16 風結ノ章 十六
「姫様!!」
緋家の兵たちが追いつき、白結丸と嶺巴をぐるりと取り囲む。
刀を持たないミカナは建物の陰に隠れる。
「いいか、お前たち、油断するな!そして、この先の手柄は時千代のものだ!」
「おう!!」
兵たち刀を構える。
「嶺巴!ミカナを連れて荊火のところまで逃げろ!」
「白結丸は?」
「おれは何とか時間を稼ぐ!あとから必ず行く!」
「しかし・・・」
「おれひとりなら何とかなる!急げ!」
嶺巴は唇を噛んで、ミカナを担ぎあげる。
「白結丸っ!」
「いくぞ、ミカナ!」
嶺巴が走り出す。
「逃がすな!!ここはわたしと伊佐でじゅうぶんだ!追え!!」
おう!!
紅羽の号令で、兵たちが嶺巴を追う。
「行かせるか!!」
立ちふさがろうとする白結丸に紅羽が刀を突きつける。
「お前の相手は私たちだ!覚悟せよ!!」
紅羽が刀を繰り出す。白結丸は後ろに跳んで躱す。
同時に、伊佐が突きを放つ。
「でやあぁ!!」
伊佐の刀は白結丸の顔の前をかすめる。
そのまま白結丸は身をねじると、伊佐の刀を上にはじく。
「何!?」
「遅い!」
白結丸はそのまま低く潜り、伊佐の足を払う。
伊佐はそのまま軸足を取られ、地面に転がる。
次の瞬間、紅羽が上から白結丸目掛けて刀を振り下ろす。
「えええい!!」
白結丸は紅羽の一撃を受け止めると、後ろに跳んで距離を取る。
二人の息はぴったりと合っているが、避けられない速さではない。何とか隙を見て距離を取らないと。
伊佐が立ち上がって刀を構えなおす。
「落ち着いていけ、伊佐!奴は早いが、二人なら手に負えぬほどじゃない!」
「はい、姉様!」
――――こんな時も冷静な姉様!素敵!!
・・・いや、そんなことを考えている場合ではない!見よ、姉様の真剣な横顔!
・・・・美しい。・・・・じゃなくて。
などと伊佐が内心で藻掻いている時。
時千代が見てる!
・・・・かっこよく敵を倒して、今度こそ時千代をぎゅっとする!!・・・えへへ。
紅羽も同じようなことを考えていた。
「行くぞ、伊佐!!」
「はい!」
二人は左右に散り、白結丸を挟みこむ。
白結丸は姿勢を低くして刀を構える。
・・・・妹の方、いやに低く構えている。姉の方は構えが高い。同時に来る!
「でやぁ!!」
「はぁつ!!」
紅羽と伊佐は同時に叫び、紅羽の一閃は白結丸の首元に迫り、伊佐の刀は足元を狙って薙ぐ。
白結丸はその瞬間、ふわっと跳び、宙に舞って二人の刀の間を縫って躱す。
二人はその勢いのまま刀を翻し、同時に白結丸の上から斬り下ろす。
白結丸はそのまま刀で受け止める。
ぎいん!と堅い音がして火花が散る。
「このまま押し切る!!」
二人は交互に刀を振り下ろし、白結丸にたたきつける。
「この、この、この、この!」
がきん!がきん!がきん!がきん!
「くそぉっ!」
二人の刀を力任せに振り払うと、背後に跳ぶ。
伊佐が間髪入れず一気に間を詰めてくる。白結丸は跳んで躱すと、さらに上から紅羽が斬りかかって来る。
「でぇい!!」
気合一閃、紅羽の振り下ろした一撃を何とか刀で受ける。
白結丸はそのまま地面に叩きつけられる。
「ぐはっ!?」
「とどめだ!」
伊佐が振りかぶりながら走り込んでくる。
白結丸は地面に転がってその一撃を躱すと、そのまま立ち上がって何とか刀を構えなおす。
「く、くそっ!」
背中を強く打ったようだ。息がつらい。
二人が交互に斬りかかって来るから、息を整える暇がもらえない。何とか躱し続けるが、距離を取らねば・・・。背中を打った痛みが呼吸を荒くしていた。
・・・あとどれくらい時間を稼げばいいだろう?嶺巴とミカナも心配だ。
「ほらほら嶺巴!もっと早く走らんと追いつかれてしまうぞ!」
ミカナが背中で騒ぐ。・・・とても邪魔だ。
嶺巴は、自分ひとりなら兵たちを何とかするのも大したことじゃない。だが、ミカナを守りながらこの人数と戦うのは難しい、と判断した。
・・・・そうだ、厄介者は捨てよ。
「ミカナ、あとで拾いに来る!」
「へ?」
ぽいっと。
塀の向こうへミカナを放り投げる。
「ひゃぁああ!?なんとぉぉぉぉ!?」
ドボン!
「ごぼごぼっ!れ、嶺巴の馬鹿っ!!投げるなら先に言えっ!」
「ちょうど池だったみたいだな。よかった!」
嶺巴はゆっくりと後ろを向き刀を抜く。
「さて、雑兵ども!」
ざわっ!
兵たちが足を止め、嶺巴を囲むように広がる。その数、二十人ほど。
「あたしは藍羽政直の娘、嶺巴!あたしの首が欲しけりゃ、あたしと勝負しな!!」
「なんもよくないわ!!びしょ濡れじゃ!」
塀の向こうのミカナが喚いている。
近くの屋敷の屋根の上に、その様子を窺う二つの影があった。
「こっちでも始まったぞ、兄者」
「そっちは女の勝ちだ。つまらん。こっちも、二人がかりでいい勝負とは、緋家の娘も噂ほどではないらしいな。つまらん」
「どうするのだ?兄者。破主の命は緋家の娘を始末することだったけど?」
「そんな任はどうでもよい。つまらん。あの小僧が勝つならそれも一興」
「それじゃあ、あたいは出番がなくて”つまらん”よ?」
「ふん」
「待ってください!」
時千代が紅羽の前に出る。
「時千代!?下がっていろ!」
「白結丸さんは悪い人ではありません!霞の血筋だから悪人だなどと、思い込みも甚だしいです!」
・・・ああ、時千代!厳しい顔してもかわいい!!
「何を言う!そこをどくんだ、時!」
「・・・時千代!」
「霞の血が悪なら、我らにもその血は半分流れているではないですか!!」
!!
「・・・・霞の血!?」
「ほう、あの小僧、霞の子か?」
屋根の男がニヤリとする。
「これは面白くなってきた。ふふふ・・・つまらん」
「兄者、どっちだ?」
「ちょっとだけ手こずったね・・・」
肩で息をする嶺巴。足元には緋家の兵たちが転がっている。
とりあえず、ミカナを連れて逃げないと・・・。
ミカナを投げ込んだ塀の上に飛び乗る。
下に池は見えるが・・・ミカナがいない!
「ミカナ!ミカナ!どこだ!?」
・・・まいったな。この屋敷のどこかにいるのか?
「紅羽姉様、言ってたじゃないですか!母上は霞家の血筋だから六原を追われたのだと!それが悔しいと!霞家の出であろうと、わたしたちの母には変わりないのにと!それが何故、家が違うという理由だけで戦うのですか!」
「時千代・・・」
紅羽も伊佐も、その場から動けなくなった。
時千代は、いつまでもかわいい弟だと思っていた。
幼い頃から、この末子は虫も殺せない優しい子だったし、紅羽の中では、いつも甘えてくる幼い弟でいたのだ。だが今の時千代は違う。いつの間にか男の顔になっていた。時千代も成長している。
・・・でも、そんな時千代も・・・やっぱりかわいい。
「時千代、言いたいことはわかる。だが、そいつを捕らえることは我らの任だ。霞の子、時千代に免じて刀を収めて我らに従うならこの場で斬り捨てはしない。だが、まだ歯向かうなら容赦はしない!」
白結丸は時千代の肩に手を置き、ずいっと前に出る。
「白結丸さん」
「聞け!!おれは霞の血を引いて生まれた以上、霞家再興のために戦う!おまえたちがこの先も緋家のために刃を振るうなら、いずれ必ずおれはお前たちの最も手強い敵となる!恐ろしいと思うなら、今この場でおれの首を取れ!」
「駄目です、白結丸さん!戦うだけが解決ではない!」
「時千代には悪いが、緋家がおれの父上や兄上の仇である以上、いつかは倒さねばならない!」
そう言って刀を構える。
「白結丸さん・・・」
「時千代、離れていろ!それがそいつの答えだ!」
紅羽と伊佐も刀を構える。
「わたしたちが、こいつの首を取る!!」
再び白結丸と紅羽が刀を交えようとした時だった。
何者かが間に入ってきて刃をはじいた。
ぎいん!と金属のはじける音。
「何者!?」
「今、聞き間違いでなければ、こいつが霞の子と聞こえたんだが?」
黒装束の男で、太刀を持ち、左目に眼帯をしている。異様なほどの殺気を放っている。
「姉様、こいつは滅創衆です!」
伊佐が言うと、紅羽が眉間にしわを寄せる。
「・・・滅創衆?」
「ふはは!いかにも!」
「そう、あたいたちは滅創衆!」
もう一人、女がいる。こちらも黒装束で、髪を後ろで束ねている。
・・・・いつの間に?全く気配がなかった・・・。
「おれは滅創衆一の衆、狛牙の破導、伶守!」
「あたいは滅創衆四の衆、縹刃の破導、紺織!」
名乗ると、紺織の方も刀を抜く。
「緋家の娘たちを殺しに来たんだが、こいつが霞の子と聞いて話が変わった。こいつをもらっていく」
「待て、滅創衆!おまえたちもここで退治し・・・」
「ふん!」
紅羽が言い終わらないうちに伶守が襲い掛かる。
「姉様!」
伶守の一閃を伊佐がかろうじて止める。
「このっ!」
紅羽が刀を突き出すが、伶守は難なくひらりとよける。
「ふん、やはり・・・つまらん」
「姉様!!」
叫ぶ時千代に紺織が近づく。
「お坊ちゃん、残念だけど、あんたの命はここまでだね。怖がることはないよ。姉さん方もすぐに逝ってもらうからね!」
時千代も刀を抜こうとするが、その手は震えていてうまく抜けない。
「あら、残念」
紺織が刀を振り下ろす。
ぎいん!と音がして、紺織の刃を白結丸が受け止める。
「時千代、走れ!」
「は、はい?」
「いいから、とにかく向こうへ走れ!!」
「は、はい!!」
一目散に逃げだす時千代。
「逃がさないよ!!」
追いかけようとする紺織の眼前に白結丸の刃が突き立てられる。
鼻の頭を掠める刃。紙一重ですり抜ける紺織。
「なんだい・・・。あんたがあたいに刃を向けるとは、ちょっとおかしなことになってきたじゃないか?」
そういう紺織の顔は歓びを称えていた。
「時!!」
「よそ見はするな!おまえたちなどおれにとっては、つまらん相手だということを忘れるな!」
伊佐の左肩を伶守の刃がかすめる。
鎧の垂がはじけ飛び、左肩から血が噴き出す。
「うあっ!?」
「伊佐!!」
紅羽が伶守に斬撃を繰り出す。
金属音を響かせながら、伶守は紅羽の刀をすべて弾いて捌く。
「遅いな!もう少しはできると噂では聞いていたが!つまらん!」
いうと同時に、紅羽の視界から伶守が消える。
「消えた!?」
次の瞬間、紅羽の腹部に鈍い衝撃が入り、体が吹き飛ばされる。
「ぐはっ!?」
紅羽は口から血を吐いて地面に倒れる。
「姉様!!」
伊佐が叫ぶ。・・・気を失った!?
「実につまらん!楽に殺してやるから感謝せい!」
紅羽の首めがけて伶守が刀を振り下ろす。
「姉様っ!!」
ぎいん!!
伶守の刀を、白結丸が撥ね退ける。
「あ、あれ?あいつ、さっきまでここに・・・?」
白結丸を見失った紺織。
「何だ貴様!霞の子でありながら、緋家の娘を助けるのか?」
「お前たちが何者か知らないが、こいつらはおれの姉上の子だ!おまえたちには殺させん!」
白結丸は姿勢を低く刀を構える。
「あら、あたいたちはあんたの味方をしてやろうってのに、随分な勝手を言うねぇ!」
紺織が斬りつけてくる。白結丸は跳んで躱すと、横からくる伶守の一閃を刀で受ける。
火花が散り、刀がぶつかる。
「霞の子!おれたちの仲間となれ!ともに緋家を倒そうぞ!」
「ここでこいつらを殺したって、霞家の再興には繋がらない!やるべきは軍を率いて戦で勝つことだ!」
「甘っちょろいな!つまらん!」
伶守の刀が白結丸を襲う。
そのすべてをかろうじて刀で受ける。
「ははは!うしろががら空きだよ!!」
紺織が白結丸の背後をとり、刀を振り上げる。
次の瞬間、白結丸が紺織の視界から消える。
「また消えた!?」
紺織の刀を空を切り、地面に刺さる。
「上だ!紺織!!」
「え!?」
上を見上げる紺織、跳んでいた紺織のさらに上に白結丸はいた。
白結丸はその時、不思議な感覚にとらわれていた。
・・・風を操っている?
自身の体を纏う風で、体を浮かせている感触。
そのまま落ちていく力を利用して刀を振るう。
「うそっ!?」
地面に刺さった刀を引き抜くが、白結丸の刀がすでに眼前に迫った。
ぎいん!!
白結丸の一撃を伶守がはじく。だが、伶守の刀は紺織の目の前で折れて飛んだ。
少し離れた地面にからんと刀の先が落ちる。
「油断するな!紺織!」
「すまない、兄者!」
・・・さっきもそうだった。
紅羽に伶守が斬りかかったとき、風が体を運んでくれた。
感じたことのない速さで体が動いた。
伶守が刀を振り下ろす速さを越えて走った。
風の持つ力・・・なのだろうか?
「白結丸さん!!」
突然時千代の声が響く。ずんずんと地面が響く音。
「時!!」
伊佐が叫ぶ。
時千代の乗った御体、金冠が現れる。
金冠は腰の大刀を抜き、伶守に向ける。
「滅創衆の方々!この御体・金冠は父上からいただいた特別な御体です!生身の人間では勝てないです!絶対!」
震える声で必死に叫ぶ時千代。
「ふ、ふははははは!久しぶりだ!満足したぞ!つまらんがな!」
「・・・だから、どっちだい、兄者?」
「刀も折れてしまったし、御体に生身で挑むほどおれたちも馬鹿ではない!ここは引いてやる!」
そう言って伶守は折れた刀を地面に捨てると、ゆっくりと歩き去っていく。
「べぇー!・・・まってくれ、兄者!」
紺織は舌を出すと、伶守の後を追いかけて去っていった。
「白結丸・・・助けてくれたのか?」
伊佐が肩の傷を押さえながら言う。
白結丸は自分の着物の袖を裂いて、伊佐の肩に巻きつける。
「な、なにを・・・」
「しっかり縛っておけば、血は止まる。傷はそれほど深くない。跡は残るかもしれんが・・・」
ぼっ!と伊佐の顔が赤くなる。
「は、恥ずかしい。わたしは敵だぞ?」
「そうだな。ならばおれは逃げさせてもらう。姉の手当てをしてやれ」
白結丸が優しい顔を向ける。
・・・何だろう?これ・・・。さっきまで命懸けで戦っていた相手なのに?
「・・・・・・ありがとう・・・」
そう言って顔を上げた時には、すでに白結丸の姿はなかった。
「またお会いしましょうねぇ・・・」
金冠が手を振る。
「霞の子・・・白結丸・・・・様・・・・」
伊佐の心に強く波打つものが残った。




