18 風結ノ章 十八
「甘いのう。お主の父と同じじゃ。その甘さでは世は治められぬ」
紅羽の前には祖父・紀基が鎮座する。剃り上げた頭に僧装束。
紅羽の父・浄基が病で若くしてこの世を去るや、まるで息子の死を待っていたかのように紀基は六原に戻ってきた。
年老いてもなお眼光は鋭く、緋家を一代で伸し上げた影響力は健在だった。顔の古傷はその風貌にさらに鋭さを与えている。
「申し訳ありません、お爺様。あと少しのところで、滅創衆という邪魔者たちがおりまして・・・」
「言い訳などするな。すべてはお主たちの力不足じゃ」
紅羽の言葉に孝基叔父が口をはさむ。
思わず睨みつける紅羽だが、孝基の表情は終始硬い。
「それで、・・・霞の子の追っ手はどうなっておる?」
「はい、今、貞基が支度を整えております」
貞基は紀基と正室しのとの間の末子、孝基の弟で、紅羽より年下の叔父である。歳は時千代の二つ年上になる。
「あの若造で大丈夫か?」
「はい、貞基本人は初陣を霞の子の首で飾ると息巻いております。戦御体”翔鶴”も与えました。副将に軍監伴藤重国をつけておきます」
「そうか。それと、・・・佐伯信典の行方はまだわからんか?」
「申し訳ありませぬ。いまだ不明。御体守には別の者を立てようと思っております」
「ふむ」
紀基が顎に手をやる。
「・・・恐れながら、霞の子の追討、わたしにお命じくださいませんか?」
紅羽が頭を下げると、紀基の表情が曇る。
「主、今し方わしが言ったことを覚えておらんのか?」
「此度は、都の街中で御体を使うことも憚られ、滅創衆という横槍も入りました。ですが・・・」
「言い訳はするな。父上の御前だ」
孝基の有無を言わさない口調に、唇を噛む紅羽。
「まあ、よい。主ら姉弟にはしばらく暇をやる。傷を癒せ」
「・・・・・・」
紅羽は頭を垂れたが、横目に孝基がニヤリと嘲るのが見えた。
「時千代!!姉様は悔しいです!!」
―――と言いながら、時千代の手を握る!あぁ、心が癒される・・・!!
「紅羽姉様、お爺様に叱られてしまいましたか?ごめんなさい。時千代は力不足で・・・」
うるうると瞳を潤ませて見上げてくる時千代。
―――なんでこんなにかわいいのだろう。このかわいい顔をされたらもう、爺様や叔父上など頭からスッと消え去っていく。
「紅羽姉様、暇を与えられたのなら、母様のところへ行脚しませんか?」
紅羽・伊佐・時千代の母、千子は浄基が病死した後、丹後の成相寺に送られた。表向きは夫を失った正室への配慮ということであったが、実のところは霞の血を引く千子を追放したに過ぎない。それも祖父である紀基の命だった。
「丹後には温泉もあると聞きます。紅羽姉様のお怪我も癒えましょう。伊佐姉様にもお声をかけて、一緒に参りませんか?」
―――時千代と・・・温泉!?
―――え、え、えっ!?それって、それってぇ!!
「そうですね!行きましょう!!」
紅羽は時千代の肩を、がしっと掴む。
「紅羽姉様、お顔が怖いです・・・それと、鼻血が・・・」
「本当にこれで大丈夫なのか?」
白結丸は嶺巴の着物を着せられ、顔に白粉を塗りたくられて笠を深くかぶっていた。
「しっ!しゃべるでない!声は男じゃでな」
「・・・・・」
「くっ、くくく・・・・ふふふ・・・」
「笑うなよ、嶺巴・・・・」
白結丸は明らかに不満気だ。
対して嶺巴は白結丸の着物を借り男装姿。
「だって、その顔・・・。くくくく・・・・」
「くぅう・・・」
「ともかく、楠流工房へ無事にたどり着くまでじゃ。我慢せい!」
滅創衆に目をつけられているのは白結丸だから仕方ない、・・・とは思うが。
「ぎゃーっ!!」
「うわぁっ!?」
「鬼か!?物の怪か!?」
「出たぁっ!!」
・・・・さきほどから、やたら周囲が騒がしい。
「白結丸さん!嶺巴さん!」
背のひょろ高い男がこちらへ駆けてくる。
「皆秀じゃないか!」
「さっき、向こうで物の怪が出たと聞いて、もしやと思って!」
「なんで物の怪で、もしや、と思うんだよ!」
「いやいや、小御体が帰ってきたんじゃないかと・・・」
「話は後じゃ。とりあえず隠れたほうが良い」
ミカナが全員を路地へ押し込んで隠れる。
「物の怪はどこじゃっ!」
「こっちですっ!」
役人の声が近づいてくる。
「・・・やっぱり失敗だったじゃないか」
むくれる白結丸。
「結果は皆秀とやらに会えたんじゃから、良かったであろう?」
「こちらの娘は・・・?」
「ああ、ミカナという。陰陽師で、御体を動かす霊力を持っている」
「ミカナじゃ。よろしゅう頼む」
ミカナが微笑む。
―――ずきゅーん!
「な、何の音だ!?」
「・・・・・・・・・愛らしい・・・」
皆秀が誰にも聞こえない程度の声で、ぼそっと呟く。
「と、とにかく、楠流工房へ行きましょう。ここではまともに話もできなさそうですし」
「ここへ、戻ってきたってことは・・・・」
白結丸はミカナの背中に隠れるように下がる。楠重蔵の威圧感は、相変わらず凄まじい。
「なんじゃ、白結丸?」
ミカナは平然としている。
「い、いや、本能的に・・・」
目の前に、白結丸を死の淵に追い込んだ相手が二人、重蔵とその妻・きみ。
「御体匠がどうしても見つからないってことだな?」
「それについて、重蔵親分に聞きたいことがあってね」
重蔵は嶺巴を見るときだけ、少し目じりを下げる。
「楠慶秀を探してるんだ」
「!?」
驚きを隠せない重蔵。
「・・・あんたたち、どこでその名を?」
きみも息をのむ。
「実はこのミカナ、慶秀の作った御体に十五年間閉じ込められていたんだ」
「そりゃ、まことか!?」
「本当じゃ。封魂炉に吸い込ま・・・」
「なんてこった!あの野郎!!こんな可愛らしい小さな娘を、御体に閉じ込めるたぁ何考えてやがる!!」
「あ、いや、・・・」
「変なことされなかったかい!?寂しかったね!かわいそうに!!」
「あ、いや、そういうことじゃ・・・」
きみがミカナを抱きしめる。
「むぎゅう!」
「かわいそうにねぇ。女の命はまだこれからだよ。あんた、綺麗だし、可愛らしいから・・・」
「え?あ、まあ、そうじゃ・・・むぐ」
ミカナ、嬉しそうだ。いや、苦しそうだ。
「こんなかわいい娘の十五年を無駄にしやがって!」
重蔵は拳をどん!と床にたたきつけ、ミカナをまじまじと見つめる。
「・・・・って、あんた、いくつだ!?」
ミカナはどう見ても十歳くらいだということに気づいたようだ。
「そういうことだったんだな」
「不思議なこともあるもんだねぇ」
重蔵はこれまでの経緯を聞いて、重蔵は深く頷いた。きみも小首をかしげながらも信じてくれているようだ。
「それであんた、そんな妖怪変化の格好を・・・」
あー、まだ着替えてなかった。
「あんた、もう教えてやったら?」
きみが重蔵を促す。やはり何か知っているらしい。しばらく重蔵は思案して、深い息を一つついた。
「よおし、わかった!あんたらなら信用してもいいだろう!」
重蔵が思い切ったように口を開く。
「親方!」
皆秀が顔を上げる。
「楠慶秀に会わせてやる。ついてきな」
重蔵は左京からさらに西、人気のない山林へ入っていく。
白結丸、嶺巴、ミカナ、皆秀が重蔵に続く。
道はなく、生い茂る笹や竹林をかき分けて奥へ進む。
急に視界が広がる。日の光があたりを照らし、皆まぶしさに目を細める。
そしてそこには視界に入りきらないほどの巨大な蔵のような建物があった。
「・・・これは?」
「こっちだ。ついてきな」
重蔵は先を促す。白結丸は嶺巴に言う。
「なあ、嶺巴。似てないか?あの隠れ家と・・・」
「そうだね。あたしもそう感じたよ」
焼け落ちたあの隠れ家を思い出していた。
ミカナもこの光景にどこか既視感を感じている。
そして重蔵は片隅を指さす。そこには、土が盛られ、石が積まれていた。
「ここだ。慶秀はここにいる」
「え・・・・」
全員が言葉を失った。
「ともかく、中で話そうじゃねえか」
重蔵は何もない壁を押し開けて扉を開く。やはりあそこと同じだ。
「お、重蔵親方!」
重蔵を見かけて中にいた若い男が声をかけてくる。
中へ入ると、木の匂いが漂っている。建物の中は広く、明るかった。屋根は明り取りの大きな窓がいくつもあり、光が降り注いでいる。
そして他にも五・六人いるようだ。
「おう、彦佐!」
彦佐と呼ばれた男は、重蔵の後ろに白結丸たちがいるのに気づいて顔を顰めた。
「・・・そちらさんは?」
「おう、怪しいもんじゃねぇ。霞の末子と仲間だ」
「・・・霞の・・・・。まあ、親方の客なら間違いないでしょう」
「こいつら、慶秀の作った御体を直せる御体匠を探しているらしくてな。それで慶秀に会わせろってんでここへ連れてきた」
「・・・そうでしたか」
彦佐は白結丸に向き直ると、深々と頭を下げた。
「霞家の子息。こんな遠いところまで来てもらって・・・師の楠慶秀は三年前に仏になりまして」
「じゃあ、さっきのは・・・」
「おう、慶秀の墓だ」
重蔵が答えた。
慶秀は六原で起きた宗明の乱の後、御体匠をやめ、この場所に住んで木彫りをしていた。
ある時、浄基が病で倒れて紀基が都へ戻って来ると聞き、再び戦が起こると悟り緋家に対抗するためにここに工房を建てて再び御体を作り始めた。
そんな矢先、自らも不摂生が祟って命を落とした。
「御体に人生を振り回されちまった。唐で愛した女とその子供を御体に殺され、自分の作った御体で戦が起き・・・誰よりも殺し合いが嫌ってたのによ、皮肉なもんよ」
重蔵は悔し気に呟く。
「おれたちは師・慶秀の弟子です。満足に技を身に着ける前に師は逝ってしまいましたが、それでも毎日ここで御体を作り続けています。親方から力添えをもらいながら」
「まあ、おれの弟子の弟子たちだからな。孫弟子の面倒は見てやらにゃ」
「ならば、ここは御造所というわけじゃな」
ミカナが言うと、彦佐が頬を掻きながら「まあ、まだ一体もできてませんけどね」と言う。
「じゃあ、見てもらいたい・・・直してもらいたい御体があるんだよ」
嶺巴が言うと、彦佐の顔が明るくなる。
「ぜひ!師の作った御体見てみたいと常々思っておりました!」
嶺巴と白結丸は安堵の息を漏らす。
「親方・・・」
「どうした、皆秀」
皆秀は堪えているような、怒っているような顔を重蔵に向ける。
「なんで、なんで、こんないいところがあるって教えてくれなかったんですかー!!それなのに、それなのに、御体嫌いなんて言って、おれ、クビになって都中彷徨って!!」
「言っただろうが!おまえには気持ちの強さが足りん!!だから修行して来いって言っただろうが!それをのこのこ戻ってきやがって!」
「ひいっ」と言いながら、皆秀はあっさり白結丸を盾にして隠れる。
「でも、でも、教えてくれたって!」
「おれのところには緋家の連中が毎日御体を作れって来てたんだ!ちょっとでも此処のことが知れたら、あいつらに力づくで奪われんだろうが!」
重蔵はそこで言葉を切ってちょっと下を向いた。
「それに、慶秀との約束でよ。絶対に御体作りには手を出さねえでくれってな」
重蔵は少しだけ寂しげに言った。




