ダンス 02
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夜会に次ぐ夜会は、いっこうに終わる気配がない。
いや、シーズンが終わるまで耐えればいいだけだと、わかってはいるんだけど……。
私とアルヴェインがミディグレイ男爵領まで行って帰って来て(その間に、絶対にばれてはいけない騒動もあり)、それでもなお続く夜会攻勢。
疲れた……と弱音を吐けば、「俺の方で断ろうか?」とアルヴェインが気を回してくれるが、だめだめ。
どこでどう今後の人間関係に響くかわからないんだから、夜会には可能な限り出席せねば。
ということで参加したボウ伯爵主催の夜会。
懐かしいね、今生でのアルヴェインとの再会も、ボウ伯爵のご招待だった。
ボウ伯爵には、何かこう、再会を促す特殊能力があるのかもしれない。
挨拶に次ぐ挨拶で私が参っていたところ、やって来たのはお知り合いのドーヴィー子爵。
懐かしい、私たちがドーンベルのマナーハウスに滞在しているときは、欠かさず挨拶に来てくださっていた方だ。
アルヴェインも、さすが、ドーンベル伯爵回りの縁故は把握している。
すかさず、「無下に出来ない相手だ」と判断した様子で、愛想よく挨拶に応じてくれている。
ドーヴィー伯爵にとっては、私はアルヴェインの添え物ではなく、「親分の娘」だ。
ゆえに私にも丁寧な挨拶を賜る。
疲れてきているけど、頑張るよ。
と思っていたら、「倅が……」と子爵が言い出した。
倅?
うん? と思って目を遣れば、まだ礼服に着られている感じの初々しい青年が。
――懐かしい……! オーガスタくんじゃないか……!
マナーハウスで暇を持て余していたとき、何度か相手をしてくれていた遊び仲間だ。
小さいときは気弱そうで線が細く、ひょろっとしていたものだが、時間は偉大!
今や、初々しいとはいえダニエルと同じくらいにはちゃんとした紳士だ!
アルヴェインとは比べるべくもないが。
アルヴェインがオーガスタくんに握手を求め、オーガスタくんがへどもどしながらそれに応じる。
さすがアルヴェイン、光り輝くカリスマ性で、男性まで骨抜きにしてしまう能力があるらしい。
それからオーガスタくんが私に目を向けた。
覚えてるかな、遊び友達のフィオリーだよ!
オーガスタくんは弱々しく微笑んだ。
夜会に気疲れしているのかもしれない。
そして、控えめな小声で囁いてきた。
「……久しぶり……だね。フィオリーさま」
あっ、なっつかしー。
私の名前を上手く発音できないオーガスタくんを可愛く思って、「こう呼びなさい」と言っていた愛称だ。
と、ほっこりと私は微笑んだが。
直後、隣のアルヴェインから怨念じみた波動を感じ、私はおののいて目を上げた。
アルヴェインはにっこり笑ったままだったが、その実、全く目が笑っていなかった。
「ほう。俺の婚約者ときみは、以前から親交があったのかな?」
アルヴェインがにっこり笑顔のまま言った。
ドーヴィー子爵は、別の挨拶すべき相手を発見したらしい、私にもう一度挨拶してから去っていく。
ああっご子息をっ! 今、アルヴェインが誤解しそうになっているご子息を連れて行ってくださいっ! という祈りは通じず。
私はだらだらと冷や汗を流しつつ、アルヴェインを見上げる。
そういえばこいつ、『おまえの過去に男がいたなら、俺は時間を遡ってでもそいつを殺してる』とか、冗談なのか本気なのかわからないことも言っていたな。
やばいやばい、何か誤解している。
私がぎゅっとアルヴェインに身を寄せて、「えーっと……」と言葉を探しているうちに、アルヴェインは自己完結した。
「ああ、ドーヴィー閣下と義父上は、盟友の関係であらせられたな。で、あれば、当然親交もあったのだろう。失念していた」
絶対失念してないじゃん。
どうしよう、またアルヴェインを怒らせる。
ガチ切れしたアルヴェインなんてもう見たくないよ。
そう思って、私はアルヴェインの手を、「落ち着けー」という念を籠めて握りつつ、明るい声を出した。
「そうなんです、アルヴェインさま。お父さまのマナーハウスに、何度かいらしていただいたことがあるんです」
「その折には良くしていただき、ありがとうございました」
オーガスタくんが、「何か言わなきゃ」と思ったのか突発的にそう言った。
おい待て。
どうしてややこしいことを言い出す?
生存本能とかない感じ?
いや、世間一般では卒のない相槌かもしれないが、アルヴェインがどう受け取るかが大事で……
私はそっとアルヴェインの目を見た。
一秒後に逸らした。
葡萄色の目の奥で、「不機嫌」と書かれた炎が踊っていた。
「へえ」
アルヴェインが呟いた。
あっ、これはまずいかも。「へえ」なんて、外面を前面に出しているときのアルヴェインは言わない。
私はそっとアルヴェインの腕を引き、如何にも何か内緒事――膀胱の限界だとか、そういうこと――を訴えるような秘めたる感じで、軽く背中を屈めてくれた彼の耳許に囁く。
余談だが、最近のアルヴェインは薔薇の香りをつけていない。
多分だけど、私が「薔薇は好きじゃない」と言ったのを覚えてくれているのだ。
もういいのに。
「――アルヴェイン、小さいときに何度か会っただけだ」
「本当に?」
「疑うのか?」
「おまえの方はその認識でも、相手はどうだ? さっきからずっとおまえを見ている」
知らーんっ! と思ったがそれは口に出せない。
「そりゃ、知り合いに久しぶりに会ったから」
「……本当に、何度か会っただけだろうな?」
「ねえ、過去に結婚してたこともあるおまえから、そんな目で見られたくないんだけど」
私がここぞと暗い声を出すと、アルヴェインは黙った。
私たちは揃って、なんでもない笑顔を作ってオーガスタくんに向き直る。
「失礼しました。
オーガスタさま、本当にお久しぶり。大学へ行かれていたの?」
首を傾げると、また隣から怨念じみた波動が射出されてきた。
なんでぇ!
オーガスタくんは鈍感なのか、勇気があるのか。
私たちを見比べてから、はきはきと答えてくれた。
「はい、大学に……。修了したのがこの八月でして」
「まあ、そうでしたの」
「フィオリーさま」
オーガスタくんがはにかんだ笑顔を見せ、私は隣から膨らむ猜疑に喉を詰まらせそうになった。
オーガスタくん、強い、動じない。
「昔のように元気よく接してください。貴女に『オーガスタさま』などと呼ばれると、こちらはこそばゆくて仕方がない」
「まあ……」
隣。私の隣。
すごい、今なら地獄も征服できそうな笑顔のアルヴェイン。
待って。
私は別に、指一本触れられてはいないよ?
妬いてもらうのはすごく嬉しいんだけど、なんだろうこの、節度を弁えてほしいこの気持ち……。
「貴女は昔から、木登りしたり窓から飛び降りたりと、お転婆でしたね」
「…………」
にっこり笑顔のオーガスタくん。
私は「あ、あはは……」みたいな声を出すしかない。
……やってくれやがったなこのやろう……。
アルヴェインの前では、転生を重ねてきたのに相応しく振る舞ってきた私の、昔のはっちゃけた童心に戻った行いを、見事にばらしてくれやがった。
なにこいつ、アルヴェインが私に失望するのを狙ってるの?
と思っていると、隣から肘を引かれ、さっきと同様にちょっとオーガスタくんに背を向ける格好になり、耳許に唇が寄せられた。
あわわ。
そんな場合ではないんだけど、心臓が跳ねる。
「――フィオレアナ?」
「あの、ほら、なんというか子供に戻ってると、周りも子ども扱いしてくれて、童心に戻っちゃうこともあるじゃないか……」
ぷるぷる震えて言い訳する私。
ちらっと目だけで振り返ると、オーガスタくんは悪気もなさそうなきょとん顔。
このやろう……!
が、意外や意外、アルヴェインの用はそれではなかった。
「おまえが子供っぽいのは知っている。そうじゃない。
――あいつの前ではずいぶん素を見せてはしゃいでいたんだな?」
地を這う低い声。
ひえっ。
怖いのとどきどきするのとで、私の心臓は忙しい。
ただでさえ、アルヴェインは最近、やたらめったら私の腰に手を回したり、抱き締めたり、蟀谷やら唇やらに軽いキスをしてくることが増えた。
過去のそういった接触が脳裏に走馬灯のように甦り、ますます動揺する私。
「ほら、あの、外見上は歳の近い相手だし……」
「へえ?」
そのとき、アルヴェインが他から声を掛けられた。
私も会ったことのある、アルヴェインのお父上の遠縁のご夫婦だ。
アルヴェインが素早く外面を被り直してそちらに対応する。
一方こっちには、お父さまの無下に出来ない相手のご令息。
えっ、あれっ?
私ははっとした。
距離は離れていないとはいえ、婚約してから初めて、夜会の最中にアルヴェインが私から目を離したんじゃないか?
ええっと、カトリーヌ、エヴェリン、テレサ……誰かこの夜会に来てるかな?
――と思ったのも束の間。
甘かった。
アルヴェインが後ろ手に手を伸ばし、私の手をしっかりと握っていた。




