02 また敵対すんのかい
初めて会ったとき、あいつはアルウィリスという名前だった。
最初に会ったときの心象は脇に置いておくとして、私がうっかり呪ってしまったばっかりに、あいつも何回も何回も転生する憂き目に遭っている。
根が真面目なのか、毎回ちゃんと真面目に生きていて偉いと本気で思う。
何回か結婚もしていて、「地に足着けて生きてて偉いなあ」と思いながら結婚式に参列した遠い記憶。
顔が変わっても名前が変わっても、顔を合わせればお互いにわかってしまうのは、私が呪ってしまったがゆえに、二人の間に何かの繋がりが出来ているからか。
一度など、私が呪ったばっかりにこんなことになっている気まずさから、「全部忘れました、あなた誰ですか?」という下手な芝居を打ったら本気で怒られたことがある。
まあ、なんだ、お互い、事情を知っている唯一の同志になっちゃったのである。
嘘を認めて謝罪したとき、あいつはちょっと泣いていた。
本当にこんなはずじゃなかった。
はああ、とまたも大きな溜息を落としたところで、「お嬢さま」と掛かる声。
振り返ると、私の大きな寝台のそばで、今日のドレスの支度をしている侍女のハンナが私を呼んでいる。
はいはい行きます、準備という戦いは長い。
立ち上がったところでハンナが告げる。
「そういえば、明日はあの日ですけれど」
「…………!」
私がぴょこんとそちらに顔を向けると、ハンナはしたり顔で頷いた。
「お手紙は取っておきますからね。今日はうんと楽しんで来てくださいね」
「心の友よ……」
思わずそんな声が出た。
――実際には、貴族の夜会というものは権謀術数の巣窟で、侍女のこの子が思い描くようなきらきらした素敵なものではなかったりするけれど。
それはそれとしてありがとう、という思いを籠めて彼女に抱き着き、そして私は身支度のために姿見の前に立った。
あ、香水は薔薇の香りを避けて。
薔薇の香りは嫌いだから。
◇◇◇
正直に言うと、往路の馬車の中から、嫌な予感はびんびんだった。
でもまさか、全てその通りだとは思わないじゃない?
今日の夜会、私の社交界デビュー、栄えある一戦目。
私をエスコートしてくださるのはお父さま。
そしてお招きくださったボウ伯爵家に向かう馬車の中で延々と、うちと仲の悪いイヴンアロー侯爵家のお話を拝聴する羽目に陥り、嫌な予感が胃を圧迫するに至ったわけ。
イヴウンアロー侯爵家と仲が悪いという話は以前からそりゃもう聞かされてはいたけれど、今夜こうして聞かされるということは、同じ夜会に招待されているのだろう。
私は貴族令嬢の生まれ……反目し合う一家がいる……デビューの日にばったり会いかねない……なんか聞いたことのあるような話、うっ頭が。
祈りながらボウ伯爵の邸宅の車寄せで馬車を降り、煌びやかに飾られた夜会の会場に入場。
歳の近い令嬢たちの姿を目で捜し、今日のドレスが誰とも被っていないことを確認。
本日デビューの娘ですと紹介されること十何回。
淑やかに微笑む愛想笑いは、頬の微妙な筋肉を使う。
なんか筋肉痛になりそうね。
そんなこんなで小一時間。
そばのお父さまからぴりっとする空気を感じ、はっと顔を上げる。
すっかり温厚の皮を被った戦闘体勢に入ったお父さまが、「これはこれは、イヴンアロー閣下」と鷹揚に声を掛けた時点で、私は卒倒しそうになっていた。
相対するのは、すらっとした身体を礼装に包んだ、お父さまと同年代の紳士。
向こうも向こうで、穏やかそうな顔面に好戦的な目をして、お父さまと笑顔で睨み合っていた。
そして。
「おお、ご令嬢とはお初にお目に掛かりますな」
その声が合図となって、私は絶対に向けまいとしていた視線を、そのイヴンアロー侯爵の後ろに慎ましく立っていた青年に向けざるを得なくなる。
瞬間、聞こえているはずの楽団が奏でる音楽が遠くに霞む。
「これが当家の倅、アルヴェインです」
と、ぐい、と肩を押し出されて私の前の前に立ったのは。
――黒い髪に熟れた葡萄の濃紫の瞳、怜悧端整な顔立ちで、礼服のよく似合う好男子。
「お……お初におめもじつかまつります……」
なんとかそんな声を絞り出す私。
アルヴェイン、と紹介された青年が、ものすごくもの言いたげな目で私を見て、私と全く同じ、泣き笑いめいた表情を一瞬、浮かべた。
――見間違いようもない、その瞳の奥の光。
……またおまえかい。
また敵対すんのかい。
――紛うかたなき、かつてのアルウィリス、――彼だった。
再会っ!




