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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
二章 純波 すみは

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63 純波ノ章 十九

太陽がゆっくり登っていくのをぼんやりと見ていた。

御霊石を胸に抱いたまま、背中に冷たい地面を感じながら朝を迎えた。

とっくに目が覚めていたが、体が言うことをきかない。このままここにいたら危ない。いつ敵が来るかわからないのに。

・・・もう、どうでもいいのかな?

もし敵に見つかって殺されたっていい。だって、もう清葉には会えない。遠いところの存在になってしまった。

それに、みながわたしのこと、化け物だって。わたし、人間じゃないの?

なんなの?

わたしって?

答えのない自問自答を繰り返すうち、太陽は高く昇った。

光は温かい。寒い山の中で過ごした体はどうしようもないほど冷え切っていた。

・・・帰りたい。

清葉。

父様、母様、斑王丸・・・。

実継たち。

帰りたい。

帰りたいよ。



・・・そうだね、帰らなくちゃ。

無理やり体を起こす。

装束も焼けてボロボロになってしまった。きっとひどい姿なんだろうな。

立ち上がって、刀を鞘ごと腰から外し、杖代わりにして前へ進む。

重たい足をもつれさせながら前へ。

正しい方角かどうかわからないけど、とにかく前にしか進めない。


どれくらい進んだのか。小高い山の上に着いた。

木々が途切れ、あたりに世界が広がる。そこは日の光に照らされてとても明るい。

そして・・・。


眼下に、京の街並みが広がっていた。






宗影たちが京に入り、抜け殻となった六原に居を置いた。

六原という名は緋家を連想しすぎると、宗影は六原へ至る橋の名にちなんで”明橋(あけばし)”と名付けた。


「本当に何一つ残っておらんな」

恒影と文堅は明橋の中を調べて回る。緋家の残党が残っているかもしれない。

家財や調度品、すべてが持ち去られている中、時折割れた茶碗や折れた杖などが落ちている。

「そうとう慌てていたらしいな。だけど持っていく者はちゃっかり持って行っている。なんとも抜け目ないな」

文堅が感心とも呆れとも取れる言い方をする。

「屋敷の残りは見回ったぞ」

文成と守武が戻ってくる。

「これで、残りは後、あそこだけだ」

文堅が指さすのは御造所と御体蔵。

この明橋の敷地の中で最も大きい建物である。


四人は薄暗い入り口をくぐり、中へ入る。

「おお・・・・」

全員が息を漏らした。

中は驚くほど広い。等間隔に柱が建てられ、壁に沿って作りかけの御体が並べられている。

その数は一目で数えられない程である。

「すごいな・・・・」

「ああ・・・。財力にものを言わせて御体ばかり作っていたのか・・・」

動かせる御体は運び出したのだろう。ここにあるのは全て作りかけや部品のものばかりだ。組み合わせればひとつになりそうなものもあるが、四人にはどれがどのように使われるものかわからなかった。

そのとき、奥の方から不意に音がする。

四人は一斉に腰の刀に手をかける。

「なんだ、お前らは?」

出てきたのは一人の男。

四十代くらいだろうか。顎ひげを蓄え、伸び放題の髪と職人着。

「何者だ?」

「・・・そうか、木曽の者か。おれは楠常秀(くすのきつねひで)。御体匠だ」

相手が腰に刀を挿していないを見て、恒影が前に出る。

「御体匠が・・・なぜここにおる?」

「なぜって・・・ここは御造所だからな」

「そういう意味ではない。なぜここにとどまっておるのか、と聞いている。緋家と共に出て行かなかったのか?」

「・・・置いていかれたのだ。緋家にはおれより大事な唐から来た御体匠がいるからな!」


そうだ。思えばあの時だ。

藍羽の娘が試繰り手をしていた。おれが作った蒼刃が暴走した。あいつの力が足りなかったからだ。

それを咎めると、あいつはおれの弟子たちを騙して、蒼刃を別物に作り替えた。

おれは怒った。頭に来た。

するとどうだ。

藍羽の娘は蒼刃を盗んで逃げていった。それから次々と弟子たちもいなくなった。

それがけちの付き始めだ。魁怨も朱獄も翔鶴も、おれが案を出したのにおれのいないところで完成させた。終いには唐から黄鎧(おうがい)とかいう御体匠を呼び寄せた。あいつの作った御体・・・護堕天はすごいものだ。確かに腕は間違いない。だが・・・。


「もうおれは連れていく必要がないのだそうだ」

がっくりとうなだれてその場にへたり込んだ。

四人はそれぞれで顔を見合わすと、頷いて常秀の腕を抱える。

「取り合えずしばらくは牢に入ってもらう」




桐高上皇は軟禁されていた西洞院から内裏に戻された。

高条天皇不在の皇位を埋めるため、桐高が執務を行うことになった。

「このままでは緋家を討つことがままならん。皇位を次の者へ引き継ぐべきだ」

こう言ったのは桐高の父・桐雅天皇の弟であり、のちに仁平の乱と呼ばれる大堰川の戦いの首謀者とされて処刑された幸徳若宮王の息子、顕和親王(あきかずしんのう)である。

緋家が都から落ちる際に、三種の神器と高条天皇を連れ去ってしまった。神器がなければ即位の式は行えないが、現天皇を加護している緋家軍を討伐するとなればこちらが朝敵となる。

ならば一時的にでも皇位を他の者に譲るのが最善というのが顕和の主張だ。

「ならん。皇位は一つにのみある。今の帝は高条をおいてない」

「そのようなことをほざいておるから国が乱れる。わしに皇位をゆずれ。わしがすべて繋いで見せよう」

・・・結局それが目的で言うておるのだ。

桐高はげんなりとして肘をついた。

親も親なら子も子。結局血は争えないものか・・・。




宗影は内裏に呼ばれ、上皇より征夷大将軍という武士の最高位を賜った。

上皇の令旨に従い、緋家を都から駆逐した功績によるものである。



「これはこれは征夷大将軍殿。よう参られた」

上段に鎮座する顕和親王を前に、一礼し、腰を下ろす。

「此度はお招きおただ来ましたこと、お礼申し上げまする」

「木曽の田舎者と聞いていたが、礼儀は知っておるようだな」

あまりの物言いに、失礼なのはお前だ、と心の中で思う。

「では、単刀直入に申す。お主、緋家を追って滅ぼしたいであろう?」

「・・・はい。無論のことにございます」

「だが、今は上皇が院にて実権を握っておる。さらに、吹原には帝がおる。ここでお主が兵を起こせば朝敵として各地の武家共が黙っておるまい」

「・・・・」

「ならば、やるべきは一つ。新たな帝をたてればよい」

なるほど。それでここへ呼ばれたのか。

「顕和親王殿下を帝へ推せということでしょうか?だが、おれにはそのような(まつりごと)に口をはさむほどの力は・・・」

「・・・もし俺が帝になれば、おれがお主に緋家討伐遠征の勅令を出そう」

顕和は一歩前へ出て宗影に顔を寄せてくる。

「それと、お主にはおれの誘いを断れぬ理由がある」

「理由と?」

「覚えているだろう?大堰川で戦があった。我が父は皇位継承権を持っていたのに、緋紀基と皇后だった彰子の宮が共謀して桐高を即位させた。だが結果は知っての通りだ。我が父は西同院にて首を刎ねられた。・・・実はな、あのとき、おれはあそこにいたのだ」

「!?」

思わず頭を上げる宗影。顕和と目が合って、すぐに顔を伏せる。

「そうとも。父が首を刎ねられる瞬間を見ていた。何が起きていたのかおれにはわからなかったよ。だが、目の前には(うつつ)があった。幼い心にはしっかりと父の泣き別れた首と体の光景が焼き付いた。父はたいそう恨めしい顔をしていたよ。そして、そのすぐ後、西同院に走り込んできた味方の兵たちがいた・・・」

宗影は頬に汗が伝うのを感じる。

「なぜ、あと少し早く来てくれなかったのかと、たいそう恨んだ。父の首を落とした緋家の兵たちよりも、役に立たなかった味方が恨めしくてな。毎日その顔を思い出しては怒り、父の無念を忘れてなるものかと心に刻み続けたのだ。その兵たちの大将の顔が特に忘れられん。あの戦のあと、そいつは伊豆で死んだと聞いた。それでようやくおれもあの時の父の恨めしい顔を思い出さずに済んだと思っていた。やがて月日の中で薄れ、忘れていった。先日、参内するお主の顔を見るまではな・・・・」

宗影の耳元にさらに顔を近づける。

「すっかり思い出した。役に立たない味方。霞太郎宗矢・・・」

囁くような小声で顕和が言う。

宗影は顔を伏せたまま息を飲む。

「そして、父が成せなかったことをおれがやるべきだと今わかった」

顕和は宗影の烏帽子を掴んで引きちぎると、床に投げつけた。

「宗影。いや、宗矢と言った方がよいか。もうわかっておるだろう?下がれ」

宗影は何も言わず、頭を下げると顕和の前を辞した。





後日、宗影は上皇へ文を送った。

緋家討伐の嘆願と、内裏の帝を立てること。それには顕和親王を推挙するという内容だった。

桐高上皇は一読して破り捨てたという。



「たかだか木曽の山猿がいい気になりおって!」

「田舎武家の出の者が政に口を出すなど言語道断!」

公家たちの間で話が勝手に膨れ上がって行った。ほとんどが根も葉もない言いがかりだったが、宗影たちをやっかむ声が大きくなっていった。

「木曽の田舎侍が町で強奪を繰り返しているらしい」

「緋家よりも横暴がひどい」



「緋家を都から追い出した時はまさに天下人扱いだったのにな」

安影が愚痴をこぼす。

明橋に居を移した宗影は、木曽のことを越中の凪高に任せ、留守を任せていた安影と澄玲を都へ呼んだ。

「都は随分と変わってしまいましたね。なんか、こう・・・ぎすぎすと・・・」

明橋に入る一行に、町の民の目は冷たい。

それに以前と比べて、町が貧しくなったような気がする。言葉で言うのは難しいが、着物の質だったり、町の活気が以前よりない印象がある。

そして牛車の小さな窓から外を見る澄玲には、ひとり町の影を歩く少女の姿が目に止まる。

薄汚れた着物があちこち破れ、長い髪もひどく荒れ放題で草履も履かず裸足で歩いている。

その少女の姿が自分の幼い頃と重なり、ひどく心が痛い。

思わず目を伏せた。



草履も擦り切れ、裸足になってしまった。足の裏も切れて痛む。

都へ入ってから、前と何か空気が違う。墨羽はそう感じていた。

だが、やっと内裏の南の玄関口、朱雀門へ戻ってきた。

ようやく、身と心を休めることが出来る。それだけが救いと信じてここまで歩いてきた。

朱と白で塗られた巨大な門は、御体が通る時にしか開かない。今も固く閉ざされている。その脇に人が通るための門がある。そこには門兵が左右に一人づつ、いつも立っている。

その門兵を見た時、少し嫌な予感がした。

いつもの顔じゃない。

だが、とにかく中へ入らないといけない。敵がここまでくるかもしれない。

「中納言橘の娘だ。通してもらいたい」

墨羽が言うと、門兵は顔を見合わせる。

「中納言殿の娘がなぜこんな汚い恰好でうろついている?さっさと失せろ、小娘!」

圧倒的な物言いだ。

わたしのことを厄介ごとの種としか思っていない。

「わたしは嘘は言っていない!ならば秦実継(はたのさねつぐ)を呼べ!」

「そんな奴はいない!騒ぐと斬るぞ!」

門兵の一人が刀を抜いた。

「やれるならやってみろ!この門を押し通るぞ!!」

墨羽も刀を抜く。

「この小娘が!!」

門兵が振りかぶって墨羽に襲いかかる。

次の瞬間、その門兵の首がごとり、と地に落ちた。

体もゆっくりと力を失って倒れ、頭を失った首から血が噴き出す。

「ひぃぃぃっ!?」

もう一人の門兵が腰を抜かす。

墨羽は血の滴る切っ先をその門兵に向ける。

「ひ、緋家の兵なのか!?もうここには兵はいない!帝も連れ去られてここにはいないんだ!」

「いない!?清葉は・・・後宮はどうなった?」

「みんな、連れていかれた!西国の吹原だ!ここは霞の手中だぞ!」

・・・・そんな・・・・。

愕然として、膝から崩れ落ちる。

やっと・・・やっと戻ってきたのに・・・・。力が抜ける。だめだ、もう歩けない・・・。

両手を地面に着く。意識が遠のく。

ここまでくればいいと思っていた。なのに・・・・なのに・・・・。

ずっと逃げてきたのに、敵の中へ飛び込んでしまった。

「敵だ!!敵だ!!」

あの門兵が援軍を呼んだ。立たなくちゃ。逃げなくちゃ。

・・・だめだ。もう、歩けないよ。

大勢の足音が聞こえてくる。

門の中から出てくる。

こちらへ刀を向けている。



もう逃げられないな。

ここで死のう。

もう疲れたから。

許してくれるよね、清葉なら。

頑張ったんだよ、わたし。



・・・。






「直兼が戻らないんだ!」

文堅が宗影の顔を見るなり言った。

「直兼には残党狩を申し付けたが?」

宗影が言うと、文堅は頷く。

「最後に立ち寄った村落で、焼け跡はあったのだが・・・」

なんとも言いづらそうな顔をする文堅。

「どうした?」

「なんといって良いか・・・家を焼き払おうとした後はあるのだ。だが、どれも半分くらいでな。途中で消したのか・・・消えたのか・・・」

「なんとも歯切れが悪いな。文堅らしくもない」

「すまない。だが、なんといって良いのか、おれにもわからんのだ。村落の者に尋ねても、知らぬ存ぜぬばかりで埒が明かない。だが、直兼は間違いなくあそこに立ち寄ったはずなのだが・・・」

「・・・・残党に返り討ちにあったのか?」

「戦った様子もないのだ。人の血の跡も、死体もないのでな。もう、おれには何が何だか」

「案ずるな。直兼のことだ。そのうちふらっと帰ってくるだろう」

「・・・おれもそう思いたいが・・・何か嫌な予感がするんだ」

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