2
婚約顔合わせから一月以内には正式なお披露目が行われ、エクセレア=ブリュンヒルデが王太子の婚約者になった事が周知された。
エクセレア自身へは、顔合わせの次の日から王太子妃教育が行われた。元々教養等においては文句の付けようもなく、執務に関しても一を聞けば十どころか百を知るその頭脳で、通常6年程掛かると言われている王太子妃教育を、たったの3ヶ月で終わらせてしまった。
一方のアレクサンドロの王太子教育は今までの国王達と変わらない進捗であったが、エクセレアがあまりに早く教育を終えた為、教師もアレク本人も焦りを感じていた。
教育の合間にもアレクとよくお茶をし、交流を深めていたが、エクセレアだけ教育を終えた後もこの交流会だけは続けていた。
その場で、アレクはつい
「僕に失望しないかい?」
とエクセレアに尋ねていた。
「何故?」
お披露目会以降、敬語が外れ、段々仲良くなってきていることを感じていたエクセレアは、率直にアレクに聞き返す。
疑問を口にしてしまった以上、誤魔化せる事ではない。そう観念して、アレクは気持ちを正直に話す。
「君は稀代の天才だ。実力があり、能力があり、多くの人がそれを認めている。君が国王になる事を望む人さえいる程だ。比べて僕は、今までの国王に劣る事はないが、優れている訳ではない。君からしたら、僕が学ぶ姿など海ガメが地を這うようにしか見えないのではないかと…最近、考えてしまうんだ。」
エクセレアとしては、アレクの本心であろう言葉を聞いて、色々思うところはあった。
まず、エクセレアを王位に就けたいと望む信者がいる事を、アレクが知ってしまっている事。エクセレアが婚約者に収まった時点で、損得でそれを望んでいた者達は離れている為、放置していたのだ。未だにその考えを持っているのは、エクセレアの能力に盲信している人間のみである。彼女からすればいらない信者の存在が、アレクの苦しみの一旦を担っている事が気に入らなかった。頭の中の早急に処理するリストに入れておく。
次に、自分が天才である事について。
「アレク、傲慢だと捉えられるかもしれないけれど。」
そう前置きをして、話し始めた。
「アレクに対してそんな事を思っていたら、わたくしは他の大抵の人を蔑んでいる事になるわ。」
短くそう告げるが、アレクは難しい顔をしたままだ。
「君が他者を尊重出来ない人だと言いたい訳ではないんだ。ただ…配偶者が自分より劣り、でも一応公的な立場としては上になるとしたら、君は嫌ではないのか?」
エクセレアにとって、他者が自分よりできない事など当たり前であった。
それでも人を大切にするという倫理観さえ備えている為、決して蔑ろにする事はない。何かをするには質より量の方が大事な事もある。
だから気にした事もなかったのだが。
アレクは、アレク自身がエクセレアより劣る事を踏まえた上で、エクセレアの気持ちを大切にしたいのだ。
有能な事で、崇められる事もあったが、それ以上に嫉妬される事が多かった。だから、純粋に不足している自身を見つめて自分のそれが"彼女にとって不快ではないか"を気にするアレクに、彼と共に過ごすようになってから何度目か分からないざわつきを感じる。
思わず笑みが溢れたエクセレアに、アレクが先程までの悩ましげな顔から一転、見惚れるような顔をした。
その姿に更に心をざわつかせながら、
「アレク、わたくしは貴方が有能か無能かで好きか嫌いか決めている訳では無いのよ。」
それだけ語る。
『好きか嫌いか』
その答えは教えない。エクセレア自身でさえ、それを敢えて後回しにしている。
一瞬考えて、口を開きかけたアレクに隙を与えず告げる。
「わたくしが有能すぎて貴方が気になると言うのであれば、王太子教育に私も教師として参加するのはどうかしら?」
アレクの教育内容はまだ基礎知識程度。
王太子や国王の執務等は流石のエクセレアでも教えられなければ熟知できないが、知識に関してはそこらの教師よりも優れている。
「アレクさえ良ければ、ですけれど。休憩時間にお茶を飲むだけよりも、一緒の時間は増えるわね。」
続けて言うと、アレクは驚いた顔をして止まってしまった。
しばらく様子を見ていると、頭の中で整理できたようで、意を決したように
「君さえ良ければ、お願いしたい。」
そう言って、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに右下を見た。
その反応に心のざわざわが『可愛い』と形を持って声を上げる。それに気付かないフリをして、にっこり笑い、上品に紅茶に口をつけた。