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卒業パーティから1週間、事態は収拾に向かっていた。
ナルヒェン侯爵家を捕縛し尋問したところ、マラーナ王国西側の隣国と繋がりがある事が分かった。
隣国の目的は、アレクサンドロとエクセレアの婚姻の阻止。有能な人材がマラーナ王家に入るのを防ぎ、国力の弱体を狙ったものだった。
一方、ナルヒェン侯爵は、ブリュンヒルデ公爵家を目の敵にしていた。ならず者のような態度をしている公爵に、有能さを鼻にかける令嬢。その令嬢が、王太子と結婚すれば、更に力を増してしまう。
エクセレアの悪評をただ流しただけでは、揉み消されてしまうかもしれないが、"王太子自身に"語らせれば、一気に真実味が増す。
その為に、隣国から禁忌とされる『隷属』と『血の盟約』の魔法が使える者を借りてきていた。
パーティ会場であと一瞬エクセレアが遅ければ、隷属で言わされたあの宣言通りに血の盟約が発動され、違えると命を失う盟約が結ばれてしまうところだったのだ。
事の顛末を国王から聞かされたブリュンヒルデ公爵は、ため息を吐く。
「いくら隷属させたお宅の息子さんに、うちの娘が悪逆非道だと悪評を流させたところでな。
アレの非凡さを無いことになんてできないし、アンタの奥さんもアレを認めている。なんだったら王家の影だって付けてるんだろうし、学園内にはアイツが付けさせた大量の監視カメラがある。どれだけ清廉潔白か証明するのに証拠は事欠かないってこった。
しかもあんな目立つやり方で婚約者になった令嬢がいたら、疑いの目は避けようがない。
上手く隷属がバレず、血の盟約が掛けられたとしても、追及される事は目に見えてるだろうに。
ナルヒェンめの計画は穴だらけで杜撰。国家転覆を企てるなら、もっと有能なやつを使えよって隣にも言ってやりたいぜ。」
仕事だけ増やしやがって、とぼやく。
「失敗した時の為に、隣国へ亡命する手筈も整えていたようだ。あちらでの地位も約束されていたらしい。
侯爵という立場でありながら、そこまでしてブリュンヒルデを貶めたいという気持ちは理解しかねるな。
だが、血の盟約を使われれば厄介な事になっていた事に変わりはない。その点を含め、事前に防げなかった事を詫び、防いでくれたエクセレア嬢に感謝を述べたい。」
一国の主が頭を下げる。
普通の貴族であれば、そこで恐縮しただろうが、この男は違った。
「あ"ぁ?そんな薄っぺらい謝罪じゃ足りねーだろ。お前も、嫁も、あの時もっと早いタイミングで出て来れた。あのクソみてぇな女がうちの娘の嘘八百並べ立てた後なんて最高のタイミングだっただろうよ。」
一気に捲し立てたが、急に勢いを無くして、鋭い眼差しを下にやる。
「だけど、それは俺も一緒だ。アイツなら、エクセレアなら、自分でどうにでも収められるだろうと思って、様子を見ちまった。俺ら大人は、アイツに期待し過ぎたんだよ。まだ成人したてのガキに。」
そう、公爵が呟くと、国王が難しい顔をする。
「彼女は今も?」
国王が尋ねると、公爵が頷いた。
「まだ出てこない。だから、アンタんちの王子サマ、借りに来たんだよ。」
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卒業パーティの日、エクセレアは袖から舞台を降りると、すれ違う国王陛下と王妃殿下に挨拶せず、ふたりの声かけにも応えずに、貴賓の控え室に入った。
そっと、壊れ物を扱うようにソファに横たえる。
アレクは、浅く呼吸をして眠っていた。
泣いた跡が痛々しく残っている。
その顔を覗き込んで、顔を顰め、髪にひとつ、キスを落とす。
そして、転移魔法でその場を去った。
エクセレアの父が追って控え室に入った時にはソファに寝かされたアレクサンドロのみしかおらず、エクセレアの姿はどこにもなかった。
すぐさまブリュンヒルデ公爵家が主導で捜索隊が組まれたが、エクセレアの自室を調べようとすると、強力な結界が組まれているらしく、扉を開ける事が出来なくなっているのが判明。状況から見て、中にいるだろうと考えられたが、家族らがなんと声を掛けてもまるで反応がない。成す術なく、今日に至っていた。
一応宮廷魔術師達の力を借りれば、結界を無理に解く事もできる。だが、部屋に籠りたいと思っている彼女を無理矢理外に引っ張り出すのは、最終手段にしたかった。
だから、そのひとつ手前。最も効果があるだろう方法を試す。
国王の従者に案内されて、公爵はある部屋を訪れた。
ノックすると、中から返事が聞こえる。
従者が扉を開けると、中にはベッドに座る、アレクサンドロの姿があった。