13 風結ノ章 十三
「で、どうしてこいつはあたしらについてくるんだい?」
白結丸と嶺巴は羅城門から夜道を歩いて、都から外れの集落にある廃寺で宿をとることにした。
「・・・通さん」
「はあ、それしか言えないんだね」
「おれたちでは壊れても直せないんだぞ。なんで皆秀について行かないんだ?」
ぎろっ!と白結丸を睨む。
「だから、何でおれを睨むんだよ!」
「白結丸は一度こいつを殺してるからねぇ」
嶺巴がにやにや顔で言う。
「おまえだっておれたちを殺そうとしたくせに」
「通さん!」
「ふん!」
案外、似た者同士かもしれないと、嶺巴は思った。
「だけど困ったねぇ。しばらく都に近づくのは危ないよ。緋家の重鎮を倒してるからね。見回りが厳しくなるよ」
囲炉裏に薪を焚べて小さな火を灯して暖を取る。
秋が深くなり夜の寒さは徐々に厳しくなってきた。
「これからどうするかなぁ・・・・。都の手掛かりもなくなったし」
嶺巴が白結丸に体を寄せてくる。
「主殿、どうするんだい?」
「あ、お、お、おお?き、急に主とか呼ばないでくれょ・・・」
顔を赤くする白結丸を小御体が睨みつける。
「と、とりあえず風結と蒼刃のところへもどってみないか?もしかしたら、ミカナが目を覚ましているかもしれない」
「風結の中で聞こえる声ってやつかい?」
「そう。たぶん、何か知っていると思う。それに、ちゃんと話をしてみたい」
「・・・主殿の仰せのままに・・・・」
白結丸の顎を撫で、胸を寄せてくる。
「あ、ああ・・・・!?」
顔を真っ赤にして体を固くする白結丸と嶺巴の間に、小御体が無理やり割り込んでくる。
「な、なんだなんだ?」
「あたしたちが仲良くしているのが気に入らないのかねぇ?」
嶺巴はぐいぐいと小御体の頭をお後ろに押し込む。
「・・・・なあ、それはそうと小御体、あんたは誰に作られたんだい?」
「通さん・・・」
「だよねぇ・・・」
申し訳なさそうな小御体に、諦め顔の嶺巴。
「いつまでも小御体って呼ぶのもな」
「そうだね、名前はないのかい?」
「通さん」
「とおさんか・・・」
「荊火ってのはどうだい?」
「荊火?」
「昔、羅城門に住んでいたっていう伝説の鬼の名前さ」
「通さん!」
「・・・気に入ったみたいだな」
夜明けとともに、一行は無首の峰を目指して出発した。
紅羽には不満があった。
盗まれた御体の捜索と霞家の末弟の討伐の任についてではない。その任を叔父・孝基に命じられたということだ。
父の緋家当主緋浄基が病で急逝して四年。父が守り通してきた平安だったが父が亡くなると、悪政により反乱を誘発したとして出家させられていた紀基が還俗して六原に戻ってきてしまった。
紅羽としては、当主であった父の跡取りは、紅羽の弟である時千代だと思っている。でなければ、祖父紀基などに大きい顔をされるとまた世が乱れる元となるだろう。
「紅羽様、この辺りにも痕跡はありません!」
「うむ、わかった。もう少し西の方まで探せ」
「はつ!」
30人ほどの兵を連れて無首の峰へやってきたが、孝基の言うような痕跡は見当たらない。焼け落ちた大きな社らしきものはあったが、すべて焼け落ちていた。
そこで合流した孝基が羅刹の修理のために都へ帰るから、蒼刃と霞の末弟を探しておけなどと言われたのだ。「お前たちがのろのろしていたから逃げられた」などと言い訳じみた子供のようなことを言われたのも腹が立つ。十数年かけてようやく父が取り返し始めた緋家の信頼というものを、彼らに台無しにされることは、父の苦労を間近で見てきた紅羽にとってこの上ない屈辱であった。
だが、ここで盗まれた御体と、孝基が倒せなかった霞の末弟を捕らえれば孝基に対しても大きい顔ができるというもの。
「姉様、やはり何も跡がないね」
青と白で塗られた御体、杜若に乗った妹の伊佐が声をかける。
「叔父上が言うことが本当なら、敵も御体を操っているはず。足跡や木を倒した跡があるはずだから!」
「でも、もう遠くに行ってしまったのじゃない?」
「どっちに行ったかだけでもわかればいいさ!」
燃えた社のあたりには御体の足跡があった。孝基の話と併せても、こっちに逃げたのは間違いないのだが。
「承知、姉様!」
「紅羽姉様・・・・」
背後から末の弟、時千代が紅羽の鎧装束の袖を引っ張る。
「どうした、時千代?」
「あの、やっぱり、その人たち、見つけたら殺しちゃうの?」
袖をちょんとつまんだまま、上目遣いで時千代が言う。
「もちろん、手柄を挙げなければいつまでも叔父上に顎で使われてばかりだからな」
「なんか、可哀想で・・・。その人たち、どんな悪いことしたの?」
「御体を盗んだり、勝手に降りてはいけない山を降りたりしたんだよ。悪いやつらだからな」
そこへ、御体を降りた伊佐もやってくる。
「時はまた姉様を困らせているのか?」
「でもね、御体は六原にいっぱいあるから、ひとつくらいあげてもいいんじゃない?それに、山を降りちゃいけないってずっと山ばっかりは可哀想だよ。山にはお菓子もないし、熊も出るって聞いたよ」
「時、おまえは緋家の血族、それも継承者だよ。そんな甘いことでどうするの!」
伊佐の口調はいつも厳しい。
「でも、紅羽姉様・・・」
ちょっと潤んだ瞳で見上げてくる。
この弟は幼い頃から虫も殺せない子だった。虫を捕まえてきては、エサをやりたいだなどとねだり、虫嫌いの伊佐に嫌な顔をさせた。虫の餌がわからずに死なせてしまうと、本気で泣きじゃくった。犬を拾ってきたときも、伊佐が「また拾ってきて!」とぶつぶつ言いながら世話してやっていた。おそらく母譲りの性格なのだろう。生き物に対して優しすぎる。
「時千代、優しさは時に弱さになる。弱さは自分を滅ぼす。今の時代、強くならなければ生きていけない。父様は強かった。強いから優しくできたんだ。父様のようになりたいだろう?」
「はい、紅羽姉様・・・」
ちょっと俯いてさみしそうな顔をする。
・・・かわいい。かわいい。かわいすぎて見ていると倒れそう。
こんな目で見られたら、卒倒してしまう。ぎゅうぎゅうしたい。
柔らかなほっぺにすりすりしたい。たまらない。
何故、我が弟ながら、こんなかわいい生き物が存在しているんだ?
あーっ、もう!!かわいいっ!!
「・・・ごほん!時千代、悪い奴はやっつけないと、悪くない人が悲しい思いをするんだ」
「時、悪い奴はお前の優しいところを利用して悪いことをするんだよ」
「うー・・・そうだ!悪い人たちはみんな、うちで飼ってあげよう!ちゃんと餌をあげたら、懐いてくれるよ!」
ああ、そんな無茶苦茶を言うところもかわいい。たまらない。
だが、時千代ももうすぐ元服。大人としての意識も持ってもらわなくてはいけない。
「時、あんまり姉様を困らないで!何でもかんでも許されるわけじゃないんだからね!」
「伊佐姉様、ごめんなさい・・・」
怒られてる時千代、かわいいー!泣きそうな顔もたまらない!抱きしめたい!
「ま、まあそれくらいにしてあげなさい、伊佐」
「まったく、姉様は時に甘いんだから!」
時千代は紅羽の袖に半べそでしがみつく。
あぁ、かわいい。かわいすぎて(中略)。
「あいつら、緋家だね」
「追手かぁ・・・」
木の影から様子を伺う。
「けっこう兵もいるねぇ。それに、御体が厄介だね」
ここから見えているだけでも、三体。
先程動いていた青と白、朱色、黒に金。特に黒地に金の御体は異様な存在感を放っている。
「参ったね、蒼刃と風結の隠し場所はあのすぐ奥だから。見つからないのを祈るだけだね」
「このままやり過ごして・・・。あれ?茨火は?」
その時、向こう側から叫び声がした。
「通さんっ!!」
「きゃぁああああああ!?なんか気持ち悪いのでたー!?」
・・・はぁぁぁぁ・・・・。二人は手で顔を覆った。
「気持ち悪いっ!!何こいつ!?」
「通さん!!」
「通ってきたのはあんたでしょうが!!」
伊佐の悲鳴に近い叫び。
「落ち着け!小御体だ!」
「珍しい生き物ですね!飼いましょう!」
目を輝かせる時千代。そこへ茨火の鎖が目の前をかすめる。
「ひゃあ!?」
「こいつ、時千代を襲うとは!!許さんぞ!!」
紅羽が叫ぶ。
「伊佐!杜若でこいつをつぶしてしまえ!!」
「やだやだやだ!気持ち悪い!!」
そう言いながらも伊佐は杜若に乗り込む。
紅羽は刀を抜いて構える。
「時千代、あたしの後ろから離れないで!」
「はい、紅羽姉様!」
・・・ああ、素直な時千代、かわいい。怖がっている顔も、たまらなくかわいい。
「通さん!」
荊火の鎖が飛んでくる。紅羽は刀で鎖を叩き落す。
ぎいん!と金属音がして火花が散る。
「ええい、ごめんね、杜若!!気持ち悪いものつぶしちゃう!」
荊火目掛けて腕を伸ばす。掴んだ手の中には何もいない。
「早い!?」
荊火は鎖を伸ばして木から木へとぶら下がりながら飛び回る。
「なにあれっ!?余計に気持ち悪いんですけど!?」
「姫様方ー!!」
兵たちが叫び声を聞きつけて戻ってきた。
「小御体だ!心してかかれ!!」
「承知!」
兵たちも刀を抜き斬りかかるが、小御体は宙をぶらぶらと飛び、届かないところを逃げ回る。
「時千代、怪我はないか!?どこにも傷はないか!?全部見せてごらん、手も顔も大丈夫か?」
「はい、紅羽姉様。なんともありません!」
にこっと笑顔の時千代。
ずきゅん!
・・・ああ、もうだめだ。かわいすぎる。心臓を撃ち抜かれた。
「よかった・・・。時千代に怪我でもあったら・・・傷でも体に残ってしまったらと思うと・・・」
そう言いながら時千代をぎゅっと抱きしめる。
「い、痛いです。紅羽姉様!」
「あ、ああ、すまない」
痛がる時千代、かわいい。
しかし、小御体が何故、こんなところに・・・。
「ええと、今のうちに風結と蒼刃のところへ走ろう!」
「そ、そうだね!」
良くも悪くも敵の目が逸れた。二人は木や岩の影を縫ってそろそろと崖の横穴の方へ。見た目には竹や木で覆っているのでわからないが、その奥に風結と蒼刃が丸くなって収まっている。
紅羽たちの背後をそっと通り、横穴へたどり着く白結丸と嶺巴。
「あ・・・・」
「どうした、白結丸?」
白結丸の目には、穴の奥から出てくるかすかな緑色の靄のようなもの、”風”が見えた。
「ミカナが、呼んでる」
「?」
小御体が、こんな山の中にいるとは。
そもそも小御体は、貴重な御霊石を使わないで御体を動かす方法として実験的に考え出されたもの。死罪になる罪人たちを使い、その命を糧として御体を動かす動力に利用している。だが紅羽が聞いている限りは、すべてが失敗して死んでしまったと聞いていた。だが、目の前で飛び回っているのは確かに小御体。あの時御造所で見たおぞましい光景が脳裏によみがえる。ばらばらにされた人間の四肢。鉄や木でつながれたその体は、すでに人ではなかった。命を弄ぶべきではないと孝基叔父に抗議したが、「処刑で失われる命を使ってやっているんだ」と跳ねのけられた。結果すべて失敗し、羅城門に捨てられたと聞く。
ならば、あれは何だ?まともに動いている。
「森の奥へ逃げたぞ!追え!!」
兵たちが小御体を追って森の中へ入る。
「あたしも行きます!姉様、時をおねがい!」
杜若も兵たちとともに小御体を追って森の中へ見えなくなった。
・・・小御体が逃げた。森の奥へ?なぜ出てきた?なぜここにいる?
・・・・まさか。
「どうしました?紅羽姉様?」
「しっ。」
耳を澄ます。目を凝らす。・・・何も感じない。
「姉様、あそこ・・・・」
時千代が指をさす。そこには崖がある。木々が生い茂り、うっすらと暗い。
「・・・何もないが?」
「ええと、なんというか・・・靄のような・・・風が出ているような・・・」
時千代が困った顔で、なんと伝えればよいか思案する。その顔もかわいい。
が、そんなことを思っている場合ではない。
「なるほど、崖のくぼみに隠していたのか。それでここまでしか足跡がなかったわけだ」
紅羽は時千代の肩を両手で持って、目を見つめる。
「時千代、金冠に乗って待っていなさい。敵が来たら、遠慮なく刀を抜きなさい。逃げてもいい。とにかく、無事でいなさい」
「わかりました。・・・でも、紅羽姉様は?」
「今から、悪者を退治してきます」
そう言って少し笑顔を見せる。時千代も不安そうな笑顔で返す。
・・・・ああ、この表情、かわいい!ずっと見ていたい!
後ろ髪惹かれる思いで紅羽は、赤い御体”綾芽”に乗り込む。時千代も黒地に金の装飾が入った御体”金冠”へ乗り込む。




