11 風結ノ章 十一
「・・・・いざ、目の前にすると怖ぇなぁ・・・・」
長身の皆秀からは想像もできないほどのか細い声。
三人は再び、楠流工房、重蔵の屋敷まで戻ってきた。
「なんだよ、男だろ。覚悟を決めろ」
「・・・・・・」
「どうした?白結丸まで?」
「・・・覚悟、決められない」
はぁ・・・と嶺巴は大きく息をついて、白結丸の襟を掴むと、「ほら、行くぞ!」と強引に扉をくぐった。
「あ、待ってぇぇ!」
皆秀が慌てて続く。
「なんだお前ら!?仲間だったのかぁ!?」
蔵の怒声に三人ともびくりと体を震わせる。
「皆秀、二度とおれの前に顔を出すなって言っただろうが!!ああっ!?」
「ひ、ひいいいいっ、すすすすすすす、すみません!これは何かの間違いでぇぇぇ!!」
「ああん!?」
重蔵は皆秀の襟首をつかんで鬼の形相で睨みつける。
この世で最も恐ろしいのは怒った時の妙寂の婆だと思っていたが、この男の怒りの形相の前では、婆も仏に思えた。
「た、たたたたたたすけてくださぁあああいぃ!!」
皆秀は白結丸を盾にして後ろに隠れる。
「おい若造!!お前も御体を作らせたいのか!?あぁ!?このおれに御体を作れとでも言いに来たのかぁ!?」
白結丸の襟をつかみ、ぐいぐい締め付ける。
「うぐっ!?いやっ!?ほげっ!?ぐるじぃ!!」
喉が締め付けられて言葉が出ない。
「やめなよ、あんた!!」
「なんだ、きみ。おれの話にけちつけんじゃねぇ!」
「違うってば、話しぐらい聞いてやりなって言ってんの!ねぇ?」
きみは嶺巴に視線を送る。
「あ、ああ・・・・。ちょっと落ち着いて、聞いてくれねぇかなぁ・・・?」
嶺巴が顔を上げると、重蔵の目がぴたりと嶺巴にくぎ付けになる。
「ごほん・・・。別嬪さんがそう言うなら、聞いてやらんでもないがな!」
白結丸から手を離すと、重蔵は腕を組んでどっかりと座り込んだ。
「げほっ、げほっ、た、助かった・・・」
「・・・怖いでしょ、ねえ、親方は怖いでしょ?」
皆秀が小声でつぶやく。白結丸よりずっと背が高いことがわからないくらい小さくなっている。
「あのね、親方。あたしたちは御体を直してくれる御体匠を探しているんだよ。訳あって、こっちの正体も明かせない。ここの迷惑になるからね。それでも、あたしたちは・・・・」
「待ちな!!」
嶺巴の言葉を遮る重蔵。
「訳があるんだろ!?それならそれ以上は言わんでいい!!だが、本当におれは御体匠なんぞ知らん!!どこぞの弟子が勝手に名乗っているだけでな!ここでは御体は絶対に作らねぇ!!」
それだけ言うと、重蔵は部屋を出て行ってしまった。
「まったく・・・あの人はもう!」
きみが呆れたように少し笑う。
「弟子たちが楠流を継がないで御体匠としてあちこちへ出て行ってしまうもんだから、御体って聞くだけで怒るのさ。でもね、皆秀、『あいつは才能があるから一人でもやっていけるだろ』ってあの人言ってたよ。・・・・内緒だけどね」
「ほ、ほんとですか!?女将さん!!」
ようやく皆秀が白結丸の背後から顔を出す。
「嘘なんか言うもんか」
「ほおぉおおおぉおおぉぉおおおおお・・・・」
「うれしそうだな」
「あの親方にほめられるなんてぇ・・・おほほぉぉぉ・・・」
「シャキッとしな!あんたの悪いとこはそういうとこだよ!!」
きよが皆秀の背中をバシッと叩く。
「ぎょえっ!?」
皆秀は畳に顔面から突っ伏した。
「結局振出しに戻っちまったねぇ」
ため息交じりに嶺巴がつぶやく。
すでに辺りは夕焼けに赤く染まっていた。
「あんた、これからどうすんだい?また羅城門で気持ち悪いのをいじくりまわすのかい?」
「・・・ひどい言われようだが・・・。ともあれ、親方がおれの才能を認めてくれたなら、やるだけやってみようと思う。あんたたちの御体、見せてくれねぇか?」
「・・・直せるのかい?」
「わからねぇけど、できないとは言いたくないんだ」
白結丸は嶺巴と目を合わせる。
「まあ、他に宛てもないからな。明日、羅城門へ迎えに行く。一緒に無首の峰へ来てくれ」
「ああ、わかったとも。自身はないが、やれることはやってみようじゃないか」
不安はぬぐえないが・・・。
羅城門へと続く道、皆秀はひとり浮かれ気分だった。
破門されて以来、自分の才能を疑っていた。楠流を追い出されたのは、御体匠になりたいと言ったからじゃないのかもしれない。才能がないことを親方が見抜いたからじゃないか。
そう思っていた。あの親方が、人を褒めることなどない親方が、こともあろうに俺を信じてくれた。
これが浮かれずにいられようか!!
「おれは一人前の御体匠だ!!羅城門の鬼だ!!」
両手を上げて、空へ向かって大声で叫ぶ。
「・・・なんてな」
自嘲気味に笑ったその時、後ろから声がした。
「おい」
「ひぃっ!?」
振り向くと、そこには烏帽子と狩衣装束の男がいた。
小柄で左目の上にほくろのあるその男は、にやりと笑い、皆秀に話しかけてきた。
「お前、御体匠か?さっき、楠流の工房から出てきたが?」
「お、おうともよ!おれは御体匠!!いずれ大元締めになる男だぜ!!」
いい気分のまま、話を盛る。
「ほう・・・そうか・・・大元締めとな。それは重蔵にも大切にされているんだろう?」
「もちろんさ!おれは重蔵親方が認めた、唯一の愛弟子よ!!」
自慢げに胸を張って見せる。
「それは好都合・・・」
男はそう言って右手を上げると、物陰から屈強な男が二人現れた。
「は?はい?」
「お前にはやってもらうことがある。一緒に来てもらおうか」
「あ、今までの全部嘘です・・・けど・・・・ぉ!?」
「後をつけられてるね」
嶺巴が後ろを気にしながら目で合図する。
「どこからつけられている?」
「楠流工房を出てからずっとだよ。最初は気のせいかと思っていたけど、ここまであちこちぐるぐる曲がってもついてくるってことは間違いないね」
あ、わざとだったんだ・・・。ほんとか?
「緋家の役人か?どうする?」
「相手は一人だ。とっ捕まえて何の用か吐かせよう」
「承知」
二人はわざとゆっくりと、人気のない方を選んで歩く。人気のない丁字路で二人で目配せし、別々の方向へ分かれる。
追ってきた男は慌てて角を曲がった瞬間、白結丸が背後から男の腕をねじ伏せる。
「ぐっ!な、何をする!?」
「何をするはこっちだよ。なんの用であたしたちをつけてきたんだい?」
「な、何の話だっ!!」
「白を切ると痛い目に合うと思うけどぉ?」
白結丸が押さえつけている男の腕に力をかける。
「ぐぅっ!?」
「もう少し力を入れると、骨が折れるぞ」
「わ、わかった!おれは佐伯信典様の命で楠流から出てくる者を調べていたんだ!」
「佐伯か・・・そうだろうと思ったよ・・・」
「もういいだろう?離してくれ!」
「いやいや、何でそんなことをしているのかを教えてもらわないとねぇ」
「そんなことは知らん!!」
白結丸が押さえている腕に力を入れる。
「うぎいっ!!わかった、話す!重蔵の大事な者を人質に取って御体の部品を作らせるつもりなんだっ!」
「重蔵の大事な者って?」
「それは本当におれにもわからん!これ以上は勘弁してくれ!!」
白結丸と嶺巴は顔を見合わせる。どうやらこれ以上は何も出てこないだろう。
「これ以上、ほんとに知らないのかい?」
「知らん!本当だ!!」
「じゃあ、おねんねの時間だね」
「は!?うげっ!」
嶺巴が男の首筋に手刀を入れると、男は泡を吹いて気を失った。
「重蔵の大事な者って、あの親方がそんな脅しで屈するとは思えないねぇ」
「きみって女将も、親方に劣らず力持ちだし・・・」
白結丸は思い出して身震いする。
「なあ、白結丸・・・万が一だけど・・・」
「・・・・おれも、それ考えてたよ」
「皆秀・・・かな?」
「でも、破門された弟子のために緋家の言うことを聞くとは思えないが・・・」
「そうなると、皆秀は・・・用無しで処分されちまうかも?」
「それは・・・まずいな」
二人は羅城門へ向けて走り出した。
「あんた、たいへんだよ!!」
きみが手に紙をもって、バタバタと縁側を走って来る。
「なんでぇ、騒々しい!」
「大変なんだよ、まずこれを見ておくれ!」
そう言って重蔵に紙を渡す。
「さっき、石にくるんで工房に投げ込まれたって、職人が見つけてね」
「・・・・・・」
重蔵はしばらく黙り込むと、手の中の髪をぐしゃっと握りつぶす。
「こりゃ、たいへんだ!」
「だろ!?」
「おれは、この字が読めねぇ!」
「何だってんだよ!先に言いなよ!!」
きみは重蔵の手から手紙をひったくる。
「おめぇだって、おれが字が読めねえの知ってんだろ?」
ぶつぶつという重蔵。
「いいから耳の穴かっぽじって聞きな!
かねてより申し置く件、いよいよをもって沙汰の刻と相成り申す
よって、汝が愛弟子のひとり、御体を断りなく作りし咎にて処刑いたすことに相成りし候
此の者、本日の日の入りの刻をもって斬首にて召されること
救ひを望むとあらば、その刻前に羅城門へと出で給へ
さもなくば闇とともに命失わるものとなる
佐伯信典
わかったかい!?」
「・・・難しくてわからん!」
「面倒な男だね!!あんたが緋家の言うこと聞かないから、弟子を一人処刑するってんだよ!!」
「はあ?弟子って誰だ!?」
この楠流工房には五十人近い弟子たちがいて、寝泊まりしている。
「知らないよ!自分で探しな!」
「面倒くせぇ!ひとりくらいどうってことないだろ!」
「何馬鹿なこと言ってんだ!!」
きみが重蔵の耳を力任せに引っ張る。
「いでででで!わかった、わかった!」
重蔵は仕方なく工房へ行き、職人たちを数えてみる。
「皆、居るはずだが・・・。おい、今日は誰かいないのか?」
傍らの弟子を呼び止めて尋ねる。
「いえ、今日はみな、ここにいますよ。誰も出ておりません」
・・・・はて?
脳裏にひとつ、顔が浮かぶ。
まさか、な。
「なんだ、お前たちは?」
白結丸と嶺巴は羅城門の中庭へと踏み入れる。
中庭の奥正面に、皆秀が地面に突き立てられた丸太に縛られている。猿轡を噛まされていて、何かもごもごと騒いでいる。
その脇には佐伯信典と思われる烏帽子姿で目の下にほくろのある男。ほかに役人らしき男が六人。
「ここは通ることはできん!都から出るなら、他の門へ行け!!」
「おれたちはその男に用がある!放してもらおう!」
白結丸がびしっと信典を指さして言う。
「おー、かっこいいじゃない!」
嶺巴が瞳を輝かせる。
普段はあんなに頼りないけどね・・・戦うときは強気なんだね・・・・。
「何か言ったか?」
「いや、何も!やっちまおうか!」
二人は刀を抜いて構える。
「我らは緋家の一党であるぞ!我らに刃を向けるとは、緋家を敵に回すということだぞ!!」
「もうその台詞は聞き飽きた!!」
白遊丸は前へ跳ぶ。嶺巴もそれに続いて一気に間合いを詰める。
「こいつら!かまわん!斬ってしまえ!!」
信典の号令一下、六人の役人たちが腰から刀を抜く。
白結丸は一人目の上からの振りを躱すと、二人目の横からの一閃を刀で受け止める。
背後の三人目を蹴り飛ばし、二人目の刀を弾き飛ばした隙に一人目を袈裟懸けに斬る。肩から胸にかけて血を吹き出しながら、ゆっくりと倒れる。
よろけた二人目が立て直してまた斬りかかって来るところを、身を低くして横へ薙ぐ。腹のあたりから血を吹き出してあおむけに倒れる。そして蹴られて倒れた三人目に上から刃を突き刺す。
あまりの速さに、信典は何が起きたか理解が追い付かなかった。
そして嶺巴の方を見ると、すでに残りの三人も片付いていた。
「な、なんて強さだ!?六人をこの一瞬で!?」
あまりの驚きに後ずさりする信典。
「佐伯!もう二度と楠流に近づかないって誓うなら命は助けてやらないでもないよ!」
「お、お前は・・・・あ、藍羽の娘かっ!?」
「ああ、そうさ!あんたたちに嵌められて、都を追われた、藍羽の娘だよ!!」
「何を言う!お前が御体で役人を殺して逃げたのであろう!!」
「常秀の言うことばかりを鵜吞みにしやがって!気が変わったよ!」
嶺巴は身を低くして刀を構えなおす。目に鋭い光が灯る。
「あんたは生かして返さない!」




