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アレクサンドロの教師を、エクセレアが務める案は、トントン拍子で実現した。
異例の事ではあったが、エクセレアの実績、王太子妃教育を施した教師達、何より王妃が是非にと快諾したのだ。
婚約者が王太子の教師をするという話は、貴族間で大きな話題になったが、エクセレアをよく知る人であればあるほど、納得の声も大きかった。
次の年の春、アレクサンドロとエクセレアは揃って王立学園に入学した。
エクセレアは、教育課程はすでに終了していたが、学園に通うのはそれだけの為ではない。
王太子妃、更には王妃になった際に周りを支える交友関係の構築が必要となる。
これに関しても、エクセレアの動きは早かった。
入学式当日から、有能で有望な将来の王妃のお近付きになろうと沢山の貴族令嬢が群がっていた。
その中から、以前から頭に入っている貴族名鑑や家系同士の関係性、派閥、本人の性格等を元に自分の周りに置く人間を見極める。
やんわりと、しかしはっきりと線引きをした態度で相手に示し、周囲を固めた。
また、野心がなく、家も中立で自分からエクセレアに近付かない生徒でも、彼女が必要とすれば何故か自然と関わる機会が増え、気が付くと取り巻きのひとりになっている。そんな生徒も何人かいた。
1学年が終わる頃には同級生で優秀とされるものは皆、エクセレアと繋がりがある状態になっていた。
そして、それは学年末の春季休暇中の出来事であった。
エクセレアの祖父である王立学園長が59歳という若さで逝去したのだ。
急な事で、業務の引き継ぎは行われず、また、今まで王家の縁戚から選ばれていた王立学園長の地位を誰が引き継ぐか、正統な後継者を見つけるのは困難に思えた。
…エクセレアが名乗りを上げるまでは。
彼女は、王立学園理事会に、自分がいかに学園長に相応しいかプレゼンテーションを行なった。
前学園長であった祖父は、前国王の弟であった。その為、エクセレアは遠縁ながら王家の縁者である。
彼女の父は現公爵であり、領地経営や国と共同しての大規模な公共事業等、学園長の仕事を並行するのは困難である。
自分の優秀さは今までの功績を見れば明らかであり、業務を直接引き継がなくとも、残された資料と秘書や関係各所の話を合わせれば今後に影響なく職務をこなせる事を優雅に語った。
更に王太子教育の教師としての功績をグラフ化して示し、彼女が教師になってからの王太子教育が過去の1.5倍の速度で進んでいる現状をアピールする。
学園生でありながら、その能力が教師どころか通常の貴族家当主でさえ凌駕している事は明白であった。
下手をすれば、彼女の父よりも。
頭の固い理事の反対もあり、協議は三日三晩続いたが、最終的には多数決で彼女が新学園長を務める事が決定された。
後日、アレクに何故立候補したのか聞かれたエクセレアは、
「最近退屈で…」
と、完璧な淑女の笑みを浮かべた。
それに対してアレクが
「一緒にいる時間が減るんじゃ…」
と呟いたのを聞いてまたざわざわしたのは言うまでもない。
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祖父から受け継いだ学園長室の椅子に座り、目を閉じる。
王弟として威厳を持っていた祖父であったが、孫のエクセレアには普通のおじいちゃんの顔を見せていた。
幼い頃は時たまこの部屋に連れてきて、様々な話をしてくれたのを、エクセレアはよく覚えている。
早熟過ぎて、同世代に友達と呼べる存在のいない孫を案じていたのだろうと、今なら分かる。
しばらく話した後、時たま祖父はこうして目を閉じていた。
あの頃は何をしているのかと思っていたが、
こうしてみると静寂に包まれた室内と対比するように、外からは生徒達の楽しそうな声が聞こえて来る。
ある時、祖父がポツリと言った言葉を覚えている。
「人を育てるという事は、自分を成長させてくれるものだ。」
聡明なエクセレアでもはっきりそれを理解できた訳ではないが、アレクに様々な事を教える過程で、何となく掴みかけたような気がした。
ーーそれにしても。
と、思う。
こんなに早く亡くなるとは思っていなかった。
哀愁はあるが、同時に『ちょうど良かった』とも思ってしまう。
エクセレアが学園長に立候補したのは、確かに分かり切った学業やすぐに懐いてしまった周りに退屈した、という理由が一割程度。九割はアレクの事があったからだった。
エクセレアがアレクの教育係に就いてから、アレクの王太子教育の進み具合は格段に上がった。
元から輝かしい容姿と王太子という立場から羨望の眼差しを受けていたアレクは、そこに洗練された身のこなしと深い教養が加わり、更に多くの人を惹きつけた。
そうなると、人の反応は二極化する。
アレクを手に入れようとする者と、排除しようとする者だ。
前者はアレクに惚れ込むか上手く傀儡としたい者達。後者はアレクに嫉妬するか他を担ぎ上げてそちらを操りたい者達。
どちらも、エクセレアとしては排除したい対象だった。
アレクに擦り寄ったり、またまた陰口を聞こえよがしに言ったりはまだ序の口で、誘拐、監禁、洗脳等の、犯罪の計画が立っていた事まである。
学園は広く、生徒は多い。
有能で人脈のあるエクセレアでも、万が一、それらの計略を見逃すという事は、あり得ない事ではないのだ。
だからこそ、祖父の訃報を聞いた時、彼女の聡明過ぎる頭脳は大切な家族の死を悼むより先に『ちょうど良かった』と感じてしまった。
一生徒と学園長では、学園内で取れる対策に天と地ほどの差がある。
彼女にはその職務に就くだけの能力、地位、そして意志があったのだ。
「守ると、誓ったもの。」
ポツリと呟く。
夕暮れ、薄暗くなり始めた部屋の中で、金の瞳だけが爛々と光っていた。