外に残るぞ」

気恥ずかしそうな顔で白結丸を見る彦佐。

「ごほん、他の御体には普通はないのですが、こうして大きくて純度の高い御霊石が採れた時に限り、こうした封魂炉をつけたりします。この封魂炉のおかげで十年以上前の霊力でこの御体が動いたわけです」

「ミカナが閉じ込められていたのもこの御霊石が特別なせいなのか?」

「そうですね。おそらく、ミカナ殿の霊力は、ミカナ殿そのもの・・・存在そのものが霊力ということでしょうか。生い立ちなどが詳しく分かれば調べようもあるかもしれませんね」

「うーん、残念じゃが、父上に拾われたところからしかわからん。父上が不思議な風に誘われていくと、おれが泣いておったそうじゃ」

彦佐は腕組みして考え込む。

「これを磨いていいものか、精製すべきなのか。御霊石というのは珍しい石で、鉄よりも高い温度で溶けるんです。そうして混ざりものを取り除いて作られたものがこの封魂炉に使われます。普通は繰り手の霊力だけで動かすので、今は滅多に取りつけません」

「この石を直して、またミカナが取り込まれてしまうのは困るな」

「もう嫌じゃぞ。何年も寂しい思いするのは」

「はい。ですが、ミカナ殿が中にいる状態でこの石が割れてしまったらどうなるかわかりません。いちおう、ヒビが消えないか磨いてみましょう」

「うむ、頼むぞ」

「聞けば聞くほど不思議な石だな」

白結丸は、詳しく聞いても理解できそうにないのでそれ以上は聞かないことにした。






御体の名は”眩耀(げんよう)氷輪紋(ひょうりんもん)翔鶴(しょうかく)”。

白地に黒の縁取りと、赤の配色が目に生える。芸術性を高めた美しい御体。その滑らかな曲線美は他の御体にはない神々しささえ放っている。

「お、おお!これが翔鶴か!!」

貞基(さだもと)はこの御体が自分に与えられるとわかった時から、気持ちが高ぶって仕方なかった。早く、兄たちのように武勲を挙げて父上に褒められたい。

「戦いたい!!早く戦いたい!!」

「若、落ち着いてくだされ」

伴藤重国(ばんどうのしげくに)が貞基を嗜める。重国は古くから緋家に仕える重鎮。髪と髭にも白いものが多く混じるようになってきていた。

「重国!早く霞の残党とやらをここへ連れてきておれと戦わせろ!」

「霞はここへは来ません。なぜならここは緋家のど真ん中です。こちらが探しに行くのです」

「めんどくさいな!戦うしか興味はない!」

「興味なくても探すのです。探し出さなければ戦えません」

「戦えないとは、とっても嫌だ!わかった!探そう!」

「若、庭の草の裏や軒下を覗いても霞はいません。そんなところを探しても無駄です。六原を出て探すのです」

庭の草の裏や軒下を覗いていた貞基が顔を上げる。

「そうか!では六原を出よう!」

「はい、さっきからその話をしております」


こうして、貞基を総大将として五十人余りが霞白結丸を追討に出立した。

「で、重国!どこを探せばいいのだ!?」

「わかりません。まずそれを探すのです」

「そうか!まずそれを探そう!」

「探すというのはそういうことでございます」

「で、それを探すにはどうしたらいいのだ!?」

「まずはどこを探せばいいか、それを探すのでございます」

「よし分かった!それを探そう!」

「ずーっと、そればかり言ってございます」

表情一つ変えない重国と、同じことを繰り返す貞基のやり取りはずっと続いた。


「・・・・・むすっ」

それから半日後、貞基はむくれていた。

「若、むくれても霞の子は出てきませんよ」

「重国、いつになったら翔鶴で戦えるのか!?退屈で死にそうだ!」

「若、歴史上退屈で死んだ者はおりません。それに、都の真ん中で御体を使ってはご近所に迷惑です」

「でも、おれは戦いたいのだぁ!」

「若、戦いは好んでするものではありません。敵がいて、仕方ないときにするものです」

そこへ、使いに出していた兵たちが戻って来る。

「見つかったか!?」

貞基は期待の目で声を上げる。

「今のところ、霞の子らしき者は見つかりません」

「なんだ・・・」

ものすごく分かりやすく肩を落とす貞基。

「ただ・・・・」

「ただ?なんだ、申してみよ」

重国が促す。

「一昨日、この近くで朝方から物の怪が出たとの噂がありまして・・・」

「物の怪?」

「はい。役人が着く前にいなくなったそうですが・・・。いえ、すみません。そういう噂、というだけで・・・」

「よし、わかった!」

貞基がすっと立ち上がってこぶしを握る。

「霞などどうでもよい!物の怪退治に出ようぞ!」

「若、物の怪は一昨日の朝に、役人が着く前にいなくなったと、この者が申しております。ですので、今はもういません」

「では、物の怪を探すのだ!兵たち全員に物の怪を探せと伝えよ!」

「はっ・・・。御免」

兵は不承不承頷いて、去っていった。

「よし、物の怪退治は武士の務め!ようやく戦えるぞ!」

意気揚々の貞基に、変わらぬ表情のままため息をつく重国だった。





「おお!軽い!体が軽いぞ!ミカナはどうだ!?」

「うむ、前よりも良くなっておるな!慶秀の時ほどではないが、ちゃんと直っておる!」

風結は十日ほどで動かせるようになった。この工房の職人たちと、楠流工房のおかげだ。

「こっちも前よりずっと良くなってる!」

嶺巴も嬉しそうに言う。

「蒼刃はそもそも作り方に問題がありました。左右のつり合いがしっかりとれていなくて。そのあたりを直したので、前よりもずっと動きやすいと思いますよ」

彦佐が言う。工房の職人たちも、初めて御体を直せたことに喜びを隠せない。

風結と蒼刃の中を図に書き留めて、これから新しい御体を組み立てると息巻いていた。

そして一番驚かれたのは皆秀だ。

全てが失敗作だった小御体のがらくたから、生きている素体を見つけ出して、ばらばらの部品から作り上げた。それを聞いた職人たちから「天賦の才」と持ち上げられ、鼻高々だった。そして逆に、御体の構造を職人たちから教えてもらっていた。

「白結丸さん、お願いがあります」

風結から降りた白結丸に皆秀が近寄る。

「どうした、皆秀?」

「おれを、連れて行ってください!」

「いいのか?せっかくもう一度重蔵の弟子に戻れたのに・・・」

「親方は、おれの気の弱さ、臆病さを直して来いと言いました。おれの彫る木彫りには、迷いがあります。だから、力強い神仏が作れない。武者修行と思い、一緒に行きたいのです」

「だが、いつ緋家や滅創衆に襲われるか・・・」

「その時は壊れた御体をおれが直します。それに、こいつがついていくなら、おれが必要でしょう」

そう言って荊火の肩を握る。

「あたしは賛成だよ。またどんな敵にあたって御体が壊れるかわからないからね」

「おれもじゃ。その方が心強い」

「そこまで言われちゃ・・・な。よろしく頼む、皆秀。ただし、命は守り切れないかもしれない。自分で自分を守る術を持つようになってくれ」

「ありがとう!白結丸さん!!」

御体から降りて嶺巴とミカナも集まって来る。

「よかったな、皆秀。これからよろしくな」

「うむ。しっかり精進するのじゃぞ」

「はい!改めて、皆さん、よ・・・ろ・・・・・・・」

顔を真っ赤にして鼻血を吹き出し、皆秀が倒れた。

「おい、ミカナ!御体から出たら装束を着な!」

「おお、忘れておった!」





数日後、重蔵に旅立つと話をしに行った皆秀だったが、「はなからそのつもりで置いてきたんだ!お前なんぞ、クビって言ってんだろうが!!」と怒鳴られて逃げ帰ってきた。

そして御造所からは御体を運ぶ台車を用意してもらった。馬二頭で引っ張るように作られており、その馬に乗ってこれからは移動することになる。

「馬は、代わりが見つかったら野に放してやってください。あまり使いすぎると死んでしまいます」

彦佐がそう言って馬をなでる。

「本当に世話になった。この恩は忘れない」

「いえ、これで我らも御体というものがわかってきました。次に都へ来ることがあれば。ぜひまた立ち寄りください」

一行は手を振って御造所を後にする。





「で、」

紅羽たちはこの日、温泉へ行脚の旅に出る・・・・予定だった。

もちろん、孝基には紅羽が話し、

「温泉とは、雅なことだ。霞の子を捕らえることもままならず、温泉とは、雅なことだ」

と嫌味を言われた。

だが、時千代と温泉!これほどのうれしいことは今は考えられない!!

「で、何でわたしたちは鎧を身に着けて兵と御体まで連れて温泉に行くのだ?」

馬にまたがる紅羽は甲冑姿、時千代も鎧を纏い、紅羽と同じ馬に乗っている。

「でも、伊佐姉様が・・・」

「姉様!わたしたちはこれでも緋家の娘!いつ何時(なんどき)、誰に襲われるかわかりませんよ!」

「っておっしゃったので・・・」

時千代も困り顔だ。―――かわいい。

「行脚とは徒歩(かち)で参るものと思っておったが・・・」

「そんな古い常識にとらわれていかがなさいますか!姉様!」

・・・困り顔の姉様。やはり美しい。

「と、ともかく、参りましょう。姉様方」

「時の言う通りです!ともかく、参りましょう!いざ、丹後へ!」

・・・もしかしたら、白結丸様にお会いできるかもしれないから!!ちゃんと準備はしておかねば!!

こうして三人姉弟は、兵20人と御体三体を連れて温泉旅に出たのである。

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