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エクセレアがアレクサンドロと出会ってから6年、入学してから5年、学園長に就任してから4年の月日が経った。


エクセレアは、交友関係を広めつつ、学園長としての仕事をこなし、アレクの教師を続けて中々に充実した学生生活を送ってこれたと自負している。


特にアレクとは基礎教育が終わり、執務に関する教育が始まった為、教育者と生徒としての関係は終わっていたが、変わらずお茶を飲み、他愛無い話をする穏やかな日々を過ごし、親交を深めていた。

もうすぐで学園を卒業し、1年以内に盛大な結婚式を行う予定である。


そんな順調な日々を送っていた中で、学園内の体制も万全な筈の、学園生活最後の集大成。卒業パーティで、婚約破棄を宣言されるなどエクセレアとて思いも寄らなかったのである。


ーーーーーーーーーー


このマラーナ王国の成人は18歳である。

年の末にその年に成人した者達が集められ、デビュタントを兼ねて成人の儀が行われる。

王立学園での卒業パーティは10月に行われる為、成人の儀の予行練習の様な面を備えていた。

普通の生徒は婚約者や恋人、気になる人や誰もいなければ兄弟、親などとペアを組み入場する。

代表者の挨拶が終わるとファーストダンスを行い、その後はそれぞれ歓談したり料理に舌鼓を打ったり、続けてダンスを踊ったり、思い思いに過ごす。


エクセレアとアレクは、それぞれ学園長と卒業生代表として入場する為、アレクはエクセレアをエスコートできなかった。

エクセレアは「エスコートできないと知った時の、ショックを受けたような表情は、それはそれで…」と後に語ったとか語らないとか。

ただ、卒業生代表の言葉をエクセレアが言うべきなのではと言い募るアレクには、はっきりと固辞した。

「わたくしは学園長としての務めを果たさなければ。貴方にエスコートしてもらえない事は、もちろん残念よ。でも、それ以上に貴方にわたくしの集大成を見ていて貰いたいし、貴方の晴れ姿も見たいと強く思うわ。」

ファーストダンスは踊れるわよ?と付け加えた時の嬉しそうな顔に、エクセレアは年々強くなる胸の高鳴りを抑え込むのに必死だった。


そうして別々に登場する卒業パーティ。

先に会場に入ったエクセレアは、生徒達の割れんばかりの拍手に迎えられ、舞台横の指定場所に立つ。

続けて舞台袖から、司会の声に合わせて予定通りアレクが登場する。その横に、予定にない少女を伴って。


会場がざわつく。

エクセレアは、その光景に珍しく驚いていた。完全に想定外だったのだ。


演説台の前まで来ると、何故かアレクではなく、少女が口を開く。


「卒業生の皆様、いきなりではありますが、この場をお借りしてお伝えしたい事がございます!」


艶やかなピンクブロンドのショートヘアを揺らしながら、少女は自身満々に話し始める。


「エクセレア=ブリュンヒルデ公爵令嬢、彼女が幼い頃から天才であったなどという事は真っ赤な嘘です!

多くの人を騙しながら、殿下の婚約者になり、更には王太子殿下の教師に就任して殿下に誤った知識を植え付けています!

学園では高位貴族のみを優遇し、選民思想をひけらかしていました!

異性関係も裏では派手で、取り巻きの男子生徒は彼女の愛人達です!

更には公爵家という立場を利用して学園長の座に就き、平等な教育の場を私利私欲の為に悪用しています!

彼女の祖父、前学園長も彼女の毒牙にかかったに違いありません!」


あり得ない言葉の数々に、会場のざわめきが大きくなる。

憤慨して少女を睨みつける者、実はそうだったのか?と半信半疑でエクセレアを盗み見る者、混乱して隣の誰かと話す者。

付き添いの大人達は事態を収集させようにも、これがどこまで誰の思惑なのか分からず動く事ができない。


エクセレアは、彼女が言っている内容を整理しつつ、アレクを見つめていた。事実無根の訴えはいくらでも覆せるし、それよりもアレクの反応が気になったからだ。


「ここでエクセレア様の悪事が暴かれた以上、彼女とアレクサンドロ殿下の婚約は続けられる訳がありません!

婚約は今、この時をもって破棄され、侯爵令嬢である私、アリア=ナルヒェンが殿下の婚約者となります!」


会場が、沈黙に包まれる。


そんな事はあり得ないと思いつつも、アレクサンドロがアリアの後ろでいつもの悠然とした微笑みを浮かべているのが疑問だった。

王太子がこの様な状況を、勝手を黙認しているという事は、そういう事なのか?


「アレク様、こちらへ」

促されてアレクがマイクの前に立つ。


それを聞いて、呆然としていたエクセレアがぴくりと肩を揺らす。


「どうぞ、アレク様からも宣言を行なってください!」


もう一度、エクセレアの体が揺れる。


「私、アレクサンドロ=マラーナは、リアと結婚する。」


そう、アレクサンドロが発した瞬間だった。

立ち尽くしていたエクセレアが、消えた。


いや、実際は消えた様に見えただけだったのだが。

人々の瞬きの間に、エクセレアは魔法で転移していた。


"アレクサンドロの真上"に。


重力に引っ張られるままアレクの上に落ちると、突然の衝撃に、短い声を上げてアレクが倒れ込む。

エクセレアはそのまま素早く、背に馬乗りになり、両腕を圧して制圧した。


突然現れたエクセレアと倒れたアレクサンドロに驚いて、きゃっと叫んでアリアが尻餅をつく。


そんな少女に目もくれず、エクセレアはアレクを見つめた。


「許さないわ。」


たった一言。

大きな声ではないのにマイクに拾われたその音に、会場にいた全ての人々の顔色が悪くなる。

それくらい、暗い響きを纏っていた。


「貴方はわたくしを守って、幸せにすると誓った。それを破ると。

あまつさえ、その名を呼ばせ、わたくしと同じ、リアと呼ぶなど。」


室内が、たったひとりの少女の殺気で満たされる。

誰もが身じろぎできず、瞬きさえできない。



エクセレアは、能力として優秀であったが、それと同様に人として優れていた。

協調性があり、感情的にならず、人をまとめ、導く。

暴力を振るうどころか、声を荒げるところを見た事がある者もいなかった。

それがどうだ?

龍の逆鱗に触れるとは、きっとこの事なのだろう。



「わたくし、今まで貴方と沢山一緒の時間を過ごして、慢心していたのかもしれないわね。これから先も貴方と共に生きていくと当たり前のように思っていたわ。

貴方がわたくし以外を見るなんて、想像もしていなかった。」


出会った日から、可愛い人で。

教師と生徒になって、同い年の婚約者から教わるなど、普通は屈辱的な筈なのに。嫌な顔ひとつせず真摯に向き合う姿が好ましくて。

周りに人が溢れても、忙しい職に就いても、共にいる時間を大切にしたし、アレクも喜んでくれていると思っていた。


ふたりだけの時に、時折甘い声で"リア"と呼ばれるのが幸せだった。


そんな日々を、彼が望まないと言うのなら、いっそのことーー


「こわしてしまおうか」


少女の恋の自覚は、最悪のタイミングで訪れた。


壊すとは。アレクサンドロを、か、アリアという少女か。はたまた、彼女の膨大な魔力と研究に没頭して得た魔法知識なら、下手すれば国そのものをそうする事が、不可能ではないのかもしれない。

人々が戦慄する中、ひとり動いた人物がいた。



「あー、頭に血が上ってるとこ、わりぃんだけどよ。」


気怠げな喋り肩をするその人物に皆の視線が集まる。

大きくはないがよく通る声で話すのは、エクセレアの父であった。

エクセレアも、ゆらりと、仄暗い視線をそちらに向ける。


「お前、王子サマの事、ちゃんと見たか?」


一言、そう言われて激情にクラクラする頭でそれを処理する。


瞬間、ハッとして下を見た。

押さえ込まれてから一言も喋らないアレク。

微動だにしない。


急いで拘束していた腕を離してアレクの身体を反転させ、頭を膝に乗せて顔を覗き込む。


ーーアレクは、変わらず微笑みを浮かべたままだった。


即座に魔法を発動させ、体内を探索サーチする。すぐに頭部に魔法陣が刻まれているのを見つけ、排除の魔法を編み上げる。


「うああぁぁぁぁぁッ!」


痛みが伴ったらしく、叫び声を上げ、全身を硬直させ、涙を流すアレク。


魔法陣の排除が完了すると、やっと苦しみから解放されたらしく、アレクの全身が脱力した。


「ごめ、ごめんなさい、アレク。わたくし…。」

自身の愚かさに息もできない。

初めて、感情に突き動かされ、その身を侵されている大切な人を更に傷付けてしまうところだった。

瞳に涙をいっぱいに貯めているエクセレアを、アレクは瞬きさえ辛そうな眼を開けて見つめる。

「リア…ふしぎと、うれしいんだ。きみが、ぼくの、不誠実さにおこってくれたこと。」

ふっと安心したように笑うアレクを見て、エクセレアの瞳から涙が一粒溢れた。



「ちが、ちがうの…」

隣から、声が聞こえた。

「こうすれば、悪逆な公爵令嬢は退散して、私が王妃になれるって。殿下も、それを承知したから、一緒に宣言してくれるって、そうお父様は言って、だからっ」

「捕えなさい。」

エクセレアの一言で、舞台近くに待機していた騎士がアリアを拘束する。

いや!離して!と叫ぶアリアが連行され、声が遠ざかる。


完全に気を失ったアレクをお姫様抱っこして、エクセレアは立ち上がり、舞台袖から姿を消す。

今起こった一連の事件に皆が騒然としていると、パンパンッ!という手叩きの音が響いた。

壇上に再び目を向けると、貴賓としてアレクの後に祝辞を述べる筈だった国王と王妃が中央に立っていた。

慌て臣下の礼を取る人々。

手を合わせているのを見るに、先程の手叩きは王妃がしたらしい。

その王妃が口を開く。

「おめでたい、卒業パーティという場に、王家のいざこざで水を差してしまい、申し訳なく思いますわ。ただ幸いにも怪我人も会場の損傷もないですし、パーティは引き続き行えますわね?この場はエクセレアの秘書、貴方が収めなさい。ブリュンヒルデ公爵はエクセレアの元へ向かう事。わたくし達も事態の収集に動きますから、正式な祝辞は行えないですが、ファーストダンスからは楽しんでね。」

てきぱきと指示を出すと、後ろを振り向き、あなた、と声を掛ける。


国王がマイクの前まで進み出て、簡易な祝辞を述べる。

「大変な卒業パーティになってしまったが、この難局に立ち会った諸君はひとまわり成長した事だろう。

これから大きな世界に羽ばたく君達に幸あることを祈り、祝辞とする。」

堂々たる挨拶をした後、イタズラそうに

「国が終わらなくて良かったな。」

と笑った。



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